挑戦3:次世代監査 ー監査を変える、生成AIの活用に向けた挑戦ー

  • 2025-02-05

はじめに

生成AIの利用分野はあらゆる業務に広がっており、監査業務も例外ではありません。監査業務では数値データだけでなく、大量の言語情報も扱うため、生成AIが活用できる領域は非常に多いと考えられます。一方で、ハルシネーションや自動化バイアスといったリスクもあり、財務情報に信頼性を付与する監査業務においては、特にそれらのリスクに慎重に対応する必要があります。

本稿では、私たちが目指す次世代監査とはどのようなものか、その中で生成AIがどのように活用されるのか、それによってどのような利点が監査人、被監査会社、そして社会にもたらされるのかを説明します。

なお、本稿における意見の部分は筆者の私見であり、PwC Japan有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをあらかじめお断りいたします。

1 次世代監査とは

私たちが目指す次世代監査は、「人がリードし、テクノロジーが支える、データに基づいた監査」です。現代ではほとんどの業務がシステムによって、またはシステムとともに運用され、その結果がデータとして記録されています。私たちの直接の監査対象である財務情報だけでなく、その前提となるあらゆる企業活動の結果がデータとして記録されていると言っても過言ではありません。私たちはこのような大量のデータを取得、蓄積、分析し、専門家としての判断の根拠として利用することで、監査の信頼性をさらに高めることを目指しています。

データの分析には、同種の過去データとの比較、複数のシステムから出力されたデータの整合性の検討、同業他社とのベンチマークなど、さまざまな種類の分析が含まれます。複雑な組織構造を持つ多国籍企業の監査では、グループ内の各社で基幹システムが異なっていても、必要なデータを標準データモデルに変換することで、同じ視点での分析が可能になります。また、データの取得頻度もこれまでのような年に1回、あるいは四半期ごとだけではなく、リアルタイムなデータを利用することで、問題が生じる兆候を早期に把握し、被監査会社の経営者との討議を開始できます。

次世代監査において、これら大量のデータの効率的な利用を支えているのがテクノロジーです。データを利用するためには、データを取得し、蓄積し、標準化する必要があります。これを手作業で行っていては、利用するデータの量・頻度によっては非常に多くのコストがかかり、分析を開始するタイミングも遅くなってしまいます。こうした領域にテクノロジーを活用することで、データ取得のコストを抑え、データを入手後、速やかに分析ができるようになります。

このようにして実現されるデータに基づいた監査は、全て人がリードするものです。被監査会社のビジネスや戦略を深く理解し、十分な知識と経験を持った専門家として、どんなデータが利用できるか、データからどんな洞察を導き出すかを判断します。

こうしたテクノロジーやデータの利用を効率的に行うには、それらが人にとって使いやすい形で提供される必要があります。つまり、個々のツールがばらばらに存在するのではなく、統合されたプラットフォーム上で利用できるように設計される必要があります。また、データの利用に関しても、同じデータは一度だけ取得し、複数のツールで利用することで、データの信頼性を担保することが望ましいと考えられます。

このように人を中心とした監査プラットフォームの開発に向けて、PwCでは「Assurance Engagement Community」というコミュニティを組成しています。

2 Assurance Engagement Communityとは

PwCは「人がリードし、テクノロジーが支える、データに基づいた監査」の実現に向けて、監査業務の根本的な変革と向上を目指し、最新のAI技術を活用して、データに基づくテリトリー(国や地域)を超えた次世代監査プラットフォームを構築しています。グローバルで共通した価値を確立し、グローバルに業務を展開する多国籍企業に横断的で一貫したアプローチを提供するためには、テリトリーを超えて統一されたプラットフォームの構築が欠かせません。このプラットフォームの構築をリードしているのが、各テリトリーのメンバーです。

テリトリーを超えた監査プラットフォームを構築する際に、言語や文書形式、データの項目や分類方法の違いによって監査手続に微妙な違いが生じるため、一元的に統合された監査フレームワークを実現するのは容易ではありません。過去には、グローバルチームが開発したツールが各テリトリーに展開されたものの、そのままでは使うことができず、ローカルでカスタマイズする必要が生じ、膨大な作業が発生したこともありました。

