生成AIを活用した税務業務の改革

  • 2025-02-05

はじめに

近年のデジタル・トランスフォーメーション(DX)の波は、税務の領域にも及んでいます。これまで、税務業務の自動化は主にRPA(Robotic Process Automation)やETL(Extract, Transform, Load)を使った効率化が中心でしたが、生成AIの進化により、さらに高度な改革が期待されています。本稿では、生成AIを活用した税務業務の改革について、その利点と課題、そして今後の展望を考察します。

なお、本稿における意見の部分は筆者の私見であり、PwC税理士法人および所属部門の正式見解ではないことをあらかじめお断りいたします。

1 生成AIによる税務業務の改革

生成AI(Generative AI)は自然言語を扱う能力に優れており、文章の作成や判断を要する業務への活用が可能となるため、従来のRPA等を活用した効率化よりもさらに高度な業務を自動化できるようになります。ただし、税務業務は取引内容を正確に把握し、適用される法令等を判断する必要があり、これまでは効率化が困難なことが多いとされてきました。しかし、生成AIは一定の判断業務が可能になるため、税務業務のさらなる効率化が促進されることが期待されています。

生成AIの税務業務への活用事例も出始めています。PwC税理士法人(以下、当法人)は、生成AIを活用した経理業務改革の実証実験支援について、2024年7月にプレスリリースを発出しました※1。また、他社事例として、国内の大手金融機関では、AIを活用した消費税の計上ミスの削減などの取り組みを進めています。

さらにPwCグローバルネットワークとの連携※2を通じて、当法人は生成AIをカスタマイズした税務業務用モデルの開発に関与し、日本の税務に関する質問に対して迅速に回答できるようにしました。このモデルを活用することにより、当法人の職員は、税務リスクの評価や税務戦略の提案など、より高度なサポートを提供し、サービスに付加価値をもたらすことが可能となります(図表1)

図表1:生成AIプラットフォームの活用イメージ

図表1 :生成AIプラットフォームの活用イメージ

出所:PwC作成

上記の事例以外にも多様な税務業務での活用方法が考えられます。例えば、税務リスクの分析においては、過去の申告データや調査履歴をもとに生成AIがリスク要因を特定し、リスクの高い案件に対して優先的に対応できるようになると考えられます。また、税務申告書の作成プロセスにおいても、生成AIが過去のデータを活用しながら、必要な項目を自動で記入することで、担当者の負担を大幅に削減できます。このような事後的な申告業務に加えて、期中の対応にも活用できるでしょう。例えば、生成AIを活用して、稟議書等の文書を自動で作成することに加えて、一定の税務判断を要する内容であるかを判定させ、取引にかかる税務上の影響を判断する初期的なサポートをすることで、税務リスクを事前に検知できるようになります。この結果、税務担当者の事後対応の時間を削減し、より高付加価値な業務に集中することができます。

※1 PwC税理士法人「PwC税理士法人、三菱商事の生成AIを活用した経理業務改革の実証実験を支援」(2024年7月25日)
※2 PwC「PwC partners with OpenAI and Harvey to build domain specific foundationmodels」( 2023年10月26日)

2 税務当局のデジタル変革と企業への影響

税務当局もデジタル変革を推進しています。国税庁は、「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション」※3を通じて、AIやデータ分析を活用し、税務調査の精度と効率を向上させています。OECDの調査によれば、50%以上の国の税務当局がAIをリスク評価や不正検知に活用しており、日本の国税庁も同様の取り組みを進めています(図表2)

図表2:AIを使用している国税当局の割合(2022年)

図表2 :AIを使用している国税当局の割合(2022年)

出所:OECD et al. (2023), Inventory of Tax Technology Initiatives, https://www.oecd.org/tax/forum-on-tax-administration/tax-technology-tools-and-digital-solutions/,Table TRM3 (accessed on 22 May 2023).

