挑戦1:人財育成 ー「人」がリードし「テクノロジー」が支える未来に向けた私たちの挑戦ー

  • 2025-02-05

はじめに

AIやITなどのテクノロジーの急速な進化とDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展により、私たちの生活環境は劇的に変化しています。かつては一部の専門家に限られていた技術やデータ活用が、わずかな期間のうちに、私たちの生活の一部となり、日常が大きく変化したと感じている方も多いのではないでしょうか。

企業活動においても同様です。テクノロジーの発展に伴い、自動化技術の導入による業務の効率化や、サブスクリプションやプラットフォームなどを用いた新たなビジネスモデルが創出され、これまでとは異なる新たな製品やサービスが次々と開発されています。同時に、企業側の責任範囲が拡大し、リスクへの対応の強化や環境への配慮といった取り組みが強く求められるようになっています。

このようなビジネス環境の変化は、私たち監査法人の業務の範囲を広げ、より複雑なものにしています。これまでと同じアプローチでは、変動する市場環境や多様化するクライアントニーズに対応することは難しく、最新の技術と知識を駆使して、信頼性の高いアシュアランスサービスを提供し続けることが求められています。

本稿では、PwC Japan有限責任監査法人(以下、当法人)のDX変革における人財育成の位置づけと、3類型のDX人財の育成に向けた取り組みを詳しく解説します。

なお、本稿における意見の部分は筆者の私見であり、当法人および所属部門の正式見解ではないことをあらかじめお断りいたします。

1 2つの鍵

当法人は、急速な変化や多様化するニーズに対応するために、2つの取り組みが鍵になると考えています。

1つ目の鍵は、AIの活用です。生成AIに代表されるAIサービスの出力では判断を誤るリスクや一貫した結果を得られないリスクがあるため、現状、会計や監査においてはAIの利用方法は限られています。しかしながら、リアルタイムでの監査や、信頼性・透明性の向上にはAIの利用が鍵となり得るため、リスク対応や会計監査へのAIの適用に向けて取り組みが進んでいます。

2つ目の鍵はデータです。数年前からビジネスの現場で「データドリブン経営」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。その背景には、データを活用した経営判断や戦略立案が企業の競争力を大きく左右するという実感を持つ経営者層が増えていることが挙げられます。また、AIを効果的に利用するには、精度の高いデータが不可欠です。AIのアプリケーションの性能も重要ですが、それ以上にAIに学習させるデータの質や、欲しい情報を検索して抽出し、その内容をもとに生成AIに回答を生成させる技術であるRAG(Retrieval-Augmented Generation)の性能が大きな影響を与えます。データドリブン経営を実践する企業は増加の一途をたどっており、データの重要性がますます高まっているのは言うまでもありません。企業が持つ膨大なデータを適切に分析し、有効に活用することが、今後のビジネス成功の鍵となります。監査法人も、被監査会社から提供される膨大なデータの正確性・信頼性を担保する重要な役割を担っています。

「AIの活用」や「データ」は重要と述べましたが、これらを使いこなし、推進する人財も不可欠です。それは法人内の一部の人財だけができればよいというわけではなく、将来的には当法人内の全職員が使いこなすことが求められます。

2 これまでの人財育成とこれからの人財育成

(1)DX人財育成への取り組み

2019年、当法人は、全職員向けの2日間にわたるハンズオン研修を皮切りに、本格的なDX人財育成を開始しました。この研修は単なるスキルアップの場にとどまらず、全社を挙げてデジタル文化の醸成を進めるための重要な最初のステップとなりました。この研修では、即戦力として活用できるスキルを習得することを目的に、業務に直結する形でデータ分析ツールおよびデータ可視化ツールの操作を実践しました。また、PwC Japanグループ全体のデジタル化を加速させるために、選抜メンバーを対象としたトレーニングプログラム「デジタルアクセラレーター」を開始し、DX推進にさらに拍車をかけました。

さらに、「デジタルチャンピオン・デジタルアンバサダー」のプログラムを開始しました。これは、各部門から選出されたメンバーの専門性を高めつつ、部門内や現場におけるデジタルカルチャーの醸成を担ってもらう活動です。この活動は誰でも積極的に関与でき、各部門における自律的なデジタル文化の推進と、法人全体のDXカルチャー醸成に大きなインパクトを与えています。

