グローバルコラム解説

個人と企業の「want-should-need」のバランス

  • 2024-04-25

The ExCo GroupのAdam Bryant氏は、2022年に発表した記事において「ワークライフバランス」に代わる新たなフレームワークとして、「want-should-need」を提案しています。本稿ではその新フレームを紹介しつつ、個人と企業のwant-should-needのバランスをとることの難しさと、その対応策として変化のマネジメントの重要性を解説しています。

The ExCo Groupのsenior managing director(当時)であるAdam Bryant氏は、2022年8月にPwCの「strategy + business」に発表した記事「The new work–life balance」において、コロナ禍を経て、workとlifeの境界がより曖昧になり、workかlifeかではバランスが取れなくなった日常に対処するため、新しいフレームワークである「want-should-need」を提案しています。このフレームワークは、人が生きる上での全ての瞬間を「したい」「すべき」「しなくてはならない」に分類するものであり、これによりポストパンデミックの世界において、より実践的に人生のバランスがとれるようになると結論付けています。

記事が発表された2022年夏には、「Great Resignation(大量離職)」や「Quiet Quitting(静かな退職)」といったトレンドが顕在化しており、企業は従業員の欲求(want)に敏感になる必要がありました。しかし年月が経ち、今では従業員の欲求に対する関心は落ち着き、むしろ会社としての要求(should/need)を従業員に理解してもらう必要があるという現実が目立つようになっています。ただし、会社の要求を押し付けていては、従業員からの大きな反発が予想されます。深刻な人手不足が起きているなかで、従業員のエンゲージメントの低下や離職は大きな痛手になりかねません。会社の要求を示しつつも、従業員の欲求に配慮し、want-should-needの適切なバランスをとることが求められています。

PwCの最新の「グローバル従業員意識/職場環境調査」(詳細はこちら)によれば、従業員は依然として「自分に合った仕事の仕方を選択できる」ことを重視しており、リモートワークが可能な社員はそうでない社員よりも仕事の満足度が高いことが示されています。このような柔軟な働き方に対する従業員の欲求は、依然として存在しています。

一方で、企業は従業員同士のコミュニケーションや協働を強化したいと考えています。2024年の世界経済フォーラム年次総会でのインタビューにおいて、PwC英国のKevin Ellis会長は、「特に若手社員は対面で仕事をする時間を増やすべきであり、オフィスでの協働を推奨する」と述べています。既存の人材の働き方と成果の出し方を変えるよう促した興味深い発言だと感じました。

このような状況下で、個人と企業のwant-should-needのバランスを保つことは、継続的な変化への挑戦です。本稿では、このバランスを実現する方法として、変化のマネジメント方法をご紹介したいと思います。

変化を適切にマネジメントするためには、9つの成功要因があります。

①これからの変化のイメージを可視化(具体化)する
②リーダーの意識を合わせる(同じ方向を向かせる)
③これから起こる変化の影響範囲を予測する
④変化シナリオを構築する
⑤変化を推進する体制を組織する
⑥社内コミュニケーションにより理解度を上げていく
⑦意識・行動を変えて実践度を上げていく
⑧行動実践するためのスタンスやスキルを身に付ける
⑨変化の度合いを可視化し変化のサイクルをつくる

これら9つの成功要因は大きく3つのステップに分けることができます。1つ目のステップは、変化の方向性づけです。①②が該当しますが、組織がなぜ変わらないといけないのか、どこに向かうべきなのか、意識を合わせることです。2つめのステップは、具体的な変化の理解です。③④⑤が該当しますが、何が変わり、その変化によってどんなインパクトがあり、それらのインパクトをどうやって緩和していくかを計画します。最後のステップは、変化を実際に起こすための仕掛けづくりおよび実行です。⑥⑦⑧⑨が該当しますが、組織を構成する個人個人に変化を促し、その変化を根付かせるのです。

企業が思う方向に従業員を向かせたいと願うとき、施策は概して一方的なコミュニケーションやトレーニング受講の強制になりがちになっていないでしょうか。また、それらの施策には継続性はなく、一過性の施策として終わりがちではないでしょうか。変化を成功させ、バランスをとり続けるためには、このような体系立てたアプローチが必要です。Want-should-needのバランスをとるという、無形の概念的な施策だからこそ、成功のためには現状分析に基づいた計画と定期的なモニタリングが重要であり、サイエンスとして取り組むことが不可欠なのです。

個人と企業のwant-should-needのバランスを保つことは、組織にとって永遠の課題です。しかし、適切な変化のマネジメントを通じて、このバランスを実現するという方法があります。企業は、従業員からの理解と協力を通じて変化に適応し、持続可能な成功を目指す必要があります。

著者:Adam Bryant
2022年8月29日

新しいワークライフバランス

仕事と私生活が絡み合う現在、ワークライフバランスという言葉はもはや時代遅れ。新しい枠組みが必要です。

ワークライフバランスの歴史を探ってみると、この概念の起源には諸説あります。一般的なのはロバート・オウエン。ウェールズ地方の工場経営者で「英国社会主義の父」と呼ばれています。1800年代前半の労働条件が厳しすぎると考え、1日のバランスの取れた勤務体系として「8時間の労働、8時間の娯楽、8時間の休息」を提唱しました。