税務当局のデジタル化が進んでいる現状では、企業にも高度な税務データの管理と分析能力が求められるようになります。そのために、企業側も生成AIの活用によって、税務データの透明性を向上させつつコンプライアンスを強化するだけでなく、税務調査への対応力を強化することが求められます。例えば、税務当局がAIを活用したリスク評価に基づいて、企業の税務申告内容に関して説明を求めるケースが増加するかもしれません。これに対応するためには、企業側もAIを活用して税務データを正確に管理し、必要な情報を迅速に提供できる体制を整えることが重要です。また、税務当局の視点で「リスクがある取引である」と指摘される可能性がある項目を事前に検知し、必要な税務処理を施してリスクを未然に防げるようにならなくてはなりません。

※3 国税庁「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション」

3 生成AI導入の課題とその解決策

生成AIの導入には多くの利点がありますが、同時に課題も抱えています。例えば、生成AIが学習しているデータには限界があり、特に日本の税法への対応力には課題が残っています。今後は、生成AIが参照できる信頼性が高いデータベースの構築が必要になるでしょう。また、生成AIのハルシネーション問題(一見それらしいが誤った内容を生成AIが生成してしまう現象)もリスクとなり得ます。この問題を回避するためには、出力結果を人の目で検証し、信頼性を確保する仕組みが必要です。

生成AIの導入においては、セキュリティとプライバシーの問題も重要です。税務情報は非常に機密性が高く、生成AIが取り扱うデータの安全性を確保することが不可欠です。企業は、生成AIを活用する際には、データの暗号化やアクセス制御などのセキュリティ対策を徹底する必要があります。また、個人情報保護法やEU一般データ保護規則(GDPR)などの法規制に準拠したデータ管理も求められます。

生成AIの性能を最大限に活用するためには、従業員のスキルアップも重要です。生成AIを使いこなすためには、AIの仕組みやプロンプト手法を理解する必要があります。これを支援するために、企業内でのトレーニングプログラム提供やワークショップ開催を行う必要があるでしょう。

さらに、生成AIの活用に関する知見を、自社のみではなくグループ企業で共有する取り組みも重要となるでしょう。生成AIを十分に使いこなすことができる人材はまだまだ多くありませんし、システム構築・組み込み等は一定のノウハウが必要です。グループ内で人材や知見を共有することで、投資効果を高めることができます。

なお、税務相談業務は税理士の専業業務であるとされていますが(税理士法2条、52条)、税務AIによる税務相談を業として行う場合に税理士法違反となるかどうかは定かではありません。しかし、グループ内で同一のAIを共通利用する場合などは、相談プロセスなどをよく検討しておく必要があると思われます。

4 今後の展望と生成AIの可能性

生成AIを活用することで、税務業務の効率化だけでなく、新たな価値の創出も期待できます。従来の税務部門はコンプライアンスの遵守を中心とした業務が多かったのですが、今後は生成AIの活用により、戦略的な税務戦略の立案や企業全体の税効率向上に貢献する役割が強まるでしょう。また、税務当局もAIを活用したデジタル変革を進めており、企業側は当局の動きをよく理解し、一歩先を見据えた対応を心掛けることが重要になります。

さらに、生成AIは人材教育にも力を発揮します。税務に関する教育プログラムにAI技術を組み込むことで、学習者は実践的なシミュレーションを通じて、税務知識を深めることができます。生成AIを使ったインタラクティブな学習環境は、従来の教科書ベースの学習に比べて、より実践的で応用力の高いスキルを身につける手助けとなるでしょう。

さらに、生成AIを活用した業務が前提となる将来に向けて、人材の在り方の再定義と、新たな採用・教育方針を構築していく必要もあると思われます。

5 おわりに

生成AIは、税務業務におけるDXを加速させる大きな力となり得ます。AIの自然言語処理能力を活用することで、税務部門の効率化を図りつつ、税務リスクの軽減や税務戦略の強化を実現できます。これからの展開に向けては、生成AIの導入に伴う課題に適切に対応し、企業全体のDX戦略の一環として税務業務を改革することが求められます。

生成AIの活用はまだ始まったばかりですが、その可能性は計り知れません。企業はこの技術を積極的に取り入れ、税務部門の役割を再定義することにより、税務部門はより戦略的で価値の高い役割を果たすことができるようになります。今後、生成AIを活用して税務業務を高度化・効率化する取り組みを進めることで、税務部門は単なるコンプライアンス対応にとどまらず、企業全体の成長を支えつつ、企業の戦略的なパートナーとして、さらなる価値を創出する役割を担うようになるでしょう。

※ 本稿は、以下の「エネルギートランスフォーメーションニュースレター」を加筆・修正したものです。
【エネルギー業界における税務領域でのAI活用の可能性】―競争力のある税務戦略と企業の成長へ―(2024年11月発行)


執筆者

PwC税理士法人
税務業務変革テクノロジー、税務ガバナンス・レポーティング部門
パートナー 橋本 純