台湾の経済環境と政府の目指す方向性

  • 2025-02-05

はじめに

台湾は沖縄の南西に位置し、九州より少し小さいくらいの島で、人口は約2,300万人です。日本人からすると日本から近く比較的コストがかからない海外旅行先として人気が高く、2023年には約93万人の日本人が訪れ、アメリカ、韓国に次ぐ第3位となっています※1。一方で、台湾人にとっても日本は人気の非常に高い旅行先であり、2023年の統計では訪日旅行者は420万人に上り、韓国に次ぐ第2位の旅行先となっています※2。これは台湾へ来る日本人数と比べても、また全人口に対する比率からしても脅威的な数字といえます。このように日本は旅行先として人気が高く、同時に日台間のビジネスにおける結びつきも緊密で、日本ブランドに対する信頼も厚く、台湾の人々が非常に親日的であることも私たち台湾でビジネスをしている人間からすると重要な特徴となっています。

本稿では、台湾の現在の経済環境と台湾政府の目指す方向性について考えていきます。なお、文中の意見は執筆者の私見であり、PwC台湾および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。

※1 中華民国交通部観光署觀光統計資料庫
※2 外務省「台湾基礎データ」

1 台湾経済の概況

台湾の経済は順調に成長を続けており、IMF(国際通貨基金)の予測によれば、一人当たり名目GDPは2024年に日本を抜くとされています。過去10年間(2013年から2023年)の台湾の名目GDPの推移は図表1のとおりで、10年間でおおよそ1.5倍になっています。

図表1:台湾の名目GDP推移(単位:10億米ドル)

図表1 :台湾の名目GDP推移(単位:10億米ドル)

この推移を見ると2017年あたりから成長が加速しているのがわかります。台湾はハイテク製造業の集積地で、特に半導体の製造に強い競争力を持っており、ちょうどこの時期からスマートフォンやデータセンター、コンピュータ向けの安定した需要に加え、5G、IoT、AIなどの新技術の進展に伴い、半導体需要が大幅に増加しました。さらに、コロナ禍で在宅勤務が増加し、世界的にIT機器の需要を大幅に押し上げたという社会的背景があり、半導体製造とその周辺産業が経済において非常に大きな位置を占める台湾経済全体にプラスの効果をもたらしました。実際、コロナ禍の中でも需要減に苦戦する他国と異なり、史上最高収益・史上最高益を記録した台湾の上場会社が多数ありました

なお、台湾ではその成長を支えるIT技術者に対する需要は大きく、政府や教育機関もIT技術者の育成には積極的に取り組んでいます。例えば台湾政府は、AI技術者やサイバーセキュリティ分野の技術者を育てるために特別プログラムを実施しており、IT技術者の起業支援にも力を入れています。

2021年以降は米ドル建てではGDPが減少していますが、これは米ドル高・新台湾ドル安の影響を受けたものであり、新台湾ドル建てでは毎年堅調な成長を見せています。

台湾経済は輸出依存型であり、GDPに占める輸出割合は7割に達し、しかも中国への輸出依存度が極めて高い状況にあります。ただし、中国と比較的距離を取る民進党が2016年に政権を取ってからは、東南アジアとの経済的結びつきを強めて中国一極集中リスクの軽減を図る「新南向政策」を採用しています。台湾の税関統計によれば、中国・香港への輸出依存度はピーク時の45%程度から少しずつ低下し、現在は35%程度に低下しています。

近年、台湾経済は米中貿易摩擦や地政学的リスクの高まりといった課題に直面していますが、アメリカや西側諸国との間の協力関係の強化、租税協定などの充実化を図っており、またCPTPP(環太平洋パートナーシップ)への加盟も目指しています。

