連載コラム 地政学リスクの今を読み解く

台湾総統選挙および立法委員選挙の動向と日本企業への示唆

  • 2023-12-04

ポイント

  • 総統選挙を巡る現状の世論調査では、台湾独立を語らず、中台間での現状維持を重視し、親米である蔡英文路線の継承を掲げる頼清徳氏(民進党)が優勢である。それ以外の候補者は、米中間での中立路線を掲げている。
  • 半導体関連を含む産業政策など経済政策については各候補での差異はほとんど見られない。
  • いずれの候補者が当選しても、中国は全面侵攻による武力統一ではなく強制的平和統一(軍事的圧力を背景に台湾に統一を認めさせるもの)を推進することに変わりない。企業には強制的平和統一のシナリオについても検討が求められる。

1. 総統選挙を控える台湾

台湾1では2024年1月13日に総統および立法委員(国会議員)選挙が迫っており、選挙が中台関係やその後の東アジア情勢に与える影響について注目が集まっています。本コラムでは、選挙情勢について概観した上で、選挙後の東アジア情勢に関する考察を紹介します。また、日本企業が直面するリスクとして、中国による強制的平和統一のシナリオも検討に値する旨を解説します。

1.1. 各候補者の掲げる政策

総統選挙への立候補届け出の締切日までに届け出を済ませた候補者は3名です。与党・民主進歩党(以下、「民進党」)からは頼清徳副総統が、野党陣営は、最大野党・中国国民党(以下、「国民党」)から侯友宜新北市長、第三党の台湾民衆党(以下、「民衆党」)から党首の柯文哲前台北市長がそれぞれ立候補の届け出を済ませました。それぞれの候補者がかかげる政策はどのようなものでしょうか。

まず、指摘しなければならないのは、全体的な政策方針をめぐって各候補に大きな差がないことです。日本を含め海外から台湾の半導体産業に注目が集まっています。しかし、台湾では半導体が最重要産業であることを所与としたうえで、半導体と同様の競争力を持つ次の産業を育成することに焦点が当てられています。そのため、いずれの候補も、半導体やICTに何かを掛け合わせた産業育成を主張しており、大きな違いはありません。また、コロナ下で高まった半導体需要の影響などもあり、高い経済成長率を保った台湾では教育や社会福祉、再配分、人口減少と移民などの社会政策の強化が重視されています。しかし、これも候補者間での違いはそれほど大きいとは言えません。

通商政策に目を向けると重点が異なるとはいえ、各候補とも大筋では一致しています。台湾企業は、米中対立に加え、中国での賃金上昇などのマクロ経済環境の変化に直面し、製造拠点を中国からベトナムやインドへ移転させたり、台湾へ回帰させたりしています。このような環境下で蔡英文政権は、東南アジア・南アジア・豪州・ニュージーランド等の諸国との総合的な関係を発展させる「新南向政策」や、台湾への投資回帰を推進する「歓迎台商回台投資行動方案」を打ち出してきました。後継候補の頼清徳氏は、これを継続すると見られます。

一方、台湾の輸出先のうち中国大陸と香港を合わせたときのシェアは35%を超え第1位であり、対中貿易関係も無視できません2。このため野党陣営は中台間での事実上のFTAであるECFAを重視することを頼清徳氏に突き付けたり、中台サービス貿易協定の批准に向けた動きの再開を掲げたりしています。しかし、それは互いに対立候補を批判するための主張となっている面があり、いずれの候補も中台貿易関係の現状維持・安定化と、投資先の分散・台湾回帰という方向から大きく踏み出すわけではありません。

経済分野で違いが出るものとしては、エネルギー政策が挙げられます。2022年時点で台湾の発電に占める原子力発電の割合は8.2%ですが3、民進党は2025年の脱原発を掲げており、頼清徳氏も予定通りこれを進める方針です。一方で、野党陣営は両候補とも、原子力発電の当面の活用を前提としたエネルギー政策を打ち出しています。

