SX新時代ー成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ

第3回:実行と成果創出のためのエコシステム変革

  • 2025-06-13

本連載の第2回では、サステナビリティ経営における「ホリスティックアプローチ」の考え方について解説しました。本コラムシリーズの第3回・第4回では、もう一つのキーワードである「システミックアプローチ」について紹介します。本稿では、その具体的な内容と実行方法の前段として、同アプローチが必要となる背景と、その適用先である「エコシステムの変革」について解説します。

SXは実行と成果創出の段階に移行する

第1回でも述べたように、これまでのSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)は戦略とそれに基づく目標を立て、それを対外的に開示するといった段階にありました。一方で、先行企業をはじめとした多くの企業が、現在は実行のサイクルを回し、投資を回収しながら成果を創出しなくてはならない段階へと移行しています。

例として、SBT(Science Based Targets;科学的根拠に基づいた〈温室効果ガスの排出削減〉目標)認定を取得する企業数の推移を見ると、同認定を受ける企業が急速に増加しています。具体的には、2023年末時点でSBTを掲げる企業数は2022年度比で102%上昇、すなわち1年間で約2倍に増加し、2023年末時点で同認定企業数は世界で4,205となりました*1。このことは、今後取り組みをより一層本格化させ、成果を創出しなくてはならない企業が増加していることを意味しています。

また、PwCがグローバルで実施したCEOの意識調査によれば*2、脱炭素関連の取り組みを「進行中」と回答した企業の割合が非常に高いことが分かります(図表1)。特に、「エネルギー効率の改善」では、日本で85%、世界全体で75%の企業が「進行中」あるいは「実行し、完了した」と回答しています。こうした企業はSXの実行とそれによる成果創出をすでに進めている段階にあります。

図表1:世界のCEOの意識調査・脱炭素関連の進捗状況

一方で、気候変動への対応には企業による「顧客の気候レジリエンスの取り組みを支える製品、サービス、技術の提供」や「自然を基盤とした気候ソリューションへの投資」なども必要となりますが、そうした施策に取り組んでいる企業の数は多くありません。加えて、「気候変動リスクを財務計画に反映」することに取り組む企業はとりわけ少ないのが現状です。気候変動に関わる自社へのリスク機会を適切に評価した上で、リスクを回避・低減し、機会を獲得するための投資を実行して、投資と回収のサイクルを適切に回す機能が十分働いていない、ということが同調査から読み取れます(図表1)。

前述のSBT認定取得を目指しガイドラインに沿ってスコープ3を含めたGHG排出量削減を進めるとなると、エネルギー効率の改善などスコープ1・2に関わる自社内の取り組みのみならず、原材料サプライヤーや物流業者、自社製品のユーザー、廃棄業者など、自社サプライチェーンにおける幅広いステークホルダーとの密な連携が不可欠となります。加えて、スコープ1・2のGHG排出量削減策に比べ、スコープ3のGHG排出量削減策はその対象範囲の広さと全体排出量に占める割合の大きさから投資規模やコストが大きくなるため*3、実行にあたっては投資回収の道筋をより明らかにし、ステークホルダーに説明していく必要があります。

このようなGHG排出量削減の例にみられるように、今後のSXは投資と実行のみならず、「事業を通じていかに稼いで投資を回収するか」という財務リターンに関する見通しと納得感の醸成、ひいてはその実現が求められます。まさに、SXは環境・社会価値だけでなく、財務価値という成果創出に踏み出し、スケール化していく段階に移行していると言えます。

エコシステムの変革により、SXの実行と成果創出を加速する

では、企業はどのような取り組みを実行し、より一層大きな成果を創出すれば良いのでしょうか。鍵となるのは「エコシステムの変革」です。

CO2・気候変動に着目すると、企業はパリ協定の目標達成のために2050年までにカーボンニュートラルを実現する必要があり、これまで以上に大きな変革を起こす必要があります。しかし、比較的低コストで技術的に容易な分野での削減は頭打ちとなるため、今後は排出量が多く、難易度の高い分野での取り組みを実施しなくてはなりません。