PwCはこの課題に対処するため、Assurance Engagement Communityを組成しました。このコミュニティは、世界中の690以上のエンゲージメントチームで構成されています。エンゲージメントチームは、新しい監査ツールや監査プロセスを開発する全てのサイクルにおいてフィードバックを提供します。変化する世界に合わせて監査を変革していくため、Assurance Engagement Communityと開発チームの間ではコラボレーションを継続しつつ、イノベーションを追求しています。

Assurance Engagement Communityは、次世代監査プラットフォームで想定している業務がテリトリーの監査実務に適合しているかを確認し、かつ先進的なものにするという重要な役割を担います。図表1はコミュニティが参加する活動です。

図表1:Assurance Engagement CommunityのProduct Life Cycle

図表1:Assurance Engagement CommunityのProduct Life Cycle

出所:PwC作成

このコミュニティは任意の取り組みです。多くのエンゲージメントチームが、最新のAI技術をはじめとした未来の監査技術の開発に貢献したいという思いから、この取り組みに参加しています。歴史的な変革の最前線に立ち、最新の動向を早期に把握したいという高いモチベーションに基づきます

Assurance Engagement Communityは、次世代監査プラットフォームを構築するうえで直面するグローバルな監査実務の複雑さを克服するための、人間中心のアプローチです。世界中のエンゲージメントチームの専門知識とフィードバックを活用して、PwCは変化する世界のニーズに応える適応性のある効率的な監査フレームワークを構築します。この取り組みは、監査品質の向上と信頼性の向上をもたらし、PwCの監査サービスの質の向上にも大いに寄与すると考えています。

PwCの次世代の監査プラットフォームが、進化が目覚ましい生成AIの活用を加速度的に進めているのは言うまでもありません。Assurance Engagement Communityの多様な英知とテクノロジーの融合がもたらす未来の監査について次に説明します。

3 生成AIを利用した次世代監査

PwCで開発を進めている次世代監査プラットフォームにおいて、生成AIをどのように活用する計画なのかを説明します。

生成AIは自然言語で書かれた文章を処理できます。これにより、例えば監査証拠となる契約書の中から会計処理に影響する条項を抜き出したり、それ以外に監査上で留意が必要な条項がないかどうかをスクリーニングしたり、被監査会社から説明された内容と矛盾するような契約条件がないかどうかをチェックしたりできます。

被監査会社から提供された情報をこれまで以上に精査するだけでなく、私たちの監査調書を作るためにも生成AIは活用できると考えられます。生成AIに監査基準や会計基準を知識データベースとして与え、ベストプラクティスを学習させることで、専門家としての業務効率を向上できると考えられます。異なる担当者が作成した監査調書間で矛盾がないかどうか、監査調書によって検証した情報と開示が整合しているかといったチェックも生成AIがサポートできれば、人の注意をより重要なポイントに集中させ、監査品質の向上につながると考えられます。

また、生成AIは非構造化データを構造化データに変換するといった、データ加工にも活用できます。これまで、被監査会社のシステムから出力されたデータを標準データモデルに変換する際、人がデータを確認し、データのマッピングやデータカラムの調整を行っていました。生成AIを使えば、こうしたデータ加工のためのコードも生成できます。これにより、どんなシステムのデータを与えても、それと標準データモデルを比較して不足しているデータをリスト化したり、存在するデータとのマッピングを提案したりできるようになります。さらには、これらの提案に対して人が生成AIと対話しつつ、データ加工全体を自動化することも可能になるかもしれません。

それだけではなく、生成AIは監査のあらゆる場面で、人のアシスタントとして機能するようになるかもしれません。AIエージェントはこれを実現するための仕組みで、これを使えば人はやりたいことを生成AIに指示し、必要なデータを与えれば、生成AIは指示された内容を詳細なタスクに分解し、データの取り込みから分析、加工、データ間の照合といった分解されたタスクを自律的に実施し、その結果を指定された形式、すなわち監査調書の形式に変換して出力するところまで実行できます。人は生成AIが出力した結果が正しいかを精査し、その妥当性を確認するといった作業に集中できるようになります。この結果、監査人は機械的な作業の負担を大幅に軽減でき、人でなければできないことに集中できるようになります。

