SX新時代ー成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ

第4回:システミックアプローチの実行方法

  • 2025-06-13

本連載の第3回では、サステナビリティ経営における「システミックアプローチ」の必要性とその適用先である「エコシステムの変革」について紹介しました。第4回となる本稿では、同アプローチの理論を中心に解説します。具体的な検討ステップやケーススタディの詳細は2025年7月に出版の書籍『サステナビリティ新時代―成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ』をご参照ください。

「システム」に着眼して、課題の要所を特定し、抜本的な変革を起こす

まず、システミックアプローチの内容に入る前に、前提となる「システム」や「システム思考」という言葉について、ビジネスシーンにおけるその歴史的発展を紹介します。

さかのぼると、システムという言葉は、ある特定の事象は独立して発生・存在するものではなく、「部分は全体の目的の中での機能を担い、他の部分と相互に影響し合うため、全体の構造や関係性を見ることが重要である」*1という考え方として、1900年代初頭から生物学や工学の分野で一般ステム理論として発展してきました。その後、1948年に米国の数学者であるノーバート・ウィーナーが、このシステムに関する原理は社会科学の分野においても応用可能であると提唱*2したことをきっかけに、社会・経済の分野でも活用されるようになります。

1950年代に入ると、システム理論を産業界へ応用した「システムダイナミクス」という学問が誕生、コンピューターシミュレーションで複雑な相互作用を含むシステムを解析し、望ましい成果を創出するための方法論としてビジネスの分野でも適用が進みました。そして、複雑な数学的解析の部分を除き、基盤となる考え方に絞った手法が、本書で論ずるシステミックアプローチのベースとなる「システム思考」です。システム思考とは、目の前にある特定の事象や個別の要素にとらわれるのではなく、多様な視点からシステム全体を俯瞰して、そのシステムの構造(システムを構成する要素や、要素同士の関係性、そして組み合わせ)を理解し、その全体像の中から解決すべき本質的な問題を特定した上で解決策を考える思考法のことを指します。

システム思考が重要である理由には、問題の表面的な対処だけでは不十分であるという点が挙げられます。具体的な例として、とある国で特定の「害虫」が大量発生した際の対応が挙げられます*3。政府はこの害虫を退治するために大量の化学物質を使用しました。その結果、害虫を駆除することには成功したものの、化学物質が害虫の天敵やそれらを捕食するさらに大きな動物にも悪影響を及ぼしました。これにより、生態系全体のバランスが崩れ、結果として新たに発生した他の問題の対処に多大なコストがかかることになりました。元来、害虫の存在がある程度のバランスを取っていた生態系に対し、害虫だけに焦点を当てたアプローチを取ったことで、より大きな問題を引き起こしてしまったのです。

このケースからも読み取れるように、問題に取り組む際には、システム全体を見渡し、その要素や相互のつながりを理解することが重要です。システム全体を見据えた上で要所にアプローチする「システム思考」は、問題解決において非常に重要かつ効果的な手法です。

以上を踏まえ、本連載における「システム/システミック」という概念には、主に2つの意味があります。1つは、問題の構造的整理と要所(レバレッジポイント)へのアプローチを通じて成果の最大化を図る“システム”思考に基づくということです。もう1つは、複数のステークホルダーが参画するエコシステムの変革を通じて、環境・社会・経済インパクトの最大化を目指すということです。(図表1)

図表1:システミックアプローチの概念図

こうした「システム」への着眼と全体最適の視点が必要という流れは、グローバルでも注目を集めています。2024年1月に開催された世界経済フォーラムの年次総会(通称、ダボス会議)では、「システミック投資」と呼ばれる新しい投資のあり方が話題に上りました。

投融資によって企業の活動を資金繰りの面から支える金融機関はこれまで、財務リターンの獲得を目的とし、個別のプロジェクトや企業に対して投資を行ってきました。しかし、経済価値の創出だけを追求するアプローチでは、長期的には自らの持続可能性を損ねる可能性があります。そのため、金融機関は財務リターンの獲得に加え、環境・社会課題の解決も目指す投資を実施していくことが期待されます。

このような背景から、「インパクト投資」と呼ばれる投資手法が既に注目を集めています。金融庁の定義によれば、インパクト投資とは「一定の<投資収益>確保を図りつつ、<社会・環境効果=インパクト>の実現を企図する」*4手法です。しかし、インパクト投資は個別の企業やプロジェクトへの分散投資が主であり、投資ポートフォリオによる収益獲得とリスク分散は可能なものの、結局おのおののプロジェクトは法規制などの外部環境動向や周辺企業・消費者の動きに強く依存するため、受動的な成果創出にとどまる――換言するならば本質的かつ能動的な環境社会価値創造には至りにくいという課題があります。

これに対しシステミック投資は、システム全体でリスク・機会を捉え、多様なステークホルダーと連携しながら、財務リターンと環境・社会課題の解決を目指すものです。つまり、技術開発や企業の取り組みに個別で投資するのではなく、システム全体を俯瞰的に捉え、最も効果が最大化する要所に適切な順序で投資することを目指します(図表1)。システミック投資は、サステナブルな環境・社会創造に向けた責任ある投資として、金融機関だけでなく、価値を生み出す事業会社にとっても重要なアプローチとなります。