こうした中、違いを見出せるものとしては対外政策が指摘できるでしょう。頼清徳氏は蔡英文路線の継承を掲げています。蔡英文路線は「中国を挑発しないが、屈服もせず、親米である」というもので、独立を追求せず中台関係の現状維持を主張するものです。頼清徳氏は独立派からの支持を受けるものの、総統選挙への出馬にあたっては、「台湾は名称を中華民国として既に独立主権国家であり、独立宣言をする必要はない」として、蔡氏と同様の路線であることを強調しています4。その上で、尊厳が保たれ対等な立場であれば中国との対話を望むとするものの、そのために台湾の主権や国家としての位置づけを巡る問題で譲歩することはないとしています。また、台湾の主体性を確保するために、米国や米国の同盟国との関係強化を継続します。

一方、野党陣営の候補者は、米中間での中立路線を掲げ、米国との友好関係は維持しつつ、中国との対話・交流の重要性を語ります。侯友宜氏は「中華民国憲法に即した92年コンセンサス」5を基礎に中台間での対話・交流を図ろうとします。柯文哲氏は「『92年コンセンサス』は既に台湾社会で市場を失っている」としつつも、習近平氏がしばしば用いる「両岸一家親」(中台は家族のように親しくする)」というスローガンを受容し、中国との対話・交流を重視しています。また、台北市長時代に上海市と「台北上海都市フォーラム」を開催した実績などから、対話・交流の実現可能性があると主張します。

このように、頼清徳氏を含めどの候補も中国との対話を掲げるものの、野党陣営は民進党では対話が実現しないことを批判し、頼清徳氏は対話そのものよりも台湾の主体性を守ることの重要さを強調しています。つまり、対中政策についても対話をするという方針で全候補一致しており、その違いは対話の前提や実現可能性にあるのです。また、いずれの候補も独立や統一を追求するわけではなく、現状維持を主張していることにも留意しなければなりません。

図表1 各候補の政策に大きな違いはない。対中姿勢についても対話するという方針では各候補共に一致しており、対話の前提や実現可能性などに関する違いのみが存在。

1.2. 選挙情勢

それでは各候補の支持率はどうなっているのでしょうか。現在の台湾社会の基本的な構造として、①蔡英文政権への満足度は馬英九政権や陳水扁政権と比べて圧倒的に高く、政策分野ごとの支持率も高いものの6、②政権交代を望む声や立法院で民進党が過半数を取らないことを望む声も多数を占める7ことが指摘できます。

こうした中、頼清徳氏が8月まで一貫して優位な状況にありました。この背景は、上述のように蔡英文路線が台湾社会の中で一定の評価を受けており、頼清徳氏がその路線の継承を表明していることと、野党陣営の分裂が長引いていることでした。

しかし10月以降、立候補届け出の締切日(11月24日)がせまる中、選挙戦の話題の中心は野党陣営の候補者一本化に移りました。候補者の一本化は、紆余曲折ありながら破談になりましたが、この過程で野党陣営による「政権交代をしなければならない」という言説が予想以上に台湾社会に浸透したことや、民進党に関する話題や対外政策に関する話題が大幅に減少したことなどによって、頼清徳氏の支持率はジリジリと押し下げられています8

図表2 各候補者の世論調査における支持率の推移

今後、頼清徳氏は政策論争を中心に民進党政権の継続を訴え、野党候補はスキャンダルや腐敗などで政権批判を行いつつ、国民党あるいは民衆党が政権を握ったとしても安定的な政権運営を行えるのだと訴えるでしょう。

本コラム執筆時点(2023年11月28日)で、総統選挙および立法委員選挙の動向を見通すことは困難です。総統選挙では、頼清徳氏の若干の優勢が継続しており、選挙イシューが政策論争になればその優位を維持できると見られる一方、スキャンダルなどが噴出すると野党候補の逆転もありえるでしょう。立法委員選挙については、民進党が苦戦を強いられており、過半数割れの可能性があるほか9、いずれの政党も単独過半数を獲得できない可能性があります。