もちろん、全てのタスクに対して生成AIが常に最適なソリューションであるとは限りません。監査上の判断は全て人によって行われる必要がありますし、例えば単なる数字や文章の照合は、従来のテクノロジーで十分に対応できます。監査において生成AIを利用する場合、どういった用途であれば生成AIが適しているか、その際には生成AIの利用にあたってどのようなリスクがあり、どのような点に注意して人がレビューしなければならないかを整理しておき、それに基づいて利用する必要があります。

例えば「自動化バイアス」は、AI等で自動的に出力された結果が正しいものと思い込んでしまうバイアスです。このバイアスにより、人が過度に生成AIの結果に依存してしまうと、重要な情報を見落としたり、論理的におかしな判断をしたりする可能性があります。監査人には職業的懐疑心が要求されていますが、生成AIを利用する際には、その結果に対しても職業的懐疑心を発揮し、きちんと人の目でも確認することが重要になります。

4 次世代監査がもたらすメリット

データおよび生成AIを活用した次世代監査プラットフォームにより、PwCはより信頼でき、より透明性があり、より効率的な監査を提供していきます。

この次世代監査プラットフォームは、データおよび生成AIを活用した分析ツールの利用をはじめ、データの取得、変換、そして分析までを包括的に実施するという特徴があります。

次世代監査には、以下の利点があります。

  • 手作業によるサンプルチェックから全量データのテストに移行し、検出事項を見落とすリスクの低減が可能となる。
  • 全量データを用いた分析によって、より高リスクなエリアに焦点を当てた監査手続が可能となり、これにより被監査会社の監査対応はより平準化され、負担が軽減される可能性がある。
  • データの自動連携により、リアルタイムでデータの分析が可能になり、論点を早期に発見することで予期せぬ事態が発生するリスクを抑える。
  • AIがデータを利用可能な形式に自動変換し、さらに有用な外部データや最適な分析モデルをAIが提案することで、被監査会社のビジネスに対する理解が深まり、効率的で高品質な分析が可能となる。

また、統合型プラットフォームであることにより、分析結果や監査の進捗をリアルタイムで共有でき、監査チーム内部や被監査会社とのコミュニケーションを円滑にします。さらに、データの取得から蓄積、標準化を行い、情報源を集約することでデータ品質を向上させ、監査サイクル全体を通じた情報の安全性を確保します。被監査会社と連携してデータを自動的に取得し、標準的な形式に加工されたデータを生成AI等を活用して分析することで、専門分野に注力することが可能となります。そして、そこから新たな洞察を引き出すことで、高い品質の監査を実現します。

このように、データおよび生成AIを活用した次世代監査は効率性のみに焦点を当てるのではなく、効率性と高品質を同時に実現します。こうして実現された高品質な監査を提供していくことにより、被監査会社の財務報告の品質を担保するだけでなく、さまざまなステークホルダーを含む社会全体に便益をもたらします。

また、次世代監査プラットフォームは非財務情報の保証にも利用できます。企業のステークホルダーにとって、非財務情報はこれまで以上に重要性を増しており、それらに対する保証のニーズも高まっています。生成AIは非財務情報に対しても同様に利用可能であり、専門家としての能力を発揮するために利用すべきものです。こうした拡張性の高いプラットフォームを開発することで、時代の変化に対応していきます。

5 未来への挑戦

監査を取り巻く環境は大きく変わっていきます。被監査会社では多数のテクノロジーが利用され、保存されるデータが増えていきます。ステークホルダーは財務情報だけでなく、さらに幅広い情報の保証を期待しています。これらの変化に対応し、監査人の業務も変わっていきますし、業務を担当する人に必要なスキルも変わっていきます。テクノロジーの活用により、新たな種類のリスクも発生するため、そのリスクに対応する人財を育成し、次世代の監査を実現していきます。


執筆者

PwC Japan有限責任監査法人
アシュアランス・イノベーション&テクノロジー部
シニアマネージャー 守田 真澄

PwC Japan有限責任監査法人
アシュアランス・イノベーション&テクノロジー部
シニアマネージャー 熊木 純子