日本の統合報告書における価値創造ストーリーの現状

  • 2024-03-19

はじめに

IRフレームワークおよび価値協創ガイダンスの公表後、日本において統合報告書を発行する企業の数は年々増加しており、非財務情報開示の中で統合報告書の重要性はより一層高まってきています。その中で、多くの日本企業にとって統合報告書の役割は財務非財務の融合と、中長期目線での価値創造ストーリーの発信となっています。この統合報告書に対する役割の考え方はIRフレームワーク、価値協創ガイダンス、伊藤レポートなどを見ても、投資家のニーズとも一致していることは明らかです。

一方で、企業と投資家の対話や生命保険協会のアンケートからは、企業が発信している価値創造ストーリーと投資家が求める価値創造ストーリーには一致しない点があることが示唆されています。

多くの統合報告書では、現在価値を示す財務情報(営業利益など)と、気候変動や人的資本といった開示規制に対応する非財務情報の開示が主になっていますが、投資家は未来の価値創造につながる財務情報(ROEなど資本効率)や、それらにつながる非財務情報を必要としています。つまり、現在発行されている統合報告書の多くは、投資家が期待する「過去から培ってきた強みを活用した未来の価値を創造するストーリー」に完全には応えられていない可能性があります。

PwCグローバル投資家意識調査によると、投資家は企業に対し、イノベーションと高い収益性を重視することを望んでいることが分かっています。さらに、東京都立大学大学院が2023年7月に公表した、企業175社から回答を得たサステナビリティ開示についてのアンケート調査結果(図表1)によると、今後、統合報告書で充実させてほしい項目として、技術開発に関する取り組みが挙げられています。イノベーションや研究開発は、企業が収益を維持し続けるために必要な要素であり、未来の価値創造に直結するものであるため、投資家にとっても投資判断に際して重要な要素であると考えられます。

図表1

出所:「ESG情報開示基準と企業における活用」(東京都立大学大学院経営学研究科、2023年7月31日:https://www.tokyosustainable.metro.tokyo.lg.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/10/esg.pdf

以上より、これからの統合報告書では、企業が過去から培い、保有してきた無形資産(強み)をもとに収益を維持し続けるイノベーションを興し、そこから未来の価値を創造するストーリーを伝えることが重要であると言えます。

統合報告書に必要な価値創造ストーリーとは

IRフレームワークでは、統合報告書に含まれるべき(価値創造ストーリーの発信に必要な)要素として以下の8項目が挙げられています。

図表2

出所:IFRS財団,2021.「国際統合報告<IR>フレームワーク」をもとにPwC作成 https://www.integratedreporting.org/wp-content/uploads/2021/09/IR-Framework-2021_Japanese-translation.pdf

8つの要素および以下の価値創造のプロセスに基づき、財務資本および非財務資本(自然資本、人的資本、社会関係資本)をどのように活用し、どのようなアウトカムを社会に創出しているかを説明することが、価値創造ストーリーそのものとなります。

図表3

出所:IFRS財団,2021.「国際統合報告<IR>フレームワーク」 https://www.integratedreporting.org/wp-content/uploads/2021/09/IR-Framework-2021_Japanese-translation.pdf

今回、私たちはこれらの要素の中で「A.組織概要/外部環境」「C.ビジネスモデル」「D.リスクと機会」「E.戦略と資源配分」が統合報告書においてどのように記載されているかに着目し、調査しました。

調査方法

調査対象:日本の上場企業のうち7,000億円以上の会社からランダムで200社を抽出し、その2023年11月時点の最新統合報告書を調査

調査方法

Step1

「経営計画」「外部環境・社会課題」「アウトプット・アウトカム」「強み(資本)」の4つの観点でレベル分けを実施。

  • 経営計画:長期経営計画と中期経営計画の位置づけを確認
  • 外部環境・社会課題:記載が全社レベルのものか事業レベルのものかを確認
  • アウトプット・アウトカム:記載が全社レベルのものか事業レベルのものかを確認
  • 強み(資本):記載が全社レベルのものか事業レベルのものかを確認することに加え、無形資本を具体的に特定できているかを確認

Step2

Step1で全ての要素が事業レベルで記載されているとされた統合報告書のうち、インプットからアウトカムまでが具体的なストーリーで記載されているか(例:インプットを単純に従業員数ではなく、デジタル人員のような価値創造に必要な特定の能力を有した従業員数としてアウトカムにまでつなげているか)を確認

以上の調査方法を用いた価値創造ストーリーのレベル分けは下記としました。

レベル1:価値創造ストーリー未検討/不十分

中期経営計画と実績報告にとどまっている(未検討)もしくは、Step1で必要とした項目が足りていない(不十分)

レベル2:全社レベルの価値創造ストーリー

Step1で必要とした項目が全社レベルで記載されている。ただし、事業戦略までいくと記載されていない項目がある、全社で記載があった内容と不整合が生じている、もしくは事業戦略は中期経営計画などのタイムラインで記載されている。

レベル3:事業レベルの価値創造ストーリー

Step1で必要とした項目が事業レベルで記載されており、それぞれ全社レベルの項目と整合している。

レベル4:特定項目において具体的な無形資本を検討した価値創造ストーリー

事業レベルの価値創造ストーリー必要項目が記載されている統合報告書において、さらに、人的資本・知的資本などの特定の戦略において、具体的な無形資本にまで深掘りして価値創造ストーリーを記載している。

レベル5:主要項目において具体的な無形資本を検討した価値創造ストーリー

事業レベルの価値創造ストーリー必要項目が記載されている統合報告書において、さらに、人的資本・知的資本などの主要な戦略において、具体的な無形資本にまで深掘りして価値創造ストーリーを記載しており、統合報告書全体として1つの価値創造ストーリーとして記載されている。

調査結果とその示唆

PwCの調査の結果は下記となりました。
各項目の記載状況は下記のとおり

86%の企業が統合報告書に長期戦略と中期経営計画のつながりを開示しており、バックキャスト思考に基づいて経営を推進していることを発信していました。また、「外部環境・社会課題」「アウトプット・アウトカム」「強み(資本)」などを事業戦略のページを中心に事業レベルで記載している企業が多くみられました。ただし、無形資本からアウトカムまでのストーリーを明確に示せている企業は少なかったです。

おわりに

多くの企業が「外部環境・社会課題」「アウトプット・アウトカム」「強み(資本)」のそれぞれを深掘りしているものの、それぞれの要素をつなぎ合わせ、未来の価値を創造するストーリーとして整理、発信していくことには課題があります。この課題を克服するためには、企業は「価値創造ストーリーの深掘り」を今後行うことは当然のことですが、ストーリーとして整理していく上で、「統合報告書の企画段階での事業部の巻き込み」「統合報告書発行責任者の特定」などを検討し、数年をかけてレベルアップしていく必要があると考えられます。

執筆者

政田 敏宏

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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小倉 健宏

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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星野 詔子

シニアアソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

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岸岡 藍

シニアアソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

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南野 慶雄

シニアアソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

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志賀 紘希

アソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

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