第1回 100歳時代のヘルスケアデザイン

1.目前に迫る100歳時代

リンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏の著書『Life shift』(2016年)の中では、2007年に日本で産まれた子どもの半数が107歳まで生きるという研究結果が示され、「人生100年時代」というキーワードが日本はもとより世界中に広まりました。

厚生労働白書1によると、1990年の平均寿命は男性75.92歳、女性81.90歳でしたが、2040年には男性83.27歳、女性89.63歳になるとされており、平均寿命が50年の間に7~8年伸びることが予想されています(図1)。平均寿命は0歳で亡くなった人も含めた全員の平均値ですが、ある年齢の人がその後何年生きられるかという期待値を算出した平均余命2を見ると、現在65歳である男性の半数は85.05歳、女性は89.91歳までは生きることになります。平均余命も着実に伸びており(図2)、100歳以上人口がこの30年で約50倍にも急増3(図3)した現状を考えると、既に人生100歳時代に突入しているとも言えそうです。

図1 日本人の平均寿命の推移
図1 日本人の平均余命の推移
図3 日本における100歳以上人口の推移

2.100歳時代に向けて重要性が高まる「健康寿命」

日本においても政府は2017年9月に「人生100年時代構想会議」を設置し、人生100年時代を見据えた経済社会システムを創り上げるためのグランドデザインの検討を始めました。その中間報告4では、100年という長い期間をより充実したものにするためには、マルチステージ*を前提とした、幼児教育から小・中・高等学校教育、大学教育、さらには社会人の学び直しに至るまで、生涯にわたる学習が重要とされました。また、結論の1つである「人づくり革命基本構想」5においても学習環境の強化に向けた方針が複数取りまとめられました。

しかし、私たちはマルチステージ化された100歳時代を生涯現役で過ごすためには1つの前提があると考えます。それは「健康」であることです。

100歳時代において平均寿命が延びたとしても、健康である期間(健康寿命)が変わらなければ、不健康な期間のみが長期化してしまい、個人の生活の質が低下するだけでなく、医療費や介護費等の社会保障費の増加も引き起こされます。実際にグローバルレベルで見てみると6、平均寿命が伸びるのと比例して不健康な期間が延びるという傾向が既にみられます(図4)。幸いなことに、厚生労働白書7によると日本における不健康な期間(平均寿命と健康寿命の差)は2001年時点で男性8.67年、女性12.28年だったものが2016年には男性8.84年、女性12.35年となり、横ばい、もしくは微増といった傾向にあります。しかしながら、未曽有の100歳時代においていつまでこの傾向が続くかは不透明です。昨今の日本における社会保障費の増大も踏まえると、私たちには、より長い間健康であり、寿命と健康寿命の差が短かくなるような暮らしが求められます。

*:マルチステージとはリンダ・グラットン氏が提唱したモデルであり、教育→仕事→引退と単線的にステージを移行する従来の生き方ではなく、20歳前後で社会に出てから、会社勤め、フリーランス、学び直し、副業・兼業、起業、ボランティアなど、さまざまなステージを複線的に移行しながら生涯現役であり続けるという生き方。

図4 世界における健康寿命と不健康期間の推移

3.100歳時代のヘルスケアデザイン

健康寿命を長くしていくことが求められる中で、私たちはこれまでにない新たな対策を検討・実行していく必要があります。例えば、糖尿病性腎症重症化予防に代表される、健康に関するこれまでの施策は基本的には自発性に任されており、参加する側の強い意思が求められるものでした。しかし、学び、働く期間がより長くなると予想される今後においては、学びと働きに注力するため、意識しなくても暮らしの中で健康になれる仕組みや、エンタテイメントの一環として楽しみながら健康増進を図れる仕組みなど、これまでとは異なる健康増進施策が求められるのではないでしょうか。

また、内閣官房の「デジタル田園都市国家構想」8に代表されるように、日本全体で「デジタル×暮らし」という取り組みが加速することが想定されます。そのため、健康を維持するためにどのようなデジタルインフラを生活に組み込んでいくかという議論も必要と言えます。

100歳時代を健康に生きることは容易ではなく、他にも検討すべき点は多々あります。例えば、100歳時代において社会保障に頼らない個々人の経済基盤をどのように作っていくのか。その中で新しい産業や完全に健康でなくても働けるような新しい働き方が生まれてくる可能性もあり、それらをどのように社会に適合・発展させていくのか。さらには既に高齢化が進み市場が縮小している地域をどうするか。

100歳時代に向けて検討すべきことは幅広く、複雑な要素が絡み合います。しかし、現役世代の私たちが、健康に暮らすための「ヘルスケア」を幅広い視点で検討し、デザインしなおさなければ、100歳時代がこれからの世代にとって苦しいものになるかもしれません。私たちはこのヘルスケアに関する新たな枠組みを「100歳時代のヘルスケアデザイン」と呼称することとしました。

4.今後の展開

本連載では、以下の視点で各領域のスペシャリストが「100歳時代のヘルスケアデザイン」を検討する上で考慮すべき課題や取り組み、あるべき姿などについてコラムを執筆する予定です。

  • 先進テクノロジー×健康・介護
  • 医療データ×保険事業効果測定
  • MaaSなど新たなビジネスモデル×医療
  • 働く環境×健康増進 など

これらの中には突飛な施策や、実現に向けて課題が山積する施策もあるかもしれません。しかし、私たちはVUCA時代*という言葉に代表される、将来を予測するのが困難な時代においては、まずビジョンを描くことが重要だと考えています。これら一連のコラムが読者の知的好奇心を刺激し、一歩でもあるべき未来に近づく一助となれば幸いです。

*:VUCA時代:VUCAとはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)Ambiguity(曖昧性)の頭文字で、将来予測の困難な状態

1 厚生労働省「令和2年版 厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-」図表1-2-1 平均寿命の推移
https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/19/backdata/01-01-02-01.html

2 厚生労働省「令和2年簡易生命表の概況 1.主な年齢の平均余命」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life20/index.html

3 厚生労働省「プレスリリース 令和3年9月14日」
https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/000672203.pdf

4 首相官邸「人生100年時代構想会議中間報告」平成29年12月
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/jinsei100nen/pdf/chukanhoukoku.pdf

5 人生100年時代構想会議「人づくり革命 基本構想」
http://www.kantei.go.jp/jp/content/000023186.pdf

6 World Health Organization「THE GLOBAL HEALTH OBSERVATORY」よりPwC集計
https://www.who.int/data/gho/data/themes/mortality-and-global-health-estimates/ghe-life-expectancy-and-healthy-life-expectancy

7 厚生労働省「令和2年版 厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-」図表1-2-6 平均寿命と健康寿命の推移
https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/19/backdata/01-01-02-06.html

8 内閣官房「デジタル田園都市国家構想」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/index.html

執筆者

堀井 俊介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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髙橋 啓

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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増井 郷介

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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小田原 正和

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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平川 伸之

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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川口 健太

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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