脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律の概要

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2023年7月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は、脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律の概要をご紹介します。

I. はじめに

世界規模で異常気象が発生し、大規模な自然災害が増加するなど、気候変動問題への対応は今や人類共通の課題となっています。このような中、産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換する、「グリーントランスフォーメーション」(以下「GX」といいます)の加速が今注目されています。

2023年2月10日には、「GX実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ~」1(以下「本基本方針」といいます)が閣議決定され、これを具体化すべく、2023年5月12日、脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律2(以下「GX推進法」といいます)が成立しました。

以下、GX推進法の内容を概説いたします。

II. GX推進法の目的

GX推進法は、「世界的規模でエネルギーの脱炭素化に向けた取組等が進められる中で、我が国における脱炭素成長型経済構造3への円滑な移行を推進するため」、以下の各措置を講じ、もって「国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与すること」を目的として掲げています(GX推進法第1条)。

  • 脱炭素成長型経済構造移行推進戦略(以下「GX推進戦略」といいます)の策定
  • 脱炭素成長型経済構造移行債(以下「GX経済移行債」といいます)の発行
  • 化石燃料採取者等4に対する賦課金(以下「化石燃料賦課金」といいます)の徴収
  • 特定事業者5への排出枠の割当てに係る負担金(以下「特定事業者負担金」といいます)の徴収
  • 脱炭素成長型経済構造移行推進機構(以下「GX推進機構」といいます)に脱炭素成長型経済構造への円滑な移行に資する事業活動を行う者に対する支援等に関する業務を行わせるための措置

III. GX推進法の概要

1. GX推進戦略の策定

政府は、GX推進戦略を定めなければなりません(GX推進法第6条第1項)。GX推進戦略には、概ね以下の事項が定められ(同条第2項)、経済産業大臣が財務大臣や環境大臣等と協議を行った上で、案を作成し、閣議決定を経て公表されるものとされています(同条第3項乃至第5項)。また、GX推進戦略は、GX経済への移行状況を検討し、必要に応じた適切な見直しが行われることが想定されています(同附則第11条第1項参照)。

GX推進戦略に定める事項(GX推進法第6条第2項)

第1号

GX推進に関する目標

第2号

GX推進に関する基本的方向

第3号

GX推進に関する施策に関する事項

イ 高い政策効果を見込む事業分野に関する事項

ロ 支援措置に関する事項

ハ その他の重要事項

第4号 GX経済移行債の発行に関する事項

第5号

化石燃料賦課金の賦課に関する事項
第6号 特定事業者負担金の賦課に関する事項
第7号 GX推進機構が行う支援に関する事項
第8号 GX推進戦略の達成状況の評価に関する事項
第9号 その他GX推進に関し必要な事項

2. GX経済移行債の発行

政府は、2023年度から2032年度までの各年度に限り、脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する施策に要する費用の財源について、各年度の予算をもって国会の議決を経た金額の範囲内で、エネルギー対策特別会計の負担において、公債(GX経済移行債)を発行することができます(GX推進法第7条第1項)。

本基本方針によれば、2050年カーボンニュートラル等の国際公約の実現と産業競争力強化・経済成長の同時実現のためには、今後10年間で150兆円を超える官民のGX投資が不可欠です。その中で、GX経済移行債は、民間投資促進のために国が20兆円規模の先行投資支援を実行するという趣旨で発行されることとなります(本基本方針14-15頁参照)。

なお、GX経済移行債は、後記の化石燃料賦課金や特定事業者負担金が償還原資となり、2050年度までの間に償還されるものとされています(GX推進法第8条第1項)。

3. 成長志向型カーボンプライシングの導入

カーボンプライシングは、炭素排出に値付けをすることにより、GX関連製品・事業の付加価値を向上させるものであり、GX推進法においては、先行投資支援と合わせ、GXに先行して取り組む事業者にインセンティブが付与される仕組みとして、化石燃料賦課金及び特定事業者負担金が導入されることとなりました。

化石燃料賦課金と特定事業者負担金は、本基本方針では「カーボンプライシングによるGX投資先行インセンティブ」として議論されていたもので、このうち「化石燃料賦課金」は、本基本方針において「炭素に対する賦課金」と呼ばれていた概念に相当し、特定事業者負担金は、発電事業者が「有償オークション」において二酸化炭素の排出枠を取得する場合の金銭負担部分に相当します。

以下、化石燃料賦課金及び特定事業者負担金について、それぞれ説明します。

(1) 化石燃料賦課金

化石燃料採取者等には、2028年度以降、採取した又は引き取った原油等に係る二酸化炭素排出量に応じて、以下の計算式で算出される額の化石燃料賦課金が課されることとなります(GX推進法第11条)。

化石燃料賦課金
の金額
化石燃料採取者等が採取場から移出し、又は保税地域から引き取る原油等に係る二酸化炭素の排出量 × 化石燃料賦課金単価

化石燃料賦課金単価については、中長期的なエネルギーに係る負担の抑制の必要性及びGX経済移行債が2050年度までに償還予定とされていることの趣旨を勘案して政令で定めることとされています(同法第12条)。

また、化石燃料賦課金の徴収事務は、GX推進機構が担うこととなり(同法第13条)、徴収の実施に関する事項その他必要な事項は、GX推進法の施行後2年以内に別の法律で定めるほか、必要な法制上の措置を講ずることとされています(同法第14条、同附則第11条第2項)。

