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気候変動やコロナ禍などの影響を受け、社会環境はますます不確実性を増している。そんな中、ビジネスシーンではサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)への注目が高まっている。持続可能性を考慮した経営への転換を図る上で、企業経営者にはどのようなことが求められるのか。SXを専門とする組織を持ち、多くの企業を支援しているPwC Japanグループに目指すべき方向性を聞いた。
(インタビュアー:日経BP総合研究所 フェロー 桔梗原 富夫)
※本稿は日経ビジネス本誌・電子版に掲載された記事を転載したものです。
※役職などは掲載当時のものです。
(左から)磯貝 友紀、坂野 俊哉
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
エグゼクティブ・リード
PwCサステナビリティ合同会社
坂野 俊哉
桔梗原:今、企業の間でSXが注目されています。その背景について教えてください。
坂野:まずSXとは、企業がサステナビリティを重視した経営に転換することです。従来、企業は経済活動に伴って発生する環境負荷を、不可避である「外部不経済」と捉え、その処理を自然の浄化や政府・行政などによる処理に任せてきました。「環境」「社会」「経済」はそれぞれ独立して存在し、経済を担う自分たちがそのほかの責任を取る必要はないと考えていたからです。
しかし次第に、それらには重なる部分があると考えられるようになり、1990年代ごろからは経済と環境、社会をトレードオフの関係とみなして対応する企業が出始めました。2010年代に入ってからは、「地球環境の上に社会が存在し、社会の上に経済が存在する」、つまり互いに密接に関わり合うものだという認識が広く一般的になっています。
これは環境という“親亀”の上に社会という“子亀”、さらにその上に経済という“孫亀”が乗っている状態をイメージすれば分かりやすいと思います。“親亀こけたら皆こける”が、世界の共通認識になった結果、外部不経済を内部に取り込み、なおかつ利益を出し続けられるビジネスモデルを構築しようとする企業が現れてきたのです。
桔梗原:そのような動きが、ここへきて急速に活性化している理由はあるのでしょうか。
坂野:気候変動や経済格差などの問題が顕著になるにつれ、危機感を募らせたステークホルダーが規制強化を訴え、ESG投資が活発化しました。世論もそれに追従し、外部不経済に無頓着な企業が敬遠される流れが生まれました。これが大きな要因だと考えています。
直近では、2021年秋に開催されたCOP26(第26回国連気候変動枠組条約締約国会議)で、「産業革命前からの気温上昇を1.5℃以内に抑える」ことが努力目標として合意されました。これもサステナビリティが改めて意識されるきっかけになったと思います。
日本では2020年に、菅義偉前首相が国内の温暖化ガス排出を2050年までに実質ゼロとする方針を表明したことで大きく加速した感があります。これらの流れに先んじて、PwC Japanグループは約10年前から企業のサステナビリティ経営を支援してきました。2020年にはSXをはじめ、企業のサステナビリティに関する活動を総合的に支援する専門組織「サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス」を設立しました。SXという言葉も、2021年に拙著『SXの時代』で紹介して以来浸透してきていることを感じます。
桔梗原:SXの重要性がよく分かりました。ただ、その取り組みは一朝一夕で行えるものではなさそうですね。
坂野:確かに、既存のビジョンや戦略を根底から見直すことが必要ですし、投資判断の基準や従業員のマインドセットも大きく変えなければなりません。容易に実現できるものではありませんが、一方で気候変動などは“親亀”にとって差し迫った危機です。山積する課題を解決し、かつ経済活動を持続させるにはどうすればよいのか、すべての企業が考え、行動に移さなくてはなりません。
桔梗原:では具体的に、SXに向けて企業は何から手を付ければよいのでしょうか。
磯貝:外部不経済を取り込んだビジネスモデルに転換した場合の市場規模とコストを予測することです。
未来予測は、「規制とソフトロー(非拘束的合意)」「社会の価値観」「テクノロジー」の3つの変数によって変わります。例えば、規制が強まれば対応コストが跳ね上がりますし、世の中の価値観の変化が進めば、市場規模は急速に拡大するでしょう。新たなテクノロジーが登場すれば、様々なシナリオが完全に書き換わる可能性もあります。こうした動きを見定めながら、外部不経済を抑えるためのコストと将来の財務リターンを計算して判断するのです。
投資は、たとえ3年、5年といったスパンで回収できなくても、10年後の原材料の安定調達や、炭素税支払いの削減につながるかもしれません。今、サステナビリティ経営にかじを切ることが、顧客やステークホルダーの評価につながる可能性もあります。それにより売上が増えれば、投資回収を前倒しできることもあると考えています。
桔梗原:長期的な視点で戦略を立てることが肝心ですね。
磯貝:おっしゃる通りです。現行ルールへの対応、利益率改善といった短期視点の取り組みと同時に、まだ顕在化していないリスクに備えたり、新市場創出につながるニーズの掘り起こしや技術開発を行ったりするなど長期的視点の取り組みを進める必要があります(図)。