2. 選挙後の東アジア情勢

それでは、選挙後の東アジア情勢はどのようなものになるのでしょうか。

2.1. 米台関係の行方

いずれの候補が当選した場合でも、米国における半導体サプライチェーン構築に関する協力など、経済・実務面で米台関係を深化させるという方向性は変わらないでしょう。

しかし、米国側は対中脅威認識を悪化させる中で、台湾の主体性・自立性の維持を米国自身の利益とみなしています。そのため米国は、表面上台湾の選挙に対して中立・不介入の姿勢を貫くものの、国民党への不安や不満があると見られます10。頼清徳氏は、台湾の事実上の駐米大使を務めた蕭美琴氏を副総統候補に指名しました。蕭美琴氏はワシントンの外交関係者の中での評価も非常に高く、米国を安心させる人選となるでしょう。ただし、立法委員選挙で民進党が過半数を維持できなければ、米国との安全保障上の協力に必要な国防予算の成立を国民党や民衆党によって阻止されるなどの可能性があり、蔡英文政権のような好調な米台関係と比べると、その見通しはやや不透明だというリスクがあります。

一方、野党陣営の両氏もそれぞれ米国を訪問し、良好な米台関係に向けたアピールを行っています。国民党は馬英九政権時代に良好な米台関係を維持していました。しかし、2008年に下野して以降、民進党を批判することが目的であるものの、間接的に米国を厳しく批判することがありました。米国の専門家も、こうしたことで、国民党は米国の信頼を失っていると述べます11。また、民衆党は2019年に創立したばかりの政党であり、官僚・幕僚組織はまだ整備されていません。また、野党陣営の候補者はいずれも外交経験をほとんど持たず、米台関係は不安定化するリスク、あるいは予測可能性が低下するリスクがあるでしょう。

2.2. 中台関係の行方

専門家は中期的に中国が武力統一に踏み切る可能性は残されているものの、短期的に武力統一に向かう可能性はそれほど高くなく、より重きを置いているのは強制的平和統一と見ています12。強制的平和統一とは、軍事的圧力を背景に台湾に統一を受け入れさせるというものです。この手法は「逼統」や「北平モデル」として、中国側の識者も主張しています13(また、グレーゾーン戦術として、ミサイル攻撃など限定的な武力行使を含むことを想定している識者もいます14)。

そのためには、①単独では中国に抵抗できず、②米国や日本などは有事においても台湾を助けないと多くの台湾人が考えるようになり、③むしろ統一した方が平和と経済的繁栄を享受できると考える人々および統一協定を受け入れるカウンターパートとなる親中派勢力の存在が必要となります。その具体的手段として、軍事演習などによる軍事的圧力を増加させると同時に、米台・日台離間や親中派涵養のための影響力工作や経済的取り込み策を行う15とし、この大方針は誰が当選しても不変であると見られます。

仮に頼清徳氏が当選した場合は、中国との関係は現状のままで、公的あるいは準公的な接触がほとんどない緊張をはらんだものとなるでしょう。経済関係についても、中国側はECFAの破棄を行うなどの可能性が指摘されています。一方、野党陣営のいずれかの候補が当選した場合は、軍事圧力が多少緩和される可能性があります16。しかし、中国との対話・交流が実現するかは未知数です。胡錦濤政権では曖昧なままの「92年コンセンサス」5と台湾独立反対を中台交流の条件としていましたが、習近平政権では台湾独立反対ではなく中台統一促進に重点を移しています。野党陣営の候補者が対中交流のために掲げた言葉はどれも中国側にとって満額回答と言えるものではありません。また、軍事圧力は低減したとしても、「米中間での中立」を米台離間や親中派の涵養、台湾人の取り込みの機会ととらえ影響力工作を強化するなど、強制的平和統一に向けた動きが加速する可能性もあります。

