PwCあらた基礎研究所だより 第1回 アカデミズムに学ぶ── ステークホルダーとの対話を通じた自己検証と継続的改善

1 はじめに
── 本シリーズの連載開始にあたり

PwCあらた基礎研究所の設立趣旨と沿革

PwCあらた基礎研究所は、法人設立の翌年である2007年に、将来の監査法人業務に影響をもたらすと思われる経済・社会の基礎的な流れに関して「独自の研究活動を行う常設機関」として設立されました。PwCあらた基礎研究所では、外部から複数の独立した研究者を招聘し、中長期的視点に立った理論的かつ実務的な調査研究を行い、その成果に基づいてステークホルダーの皆様と討議・対話を重ねています。これまでに、「監査の発展の歴史」、「職業的懐疑心の発揮」、「監査チームの文化」、「デジタル時代における心象形成と監査証拠」、「アシュアランスの対象とすべき領域」について議論してきました。また、投資家や資本市場からの期待をめぐり対話を重ねるとともに、サステナビリティや事業継続マネジメントなどについても検討を加えてきました。

こうした議論の成果は、年次で刊行している「監査品質に関する報告書」に取り入れたり、同報告書を用いたステークホルダーの皆様との対話に活用してきました。今般、もっとタイムリーな情報発信と対話の手段として、主任研究員による論考を本誌PwC’s Viewに掲載していくことにしました。第1回の本稿では、アカデミズムに属する方たちからの学びについて述べています。とりわけ、学会への参加と学びを通じたステークホルダーの皆様との協創について研究員の日頃の思いを共有させていただきます。

なお、文中における意見は、すべて筆者たちの私見であることをあらかじめ申し添えておきます。

2 ステークホルダーの皆様との対話

2.1 対話の全体像

PwCあらた有限責任監査法人では、PwCのPurpose(存在意義)である「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」を実現し、社会から必要とされる存在であり続けるために、私たちを取り巻く環境を概観し、ビジョンとして「デジタル社会に信頼を築くリーディングファーム」(Vision2025)を掲げています※1。このビジョンでは5つの戦略的領域を定めており、その1つがステークホルダーへの発信と対話です(図表1)。日頃の業務を通じて、企業や投資家の方々と対話する機会は多々ありますが、アカデミズムの皆様からも多数のご教示をいただいています。こうした学びをもとに、自社の監査品質やその他の業務品質について自己検証を行い、継続的に改善していくことで、PurposeやVisionの実現につなげています。

図表1: ステークホルダーへの発信と対話

こうした視点から、筆者たちを含めるPwCあらた基礎研究所の所属メンバーは、日頃、事業会社や投資家の皆様だけでなく、資本市場関係者の皆様とつながるだけでなく、さまざまな分野の学会に実務家として参加しつつ、アカデミアの先生方とも密に交流しています。

具体的には、会計系統の学会である日本会計研究学会、日本監査研究学会、国際会計研究学会、日本簿記学会、日本経済会計学会、日本内部統制研究学会などをはじめ、日本価値創造ERM学会や人工知能学会など、さまざまな学会に参加し、学びの機会を得ています。

以下では、2021年の春から秋にかけて参加したいくつかの学会を例にとりながら、その活動の一端をご紹介させていただきます。

2.2 春から秋にかけての学びの場

上述の学会の大半は、毎年、春から秋にかけて年次大会が開催されます。この時期は、アカデミアの世界で「学会シーズン」と呼ばれています。各学会とも、開催校が事前に決まっていますが、その所在地は全国津々浦々です。大学が日本全国に存在するわけですから、ある意味当然です。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが起きる前の2019年までは、各地に存在する開催校に全国の学会員が集い、研究成果を発表し活発な討論を展開するとともに、夕刻には懇親会を通じて交流を深めるのが一般的でした。筆者たちにとっても、所属団体の公式的な立場等から少し離れて、一個人として、1つの領域・テーマについて、自由に意見を出し合う機会をとても楽しみにしていました。

日本会計研究学会、日本経済会計学会、日本簿記学会、日本監査研究学会など多くの学会では、全国大会とは別に地域ごとの会合も開催されています。その区分は学会によってさまざまですが、例えば、所属先が関東圏の大学であれば、東日本部会や関東部会といった具合です。その意味では、1つの学会につき、全国年次大会と所属部会の会合と、年に2回集うこともあります。

COVID-19が大幅に拡大してからは、多くの学会がウェブ開催となりました。それぞれの開催校を訪れて多くの先生方と直接交流する機会は遠ざかってしまいましたが、移動時間等が省かれることで効率的になったと前向きに考えることも可能です※2

筆者たちは、2021年に入り、日本会計研究学会関東部会(3月)、日本監査研究学会西日本部会・東日本部会(ともに7月)、日本監査研究学会全国大会(9月)、日本会計研究学会大会(9月)、国際会計研究学会大会(10月)に参加しました。これらの学会に出席し、興味を引いた論点および示唆、そして学びについて次に紹介します。

