税務コーポレートガバナンスの潮流と税務分野におけるデータ分析の活用

  • 2023-08-25

はじめに

2021年6月に国税庁による税務コーポレートガバナンス(以下、税務CG)の充実に向けた取り組みが見直され、企業の税務リスクに応じた的確な税務調査の選定等が推進されています。

税務調査の結果、企業の税務CGの評価結果が「良好」「おおむね良好」「改善が必要」の3区分でトップマネジメントに伝達されることとなり、令和3事務年度の税務CGの評価結果の内訳も公表されています。このような背景から、企業における税務CG改善に向けた再発防止策の策定・運用の必要性が増してきており、国税庁は、税務CGの効果的な改善事例の1つとして、新たなシステムの導入によるデータ管理などを紹介しています。また、各国の税務当局でも税務調査にデータ分析が活用されるようになっており、税務分野におけるデータ管理やデータ分析の重要性が高まってきていることがうかがわれます。

本稿では、国税庁が公表している税務CGの評価ポイントを解説し、各国税務当局の動向に触れた上で、企業に求められる対応策の1つとして、税務リスクデータ分析の取り組みや有効性について紹介します。

なお、文中の意見に係る記載は筆者の私見であり、PwC税理士法人の正式見解ではないことをお断りします。


1 税務コーポレートガバナンスの潮流

国際的な税務コンプライアンス向上のためには、税務調査のみならず税務当局と大企業とが協力的に行動する取り組みが重要になってきます。国税庁においても、2011年7月より税務CGの充実に向けた取り組みが実施され、2021年6月には同取り組みの見直しが行われ、協力的手法を通じた自発的な適正申告が推進されています。税務CGの充実を図ることで企業および税務当局双方にメリットが生じる効果が期待されており、具体的な取り組みの概要は(図表1)のとおりです。税務当局は、自発的な適正申告が期待できる大企業には税務調査で把握された誤りについて再発防止策の策定および運用を依頼し、調査必要度の高い法人への調査事務量を重点的に配分するリスクベースアプローチ※1を推進しています。一方で、企業は要改善事項への対応を進めていくことで、不適切な税務処理の発生リスクの軽減および税務調査対応負担の軽減を図っていくことになります。

税務当局による税務CGの評価は、以下に示す5つの評価項目で行われます。5つの評価項目を総合的に判断し、税務調査への対応状況および帳簿書類等の保存状況も考慮した上で、税務CGの評価が決定されます。税務CGの評価結果は、「良好」「おおむね良好」「改善が必要」の3つに区分され、税務調査終了後のトップマネジメントとの面談において、その評価に至った根拠とともに企業に伝えられます。また、税務調査での是正事項の再発防止に向けた取り組みを含め、税務CGの評価が低かった項目について、効果的な事例が紹介されて意見交換が行われます。

図表1 :税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取り組みの概要
  1. 経営責任者等の関与・指導
  2. 税務(経理)担当部署等の体制・機能
  3. 税務に関する内部牽制の体制
  4. 税務調査での指摘事項等に係る再発防止策
  5. 税務に関する情報の周知

税務CGの評価結果は、当該企業の税務リスク判定の重要な判断材料の1つとして税務当局に活用されることになります。税務調査が省略される事業年度には、税務当局から再発防止策の策定および運用状況に関するヒアリングが実施され、次回の税務調査では、リスクベースアプローチの考え方に基づいて企業の税務リスクに応じて調査時期・調査体制等が決定されることになります。このように、企業における税務CG改善に向けた再発防止策の策定および運用の重要性が高まってきています。

2 税務コーポレートガバナンス改善に向けた今後の課題

令和3事務年度の税務CGの評価結果は公表されており、113社の評価は、「良好」が24%、「おおむね良好」が67%、「改善が必要」が9%という内訳でした(図表2)

令和3事務年度の税務CGの評価を踏まえ、税務調査における指摘事項に対して企業が取り組んだ改善策の中で、次回調査において再発防止が図られていると実効性が認められた取り組みとして、次のような事例が紹介されています。そこでPwCあらたは、2030年に向けた新たな挑戦として、今後アシュアランスに求められるであろう3点(図表2)に対して、テクノロジーを活用したアプローチを行っています。このアプローチにより、次世代にも利用できるサステナブルな監査テクノロジープラットフォームを構築することで、「信頼のバトン」を次世代に渡すことができると考えています。大限に発揮し、監査に関わる全てのステークホルダーが心身ともに健康的な状態で活躍することで実現される監査です。 VUCA(社会やビジネスにおいて、環境が目まぐるしく変化し、将来の予測が難しい状態)の時代に、社会に信頼を築き
図表2: 令和3事務年度の税務コーポレートガバナンス調査実施状況

5つの評価項目ごとの評価結果も公表されており、「1.経営責任者等の関与・指導」や「5.税務に関する情報の周知」については6~8割程度の企業が「良好」の評価を得ている一方で、「2.税務(経理)担当部署等の体制・機能」「3.税務に関する内部牽制の体制」および「4.税務調査での指摘事項等に係る再発防止策」については3~4割の企業が「改善が必要」の評価になっています。税務CGの観点からは、「1.経営責任者等の関与・指導」がその他の項目を充実させる上でも影響が大きく、企業の税務コンプライアンスの維持・向上を把握するために最も重要な項目と考えられています。ただし、上記結果のとおり、一定程度「1. 経営責任者等の関与・指導」が充実している状況にあることから、今後は「2. 税務(経理)担当部署等の体制・機能」「3. 税務に関する内部牽制の体制」および「4. 税務調査での指摘事項等に係る再発防止策」の項目の充実が必要になってくると考えられています。