これらの取り組みは法人のDX化のファーストステップとして強力な変革をもたらしました。しかしながら、前述のとおり、社会の急速なデジタル化の進展に伴い、ビジネス自体も大きく変化しています。そして現場で必要な人財スキルも変化しており、人財への対応を進めなければ、ビジネスと人財との間に大きなギャップが生じてしまいます。現状の人財育成の取り組みだけでは、クライアントのニーズに対応できません。そこで私たちは2030年に向け、新たな人財の育成施策を検討し、2024年から本格的に開始しました。

(2)3類型の人財と育成施策

当法人では2030年に向けて必要となる新たな人財の育成施策を検討した結果、DX人財を3つの類型に整理しました。現在、3つの類型別に人財育成に取り組んでいます。次のセクションからは、3つの類型と取り組み内容を詳しく説明します。

  1. プロセスデジタル化人財
  2. データ利活用人財
  3. プロダクトマネージャー人財

3 プロセスデジタル化人財とデータ利活用人財とは

現在の企業経営において、デジタル技術の進化は重要な競争力の源泉となっています。特に生成AIやデータ解析技術を活用したビジネスプロセスのデジタル化や、データ駆動型の意思決定は企業の持続的成長を左右する鍵です。しかし、これらの変革を進めるためには、従来のスキルセットや人財育成の枠組みを超える新たなアプローチが求められます。ここでは当法人が取り組む3類型のうち1つ目と2つ目の人財、「プロセスデジタル化人財」と「データ利活用人財」の育成について紹介します。

(1)2つの人財における課題認識

急速なデジタル技術の進化の中で、企業は従来の業務プロセスを大幅に見直す必要に迫られています。プロセスデジタル化人財は、ビジネスや業務変革を通じて実現することを設定し、既存の組織や制度を抜本的に見直し、プロセスの課題解決や標準化、デジタル変革を通じて目的を実現します。一方、データ利活用人財は、データを活用した社内デリバリープロセスやクライアントの業務プロセスの変革を実現するため、データを収集・解析する仕組みを設計・実装・運用する役割を担います。これらの人財育成は容易ではなく、企業が直面する課題も複雑です。業務の変革には、技術的な知識だけでなく、ビジネスプロセスの全体的な理解やデータの活用能力が不可欠です。

プロセスデジタル化人財とデータ利活用人財には高度なITスキルに加え、幅広いビジネスの知識と理解が求められます。プロセスデジタル化人財は、業務プロセスの改善に向けたプロジェクト管理や、組織全体のプロセスを最適化する役割を担い、データ利活用人財は、データ分析だけでなく、機械学習を含むAI技術を駆使し、ビジネスの洞察をデータに基づいて引き出す役割を担います。こうした役割を果たすためには、技術とビジネスの双方を理解し、統合的に考える力が求められます。

(2)2つの人財の役割

デジタル時代における企業運営では、データの活用が成功の鍵となります。しかし、単に多くのデータを収集するだけではなく、そのデータの質が重要です。データが散逸していたり、信頼性が低い場合、業務プロセスの改善や意思決定の精度に悪影響を及ぼす可能性があります。これを防ぐには、データの質を高め、効率的に活用できる体制を整えることが不可欠です。

プロセスデジタル化人財が果たす役割の1つは、企業の業務プロセスを効率化し、無駄や重複を排除することです。業務フローの標準化や自動化が進めば、コスト削減や生産性向上も実現できます。さらに、データ利活用人財がデータに基づいてプロセスをモニタリングし、タイムリーに改善することで、迅速な意思決定が可能となります。これにより、企業の競争力強化や、ビジネスの持続的な成長が促進されます。

生成AIや高度なデータ解析ツールを活用することで、企業の意思決定はより正確で迅速なものになります。過去のデータから得られる洞察や知見をタイムリーにビジネスへ反映させることで、企業は市場の変化に即応し、競争力を保つことができます。特にデータ駆動型の意思決定を推進することで、リスク管理をより強固なものにし、新規事業の展開においてもより適切な判断を行えるようになります。これにより、企業の意思決定プロセスのスピードと確実性が増し、市場競争において優位に立つことができるのです。

