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本連載コラムでは「ホリスティック」と「システミック」を2つのキーワードとして、事業活動における戦略と実行段階におけるSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)について解説してきました。第5回となる本稿では、これら2つのキーワードを基に、昨今のサステナビリティ情報開示の潮流について、その歴史的な背景も踏まえながら解説していきます。
従来、企業による情報開示は、主に投資家を始めとする財務資本の提供者に対して財務パフォーマンスを伝えることが目的でした。企業の収益性、資産、負債といった経済的な健康状態を示す財務情報は、企業価値を判断するための主要なコミュニケーション言語であったと言えます。
しかし、財務情報だけでは企業の全体像を正確に把握できないことが徐々に明らかになっています。ある調査によれば、企業価値を決定する要因として無形資産(知的財産や人材など)の重要性が増加しており、企業価値の源泉が有形資産(金融資産や不動産など)から無形資産へと移行していることが示されています(図表1)*1。
図表1:米国S&P500の市場価値に占める無形資産の割合
財務諸表は有形資産を中心とした財務関連の情報に基づいて作成されます。一方、例えば人的資本といった無形資産は、企業価値を把握する上で重要な指標であるにも関わらず、財務諸表に計上することができないことが多いです。したがって、企業はサステナビリティ情報を含む非財務情報の開示を行う必要があります。これにより、投資家やステークホルダーは企業の長期的なリスクと機会をより包括的に理解できるようになります。
企業における非財務情報開示の進展の歴史は、1990年代前半に一部の大企業が環境報告書の発行を始めたことに端を発します。つまり、制度によって発展してきた財務情報開示とは異なり、非財務情報は企業による自主的な開示として発展してきたと言えます。近年では、非財務情報開示に対するスタンダードやフレームワークが誕生しています。企業情報開示のランドスケープが大きく変化しています。
国内企業がサステナビリティ情報開示のフレームワークとして最も活用しているのは、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)のGRIスタンダードです。このスタンダードは、マルチステークホルダーを対象としたサステナビリティ開示基準であり、環境・社会・経済の各側面の課題を網羅しています*2。
2010年以降になると、ESG投資への関心の高まりを受け、国際統合報告評議会(IIRC)やサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が設立され、投資家を対象とするサステナビリティ情報開示のフレームワークが登場しました。IIRCは統合思考に基づき、組織が長期にわたってどのように価値を創造するかを説明する国際統合報告フレームワークを2013年に発表しました*3。また、SASBは企業が投資家にとって重要なサステナビリティ課題を特定し、管理・報告するための基準を2018年に発表しています。
これらのスタンダードやフレームワークは任意の基準ですが、PwCが2021年10月に実施した調査では、75%の日本企業がGRIスタンダードを、68%が統合報告フレームワークを、24%がSASBスタンダードを参照し、情報開示を行っています(図表2)。
図表2:日本企業が活用しているサステナビリティ開示基準(2021年10月調査)
さらに、近年では、非財務情報開示の義務化の動きもみられます。欧州では、従来の非財務情報報告指令(NFRD)を強化するものとして、2023年に企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が発効しました。CSRDは、サステナビリティ課題の報告に関する制度的な枠組みを定めるものであり、その具体的な報告項目や内容については、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)とEUタクソノミーに基づいて定められます。日本企業もCSRDの適用対象となる場合には、ESRSに準拠した開示を実施しなくてはなりません。
また、2021年11月には、IFRS財団から国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立が発表されました。2023年6月には国際的な議論やパブリックコメントを経てサステナビリティ開示基準のIFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」およびIFRS S2号「気候関連開示」が公表されました*4。
日本では、ISSBの設立を受け、2022年7月にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が設立されました*5。SSBJはグローバルベースラインとされるISSB基準(IFRS S1およびIFRS S2)と内容の整合する日本基準を開発することを目指しており、2025年3月5日には日本版の1.サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」、2.サステナビリティ開示テーマ別基準第1号「一般開示基準」、3.サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」が公表されました*6。同基準に基づく開示は法定開示である有価証券報告書に含まれることが想定されており、今後具体的な制度化が予定されています。
このように、非財務情報開示のフレームワークは国際的な進展を遂げており、企業への浸透が着実に進行している段階にあります。加えて、SXの必要性が高まる中で、これらのフレームワークは今後も改訂を重ねながら進化し続けると考えられます。では、この進化の方向性はどのようなものなのでしょうか。その方向性は、ストラテジーとトランスフォーメーションと同様、「ホリスティック」と「システミック」の両観点から捉えることができます。
非財務情報開示は、広義にはそれ自体がホリスティックな取り組みであると言えます。国際統合報告フレームワークでは、企業活動を支える資本は、財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本の6つによって構成されるとしています。これらのうち、財務諸表に計上できるのは財務資本、製造資本、一部の知的資本(買収した特許など)であるため、それ以外の資本に関する情報についても開示を目指すという同フレームワークに代表される非財務情報開示の流れは、企業を全体像として捉えるという意味でホリスティックな取り組みです。
