SX新時代ー成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ

第6回:システミックアプローチによるサーキュラーエコノミーとサステナブル・サプライチェーンの推進/社内組織の変革

  • 2025-08-18

本連載コラム第3回第4回では、SX(サステナビリティトランスフォーメーション)の実現に向けた、エコシステム変革の必要性とそれを実現するための方法論として、システミックアプローチを紹介しました。第6回となる本稿ではシステミックアプローチを適用するエコシステムの具体例として、PwC Japanグループが特に重要度が高いと考える「サーキュラーエコノミー」と「サステナブル・サプライチェーン」を取り上げます。また、その実現に向けて不可欠となる社内組織の変革について紹介します。

サーキュラーエコノミーとサステナブル・サプライチェーンの重要性

昨今、サーキュラーエコノミーとサステナブル・サプライチェーンに対する関心や取り組みがグローバルで活発化しています。その要因にはScope3の脱炭素化や地政学リスクの高まり、環境・社会関連規制の強化などが挙げられ、企業は両者の推進によってリスクを低減し、機会を適切に捉えることが求められます(詳細はコラム「サーキュラービジネスシリーズ」「深化するSX」を参照)。

WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)は2023年6月、サーキュラーエコノミーの国際基準策定イニシアチブであるGCP(グローバル・サーキュラリティ・プロトコル)の開発を発表*1、2025年末までにその第一弾の公表を予定しています*2。WBCSDには、化学工業や自動車、電子・電機、食品産業を中心に世界の大手企業200社以上がメンバーとして参加しており、日本企業の参加割合は10%を占めています。気候変動対策においてはGHGプロトコルの開発が制度面の確立とそれによる世界的な取り組みの強化を促したように、GCPの開発はサーキュラーエコノミーの起爆剤となることが期待されています。また、サステナブル・サプライチェーンについてはEUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)や人権・環境デューデリジェンス指令(CSDDD)、日本政府による「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」策定など、規制強化の動きが見られます。こうした背景から、PwC Japanグループでは両者を重要度と緊急度の高いトピックとして位置付けています。

実現に向けた課題

サーキュラーエコノミーとサステナブル・サプライチェーンは相互に関連し合うトピックです。例えば、サーキュラーエコノミー施策の1つとして、ある部材のリサイクルを企図する際、サプライチェーン上流ではリサイクルプロセスを実施するサプライヤーと新たに関係を構築したり、下流ではルールメイキングを行う公的機関や回収業者と協力したりする必要があります。加えて、サプライチェーン全体での環境・社会関連情報管理の高度化なども不可欠であり、両者は密接につながり合っています。

したがって、その推進には共通の課題が複数存在します。第一に、壁越えが難しいことが挙げられます。サーキュラーエコノミー、サステナブル・サプライチェーンともにその実現は一社が単独で実現するのが難しい領域であり、既存・新規のステークホルダーとの協業が不可欠です。一方で、基本的には交渉相手であるサプライヤーをはじめとした多くのステークホルダーからは必ずしも協力が得られるとは限らず、法的圧力がないなかで取り組みの改善や情報の提供を要求するのは難しい場合もあります。こうした組織間の壁を乗り越えて協調関係を築くことには一定の難しさが存在します。

第二に、技術やビジネスモデルといったイネーブラー(enabler)が不足しているという課題もあります。現時点ではアルミや鉄鋼などの素材はサーキュラー化が技術やビジネスモデルの面で比較的進行していますが、そうした素地が整っていない素材については企業が取り組みに乗り出せていないのも事実です。また、情報管理の高度化のために必要なデータ可用性・透明性に関するプラットフォームが構築されるまで、様子見の状態にとどまってしまうことがあります。

第三に、経済合理性を図りにくいことが大きな課題として挙げられます。2つ目のイネーブラー不足解消には、企業が技術やインフラ整備に大規模な投資を実行する必要があります。しかし、その投資回収には長い年数を要することから、3〜5年という一般的な短・中期的事業計画ではこうした大規模投資に乗り出し難いという現状があります(逆に言えば、技術やビジネスモデルが確立されていないことが経済合理性の課題を生み出しているとも言えます)。また、1つ目の壁越えが難しいという課題においても経済合理性に関する課題が背景にあります。具体的には、サプライヤーに対応を促し、実際に取り組みを実施しても、その対応コストが製品の販売価格に転嫁されれば調達コストが高くなってしまうという可能性があることから、協調関係の障害になるためです。