令和3事務年度の税務CGの評価を踏まえ、税務調査における指摘事項に対して企業が取り組んだ改善策の中で、次回調査において再発防止が図られていると実効性が認められた取り組みとして、次のような事例が紹介されています。

事例1:関係部署への勉強会の開催および新たなシステムの導入

事例2:定期的なミーティングおよび経営責任者等への報告

このうち、「勉強会」「ミーティング」および「経営責任者等への報告」は過年度にも効果的な事例として公表されていましたが、今回新たに効果的な事例として、「新たなシステムの導入」が紹介されています。事例では新たなシステムの導入によるデータ管理の推進によって仕入割戻金の未収計上漏れが改善したケースが紹介されており、税務CGの観点からもシステムによるデータ管理の有効性を示唆する内容になっています。

3 各国税務当局の動向

近年、英国やオーストラリアなどの海外の税務当局でも、税務調査にデータ分析を活用するようになっています。英国の税務当局では、大企業への税務調査にデータ分析が活用されており、想定される税収と実際の税収との間の税ギャップが効果的に縮小しているという報告もあります。また、オーストラリアの税務当局では、租税回避タスクフォースが立ち上げられて税務CGの状況に応じたリスクベースアプローチが導入されており、テクノロジーへの投資も積極的です。この結果、税務当局のこうした取り組みに要した費用を追徴税額が上回り、有効に機能していると報告されています。加えてオーストラリアでは、物品・サービス税(Goods and Services Tax)の税務ガバナンスレビューにおいて税務当局によるデータ分析が実施されています。その際、企業は税務アドバイザーによるデータ分析を事前に実施しておくことで、税務当局主導のデータ分析でなく、納税者主導でのデータ分析を用いることができる仕組みになっています。

一方、日本においては、最近の税務調査の現場において、関連データの提出が求められて税務当局によるデータ分析が実施されているケースが見受けられるものの、一般的には税務当局による税務調査でのデータ分析は実施されていない状況にあります。国税庁の「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション」においては、税務行政の目指すべき将来像として、「納税者の利便性の向上」と「課税・徴収の効率化・高度化」の2本の柱が示されています。このうち2本目の柱の「課税・徴収の効率化・高度化」については、課税・徴収におけるデータ分析の活用等の取り組みをさらに進めていく方針が明記されています。例えば、申告内容の自動チェックや、将来的なAIの活用も見据えた幅広いデータ分析等の取り組みを進めているとしています。こうした税務行政のデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みや前述の海外の税務当局の動向も踏まえると、将来的に日本の税務調査においてもデータ分析が標準化される可能性が高いと想定されます。

情報の信頼性についても担保されていなければなりません。

4 企業の税務リスクデータ分析

日本における税務CGの潮流を踏まえると、実効性のある再発防止策を導入して税務CGを強化するという観点から、税務リスクデータ分析の導入が有効であると考えられます。また、各国の税務当局の動向や日本の税務行政のDXの流れを踏まえると、税務リスク低減の観点から企業が自発的な防衛策として事前にデータ分析を実施することは有効であると考えられます。

実際に、税務調査の結果を受けて、指摘事項に係る再発防止策や税務CGの改善に関する相談をいただく事例も増えてきています。その対応策の1つとして、PwCが提供する「税務リスクデータ分析」を紹介します。具体的には、特定の税務リスクシナリオを対象として、データ分析ツールを利用して大量のデータから検証を必要とする取引を効率的に抽出し、元税務調査官の視点から効果的な検証を実施します(図表3)。データ分析では、不正調査のノウハウを活用しており、会計システムデータや稟議データなどの適切なデータに対して、専門家の知見を踏まえた税務リスクシナリオを掛け合わせ、テクノロジーを活用した効果的かつ効率的な分析を行うことで、人の手ではできない高度なデータ分析を可能としています。実際の事例としては、外部委託費の先行検収という税務リスクシナリオにおいて、期末付近の取引とそれ以外の取引との取引内容の類似度を分析し、類似取引における検収日数の乖離を分析および可視化して、潜在的に先行検収リスクが高いと考えられる取引を抽出しています。企業にとって懸念対象となっていた取引が特定され、その後も税務リスクデータ分析を継続しています。こうしたデータ分析を継続することで、分析範囲の拡大や、効率的な水平展開や分析の高度化も期待されます。

昨今の企業内で扱われている大量のデータやさまざまな形態のデータを考慮すると、手作業によるデータ分析には限界があり、企業における税務リスクデータ分析には、高度なデータ分析を活用して効率的に税務リスクを検出していく仕組みが必要と考えられます。企業税務の分野においても、デジタル対応が求められる時代になりつつあると言えるのではないでしょうか。

昨今の企業内で扱われている大量のデータやさまざまな形態のデータを考慮すると、手作業によるデータ分析には限界があり、企業における税務リスクデータ分析には、高度なデータ分析を活用して効率的に税務リスクを検出していく仕組みが必要と考えられます。企業税務の分野においても、デジタル対応が求められる時代になりつつあると言えるのではないでしょうか。情報の信頼性についても担保されていなければなりません。
図表3: 税務リスクデータ分析の概要

※1 リスクベースアプローチとは、個々の企業の税務CGの状況、事業内容、申告・決算内容、把握された非違の内容や改善状況など各種要素の分析に基づき税務リスクを判定し、そのリスクに応じた的確な調査選定と適正な事務量配分を実践すること。


執筆者

PwC税理士法人
ディレクター 岡本 友紀子