第19回 IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」:利用者視点での考察

  • 2025-02-05

はじめに

PwC Japan有限責任監査法人の基礎研究所(以下、基礎研究所)は2007年の設立以来、将来の監査業務に影響をもたらすと思われる経済・社会の基礎的な流れに関して独自の研究活動を行っています。今回は、基礎研究所所長の矢農理恵子パートナー(以下、矢農)と主任研究員の野村嘉浩(以下、野村)が、2024年4月に最終化されたIFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」について、財務諸表利用者の視点から対談形式で考察します。IFRS第18号は財務諸表利用者の懸念に対応した基準であり、その趣旨を踏まえた適用がなされることによって、最終的には資本市場が安定することが期待されていると考えられます。そこで、IFRS第18号が利用者に、何をどのようにもたらすのか、矢農と野村で分析しました。新基準のもとで損益計算書がどのように変わるのか確認したい方も、利用者は新基準をどのように捉えているのか興味のある方もご覧ください。なお、文中の意見は対談者の私見であり、PwC Japan有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。

1 IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」の背景

矢農:
IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」は2024年4月に公表されました。期中財務諸表を含め、2027年1月1日以後に開始する年次報告期間から適用されます。遡及適用が要求されているため、比較情報はIFRS第18号に基づいて作成される必要があります。この基準は、現行基準に対する財務諸表利用者(以下、利用者)の懸念を受けて開始されたプロジェクトの成果物です。野村さんは、これまで、証券系研究所や証券会社で、企業アナリスト、株式市場ストラテジスト、会計・開示制度の調査経験を有していますが、IFRS第18号のポイントをどのように捉えていますか?

野村:
IFRS第18号は、企業の業績報告の比較可能性および透明性に関する利用者の懸念に対処した新基準であるとされています。主なポイントとして、損益計算書における区分表示や持分法投資損益の表示に関する新たなルールの導入、経営者が定義した業績指標(Management-defined PerformanceMeasures。以下、MPM)に係る開示の追加などが挙げられます。

矢農:
損益計算書の構造が変わり、開示が追加されることになりますね。IFRS第18号のもとでの損益計算書のイメージは図表1のとおりです。

図表1:IFRS第18号における損益計算書イメージ

図表1 :IFRS第18号における損益計算書イメージ

2 営業利益の表示

矢農:
損益計算書においては、いわゆる段階利益が変わることになるので、ここは利用者にとって特に気になるポイントではないかと考えられます。まず注目したいのが、IFRS第18号で営業利益の表示が義務付けられたことです。現行基準では営業利益の表示は求められていないため、営業利益を表示する企業と表示しない企業が存在しています。IFRS第18号が新たな表示を義務付けたことによって、利用者にはどのような影響が生じるのでしょう?

野村:
現在、いわゆる段階利益の表示方法が企業によって異なる状況にありますが、それが新基準の要求によって統一されることは、比較可能性の観点からも利用者にとって有用です。例えば、日本の株式市場に上場する時価総額上位100社(2024年8月2日時点)のうち55社がIFRS会計基準を適用していますが、この55社(以下、IFRS会計基準適用55社)のうち9社は、営業利益と称する段階利益を表示していませんでした※1。今後、IFRS第18号が適用され、営業利益をはじめとするいくつかの損益データの定義が統一されることで、より多くの業績指標の集計値における企業間比較可能性が高まり、それらのトレンド分析も可能となります。

矢農:
日本でなじみのある営業利益が、IFRS第18号の適用によって、IFRS会計基準適用企業の財務諸表にも全て表示されることになりますが、ここで注意が必要です。呼称は日本基準と同様に営業利益ですが、その中身は日本基準とは異なることがあります。それは、日本の会計基準では特別損益になる項目、例えば減損損失などが、IFRSでは営業利益に含まれることです。これはIFRS第18号においても、現行基準においても同様です。日本の利用者はこの点をどのように捉えているのでしょうか?