一方で、そうした領域における削減には、不足する資本(技術、インフラ、資源など)を獲得・創出するための多額の投資が必要であることに加え、その投資回収の見通しがしばしば不透明であるという課題が存在します。例えば、鉄鋼業界では2050年のカーボンニュートラルに向け、水素還元製鉄*4が有力な技術と考えられています。しかし、将来的な水素価格の高止まりも予想される中で*5、エネルギー企業などの供給側は需要量とそれに基づく投資回収が不透明であるため、大規模投資に踏み切るのが難しいという課題があります。一方、需要側である鉄鋼メーカーからすると、供給量が増えて価格が下がらなければ長期契約に踏み切れないため、こうした需要側と供給側の思惑のすれ違いに起因する、まさに「鶏が先か、卵が先か」といった状況が水素インフラのスケール化のボトルネックとなっています。

このような、既存の資本あるいは取引関係/産業構造では解決できない課題(ボトルネック)に対しては、従来の発想の枠を超えた発想、すなわち幅広いステークホルダーを巻き込み、ビジネスモデルや産業構造を大胆に変革していくことが求められます。換言すると、SXを実行し成果創出を加速するには、エコシステムを変革することが成功の鍵となります。

本連載における「エコシステム」とは、「特定の社会・環境課題の解決など共通の目的やビジョンのために、異なるステークホルダーが業界の枠や国境を超えて互いの技術や資本を生かして広く共存共栄していく経済圏」を指します。端的に言えば、複数のステークホルダーが協力して作り出す新しい社会・産業・ビジネスの仕組みのことです。

エコシステムを構成するのは、従来のサプライチェーンの直接的取引関係を超えた多様なステークホルダーです。具体的には、共通の目的に資する革新的技術やノウハウといった資本を提供するスタートアップ企業や研究機関、ルールメイキングによってその社会や産業の仕組みを形成する国・自治体やNGOなどの非営利団体、さらには社会・市場を構成する消費者や住民などが含まれます。また、これらのステークホルダーを結び付け、関係性を作り上げるのは、モノ/サービスとカネといった経済価値の交換だけでなく、技術や情報、法規制、インセンティブなどのハードローに加え、商習慣やガイドラインなどのソフトローも含まれます。

ポイントは、エコシステムを形成するステークホルダーは、それぞれの活動の性質や立場を異にするとしても、共通のビジョンに資する資本や役割を有し、目的達成のために一定の機能を果たしているということです。そして、この機能が、ステークホルダー間の関係性を形成し、エコシステムを構成する要素となります(図表2)。

図表2:エコシステムの定義図

エコシステムを変革するためには、まずその成長・拡大を阻む複数のボトルネックを特定し、それを効率的に解消することが求められます。例えば、洋上風力発電を拡大してエネルギーの脱炭素化を図るには、技術的な実現可能性、投資コスト、用地確保といった多くの課題に直面します。特に、用地確保に関しては、適した地形条件、生態系への影響、環境や景観への影響による地域住民の反対などが課題となります。

これらの障害を乗り越えるためには、課題の中でも特にインパクトの大きい「レバレッジポイント」を特定し、戦略的に解決を図る必要があります。これにより、エコシステム全体の問題を解決し、最終的な共通目的の達成につなげることが可能です。重要なのは、こうしたレバレッジポイントの解決には、単独の企業ではなく複数の企業が協力することが必要不可欠であるという点です。具体的には、スタートアップと金融機関の連携によるイノベーション促進、産業リーダーと政策立案者の協力による新しいビジネスモデルの創出、同業他社との連携によるコストや投資リスクの低減などが挙げられます。このような課題の要所を解決することを目的としたより小さなステークホルダーの集まりを、本連載では「サブシステム」と呼称します。エコシステム全体の変革と共通目的(ビジョン)の実現は、これら複数のサブシステムが並行して機能し、要所群が紐解かれることで達成されます(図表3)。