2 外国企業の対台湾投資の状況

過去5年間の対台湾の国別投資状況は図表2のとおりです。

日本から台湾への投資の歴史は古く、台湾子会社がグループで最初の海外現地法人だったという歴史を持つ日本企業も数多く存在します。中華民国経済部の統計によれば、日本からの累計投資件数は11,870件と香港に次いで2位、累計投資総額は265億米ドルと英領中南米地域、オランダ、米国に次いで4位となっています。英領中南米地域とはケイマン諸島やブリティッシュヴァージンアイランドなどのタックスヘイブンを主に指しており、日系企業ではあまり見られませんが、これらの地域に持株会社を設立し、その会社経由で台湾へ投資するケースが多く見られます。なお、台湾においては中国からの投資はその他の外国からの投資と比べ、業種や自由度においてかなり厳しい規制が設けられており、中国からの台湾投資は比較的少額にとどまっています。

図表2:対台湾投資推移(単位:100万米ドル)

図表2 :対台湾投資推移(単位:100万米ドル)

3 台湾企業の対外投資の状況

台湾企業による対外投資の推移は図表3のとおりです。

2023年までの累計では、中国への投資とその他外国への投資はほぼ拮抗していますが、中国への投資は2010年をピークに減少の一途をたどっており、2016年からは常に中国投資よりもその他の国への投資が上回る状況が続いています。日本への投資についても近年は増加してきており、半導体製造大手の工場進出や、電子機器製造大手による日本企業買収などが代表的な投資案件となっており、日本から台湾への投資額を上回ることも珍しくなくなっています。

図表3:台湾からの対外投資(単位:10億米ドル)

図表3 :台湾からの対外投資(単位:10億米ドル)

4 台湾政府の経済政策

台湾政府は多岐にわたる経済政策を次々に発表しています。これらの政策は台湾政府が目指す方向性を示すだけでなく、どの産業に重点を置いた施策を打ち出すのかを明確に示すものとなっています。これは台湾の産業構造などにも影響を与えるため、将来予測を立てるためには欠かせない情報となります。そこで、台湾政府の主要な経済政策を見ていきます。

(1)五大信頼産業

2024年1月に台湾総統選が行われ、頼清徳(選挙時の副総統)が当選を果たし、5月に総統に就任しました。今後は半導体、人工知能(AI)、軍事工業、セキュリティコントロール、次世代通信の5つの産業に注力するとしており、頼政権発足後の9月、「五大信頼産業推動法案※3」が可決されています。台湾政府の説明によれば、「半導体とAI産業の2つのコアを中心に、わが国をグローバルサプライチェーンの重要な地位に発展させ、経済成長を促進し、高賃金の雇用機会を創出し、さらに軍事工業、セキュリティコントロール、次世代通信産業を発展させ、投資環境を継続的に整備し、産業エコシステムを構築するとともに、優秀な人材の誘致とグローバルな人材獲得を強化し、台湾を経済の『日不落国』(永遠に沈まない国)にする」とされています。

※3 台湾・行政院「五大信頼産業推動法案」

(2)エネルギー政策

台湾は2050年のネットゼロを目指しており、そのために多くの政策や法律を施行しています。再生可能エネルギーの導入を積極的に進め、かつてはフランスに次いで世界最高水準だった原子力依存度を段階的に引き下げ、2026年に完全脱原発を果たす予定でしたが、ここにきて稼働延長が検討され始めています。ただし、引き続き再生可能エネルギーの導入、エネルギー効率の向上、エネルギー供給の安定化などが最優先政策の1つであることに変わりはありません。2023年に修正公布された「再生エネルギー発展条例」に基づき、再生可能エネルギーの導入を推進するために炭素排出権取引市場が創設されました。また、炭素費用の徴収についても制度設計が急ピッチで進められており、近い将来開始される予定です。

再生可能エネルギーの中心は太陽光発電と風力発電ですが、特に洋上風力発電については、デンマークやカナダなどの風力発電先進国企業との協力を積極的に進めています。台湾海峡の遠浅な地形、安定的な風力などの好環境を活かして日本に先んじて導入が進んでおり、すでにいくつかの大規模プロジェクトが商業運転を開始しています。日系企業もこえらのプロジェクトに出資したり、技術面での協力を行っています。

