日印社会保障協定の発効

2017-02-25

2016年7月に日印両政府による日印社会保障協定を発効するための外交上の公文交換がなされ、2016年10月1日より同協定が発効することが正式に決まりました。2012年11月に署名されて以来、多くのインド駐在員および元駐在員の方が待ち望んだ日印社会保障協定が発効しますので、今回はこの日印社会保障協定について解説したいと思います。

日本は、1.社会保障料の二重払いの排除および2.年金受給資格期間の通算を主な目的として、社会保障協定を結んできました。これまでに15カ国との間の社会保障協定が発効しており、インドとの社会保障協定の発効は日本にとっては16カ国目となります(ちなみにインドにとっては日本は17カ国目の社会保障協定発効となります。)

まず、社会保障料の二重払いの排除という点については、日印間ではこれまで社会保障協定が発効されていなかったため、多くの駐在員はインド駐在中も厚生年金保険などの日本の公的年金制度に拠出しつつ、インド国内法の要請により、従業員積立基金(Employees’ Provident Fund, EPF)や従業員年金基金(Employees’ Pension Scheme, EPS)(以下、EPFとEPSと合わせてPF)に拠出してきました。インドでは、雇用主と従業員とそれぞれがPFに12%ずつ拠出することが求められており、日系企業の場合、手取り保証という観点からインドで求められる従業員拠出分の12%についても会社が負担している場合が多いため、社会保障料の二重払いは日系企業の大きな負担となっていました。しかし、今回の日印社会保障協定の発効により、2016年10月1日以降、一定の要件を満たす場合には日本年金機構からCertificate of Coverage(適用証明書)を入手することによりPFへの拠出が不要となり、日本人従業員を駐在派遣する際のコストを削減することができます。

次に、年金受給資格期間の通算という点ついては、従来、インドでの年金加入期間が10年未満の場合はEPSに拠出した金額は掛け捨てとなっていましたが、今後は日本の厚生年金加入期間と通算することが可能となります。また、仮に通算後でも10年に満たない場合であっても、脱退給付金として一時金の給付を受けることが可能となります。

受給タイミングは、これまでは早くとも58歳にならなければ、給付を受けることができませんでしたが、今後はインド現地法人の被用者でなくなったタイミングで給付申請を行うことが可能となります。給付を受けるための入金口座は従来インド銀行口座に限定されていましたが、日本の銀行口座を選択することも可能となりました。適用証明書の申請、インド年金・一時金などの申請を行う際の申請書類が日本年金機構のホームページに掲載されていますので、ご参照ください。

インド側での手続などに関しては、インド政府から発行される最終的なNotificationを確認する必要があります。なお、これまでにインドと社会保障協定を締結した国では、申請から給付まで数カ月を要したケースが散見されていますので、手続を行う際にはご留意ください。

最後に、給付に関して次の二点について留意が必要です。第一に、PFについて従業員拠出分を会社が負担している場合、従業員との雇用契約などにおいて受領した給付金を駐在員から会社に返還することを求めているケースがあります。この場合、当該取引の会計処理について事前に監査人に確認されることをお薦めします。第二に、インドでの社会保障について5年間連続して拠出している場合は免税となりますが、拠出期間が5年未満の場合はインド個人所得税の課税対象となります。この場合、給付時に10%の源泉徴収が行われますが、確定申告時に適用される税率は所得金額によって異なるため、源泉税額では不足の場合、残額について追加で納付が必要となります。

日系企業各社におかれましては、会計処理や個人所得税の取り扱いについて、経理担当者や会計事務所と事前に確認されることをお薦めします。

黒柳 康太郎(くろやなぎ こうたろう)

2002年中央青山監査法人名古屋事務所に入所、製造業を中心としたグローバル企業の会計監査および内部統制導入アドバイザリー業務などに従事。2006年あらた監査法人入所後、2009年より2年間PwC US(ピオリア事務所)へ赴任し、米国グローバル企業の会計監査業務に従事。2015年6月よりPwCインド(バンガロール事務所)に赴任。PwCインドにおいては南インドを中心に監査・税務・アドバイザリーを幅広く担当する。日本国公認会計士。なお、本文中の意見に係る部分は、全て筆者個人の私見である。