3 アカデミズムからの学び

3.1 日本会計研究学会

日本会計研究学会※3は、筆者たちが毎年参加している学会です。会員数は1700名を超える規模となっており、会計関連の学会では最大規模と考えてよいでしょう。

2021年3月13日に開催された第68回関東部会では、「業績報告をめぐる議論の変遷と現状分析」を統一論題としてさまざまな議論が展開されました。企業会計の大きな意義と筆者たちが考える損益計算を中心とした業績報告に関して、これまでのIASB(国際会計基準審議会)やFASB(米国財務会計基準審議会)での議論の振り返りと共に、IASBが2020年に公表した公開草案「全般的な表示及び開示」の検討や、非継続事業に関する損益の区分表示を題材としたわが国の業績報告書の課題などが議論されました。直近の公開草案を題材とする適時性、損益計算の理論的な枠組み検討、利害関係者へ提供される情報の有用性、といったさまざまな論点について言及があり、有意義な意見交換となりました。

9月8日から10日まで開催された全国大会(第80回大会)では、統一論題テーマとして「新時代の会計」を掲げ、新たな会計研究領域の検討が積極的に展開された印象があります。

すなわち、財務会計、管理会計、監査という伝統的な領域におけるスタディグループ報告や統一論題報告による概念整理や展望に加えて、自由論題を中心にコーポレートガバナンスに関連した情報などを題材とした実証分析、AI技術の活用方法の整理、株式市場における投資家の反応の分析など、新領域に関する意欲的な研究者の報告や、監査品質マネジメントに係る調査研究が印象に残りました。

全国大会の最後は、恒例となっている「ASBJセッション」があります。本年は、わが国の会計基準設定主体であるASBJ(企業会計基準委員会)の幹部の方が「最近の国際動向とASBJの国際対応の方針」について講演なされました。今後の制度改革の方向性を整理・俯瞰する良い機会となりました。

3.2 日本監査研究学会

日本監査研究学会※4では、7月3日に開催された第44回西日本部会(テーマ「非財務情報の保証問題」)と7月17日に開催された第43回東日本部会(テーマ「統合報告と『保証』の考え方」)に参加しました。両部会とも、目下、企業報告(コーポレート・レポーティング)の世界で注目されている財務報告の枠組みを拡張した情報開示全般に対して、誰がどの範囲でどのような保証を与えるのかという論点を軸に、活発な議論が展開されました。

討論には、監査を中心とする領域のアカデミアの先生方のみならず、公認会計士等の実務家の方も参加されていました。監査論における伝統的な論点整理のみならず、情報開示に対する新たな潮流や実務的な対応についても議論されており、企業報告に関する開示情報全般に対する第三者の保証の意義について、あらためて気づきを得るきっかけとなりました。

また、9月に開催された第44回全国大会(9月3日~5日)では、「将来の財務報告における監査人の役割」を統一論題として、特別講演や、法律・テクノロジー・内部監査・監査実務等のさまざまな専門家による討論が交わされました。また、今春より全面適用された監査上の主要な検討事項(KAM)に関する検討・議論やERPをはじめとするITシステムや電子署名等に関する自由論題報告も有益なものでした。

3.3 国際会計研究学会

国際会計研究学会※5の本年の大会は10月8日から10月10日まで開催されました。統一論題のテーマは、「財務情報および記述情報の比較可能性の進展と課題」というもので、いわゆる記述情報の情報有用性・信頼性・比較可能性などについて、多面的な検討が加えられました。筆者(野村)は統一論題報告・討論において、コメンテーターとして登壇する機会をいただきました。かつて筆者は証券アナリストの業務を行っていたことがあることから、財務諸表利用者の立場から、記述情報に関する資本市場での論点をコメントしました。目下、ESG情報をはじめとする記述情報は、さまざまな点で注目度合いが高まっており、報告者の先生方と闊達な議論ができました。

 

4 おわりに

今回は、連載「PwCあらた基礎研究所だより」の第1回として、アカデミアとの接点、とりわけ学会の末席に実務家として参加することによって得た学びについてご紹介しました。筆者たちは、日頃、さまざまな資本市場関係者との対話を業務の1つとしています。その中でアカデミアに属する先生方との交流からはいつも多くの示唆、そして研究・調査を展開する機会を発見します。とりわけ、監査法人の中において日常的に使用している言葉や、慣れ親しんだ慣行が、社会からどのように見えるのか、研究・分析を日々重ねておられる先生方からはどのように論理的・客観的に分析されうるのかという点において、自己検証、継続的改善のヒントを多々頂戴しています。多方面の先生方からの日頃のご指導に感謝申し上げますとともに、今後も、こうした交流・対話を大切に継続していきたいと思います。


※1 Vision 2025 デジタル社会に信頼を築くリーディングファーム|PwCあら
た有限責任監査法人
https://www.pwc.com/jp/ja/about-us/member/assurance/vision2025.html

※2 主たる学会の大会スケジュールは、日本経済学会連合のウェブサイトで確認することができます。
https://www.ibi-japan.co.jp/gakkairengo/htdocs/index.html

※3 日本会計研究学会に関する情報は、以下のウェブサイトから把握することが可能です。
http://www.jaa-net.jp/

※4 日本監査研究学会に関する情報は、以下のウェブサイトから把握することが可能です。
https://audit-association.jp/

※5国際会計研究学会に関する情報は、以下のウェブサイトから把握することが可能です。
https://jaias.org/


執筆者

久禮 由敬

PwCあらた有限責任監査法人
ガバナンス・内部監査サービス部、システム・プロセス・アシュアランス部、ステークホルダー・エンゲージメント・オフィス、兼 PwC あらた基礎研究所担当
パートナー 久禮 由敬

野村 嘉浩

PwCあらた有限責任監査法人
PwCあらた基礎研究所
主任研究員 野村 嘉浩