つまり、いずれの候補者が当選しても中台関係と米台関係はそれぞれ不安定化するリスクを抱えています。

2.3. 台湾政治の今後

対外関係だけでなく台湾政治そのものに目を向けた場合でも、その予見可能性は低いと見られます。

野党陣営が政権を奪取した場合、上述のように米台関係が不安定化する可能性があるほか、総統選挙で勝利した候補者の政党が立法院で単独過半数を獲得できない場合、その政権運営はさまざまな困難に直面するでしょう。さらに、民進党は下野することで「長期政権に対する台湾社会の忌避感」という軛から逃れられ、2028年選挙での復活も内外に予見させることができます。こうしたことから、国民党あるいは民衆党が2028年選挙でも政権を維持できるかどうかは不透明となり「長期政権化の見込み」を中国に示せず、それが政権の不安定さに繋がるという悪循環に陥る可能性があります17

一方、頼清徳氏が当選した場合でも、蔡英文政権と比較すると、頼清徳氏による政権運営が安定するとは言い切れません。まず、蔡英文政権成立前夜の状況を確認します。2014年3月、馬英九政権が中国と合意した中台サービス貿易協定に反対し立法院(国会)を占拠した「ひまわり学生運動」が発生し、参加した当時20代・30代の青年は高度に政治化しました。彼ら・彼女らは「ひまわり学生運動世代」「覚醒した青年」と呼ばれ(また自称し)、彼ら・彼女らが支持した民進党が同年11月の統一地方選挙で地滑り的勝利を収めました。2016年の総統選挙でも、その勢いは維持され、蔡英文氏は得票率56.12%と次点の朱立倫・国民党候補に25ポイント差をつけて勝利を収めました。

「覚醒した青年」に支えられた蔡英文政権は、同性婚合法化や原発廃止などリベラルな政策を推し進めますが、民進党支持者の中でも社会・経済政策においては保守的な台湾南部や高齢者層の支持離れが発生しました。顕著に表れたのが2018年の公民投票(レファレンダム)です。同性婚合法化や原発廃止にそれぞれノーが突き付けられました。さらに、現在10代後半から20代前半の「ポストひまわり学生運動世代」による、政治化し「覚醒した青年」に対する嘲笑的反発もSNSなどで散見されます18。また、2018年の統一地方選挙前後には、現在20代後半から40代前半の「ひまわり学生運動世代」でも民進党に対して「積極的支持」から「消極的支持」に変わったという分析が多くのメディアで紹介されました19

世論調査では、若年層の多くが柯文哲氏を支持し、頼清徳氏は壮年層に支えられていることが示されています20。仮にこの傾向が続けば、蔡英文政権時には票田となった若年層の票を頼清徳氏は取り込めないこととなります。また、こうした支持構造の変化に加え、上述の長期政権に対する忌避感があります。こうしたことから、2024年の選挙で頼清徳氏が当選しても、順風満帆な政権運営とはなりにくいでしょう。

3. 日本企業への示唆

これまで見てきたように、いずれの候補が当選した場合でも、経済分野での政策に大きな違いはありません。注目される米日台の半導体協力も継続されるものと見られ、それに伴う日本国内での半導体開発・生産の拡大など事業機会が見込めます。ただし、台湾としても最先端技術を他国に譲る気はないため、半導体サプライチェーンにおける台湾の重要性は変わらないでしょう。

一方で、今後の米中台関係・台湾政治は見通しがつきにくいものとなっています。それではこうした環境下で、日本企業が考慮しておくべきリスクとはなんでしょうか。

まず台湾有事についてです。意図を持った武力統一の可能性は短期的には低いものだと言えます。今回の総統選挙で台湾独立を追求する候補者は存在せず、台湾側から武力行使のきっかけを作る可能性はほぼありません。また、中国側の能力について、日本の防衛白書2023年版は「台湾本島への着上陸侵攻は現時点では限定的」だとしています21。専門家の間でも、中長期的な台湾侵攻リスクは存在するものの、短期的な台湾本島侵攻の可能性は低いとの見解が多くを占めます22