(3)組織文化と体制の変革

デジタル化やデータ活用の推進には、単に技術やツールを導入するだけではなく、組織全体の文化と体制の変革が不可欠です。特に、従来の経験や直感に基づいた意思決定ではなく、根拠のある意思決定を行うにはデータをいかに活用するかが重要になります。そのためには、企業全体が変革の重要性を理解し、取り組まなければなりません。これは、技術的なトレーニングやツールの導入だけでなく、組織全体のマインドセットを変える大きな挑戦でもあります。

プロセスデジタル化人財やデータ利活用人財の育成は、企業が競争力を維持し続けるための基盤となります。これらの人財は単なる技術者ではなく、組織の変革を牽引し、デジタル技術を活用したビジネスプロセスの最適化を実現するリーダーです。特に生成AIを活用した新しい業務プロセスや、データに基づくビジネス意思決定の重要性を理解し、実践できる人財を育てることが、企業の持続的な成長に直結します。

これらの人財は、単に技術的なスキルを持つだけでなく、組織全体を変革するリーダーシップを発揮し、新たなビジネスモデルやイノベーションを生み出す原動力となります。企業が未来に向けて持続的に成長し続けるためには、これらの人財の育成に戦略的に取り組むことが必要であると考えています。

4 プロダクトマネージャー人財

デジタル分野は、大きな変革期を迎えています。特に生成AIの登場により、自動化や効率化が進み、従来の手法からの脱却が求められています。当法人においても、2030年に向けて競争力をさらに高めつつ、クライアントのニーズに対応するには、既存のサービスを提供するだけでは不十分です。このような状況を乗り越えるには、ビジネス的視点と技術的知識とを融合させ、革新的なプロダクトやサービスを創出する必要があります。当法人では、これを実現するための人財を「プロダクトマネージャー人財」(サービス開発推進人財)と位置づけています。

(1)課題

一般に、プロダクトマネージャーの役割を明確に定義することは難しいと言われています。その理由はいくつかあります。例えば、コンセプトの策定から開発、マーケティング、ユーザーサポートまでと、責任範囲が広範で、企業によって定義がさまざまなこと、特に他の役割(エンジニア、プロジェクトマネージャー等)との業務範囲の調整が必要なことが挙げられます。このため、各企業は自社の実状に合わせて、プロダクトマネージャーの役割を整備する必要があります。

当法人においても、これからのビジネスで必要なスキルや役割、責任範囲を詳細に調査したうえで、将来に向けて活躍できるプロダクトマネージャーの人財像を検討しています。その中でも、特に重要なプロダクトマネージャーの役割の1つとして戦略や要求定義の策定があります。例えば、クライアントやステークホルダーに対して、プロダクト開発を行う意義および必要性を明確に示し、そのプロダクトの価値を適格に説明できなければなりません。このとき、戦略や要求定義に関する知識が不足していると、関係者間のコミュニケーションが難しくなり、ビジネスの障害となります。

さらにプロダクトマネージャーには、クライアントの課題を識別しビジネスを深く理解する能力、プロダクト開発の流れの理解、ITや新技術に関する知見、コミュニケーション能力など、さまざまなスキルが求められます。そのため、育成期間は長期にわたります。特にクライアントの課題識別に関しては、クライアントに寄り添い、伴走型で課題解決に導くスキルが求められます。そのため、短期育成を目指す場合には、営業やクライアントフェイシングが得意な人財に絞るほうが効率的だという見方もあります。

(2)課題への取り組み

さまざまなケースに対処していくために、当法人ではクライアントの多様な課題を識別・分析し、これを要件として明確化するトレーニングプログラムを計画しています。さらに、部署間でプロダクトマネージャーのスキルや配置状況を可視化するシステムを導入し、適切な人財のアサインを支援する仕組みを整備する予定です。今後は、プロダクトの開発、運用、デリバリーを異なるチームに分け、効率的にスケールさせるための組織構造の見直しも必要となるかもしれません。それに伴い、プロダクトマネージャー間での課題共有を促進するためのインセンティブや評価体制の整備も重要な要素となります。

2030年に向け、当法人が生成AI時代の変革に対応するためには、技術的な課題への対処だけでなく、プロダクトマネージャーの育成が重要です。トレーニング、アサイン、チーム編成など、さまざまな面で課題がありますが、それらに対する適切な対応策を講じることで、より効率的で革新的なサービスやプロダクトを提供できるようになると考えています。