野村:
IFRS会計基準における営業利益のなかに、日本の会計基準では特別損益に区分される項目が含まれる点については、利用者から違和感が指摘されてきました。日本の会計基準を適用している企業との間で、営業利益の実額、営業利益前期比増益率、売上高営業利益率などの比較を行うことが難しいわけですから、その指摘は理解できます。例えば、さきほど申し上げた時価総額上位100社の営業利益を集計する作業をしても、そこには、会計基準の差異による限界があるということです。もっとも、わが国の資本市場において、すでに複数の会計基準による財務報告が認容されている時点で、利用者としては、その限界を受け入れる必要があるということになります。

※1 PwCが各社の開示情報より集計

3 持分法投資損益の表示

矢農:
次に、日本では特に注目度が高いと考えられる持分法投資損益について考えてみましょう。IFRS第18号では、持分法投資損益を投資区分に含めることが定められました。したがって、営業利益には含まれないことになります。損益計算書上の表示については図表1をご参照ください。現行基準のもとでは、持分法投資損益を営業利益に含めている事例と含めていない事例がみられます。

野村:
IFRS適用企業において、現状、持分法投資損益を営業利益(営業利益に類似する呼称のものを含む、以下同様)の一部と考える意識が強いか否かについては、企業によって異なるように思われます。というのも、例えば、IFRS会計基準適用55社のうち16社が、持分法投資損益を営業利益の一部と考えた表示を行っていることが、開示された情報から確認できます。企業にとって、ビジネスモデルはさまざまですから、持分法適用企業の損益を、連結財務報告においてどう位置付けるかは、多様であると考えることは可能なのではないでしょうか。

矢農:
今のお話のとおり、持分法投資損益の表示については、持分法適用企業をグループとしてどのように位置付けているかという点が関係してきます。確定基準に至る過程では、公開草案で提案されたものの、採用されなかった提案がありました※2。それは、持分法投資損益を、企業の主要な事業活動に「不可分のもの」と「不可分でないもの」とに区分して表示を分けるというものです。持分法適用企業が企業グループにとって「不可分」であれば、投資区分ではなく、営業区分(営業利益)に含めるという考えもあります。そうした場合、企業グループにとって「不可分」かどうかをどのように判断するのかという課題もあります。

野村:
さきほど申し上げたとおり、持分法適用企業の損益をどう位置付けるかは企業によって異なるという見方もあります。そのような見方は、公開草案で「不可分」か「不可分でない」かといった区分が提案されたことと整合すると考えられます。しかし、最終的には、そうした分類は採用されず、持分法投資損益を一律に営業利益に算入することは求めず、投資区分に分類することとされました。そのあたりについては、利用者も割り切って、営業利益のトレンドを分析する必要があるでしょう。もっとも、売上高営業利益率を算定する上での売上高と営業利益の対応関係という観点からは、持分法投資損益が営業利益に含まれていないほうが、利用者にとってメリットがあると考えることも可能です。

矢農:
持分法投資損益を営業利益に含めることとした場合、投資先の税引後純損益の一部を取り込むことになるので、売上高営業利益率に影響が出ますからね。また、営業利益という、税引前利益を表示している段階で、税引後の項目が入ってくることにも違和感が指摘されていたと認識しています。

野村:
利用者は割り切りも必要となる一方で、個社とのエンゲージメントにおいて、持分法投資損益を企業がどう位置付けているか、丁寧に確認する必要があるでしょう。興味深い企業の選択行動として、日本基準からIFRS会計基準へと移行した企業の例を紹介します。日本基準では持分法投資損益を営業利益の算定に含めません。したがって、そのような企業が、もしIFRS会計基準に移行する段階で、営業利益に持分法投資損益を含めた場合、過去との経年比較に不自由さが感じられるはずです。この点、IFRS会計基準適用55社のうち14社は、開示された情報をみる限り、そうした企業行動を採用したものと考えられます。日本基準からIFRS会計基準に移行する段階で、あえて営業利益に持分法投資損益を含めた企業の経営者の意図には興味があります。営業利益推移の経年比較可能性を失うことを認識しながら、持分法投資損益を営業利益に含めた意図を掘り下げることで、ビジネス全体における持分法適用企業の位置づけを知るヒントが見つかるのではないかと感じています。

※2 公開草案の提案と再審議については、Viewpoint 解説「2021/11/22 第137回『基本財務諸表』プロジェクトの最近の動向(2021年7月~10月IASB会議での再審議)」を参照。

4 MPMの開示

矢農:
次にMPMの開示について考えてみましょう。IFRS第18号では、MPMについて注記で開示することが新たに求められます。これまで、「コア営業利益」、「調整後営業利益」といった項目を開示する企業がありましたが、そういった項目の名称や中身は企業によって異なります。例えば、減損損失やリストラ費用のように、日本基準では特別損益とされる項目を除外して算定することもあります。また、有価証券報告書の「事業の状況」や財務諸表のセグメント情報の注記で開示する企業もあれば、決算短信においてのみ開示する企業もあるというのが現状かと思われます。今回の新しい開示要求について、利用者はどのようにみているのでしょうか?