ここでより注意しなければならないのは、強制的平和統一のリスクです。いずれの候補者が当選した場合でも、米台関係の不調や政権運営の不安定さがもたらされる可能性があり、そうなると中国の強制的平和統一を発動させるのに有利な状況をもたらすことになります。また、強制的平和統一の蓋然性は全面的な武力行使よりは高いものだといえます。そのため、直接的な武力行使はない、あるいは限定的だからと言って、仮に台湾が統一されるとなると、日本企業が直面する事業環境は激変することに注意しなければなりません。

仮に、強制的平和統一に向けた行動が開始された場合、中国に対する西側による経済制裁の発動が予想されます。統一後の台湾は現在の国家安全維持法の下にある香港と同様の状況になる可能性もあり、米国による対香港制裁と同様の制裁が台湾に科せられる可能性や、台湾における外資企業の活動が制約される恐れがあります。一方で中国側が台湾を統治することになれば、台湾で生産するハイレベル半導体の対外輸出規制を導入することも考えられます。

またさらに、どのような形の統一であれ、日本の安全保障環境そのものが大きく変化します。統一後、台湾における人民解放軍の配備が進むと、中国は日本のシーレーンを遮断する能力を獲得するでしょう。そうなると、中東からのエネルギー調達やアジアでのサプライチェーンなどが非常に脆弱な状況にさらされるリスクがあります。それだけでなく、日米同盟を継続できるかが議論になるなど、これまで当然の前提とされてきたマクロ環境に疑問符が打たれることとなるでしょう。

一部の日本企業は全面的な武力行使を伴う台湾有事による直接的な影響について検討しているものの、台湾統一後に関するシナリオ分析はあまり行われていないでしょう。今後は、上記のような強制的平和統一シナリオを含め、台湾が統一された場合の地域情勢や、国際的な経済連携の在り方についても検討が求められます。

1 本稿で「中国」とは特段の注釈・前提がない限り「『中華人民共和国』と称する主体」あるいは「『中華人民共和国』と称する主体が実効支配している領域」を指し、「台湾」とは「『中華民国』と称する主体」あるいは「『中華民国』と称する主体が実効支配している領域」を指します。それゆえ中国と台湾を並列に表記、あるいは「中台」との語を使用していたとしても、それは便宜的な語の使用であって、台湾を国家とみなすか否か等を含む「1つの中国」に関する弊社の立場を示すものではありません。

2 経済部国際貿易署「我国対各洲(地区)貿易情形(2023年1至9月)」https://www.trade.gov.tw/Files/PageFile/516672/516672tokad20231016164432.pdf

3 経済部エネルギー局「111年発電概況」https://www.moeaea.gov.tw/ECW/populace/content/Content.aspx?menu_id=14437

4 中華民国憲法体制において中華民国の領土は中国大陸と台湾に及ぶと理解されています。これは「大陸も台湾も中国であり、その中国とは中華民国である」という国民党が主張する「一中(1つの中国)」です。中国側は、胡錦濤政権期には黙認、習近平政権期には認めないがレッドラインを超えたとはみなさないという態度をとってきました。つまり、「中華民国として既に独立主権国家であり、独立宣言をする必要はない」との言説は、国民党と同様の立場であり、中国側のレッドラインを越えるものではありません。これは中国側が、蔡英文路線のことを「隠れ台湾独立」と批判する一方で、「明確な独立論」即ちレッドラインを越えるものとして批判していないことからも確認できます。