5 育成施策(OJT)の取り組み

上記で紹介した3つの人財育成のための具体的な取り組みとして、当法人ではOJTを中心とした育成を計画しています。これらのプログラムは3つに分かれており、それぞれ異なるレベルと目的を持っています。Trial Digital OJTはオブザーバー(観察者)を中心とした基礎的な学習、ImmersiveDigital OJTは実案件に近い環境での模擬体験、Real DigitalOJTは実案件での業務遂行と、ステップアップしながら実務に近づけていきます。これにより、幅広いスキルレベルのスタッフがデジタル人財として成長し、監査法人全体のデジタル変革を推進することを目指しています。3つの取り組みをそれぞれ紹介します。

(1)Trial Digital OJT

Trial Digital OJTは、基礎的なデジタル変革スキル習得を目的とした、学習とOJTを組み合わせたプログラムです。参加者は、デジタル変革を推進するプロジェクトのオブザーバーとして参加し、デジタル変革の基礎を学ぶことができます。

参加者はまず、eラーニングのデジタルスキル習得コースやPMO(Project Management Office)習得コースを通じて、デジタル変革に必要なスキルやプロジェクト管理の基礎知識を学びます。また、データ分析やデータ可視化などのデジタルツールの使用方法も習得します。その後、各部門で進行中の実際のプロジェクトを観察し、学習の場として提供することで、効果的にスキルを習得できます。これにより、デジタルスキルの向上だけでなく、チームワークやコミュニケーションスキルの向上も図ることができます。

このプログラムは、オブザーバーという立場で実案件に参加し、実務のプロセスや流れを理解することに重点を置いている点が大きな特徴です。Trial Digital OJTは、デジタルスキル向上に積極的なスタッフを支援する取り組みであり、主にプロセスデジタル化人財やデータ利活用人財を育成することを目的としています。

(2)Immersive Digital OJT

Immersive Digital OJTは、より実践的な体験を重視した疑似体験型プログラムです。参加者は、実際のビジネス案件を複製した模擬プロジェクトに取り組むことで、リアルな業務環境を再現した状況下でスキルを磨くことができます。プログラムは数週間程度の集中訓練として設計する予定で、短期間で効率的にスキルを習得できるという特徴があります。

このプログラムの目的は、基本的なデジタル案件のデリバリーができる人財を育成することです。各部門から選出されたスタッフが参加し、プログラム修了後は同種の案件に即アサインできるレベルに到達することを目指しています。また、生成AIを活用したプロダクト開発の体験など、最新技術を取り入れた学習内容も含まれており、参加者はより実践的なスキルを身につけることが期待されています。

Immersive Digital OJTは、単なる座学や観察ではなく、実務に限りなく近い環境での学習を提供するため、効果的なスキル習得が可能です。また、デジタルスキルの向上だけでなく、チームワークやコミュニケーションスキルの向上も期待できます。

(3)Real Digital OJT

Real Digital OJTは、完全に実案件に基づいたOJTプログラムであり、参加者は実際のプロジェクトにアサインされて業務を遂行します。このプログラムは、より高度なスキルや専門知識を持つ人財を育成することを目的としており、現在設計を進めています。各部門が保有するデジタル技術やツールを基軸とし、それに対応したトレーニングと実務経験を組み合わせて、スキルを向上させていきます。

Real Digital OJTの参加者は、デジタルプロジェクトに直接関与し、プロジェクトを推進する役割を担います。このプログラムでは、デジタルスキルだけでなく、業務知識やガバナンス、リスク管理、コンプライアンスなどの分野における専門的なスキルも求められます。

Real Digital OJTの目的は、各部門のソリューションと結びついたデジタル人財の育成です。プログラム修了後は、参加者が即戦力としてプロジェクトにアサインされ、デジタルビジネスの成長に貢献できるようになります。

以上、3類型の人財とその育成に向けた取り組みについて紹介しました。当法人は今後も、当該取り組みの進捗や成果について積極的に発信していきます。


執筆者

PwC Japan有限責任監査法人
リスク・アシュアランス部
ディレクター 浅水 賢祐

PwC Japan有限責任監査法人
アシュアランス・イノベーション&テクノロジー部
マネージャー 田中 俊和