加えて、サステナビリティアジェンダを包括的に捉え、相互影響(シナジー/トレードオフ)を評価するという意味においても、レポーティングにおけるホリスティックな方向性が確認できます。例えば、ESRS1には、サステナビリティ課題に対処するための行動から生じる重要性があるインパクトまたはリスクに関する規定があります。例として、ある企業による脱炭素化のために特定の製品を廃棄、あるいは製造を中止するというアクションを想定すると、同施策によってCO2・気候変動というアジェンダに対しては負のインパクトを軽減することが可能となります。一方で、その製品の製造・販売に関与していた自社の従業員、または工場の周辺コミュニティというステークホルダーは不利益を被ることから、雇用という社会関連アジェンダについては負の影響を与えかねません。このような場合、ESRSでは雇用に対する負のインパクトに関しても一定の開示が要求されています(ESRS 1 第52項、53項)。また、EUタクソノミーでは、環境目標に対して実質的な貢献をしていると判断された活動について、当該活動が他の環境アジェンダに重大な影響を及ぼしていないか(Do No Significant Harm:DNSH要件)、最低限の安全対策を怠っていないか(Minimum Safeguards要件)を確認することも求められています。
こうした開示規則は、環境と社会の両面を考慮し、企業のサステナビリティをホリスティックに向上させることを目指すものと理解できます。今後、各開示のフレームワークは上記のように、各サステナビリティ課題間の相互作用を考慮した、よりホリスティックなものへと発展していくことが予想されます。
非財務情報開示のフレームワークが進化する中で、開示の対象範囲が拡大していることは、システミックな進展と捉えられます。
現代において、子会社を持つ企業は連結決算を通じた財務情報の開示が求められます。これは、粉飾決算を防止する目的で、企業単体ではなく、全ての子会社を含めたグループ全体での情報開示が基準とされていることを示しています。このような開示範囲の拡大の流れは、非財務情報開示の潮流が生じる以前から見られてきた動向です。
さらに、最近ではサプライヤーを含むバリューチェーン全体にその範囲が拡大しています。ESRSやISSB基準などを始めとして、企業は自社工場やオフィスのCO2排出量(Scope1・2)だけでなく、原料調達から物流、販売、消費、廃棄に至るまでのバリューチェーン全体でのCO2排出量(Scope3)の開示が求められています。このように、開示すべき情報はますます拡大しており、CO2排出量を始めとするさまざまなアジェンダに関する情報を他社とも協力して収集し、公開することが必要となります。
また、システミックな視点は、企業のリスクと機会の把握、さらにはマテリアリティ(重要課題)の特定プロセスにおいても重要です。企業と環境・社会の関係性は、企業による活動が環境・社会に対して正/負のインパクト(インサイドアウト)を与えるだけでなく、環境・社会が企業、特にその財務状況に影響を及ぼす(アウトサイドイン)という相互の矢印が存在します。前者は「インパクトマテリアリティ」、後者は「財務的マテリアリティ」と呼称されます。(図表3)。
図表3:インパクトマテリアリティと財務的マテリアリティ
ポイントは、企業と環境・社会は相互依存的であり、切り離すことが難しい一体のシステムを形成しているということです。例えば、ある飲料メーカーの製造プロセスについて考えると、同社は大量の水資源を使用することから、事業活動によって周辺地域の水枯渇を引き起こす可能性があります。さらに、そうした水枯渇は製造プロセスに負の影響を与え、ひいては財務への悪影響へとつながります。このように、企業と環境・社会は相互に依存する1つのシステムを形成しており、影響の矢印は双方向的ではなく、1つの弧を描くと理解できます(図表4)。
図表4:相互依存的なシステムのイメージ
一方、各開示フレームワークによって、対象とするマテリアリティは異なります。例えば、GRIや域外向けESRSはインパクトマテリアリティのみを対象としているのに対し、ISSB、SSBJでは財務的マテリアリティのみを対象とし、域内向けESRSは両方のマテリアリティを対象としています(ダブルマテリアリティ)。そのため、使用するフレームワークに応じて必要な情報のみを取得し、それを開示すれば問題ないという風潮もみられますが、そうした考え方考え方もあり得ます。しかし、前述したシステミックな視点からすれば、こうしたフレームワーク間の差異は、単にフレームワークを設定する主体が想定する報告の読者の違いからくるものであり、それらはすべて「相互依存的なシステム」を前提としています。したがって、どのフレームワークを使用するかに関わらず、企業は相互依存的なシステムを念頭に置くことが実効性のあるサステナビリティへの取組みという点で、肝要です。
また、レポーティングにおけるツールの重要性も増加しています。開示において、「いかに確かなストーリーを資本市場に伝えるか」は極めて重要な論点です。自社を取り巻く相互依存的な関係性を自社で適切に描き、それに基づいて取り組みを実施していたとしても、それをステークホルダーに対して十分に訴求できていなければ、適切な開示とは言えません。そのため、可視化ツールを活用したレポーティングの高度化は、SXを推進する上で必要不可欠な取り組みです。
開示関連の業務は複雑であり、その業務負荷の軽減はSXの主要な課題の1つです。そのため、開示評価ツールを利用することで、業務効率化を図ることができます。
レポーティングは単なる活動結果の整理と発信にとどまらず、現在の戦略・実行を見直し、継続的に改善するための不可欠なプロセスです。企業価値の向上に寄与する本質的なSXを達成するため、今後、企業はサステナビリティ情報開示の動向を適切に把握し、戦略と実行と有機的に連動した開示を実施していくことが求められます。(第6回に続く)
第6回:システミックアプローチによるサーキュラーエコノミーとサステナブル・サプライチェーンの推進/社内組織の変革
*1 Ocean Tomo、2020、 ‘Intangible Asset Market Value Study’
*2 GRI, 'About GRI', (2025年4月21日閲覧)
https://www.globalreporting.org/about-gri/
*3 IFRS Foundation, 'SASB standard-setting process'
https://sasb.ifrs.org/standards/process/
*4 IFRS、2023、「ISSB―最初のサステナビリティ開示基準を公表」
*5 SSBJ、「サステナビリティ基準委員会(SSBJ)」
https://www.ssb-j.jp/jp/list-ssbj_2.html
*6 SSBJ、2025、「サステナビリティ基準委員会がサステナビリティ開示基準を公表」
https://www.ssb-j.jp/jp/ssbj_standards/2025-0305.html
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