5 「92年コンセンサス(九二共識)」とは2000年4月に対中政策・交渉を所管する大陸委員会の主任委員(大臣)であった蘇起氏によって生み出された概念です。その最も重要な含意は反台湾独立であり、1つの中国を巡っては中台がそれぞれ都合のいい解釈を行うという曖昧さを内包させたものでした。2008年に国民党の馬英九政権が成立してからは、この曖昧さを保った「92年コンセンサス」を基礎として、中台間での交流が深化しました。しかし、習近平政権においては、「92年コンセンサス」の解釈の幅を狭めようという試みを始めました。2015年に習近平氏が馬英九氏と会談した際に「『92年コンセンサス』が重要な理由は、それが『1つの中国原則』を体現しているためだ」と述べ、さらに習近平氏が2019年1月に行った演説で「92年コンセンサス」と「一国二制度による台湾統一」を並べて強調したことで、台湾社会で「92年コンセンサス」とは「1つの中国原則」あるいは「一国二制度」であると認識する人々が多くなりました。そのため、現在の台湾社会において「92年コンセンサス」に対する支持は3割程度に留まっています。こうした背景もあり、台湾社会からの支持を得るために、侯友宜氏はあえて「中華民国憲法に即した」という前提をつけることで中華人民共和国側との違いを明示しつつ、「92年コンセンサス」自体には同意し中台交流の可能性も維持しようという試みをしています。

6 「蔡英文総統連任三周年満意度調査」TVBS(2023年5月29日)https://cc.tvbs.com.tw/portal/file/poll_center/2023/20230602/c14f0095471ab66143a303138b6fbb0a.pdf
「関於蔡総統七年的六大核心作為」財団法人台湾民意基金会(2023年5月16日)
https://www.tpof.org/台灣政治/總統聲望/關於蔡總統七年的六大核心作為(2023年5月16日)/
「馬英九総統施政八年満意度民調」TVBS(2016年5月9日)https://cc.tvbs.com.tw/portal/file/poll_center/2017/20170602/0505041.pdf
「陳水扁総統施政八年満意度調査」TVBS(2008年5月13日)https://cc.tvbs.com.tw/portal/file/poll_center/2017/20170602/oes0kqw10z.pdf

7 2023年10月『藍白合、政黨輪替與2024台灣總統大選』」財団法人台湾民意基金会(2023年10月24日)
https://www.tpof.org/精選文章/2023年10月「藍白合、政黨輪替與2024台灣總統大選)/

野党候補の一本化をめぐって、世論調査で正副候補を決定する方法が話題に上りました。この過程で、民進党に有利になるように世論調査に影響を与えようとした民進党支持者の一部は、柯文哲氏あるいは侯友宜氏を支持すると答えたと見られます。そのため11月中に実施された世論調査は参照価値に留保がつきます。

例えば、「台湾、総統は与党、議会は野党の可能性高まる 小笠原欣幸・東京外国語大名誉教授」産経新聞(2023年10月30日)
https://www.sankei.com/article/20231030-OADF6QJ43FLCPMS3T5A42GZWFY/
ただし、同記事は野党陣営の候補一本化に向けた動向に大きな変化が生まれた11月15日以前のものであることに留意しなければなりません。

10 例えば、小笠原欣幸「米中の駆け引きが鍵に——2024年台湾総統選の注目ポイント」ニッポンドットコム(2023年4月8日)https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00898/
Hille, Kathrin,“Taiwan’s opposition tries to claw back America’s trust,” Financial Times, June 2, 2022, https://www.ft.com/content/84a80906-5bb5-44b0-867c-4c4894af0af8など。

11 同上。

12  例えば、「『縦割り』中国、台湾統一工作に矛盾 東大教授が語る日本の役割とは」朝日新聞(2023年4月20日)https://digital.asahi.com/articles/ASR4G4F20R4FUHBI03H.html
このほか台湾社会の多くが心配するのも全面的な武力侵攻ではなく、強制的平和統一だという調査もあります(李冠成「七成台湾網民認為習近平第三任內将持続以武逼統」国防安全研究院(2023年6月30日)https://indsr.org.tw/focus?typeid=38&uid=11&pid=2641)。