図表3:エコシステムとサブシステムの関係

エコシステムの変革

最後に、エコシステムの変革に関して、洋上風力発電所の開発を例に紹介します。

再生エネルギー普及によるエネルギー脱炭素が急務となる中、洋上風力発電は、安定的かつ高効率の発電が可能である他、陸上風力発電と異なり、土地や道路の制限が少ないため、大型発電機の導入が容易であるというメリットから、欧州を中心に導入が進んでいます。

しかし、先述したとおり、開発用地の確保には多くの障壁があります。まず、生態系への悪影響として、杭打ち時に発生する騒音や海底ケーブル埋設工事による水質悪化、運転時の水中音による魚類や海洋哺乳類への影響が問題となる可能性があります。これらは地元の漁業などの産業に打撃を与える可能性もあります。また、陸地に比べれば影響は低減されると考えられるものの、景観の悪化も懸念され、地域住民にとっては大きな影響と受け止められる恐れがあります。したがって、こうした観点による住民の開発反対は開発側にとって用地確保のリスクとなります。地域住民にとっては、再生可能エネルギーの普及がプラスであるとしても、生態系の悪化による産業への影響や景観悪化がトレードオフとなるケースがあります。

こうした課題に対しては、地域住民をエコシステムに組み込むことによる課題解決が考えられます。洋上風力発電の用地が住民の反対によって確保できない根本原因に、①地域住民が洋上風力発電の開発による恩恵を受けられないこと、②地域住民が自らの立場や意見を開発に反映できないことがあります。これに対して、地域住民をエコシステムの構成員として取り込むことで住民の利益を創出し、意見を反映できる体制作りを行うことは効果的です。発電所の開発にあたっては、地域住民に補償を実施するという従来の形式の他、昨今では、地域住民から構成される協同組合への洋上風力発電運営を行う会社の株式付与や、建設サプライチェーンに地場企業を含め、開発による経済効果を当該地域に波及させ、利益を間接的に地元住民に還元できる体制の構築などが挙げられます。

図表4:洋上風力発電の開発におけるエコシステム

このように、SXは実行と成果創出の段階に移行しており、その実現のためにはエコシステムの変革が重要となります。では、どのようにして具体的にエコシステムを再構築し、ビジョンの実現に繋がる効果的な変革を起こすことができるのでしょうか。第1回でも触れたように、その鍵を握るのが「システミックアプローチ」です。システミックアプローチとは、システム思考とシステムダイナミクスの手法をベースとした分析・対応策立案・実行に活用される手法であり、問題の根本原因を特定し、システム全体にアプローチすることで、ビジョンを実現するエコシステム変革を遂げるための手法のことを指します。次回は、システミックアプローチの理論と実社会・産業への適用方法について詳細に解説します。(第4回に続く)

第4回:システミックアプローチの実行方法

*1 Science Based Targets, 2024. “SBTi MONITORING REPORT 2023 Looking back at 2023 and moving forward to 2024 and beyond”, https://sciencebasedtargets.org/resources/files/SBTiMonitoringReport2023.pdf

*2 105カ国・地域の4,702名のCEOを対象に調査を実施。参加したCEOの所属する企業の内訳は上場企業:32%、非上場企業:68%である。
PwC、2024「第27回世界CEO意識調査(日本分析版)」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/ceo-survey/2024.html

*3 業界を平均して、企業のScope3の排出量は全体の75%を占めている。
WRI. 2022. “Trends Show Companies Are Ready for Scope 3 Reporting with US Climate Disclosure Rule”
https://www.wri.org/update/trends-show-companies-are-ready-scope-3-reporting-us-climate-disclosure-rule

*4 石炭の代わりに水素を使用して鉄鉱石から鉄を取り出す手法。

*5 資源エネルギー庁、2023.「第30回水素・燃料電池戦略協議会 製鉄業における水素活用に向けた取り組みと課題」https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/suiso_nenryo/pdf/030_06_00.pdf

主要メンバー

中島 崇文

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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齊藤 三希子

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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リンドウォール あずさ

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

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