20世紀のワークライフバランスは、むしろ誰もが憧れる生活スタイルでした。忙しい仕事と子育てを(もちろん家事も)やりくりする人にとって、ワークライフバランスは常に遠い夢物語でした。やりがいのある仕事、家族とたっぷり過ごすクオリティタイム、運動、睡眠――。それらがストレスなしで手に入るなどということは、現実にはありえません。ある意味、理想化された「バランス」は蜃気楼のようなもので、手に入れようとする人を苛立たせるだけでした。

コロナ禍のワークライフバランスは滑稽なものでした。自宅にワークステーションを設置したホワイトカラーに、仕事と個人的な時間や場所の区別はありません。必要なのは、もっと現実的で、生活のバランスを考えるのに役立つ新しい概念です。

別のモデルを考えてみましょう。まずあらゆる時間を「したいこと」「すべきこと」「する必要があること」の3つのいずれかに分類するとします。考えてみれば、全ての決断は、無意識であれ意識的であれ「~したい」「~すべきだ」「~する必要がある」で終わるように思えます(最後は「~しなければならない」を含む)。この分類に納得したら、自分の生活を円グラフにしてみましょう。

標準的な1日、1週間、1カ月のどれだけがどの時間に分類されるでしょうか。仕事のうち「したいこと」をする時間、つまり自分のスキルや才能が手持ちの作業に合っている時間、逆に、「すべきだから」「必要だから」という理由で必死に働いた時間はどれだけあるでしょうか。

ある意味、正しい割合というものはなく、時間とともに個人の考え方も変わります。20代の頃は「したいこと」にふけりがちです。人生の終盤でも同様に個人的な関心が優先されます。30、40、50代は特に苦労が多く、家族を養い、キャリアを積み、もっと充実した役職を得るための踏み台として仕事をこなす場合もあります。人生にこのような時期があるため、よく引用される幸福曲線はU字型になるのです。

3つに分かれた円グラフは、生活のバランスを判断するのに便利だと思います。「大退職時代」やいつまでも自宅勤務を望む傾向など、一部のメタナラティブの説明にも役立ちます。コロナ禍のロックダウンで孤独を感じるうちに、人々は人生の意味を考え、やりがいのない仕事を辞めたのでしょう。人々は自分のしたいことを優先しようと決意し、通勤は「すべきこと」に映ったと思われます。そして企業も頻繁に意識調査を行い、従業員の声を聞こうと努力しています。現在のところ、雇用主は人材を採用し、定着させるために従業員の望むものを与えようと必死です。

必要なのは、仕事と生活を両端に置いた物差しではなく、コロナ禍収束後の時代に仕事との関係を評価する現実的な枠組みなのです。

振り子の揺り戻しかもしれません。不況が話題になり、企業にストレスがかかるにつれ、CEOは「したいこと」「すべきこと」「する必要があること」のバランスを見直し、仕事が仕事と呼ばれるには理由があることを再び訴えようとしているように見えます。

Googleの親会社のCEOであるSundar Pichai氏は、(2022年)7月に従業員に宛てたメッセージで次のように述べています。「今後は、好景気のときよりも起業精神、緊急性、集中力、欲を持って仕事をする必要がある」。一部の人にとって、これで円グラフのバランスが変わることはないでしょう。たいていの人は仕事で積極性を見せたいと願い、くじかれたと感じます。しかしこれはGoogleのムードの転換を示しています。

Facebookの親会社のMetaで最高経営責任者(CEO)を務めるMark Zuckerberg氏は(2022年)6月、従業員に対し、同社が直面している困難を踏まえ、少ないリソースで多くの成果を上げなければならないことや、業績の低い従業員は許容されないことについて言及しています。「この会社が自分に合っていないと思う人も出でくるかもしれないが、その自己判断も良いと思う。実際、ここにいるべきではない人も、おそらくこの会社にはたくさんいるだろう」

ここには露骨なまでのメッセージがあります。仕事とは「すべきこと」と「する必要があること」です。再び主導権を握るのは上司であり、部下がしたいことや、賃金を払っている仕事に目的があると部下が感じるかどうかは重視しません。

必要なのは、仕事と生活を両端に置いた物差しではなく、コロナ禍収束後の時代に仕事との関係を評価する現実的な枠組みなのです。どんな仕事にも自分がしたいこととしたくないことが混在します。私生活も同じです。大切なのは、どれだけの時間を「したいこと」「すべきこと」「する必要があること」に費やすかです。どのようであれ、その円グラフこそ、人が幸せ、充実感、満足感、達成感を得るバランスを正確に反映することでしょう。


Adam Bryantは、経営者の能力開発とメンタリングサービスを提供するExCo Groupのシニアマネージングディレクター。著書『The Leap to Leader: How Ambitious Managers Make the Jump to Leadership(仮題:リーダーへの飛躍:意欲的な管理職が経営幹部になるには)』が2023年7月、Harvard Business Review Pressより出版。

※strategy+businessに転載された記事は、必ずしもPwCネットワークに属する企業の見解を代弁するものではありません。発行物、製品、サービスのレビューや引用は、それらの宣伝や推奨ではありません。strategy+businessは、PwCネットワークに属する特定の企業が発行しています。strategy+business誌が発行する英語の原文からの翻訳はPwCコンサルティング 組織人事コンサルティングチームが取りまとめたものです。

執筆者

強口 真裕佳

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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入澤 聡子

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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