13 例えば、陳先才・曽令軍「“逼統”戦略:理論內涵、駆動因素及実施路経」『中国評論』(2023年1月)http://hk.crntt.com/doc/1065/6/4/0/106564035.html
「海協会原副会長:両岸和平統一可能性越来越小 以武促統的『北平模式』或為最佳選択」香港商報(2020年12月5日)https://www.hkcd.com/content/2020-12/05/content_1233798.html
「談両岸統一 王在希再提『北平模式』:以戦迫和 以武促統」中国時報(2020年11月27日)https://www.chinatimes.com/realtimenews/20201127002671-260409など。

14 例えば、Brands, Hal, “How Would China Take Over Taiwan? One of These 5 Strategies, ” Bloomberg, November 5, 2023 https://www.bloomberg.com/opinion/features/2023-11-05/xi-s-china-could-defeat-taiwan-and-us-with-these-5-strategiesなど。

15 陳先才・曽令軍[前掲]。

16 中国側は軍事演習などについては「台湾独立勢力に打撃を与えることが目的である」と繰り返し述べています。野党陣営のことは本コラム脱稿時点では「台湾独立勢力」であるとみなしておらず、軍事演習の規模や頻度が下げられる可能性もあります。

17 「長期政権化の見込み」が対外関係や政権運営に与える影響については以下など。松田康博「蔡英文政権の誕生と中台関係の転換―「失われた機会」か、「新常態の始まり」か?―」『問題と研究』第46巻1号(2017) 、183~228頁;松田康博「第7章 改善の『機会』は存在したか?―中台関係の構造変化―」 若林正丈編『ポスト民主化期の台湾政治―陳水扁政権の8年』日本貿易振興機構アジア経済研究所(2010)、231~266頁。

18 例えば、陳舜協「頼清徳想靠太陽花世代拉攏青年票? 但『覚青』已成負面詞」聯合報(2023年6月13日)https://vip.udn.com/vip/story/123104/7229776

19 例えば、陳方隅「『覚醒青年』到底是誰?自我認同、公共事務参与的自我建構」独立評論(2018年9月14日)https://opinion.cw.com.tw/blog/profile/390/article/7277
「政治是什麽能吃嗎? 多数年軽人対政治冷感」TVBS新聞網(2022年9月6日)
https://news.tvbs.com.tw/politics/1898939
「台湾九合一選挙:為什麽執政的民進党受年軽選民冷落?」BBC中国語版(2022年11月29日)
https://www.bbc.com/zhongwen/trad/chinese-news-63790222

20 例えば、「美麗島民調:2023年10月国政民調」美麗島電子報(2023年10月30日)
http://m.my-formosa.com/DOC_200343.htm
「選前三個月,2024総統大選支持度調査」TVBS民意調査センター(2023年10月25日)https://cc.tvbs.com.tw/portal/file/poll_center/2023/20231025/896bc7848bdfa44d7f45d378604b87a8.pdf
「2023年10月全国性民意調査 摘要報告:藍白合、政黨輪替与2024 総統大選」財団法人台湾民意基金会(2023年10月24日)
https://www.tpof.org/wp-content/uploads/2023/10/TPOF-10%E6%9C%88%E6%B0%91%E8%AA%BF%E5%A0%B1%E5%91%8A.pdf
など多数の調査から同様の傾向が見られます。

21 防衛省(2023)『令和5年版防衛白書』93~94頁。

22 例えば、松田康博「中国が『対台湾武力行使』を簡単には起こせない訳」(2022年4月11日)
https://toyokeizai.net/articles/-/580430

台湾総統選挙および立法委員選挙の動向と日本企業への示唆

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執筆者

吉田 知史

シニアアソシエイト, PwC Japan合同会社

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