(3)デジタル経済とスマートシティ

前述の(1)とも重複しますが、台湾政府はデジタル技術を活用して市民生活を向上させることに力を入れており、スマートシティの構築や、高速ネット環境の整備、教育へのデジタル技術の活用、サイバーセキュリティの向上、デジタル技術を活用したスタートアップへの積極的支援などに力を入れています。スマートシティに関しては、例えば台北市では「台北スマートシティプロジェクトマネジメントオフィス(TPMO)」という組織が立ち上がりました。これは民間のテクノロジー企業やスタートアップが考案した新しい発想のプロジェクトを政府が支援しつつ実験的に実施していくための組織で、すでに300件を超えるプロジェクトが進行しています※4

例えば、空気盒子(エアーボックス)プロジェクトでは、台北市のいたるところに小型で低コストのセンサー装置「空気盒子」が設置され、世界トップレベルの密度でPM2.5をはじめとした汚染物質の状況や温度、湿度をリアルタイムでデータ収集し、そのビッグデータが分析され、オープンデータとして公開されています。誰でも大気汚染の改善プロジェクトなどにこのデータを利用することができます。

その他の例としては、台中市のスマート災害管理が挙げられます。地震、大雨、台風などの自然災害発生時に、市民に対してアプリを通じてリアルタイムでの情報提供が行われるほか、各市民の所在地における災害リスクの分析と避難指示もタイムリーに行うことができます。また、災害などの緊急時には、警察や消防などの公的機関に加え、医療機関やボランティア団体などが緊密に連携し、避難や救護にスピーディに対応できるようになっています。2024年1月に起きた能登半島地震の際には、マスコミでも日本と対比する形で台湾の避難所の設置の速さと充実度について取り上げられたため、ご記憶にある方も多いと思います。

ほかにも、台湾のさまざまな都市で駐車場の空き状況をリアルタイムで確認できるスマートパーキングシステム、周囲の明るさや人の有無で明るさを調整するスマート街灯、IoT技術を駆使して土壌の状態や天候などを分析して最適環境を作るスマート農業などの活用例が報告されています。

※4 TPMOホームページ

5 おわりに

筆者は台湾で日系企業支援の仕事をして15年目になります。冒頭でも述べたように、台湾には親日家が多く、日本ブランドに対する信頼も厚いので、日本人にとっては住みやすい場所です。また、半導体産業が台湾経済の中心であることはすでに述べましたが、半導体製造設備・検査装置や半導体材料の分野において日本企業は欠くべからざる存在であり、日本と台湾の同分野における相互協力関係はますます深化していくものと考えます。台湾政府はデジタル技術をさらに磨き、技術立国を志しており、日本の目指す方向性とも近いものがあります。競合することも当然あり得ますが、お互いの弱みを補完すべく協力信頼関係を構築していくことが今後重要になると考えます。

一般的に言って、台湾企業の強みの1つとして挙げられるのが低コストでの量産技術や言語能力を含むコミュニケーション能力です。台湾では、とにかく効率よく、不良率の低い生産方式を追求しており、結果として世界中の多くの企業ブランドのスマートフォンやパソコンなどの受託生産を引き受け、規模の経済を働かせて利益を出し、その再投資でどんどん規模を拡大してきたOEM企業が数多く存在しています。とにかく安く品質のいいものを大量に製造するということでは、多くの製品分野で現状日本企業は台湾企業に太刀打ちできないといっても過言ではありません。コミュニケーションについていえば、中国語を話すのは当然ですが、エンジニアなどの職種においては米国留学やシリコンバレーでの就業経験を持つ技術者も多く、彼らは英語でのビジネスに支障がありません。台湾のエレクトロニクス企業の主たる生産拠点は中国、最大顧客は米国企業ですので、このコミュニケーション力が必要不可欠だったというのがその背景にあるものと思われます。

こうした部分については台湾企業の能力・ノウハウを活用し、日本企業は核心的技術開発を担うなど、うまく協力関係を構築していく事例が増えることを期待しています。


執筆者

PwC台湾
日本企業部統括パートナー
奥田 健士