図表1-2:システミック投資と他の投資との違い

こうした環境・社会・経済価値の創出を目的としたシステム全体の最適化を伴う投資活動と、事業活動を総称して「システミックアプローチ」としています。システム思考やシステムダイナミクスが、システム全体を俯瞰した上で現状把握や分析、そして対応策立案を行う一種の「思考法・考え方」であるのに対し、「システミックアプローチ」は対応策を立案するにとどまらず、その対応策を複数のステークホルダーとともにしながら投資・変革を実行していく、という「実践フェーズ」に踏み込んだ概念です(図表2)。

図表2:システミックアプローチの検討範囲

時間的制約の解消:モノ・カネ・情報の巡りを最適化し、中長期の投資と回収を促す

システミックアプローチは主に、2つのことを実現するのに適した手法です。それは「時間的な制約の解消」と「空間的制約の解消」です。

まず、時間的制約の解消についてです。現行のSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)には、短期的な投資回収を求める中期経営計画による制約が存在します。多くの日本企業が中期経営計画に基づき、3~5年の短いスパンで成果を求めるため、長期的な投資が必要なビジネスモデルの変革や新技術の開発が後回しにされがちです。「中計病」とも称されるこの企業体質は、SXの実現を妨げる可能性があります。さらに、SXは炭素税などの法制度の整備や新技術の開発といった外部環境の発展段階にあることから、企業がその成熟を待ち、いわば様子見してしまうという状況もあります。加えて、市場の萌芽期では、需要と供給の不均衡により先行投資の回収が困難な局面が存在します。例えば、水素エネルギーでは、需要側の成長が見込めないとエネルギー企業は大規模投資に踏み切れません。

こうした課題感に共通しているのは、投資回収期間が長くなってしまうという点です。投資回収期間が長くなればキャッシュフローの不確実性は高まり、技術革新のスピードが速い現代においては、投資回収前にそのプロジェクトが陳腐化してしまうといったリスクもあります。つまり、成果を創出するためには一定程度の大規模投資が必要となりますが、その実行には投資回収期間が長いという時間的な制約が存在します。

システミックアプローチは、こうした制約を乗り越えることを可能にします。言い換えれば、システミックアプローチは投資回収期間を短くする、あるいは投資回収期間が長くなることに起因するキャッシュフローの不確実性といったリスクを低減することを可能とします。というのは、他ステークホルダーと課題感を共有し、協力して共同投資を実施すれば、1社では実現できないスピードで取り組みを推進できるからです。またその際、施策の適切な実施順序を見つけ、需要形成しやすい用途から段階を追って共同投資することで、スモールスタートで黒字を維持しつつ段階的な成長を遂げるということも必要となります。他ステークホルダーとの対話と需給の調整を実施することで、オフテイク契約(長期供給契約)などの形で投資回収の目途を立てさせやすくすることも可能です。

空間的制約の解消:企業や業界の組み方を最適化し、収益構造を刷新する

また、これからのSXは既存の業界や地域といった空間的な制約も乗り越えていく必要があります。つまり、既存の業界構造や地理的要因といった空間的制約にとらわれず、バリューチェーンを再定義し、新しい要素を加え、組み合わせることで、集合体として採算を得るという方向性が必要となってきます。

例えば、日本の自動車メーカーが内装などに使用されるプラスチックのリサイクル材比率を向上させたい場合、自社や自動車産業に限定して取り組みを実施するのには限界があります。というのは、日本で製造された自動車の多くは新車・中古車ともに最終的に海外に輸出されることから、ある部品を回収してまた同じ部品へと再生させるというのが極めて困難だからです。したがって、自動車メーカーは自社という境界だけでなく、自動車産業という境界も飛び越えて取り組みを検討しなくてはなりません。

これには、国内の他産業と協力して異なる製品由来のプラスチックをリサイクルして利用するといった取り組みが考えられます。例えば既存の自動車産業のサプライチェーンから脱し、他の産業との連携を模索するという方向性です。また、海外での回収ネットワークを構築するといった地理的な拡大も一案です。自動車が最終的に処理される地域で活動する静脈産業のプレーヤーと協力し、使用済み自動車からプラスチックを回収して再利用するという、国家間をまたいだ循環サプライチェーンの構築も必要となります。このように、事業・産業や地理という空間的要素の拡大もSXの実行と成果創出には必要不可欠となります。

システミックアプローチの具体的な検討ステップ

システミックアプローチの具体的な実践には、主に4つの検討ステップがあります。順に「問題定義・ビジョンの設定」「システムマッピング」「レバレッジポイントの特定」「打ち手の検討」です(図表3)。

図表3:システミックアプローチの検討ステップ

PwC Japanグループでは、変革を導く打ち手の類型とその適用事例、およびより詳細なステップ・バイ・ステップの検討方法を「システミック・アプローチ・ガイドブック」として取りまとめています。また、各ステップの詳細やケーススタディについては、2025年7月に発刊の書籍『サステナビリティ新時代―成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ』を参照ください。(第5回に続く)

第5回:ホリスティックとシステミックでひもとくサステナビリティ情報開示の潮流

*1 有限会社チェンジ・エージェント、2005.「システム思考入門(3)「システム思考とシステム・ダイナミクスの歴史」」
https://www.change-agent.jp/news/archives/000007.html

*2 Norbert Wiener, 2019. “CYBERNETICS: or control and communication in the animal and the machine”

*3 ドネラHメドウズ、2015.『世界はシステムで動く――いま起きていることの本質をつかむ考え方』英治出版

*4 金融庁、2024年、『インパクト投資の概要』https://www.fsa.go.jp/singi/impact/siryou/20240329/04.pdf

主要メンバー

中島 崇文

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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齊藤 三希子

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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リンドウォール あずさ

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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