この他にも、二次資源は消費地であるグローバルノースに偏在する一方、サプライヤーや製造拠点のあるグローバルサウスでは十分な供給量を確保できないといった資源の偏在に関する課題や、(GCPの開発やサプライチェーン関連の規制化が進行しているものの)各種の制度化・標準化が未整備といった課題も挙げられます。

これらの課題は「時間的制約」と「空間的制約」という大きく2つのカテゴリーに集約されますが(第4回「システミックアプローチの実行方法」参照)、その解消には、システミックアプローチが適しています。システミックアプローチとは、システム思考やシステム・ダイナミクスを基盤とし、システム全体の最適化を伴う投資活動と事業活動によって投資回収期間を短くしたり(あるいは投資回収期間が長くなることに起因するキャッシュフローの不確実性といったリスクを低減したり)、事業・産業や地理という空間的要素を拡大したりする方法論のことです。複数の課題が重なり合うサーキュラーエコノミーとサステナブル・サプライチェーンの実現には、システミックアプローチがきわめて効果的であり、相性の良い方法と言えます。

①サーキュラーエコノミーの実現に向けたシステミックアプローチ

ここからは具体的なトピックを取り上げ、両者の推進のためのシステミックアプローチの適用イメージを概説します。まず、サーキュラーエコノミーの具体例として、BEV(バッテリーEV)のサーキュラー化を紹介します。自動車業界におけるMX(モビリティ・トランスフォーメーション)は、DXとSXの両輪による変革が必要不可欠です。なかでも、BEVへのシフトとそのサーキュラー化はEUのELV規則案といった規制強化などを背景に各社の対応が急がれる重要なトピックです。一方で、その実現には複数の時間的・空間的課題が存在するため、レバレッジポイント(変革の要所)を特定して投資効率を最大化する必要があります。

例えば、システミックアプローチにおける氷山分析やシステムマッピングといった問題の整理・構造化を行うことで、「バッテリーのリサイクル処理量の向上」や「中古マーケットの醸成」といった、比較的小さなコストで大きな変革をもたらすサブシステムを特定できます。これにより、静脈産業のプレーヤーと共同投資を実施してリサイクル処理能力の向上を図ったり、バッテリーの残存価値の業界標準フレームワークを政府や業界団体などと協力して構築したりするといった効果的な打ち手が見えてきます。また、こうしたプロセスを繰り返し回すことにより、将来的な理想パターンの高度化や事象間の関係性の解明も実現できます。ポイントは、難易度が高く、課題が乱立しているように見える問いでも、目的やビジョンを明確化し、システム全体として捉えれば、課題解決に取り組めることです。システムにおけるサブシステムやより詳細な因果を紐解くことによって、BEVのサーキュラー化という高次のビジョンを高い解像度で捉えることが可能となります。

②サステナブル・サプライチェーンの実現に向けたシステミックアプローチ

サステナブル・サプライチェーンに対してもシステミックアプローチを適用することで、システム全体における事象の因果関係やボトルネックを捉え、投資効果を最大化することが可能です。例えば、自動車業界におけるOEMなどの最終製品メーカーは数多くの部材を複数サプライヤーから調達しているため、サプライチェーン上流の環境・社会価値の向上は必要不可欠な取り組みです。そのため、例えば「サプライヤーとの協調関係の構築」や「企業間コミュニケーションの効率化」といったサブシステムが変革の要所となります。これらに対する打ち手としては、サプライヤーの理解力醸成を促すインセンティブ付与や教育サポートの拡充、GHG排出量をはじめとしたサプライヤーとのデータ連携基盤の確立などが考えられます。ちなみに、後者のデータ連携基盤の確立については、ドイツの自動車業界で運用が開始された自動車のバリューチェーン全体でデータを共有するためのアライアンスCatena-Xや、企業や業界を横断してデータ連携・システム連携の実現を目指す国内イニシアチブOuranos Ecosystem(ウラノス・エコシステム)など、各方面での整備が進行中です。こうしたイニシアチブに積極的に参画し、自社に有利な外部環境を構築していく取り組みも重要です。