なお、本基本方針によれば、「当初低い負担で導入し、徐々に引き上げていくこととした上で、その方針をあらかじめ示すことにより、GX投資の前倒しを促進する」ことが意図されているとのことであり、化石燃料賦課金は、事業者が先行して集中的にGXに取り組むインセンティブを与える仕組みとなっています(本基本方針17頁参照)。

(2) 特定事業者負担金

特定事業者には、2033年度以降、自身が行う発電事業に係る二酸化炭素の排出量に相当する枠(以下「特定事業者排出枠」といいます)が有償又は無償で割り当てられ、以下の計算式で算出される額の特定事業者負担金が課されることとなります(GX推進法第15条第1項、第16条第1項)。

特定事業者負担金
の金額
有償で割り当てられた特定事業者排出枠の量 × 特定事業者負担金単価

有償で割り当てられる特定事業者排出枠の量は、当該年度に見込まれる納付金の総額や特定事業者負担金単価の水準、脱炭素成長型経済構造への移行の状況、エネルギーの需給に関する施策との整合性等を勘案して、経済産業大臣により定められます6(同法第15条第2項)。

特定事業者負担金の総額については、中長期的なエネルギーに係る負担の抑制の必要性及びGX経済移行債が2050年度までに償還予定とされていることの趣旨を勘案して定めなければならないとされています(同条第3項)。

また、特定事業者負担金単価については、入札で決定されることとされています(同法第17条第1項)。

そして、特定事業者排出枠の割当てや入札の実施に関する業務、特定事業者負担金の徴収に係る事務については、GX推進機構が担うこととなり(同法第18条)、特定事業者排出枠の割当てや入札、特定事業者負担金の徴収の実施に関する事項その他必要な事項は、GX推進法の施行後2年以内に別の法律で定めるほか、必要な法制上の措置を講ずることとされています(同法第19条、同附則第11条第2項)。

4. GX推進機構の設立

経済産業大臣の認可により、GX推進機構が設立されます(GX推進法第29条、第30条)。
GX推進機構の業務としては、以下が規定されています(同法54条)。

GX推進機構の行う業務(GX推進法第54条)

第1項第1号

化石燃料賦課金の徴収に係る事務

第1項第2号

特定事業者排出枠の割当て及び入札の実施に関する業務

第1項第3号 特定事業者負担金の徴収に係る事務
第1項第4号

脱炭素成長型経済構造への円滑な移行に資する事業活動(以下「対象事業活動」といいます)を行う者に対する業務

イ 対象事業活動を行う者の発行する社債及び資金の借入れに係る債務の保証

ロ 対象事業活動に必要な資金の出資

ハ 対象事業活動を行う者の発行する社債の引受け

ニ 対象事業活動に関する専門家の派遣

ホ 対象事業活動に関する必要な助言

第1項第5号

第1号から第4号までの業務に附帯する業務
第2項 経済産業大臣の認可を受けて行う、その目的を達成するために必要な業務

5. 進捗評価と必要な見直し

GX推進法附則第11条第1項では、「政府は、国及び事業者の相互の密接な連携による脱炭素成長型経済構造への円滑な移行に資する投資その他の事業活動の実施状況、二酸化炭素の排出に係る国内外の経済動向その他の事情を勘案しつつ、脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する施策の在り方について、脱炭素成長型経済構造移行推進戦略の実施状況を踏まえて検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる」ものとされています。

また、同条第2項では、「政府は、・・・特定事業者排出枠並びに化石燃料賦課金及び特定事業者負担金に係る制度を実施する方法について、特定事業者排出枠に係る取引を行う市場の本格的な稼働のための具体的な方策を含めて検討を加え、その結果に基づいて、この法律の施行後2年以内に、必要な法制上の措置を講ずる」ものとされています。

このように、GX推進法が定める具体的施策には、検討段階のものが多く存在し、今後の状況の変化を踏まえて、アップデートされていくことが既に予定されています。そのため、GX推進に向けた法制(とりわけ事業者への影響が大きい化石燃料賦課金や特定事業者負担金について)の状況をタイムリーにキャッチアップし、必要な対応を検討することが重要です。

以 上

1 https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210002/20230210002_1.pdf

2 https://kanpou.npb.go.jp/20230519/20230519g00106/20230519g001060028f.html

3 「脱炭素成長型経済構造」とは、産業活動において使用するエネルギー及び原材料に係る二酸化炭素を原則として大気中に排出せずに産業競争力を強化することにより、経済成長を可能とする経済構造をいいます(GX推進法第2条第1項)。

4 「化石燃料採取者等」とは、原油、石油製品、ガス状炭化水素、石炭(以下「原油等」といいます)を採取し、又は保税地域から引き取る者をいいます(GX推進法第2条第4項)。

「特定事業者」とは、電気事業法第2条第1項第15号に規定する発電事業者のうち、その発電事業に係る二酸化炭素の排出量が多い者として政令で定める者をいいます(GX推進法第2条第5項)。なお、本基本方針では、「再エネ等の代替手段がある発電部門を対象とし、排出量の多い発電事業者」を対象とする、とされています(本基本方針19頁)。

6 本基本方針では、「排出量の見直しや発電効率(ベンチマーク)等を基礎に、企業のGXの移行状況等を踏まえ、まずは排出枠を無償交付し、段階的に減少(有償比率を上昇)させる」という方針が明記されています(本基本方針19頁)。

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執筆者

北村 導人

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パートナー, PwC弁護士法人

山田 裕貴

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日比 慎

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ディレクター, PwC弁護士法人

小林 裕輔

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