そして何より重要なのは、これらをあくまでビジネスとして収益を出しながら推進することです。環境、社会と経済をトレードオフにせず、一体のものとして捉えることがSXを成功させるカギといえるでしょう。
目の前の規制・ルール、市場ニーズへの対応に加え、まだ顕在化していないリスクや潜在ニーズなどを見越した長期的視点の投資も並行して行うことが肝心だ
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
リード
PwCサステナビリティ合同会社
磯貝 友紀
桔梗原:未来予測を正しく行うには、企業が将来の自社のあるべき姿を想定し、そこからバックキャストするといった方法が有効なのでしょうか。
磯貝:もちろんそれは有効です。ただ多くの経営者が、バックキャスティングした内容と現在の事業ポートフォリオが全く合致していないことに気付いて驚くはずです。本当の仕事はそこからで、SXとは未来から逆算した自社の姿に現実をマッチングさせる作業といえます。
坂野:先ほど磯貝が未来予測に関わる3つの変数をご紹介しました。それに応じて各企業のあるべき未来像も変更を迫られます。そのため「規制とソフトロー」「社会の価値観」「テクノロジー」の変化にいかに柔軟に対応できるかは、SXの成否を握るポイントになると思います。
なお、環境、社会、経済の要求をすべて同時に満たすのは難しいので、短期的にどれを優先し、長期的に何を目指すのかはトップダウンで決める必要があります。その意味で、SXは完全に経営マターです。「CSO(チーフ・サステナビリティ・オフィサー)」を置く企業も増えていますが、単に形だけの役職とせず、経営判断に関わる権限を持たせることが不可欠です。
磯貝:PwC Japanグループは、そのような体制づくりや取り組みの推進を支援しています。これまで多くの企業のSXを支援してきた経験から、未来の財務インパクトを数値化してシミュレーションする方法論を持っており、それを基に「未来の稼ぐ力」をどう獲得するかをご支援することができます。
また、SX推進に向けた「How(どうすべきか)」は、前述の書籍『SXの時代』にもまとめました。読んだ経営者からは「全役員の必読書にした」などの反響もいただいており、企業のSXへの関心の高さを感じています。
さらにこの度、新たに『2030年のSX戦略』を刊行しました。そこでは、2030年までのサステナビリティに関する未来の見方を示した上で、より具体的な投資判断の方法を業界別に紹介しています。例えば、外部不経済を取り込むことで発生するコストや投資、リスク要件から、持続的成長に必要な利益を算出する「SXの方程式」はその一例です。
桔梗原:この方程式に当てはめることで、企業は自らSX戦略を描けるようになるということですね。そのほか、PwC Japanグループが提供するSX支援策についても教えてください。
坂野:戦略策定に関わる「ストラテジー」、事業・オペレーションを変革する「トランスフォーメーション」、報告・情報開示などに関する「レポーティング」の3分野で様々な支援サービスを提供しています。同時に「気候変動」や「生物多様性」「人権」といったテーマごとの取り組み支援も行っています。
桔梗原:企業にとってはDX(デジタルトランスフォーメーション)も経営アジェンダになっています。DXとSXの関係はどう考えればよいでしょうか。
坂野:SXは企業の存続を懸けた究極の生き残り戦略であり、DXはそれを実現するためのイネーブラー(目的の達成を可能にするもの)です。環境・社会課題の解決にはテクノロジーが不可欠なので、両者は車の両輪のように切り離せない関係にあります。DXに取り組むことが、SXを促進するドライバーにもなるのです。
桔梗原:最後に、SXに取り組む日本企業の経営者にメッセージをお願いします。
磯貝:日本企業は、なかなか世界市場でリーダーシップを発揮できずにいるといわれていますが、サステナビリティの分野でのリードが期待されています。それに向けて、SXの推進によって先進性を発揮できるよう、より一層の支援を行っていくつもりです。
また同時に、私たち自身もSXに関わる活動を一層強化していきます。PwCは、G20ビジネスサミット(B20)※のナレッジパートナーを務めています。そのような場を通じて、サステナビリティに関するグローバルなルールメイキングに積極的にかかわりながら、国際社会における日本やアジアのプレゼンスを高めていきたいと考えています。
坂野:ステークホルダーの期待に応えようとしてSXに着手する企業は少なくありません。しかし、より本質的な問題は、“親亀こけたら皆こける”の責任の一端は自らの事業活動にあるということです。これをしっかり認識し、内発的な動機に基づいて取り組んでいただければと思います。またその際は、未来の収益拡大といったSXのポジティブな側面にぜひ目を向けてもらいたいですね。ひいてはそれが、実効力のあるSXにつながるのです。
※ 政府間会合「G20」をサポートするグローバルビジネスリーダー企業の会合
気候変動や人権、生物多様性など企業を取り巻く環境変化に伴い、国内でも「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」は、経営課題として検討が始まっています。
本書では、2030年までに起こりうる世の中の動きを業界別に示し、未来のサステナビリティ経営の指針となり得るフレームワークを提示します。