野村:
MPMの開示について、利用者の一般的な見解は、次のようなものではないでしょうか。

「MPMは、経営者が投資家を中心とする資本市場関係者に伝えたい業績に関するメッセージであるので、その自由な定義を尊重すべきである」

私もその意見に近いです。定義が多様であることで、同業他社との比較が困難となります。この問題を解決するには、同一業種内の経営者や投資家によって、定義に関するコンセンサスを形成する必要があるでしょう。こうした対応によって、自然と、MPMの定義が揃ってくるのではないでしょうか。その意味で、これまで、「コア営業利益」や「調整後営業利益」といったさまざまな名称を用いて表示・開示された指標が、IFRS第18号によってMPMとして開示され、損益計算書項目との調整表の開示が求められることは、利用者にとって大きなメリットであると考えています。

矢農:
MPMは経営者が定義するものですので、利用者はそれを尊重し、定義の背景を注記で理解した上で業績指標を利用するという考えですね。IFRS第18号は、MPMの算定方法と、その指標が企業の業績に関する有用な情報をどのように提供するかについて説明を求めています。また、MPMと最も直接的に比較可能なIFRS会計基準で定める小計または合計との調整についての開示も義務付けています。これらを開示することで透明性が高まることが期待されているわけですが、利用者にもたらされるメリットは相応のものになるだろうということですね。

野村:
企業の経営者にとっても、自らが意識するMPMの定義を明確にし、IFRS会計基準で要請される損益計算書項目との差異を表示することで、投資家とのエンゲージメントが展開しやすくなり、MPMの位置付けを資本市場に明確に打ち出すことができるメリットがあるのではないかと感じています。IFRS第18号の適用開始当初は、IFRS適用企業においてさまざまなMPMが開示される可能性がありますが、そのこと自体は批判の対象になるとは考えていません。一定期間が経過した後、投資家とのエンゲージメントを通して、MPMの定義が標準化されるかもしれませんし、ビジネスモデルの多様性を踏まえて、MPMの定義がますます多様化するかもしれません。いずれの方向に進むにせよ、経営者が定義したMPMをどのように資本市場に発信したいかを明確にする姿勢を、投資家は冷静に検討することになると思います。

5 営業費用の開示

矢農:
その他の論点の1つとして、営業費用の開示があります。IFRS第18号では、営業費用の性質別開示についても新たなガイダンスが示されました。具体的には、減価償却、償却、従業員給付、減損、棚卸資産の評価損の5項目につき、損益計算書の各科目に含まれる金額を開示することが求められます。この変更により、利用者にはどのような影響があると思いますか?

野村:
営業費用の性質別開示の充実化は、財務諸表利用者にとってメリットの大きいものです。特に開示が求められる5項目は、営業費用の中でもその推移が注目されやすいものですし、減価償却や従業員給付は、一般的に、営業費用を固定費と変動費に分解する際に、典型的な固定費として意識されるものです。損益分析において、固定費と変動費の分解は基本的な作業ですから、その分解に用いる代表的な項目が明示的に開示されることは、財務分析上、とても重要なことだと考えています。

6 おわりに

矢農:
IFRS第18号は2027年1月1日以後に開始する年次報告期間から適用されますが、IFRS第186号が適用された財務諸表を分析するにあたり、利用者が特に注目すると思われるのはどのあたりでしょう?

野村:
やはり営業利益を中心とする段階利益の明確化やMPMに係る説明および数値情報の充実化だと考えられます。利用者は、損益計算書の分析を通じて、企業の収益構造をより深く理解することができます。その分析をするに当たり、段階利益の明確化は、企業間の比較可能性を高めます。また、MPMに係る説明および数値情報の充実化は、企業のエンゲージメントを深める一助となります。

矢農:冒頭にも申し上げましたが、IFRS第18号は、利用者の懸念を受けて開始されたプロジェクトの成果物であり、その狙いは、企業の業績報告の比較可能性や透明性を高めることにあると理解しています。IFRS第18号の趣旨に沿った適用がなされ、企業間の比較可能性を高めるとともに、企業の経営に係る考えが開示されることで利用者との対話が促され、その結果、投資が活性化され、ひいては資本市場の発展につながることを期待しましょう。

【本稿で扱っていない事項も含め、IFRS第18号の詳細については、次のViewpoint解説を参照】


執筆者

PwC Japan有限責任監査法人
パートナー 執行役員
基礎研究所所長 矢農 理恵子