生成AI―新たな働き方革命の波に乗る―テクノロジー最前線 生成AI(Generative AI)編(13)

経理・税務業務における生成AI活用

  • 2024-02-21

はじめに

さまざまな分野において生成AIの活用が検討されていますが、経理・税務領域においては生成AIの活用により、これまで経理担当者や税理士が行っていた作業の効率化が期待されます。本稿では、経理・税務業務に生成AIを活用するにあたり理解すべき注意点や、具体的な活用法について解説します。

1. 専門領域における生成AI活用の注意点とその対策

生成AIでできることは多岐にわたりますが、不得意とする作業や弱みもあります。経理・税務業務をはじめとする専門領域に生成AIを活用するにあたって最も注意すべき点として、誤った情報をもっともらしく返す、いわゆる「ハルシネーション」が挙げられます。

生成AIのモデルは膨大なインターネット上のテキストから学習しているため、不正確な情報や古い情報を学習しているケースも多く、特に専門領域についてはそもそも学習データにほとんど含まれていない可能性もあります。よって、最新の会計基準や税制改正などを踏まえた専門知識を必要とする経理・税務領域においては、正確性の低い回答が生成されるリスクが非常に高いと言えます。

そのため、生成AIを業務に活用するに際しては「生成AIのモデル」と「専門知識を保存したデータベース」を連携した仕組みを構築するなどの工夫が必要になります。このような専門領域特化の生成AIシステムの構築方法について、以下のとおり説明します。

下記の3ステップにて、専門領域に特化した回答生成を実現するための仕組みを構築します。

1. 専門データベース(Vector Database)の構築

生成AIに参照させたい専門文書や社内ナレッジをAIが扱いやすいベクトルデータ(数値情報)に変換し、Vector Database(以下、「Vector DB」)と呼ばれる専門データベースに保存します。Vector DBは通常の文字列などを保存するデータベースとは少し異なり、ベクトルデータの格納や高速な検索に適しています。

例えば、上記の図では、経理・税務の専門知識を蓄積した「ナレッジデータベース」および最新の税法を格納した「税法データベース」を用意することを想定しています。

2. 質問・指示に関連する専門知識の検索

生成AIに専門領域に関して質問する際に、検索AIを活用すれば、上記1で作成した専門データベースから質問・指示に関連する情報を検索して抽出する仕組みを構築できます。

具体的には、検索AIが質問・指示を同じくベクトル化(数値化)し、専門データベースに格納されているベクトル化済みの各種文書や社内ナレッジとの類似度を計算することで、質問・指示に関連度の高い専門情報を専門データベースから抽出することが可能となります。

3. 専門知識をもとにした回答生成

2で抽出した専門知識を参考情報として生成AIにインプットし、その情報に基づいて最終的な回答を生成させることで、最新の専門情報をベースとした回答を生成することが可能になります。この仕組みはRetrieval-Augmented Generation※1と呼ばれています。

上記のような仕組みを構築すれば、汎用的なデータを学習した生成AIのモデルには欠けている知識やデータを補い、回答させることが可能です。しかし、上記の仕組みを使った場合でも先述の「ハルシネーション」が起きる可能性をゼロにすることはできないため、回答の妥当性については税理士をはじめとする専門家によるレビューが必要な点には注意が必要です。

2. 経理・税務のような複雑な業務における生成AIを活用したタスク切り分け・実行

前述した専門領域の生成AIが構築できれば、将来的には生成AIにタスクの切り分けと実行を行わせ、より複雑な作業を委ねることが可能になるでしょう。例えば下記のような仕組みが考えられます。

経理・税務のような複雑な業務においては、情報やナレッジが部門または業務ごとに分散していることが多く、データのチェックや集計、分析作業を行う際に、事業部門担当者への個別連絡、各種業務システムへのアクセス・操作、各データの結合・分析など、複雑で時間のかかる作業を行わなければならないケースが多々あります。そのため、情報の取りこぼしなどの人為ミスが発生するリスクや、決算・申告期間の業務負担が増すという課題があります。

その点、上図のようなReAct※2の概念をベースとした仕組みを構築すれば、自然言語で生成AIに指示を出し、複数のデータソースやナレッジから必要な情報を抽出し、抽出した各種データを必要な形式に加工・分析して出力できるようになります。人間からの指示に対して実行すべき具体的なタスクを生成AIが推論(Reasoning)し、それぞれのタスクの実行(Acting)と結果の確認(Observation)を繰り返すことで、最終的に指示内容に対してふさわしい結果を出力します。

例えば「交際費の分類漏れの有無を確かめるため、過去の仕訳を分析したい」という指示があった場合、生成AIが「タスク1:会計システムから仕訳データ抽出」「タスク2:クレンジング処理を実行し、分析可能な形にデータを加工」「タスク3:社内ナレッジに従い分析し、他勘定に計上されている仕訳を抽出」といったようにタスクの分解・実行を行い、勘定科目の分類にミスが生じている可能性がある仕訳一覧を出力できます。

3. 生成AI活用による専門的なレポートの作成

最後に、収集した情報をもとに集計・分析を行い、税務申告書などのレポートを作成します。一般的に集計、分析、レポート作成は手作業で行うことが多く、膨大な作業工数がかかります。生成AIと各種会計・税務ソフトウェアを連携させて活用すれば、このような業務を大幅に効率化できるでしょう。

1円単位の細かく精緻な計算が求められる作業はソフトウェア側で実行し、データ分析や文章、グラフなどの生成は生成AIで実行するといったように、それぞれの長所を活かして連携・活用する必要があります。

上記はあくまで生成AI活用の一例となりますが、経理・税務業務の各工程のさまざまな作業で生成AIの活用が見込まれます。各企業の状況や課題に応じて検討し、適切な業務に組み込むことが重要です。

生成AIの活用に向けて

今回のコラムでは、経理・税務領域における生成AIの活用可能性についてご紹介しました。

生成AIは、特性を正しく理解した上で活用すれば、経理担当者、税理士の業務を強力にサポートできると考えられます。将来的には人間は生成AIに指示を出し、その生成結果をレビューするという業務が中心となるかもしれません。AIが可能な作業はAIに任せ、人間にしかできないより付加価値の高い業務にフォーカス可能な未来が期待されます。

出典

1. Retrieval-Augmented Generation for Knowledge-Intensive NLP Tasks
https://arxiv.org/abs/2005.11401

2. ReAct: Synergizing Reasoning and Acting in Language Models
https://arxiv.org/abs/2210.03629

執筆者

角谷 亮太

シニアマネージャー, PwC税理士法人

Email

小暮 里佳子

シニアアソシエイト, PwC税理士法人

Email

本ページに関するお問い合わせ