社内組織の変革:「全社俯瞰機能」と「調整機能」の具備

最後に、社内組織の変革についても解説します。システミックアプローチを円滑に進めるためには、社内の組織体制を整備することも必要です。多くの日本企業ではボトムアップ形式で施策検討が進められますが、全社共通のビジョンを持ち、各部署の意思決定がそのビジョンと協調するよう確認・調整することが大切です。そのため、全社に対して北極星となる全体絵図を描く「全体俯瞰機能」と、それを基に各組織の活動を細かくチェックする「調整機能」を備えていくことが効果的です。

図表1:全体俯瞰機能と調整機能のイメージ

「全体俯瞰機能」は、各組織に対してあるべき姿を北極星として提示する機能であり、全社戦略に影響を及ぼす課題をボトムアップで汲み上げ、全社目標と照らし合わせた目標や責任範囲をトップダウンで提示する役割を持ちます。具体例として、脱炭素に関する長期ビジョンを構築し、関連する部署の意見を集約して合意形成を行い、経営の意思決定を経て全社方針とするプロセスがあります。

「調整機能」は2つの役割を有します。1つは文字通り、全社の調整をする役割です。全体俯瞰機能では、ボトムアップで意思決定を図り、トップダウンで組織全体への落とし込みを行いますが、現実的には各部署は自部門の個別最適を優先する可能性があり、組織間における利害関係や責任の回避といった意思決定を阻む問題が起こりがちです。そのため、調整機能によって全社の意思決定に影響する個別の課題を拾い上げ、調整が可能な部分は折衷役として部門間の連携を図り、より全社的な解決が必要な場合には上位会議体や経営にエスカレーションするなどの役割を担います。もう1つは標準化の役割です。全社方針・戦略を実行するには組織全体が共通のルール・ツールを活用し、一貫性や連携を促進することが求められます。例えば、共通フレームワーク(脱炭素におけるLCA算定の考え方や方法論など)の策定や各部門での実践方法の浸透、IT部門との連携による共通ITインフラ(GHG排出量集計ツールなど)の展開などを担います。

また、両機能を支える「インテリジェンス機能」も重要です。先述のとおり、全社の意思決定には各組織の利害関係が絡み、野心的な目標設定や円滑な議論が困難になる場合があります。こうした合意形成の壁を乗り越えるには、個々の意見や利害関係に影響を受けにくい「ファクト」や「データ」の提示が有効です。例えば、脱炭素におけるGHG削減の全社目標の設定に対し、国際水準や投資家の要求レベル、競合他社のベンチマーク、各水準の採用時に想定される影響(メリット/デメリット)を分析することで、より客観的な視座から議論・合意形成を前進させることができます。

こうした機能を実際に担うのは事業のミドル層です。例えば、経営企画部やサステナビリティ推進部がこれらの機能を担うことが考えられます。また、各機能に特化したタスクフォースチームを設置するのも一案です。ポイントは、これらの機能を担う組織・担当者が、以下のようなケイパビリティを持っているという点です。

①全社最適を重視する俯瞰的な視点
②あるべき姿を目指す野心的なマインドと、現実・実態を理解し両者のギャップを埋めていく理想と現実のバランス感覚
③各部署の現場の視点を理解する姿勢を持ち、属人的・俗人的な折衷議論ができるヒューマンスキルを有する

システム思考にも通ずる社内組織の整備も、システミックトランスフォーメーションの重要な要素となります。

PwC Japanグループではサーキュラーエコノミーとサステナブル・サプライチェーン、またその実現に向けた社内組織の変革に関する取り組みを幅広く支援しています。なお、本稿で取り上げたトピックに関する詳細は2025年7月に発刊の書籍『サステナビリティ新時代―成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ』を参照ください。

*1 WBCSD, 2023. ‘WBCSD announces the launch of Global Circularity Protocol to accelerate the development and adoption of circular business models’, 
https://www.wbcsd.org/news/wbcsd-announces-the-launch-of-global-circularity-protocol-to-accelerate-the-development-and-adoption-of-circular-business-models/ 

*2 WBCSD, 2024, ‘Global Circularity Protocol for Business Impact Analysis GCP Impact Analysis on Climate, Nature, Equity, and Business Performance’,
https://www.wbcsd.org/resources/gcp-impact-analysis/ 

主要メンバー

中島 崇文

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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齊藤 三希子

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

リンドウォール あずさ

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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