バーゼル銀行監督委員会の「気候関連財務リスクの実効的な管理・監督に係る諸原則」の公表を踏まえた銀行業に求められる取り組みの考察

2022-09-30

1. はじめに

バーゼル銀行監督委員会(以下、バーゼル委員会)は2021年11月に公表した市中協議の結果を踏まえ、2022年6月15日に「気候関連財務リスクの実効的な管理・監督に係る諸原則」(以下、本原則)を公表しました。欧州では欧州銀行監督機構(EBA)が独自に自己資本比率規制に環境リスクを反映させる動きもありますが、一旦は銀行による気候関連財務リスクの管理に関する要点をまとめるにとどまっている形です。以下、その概要と銀行に求められる具体的な取り組み事例を見ていきます。

2. 本原則の概要

本原則は2部構成で、前半が銀行向け、後半が監督当局向けになっています。

(1)銀行に向けた諸原則

銀行向けには12の原則が示されており、金融機関の活動を網羅する形で、全領域での取り組みが必要となっていることが見て取れます。また、内容としてはバーゼル委員会自体が「関連原則」として既存規制との紐づきを示しているように、これまでの枠組みにおいて気候変動リスクを管理すべき対象に加えた形となっており、枠組自体の変更はありません。

ただし、この中でも原則4で三線防御、原則6でリスクアペタイトフレームワーク(RAF)、原則7でデータ管理について言及されているほか、原則8においてはリスク管理の中でも信用リスクを独立のカテゴリとして切り出しており、バーゼル委員会がこれらを重視していることが伺えます。一方で、これらの重点領域について、気候変動対応の観点では、三線防御の一線対応やデータ整備などの点で改善の余地のある銀行が多いものと認識しており、期限はないものの、取り組みを進めていくことが求められていると言えます。

表1 銀行向け諸原則の全体像

(2)監督当局に向けた諸原則

監督当局向けには6つの原則が示されていますが、銀行向け同様、全般として既存枠組みの延長として考えることができます。

ただし、原則14で全社的リスク管理としてRAFおよびデータ管理について言及しているほか、原則16では監督にあたって事前に期待水準を設定し、乖離ある場合にはフォローアップを行うことを求めています。これらの点は、監督当局が国内の銀行と対話する上で、特に重視するポイントになると考えられます。

また、原則18においてはグローバルな共通シナリオの可能性についても言及されています。2022年8月に公表された、金融庁と日本銀行が主導する銀行のシナリオ分析の結果でも「前提のバラつきに課題がある」とされていたところ、このような共通シナリオの開発が進めば、一定程度は統一的な目線が示される可能性があり、また近年グローバルに課題として挙げられる比較可能性も改善が見込まれるなど、今後の展開が注目されます。

表2 監督当局向け諸原則の全体像

3. 銀行に求められる具体的な取り組みの例

本原則は銀行のリスク管理領域を網羅的にカバーする内容になっており、銀行はリスク管理において気候関連財務リスクが特に重要な場合には、それを考慮していくことが求められています。全体として、三線防御やRAFなど、既存の全社的リスク管理フレームワークの中で徐々に取り組みを進めることが期待されている形であり、1線を含めた広範な対応が求められています。この中でも注目に値すると考えられる対応事項および対応上の留意点を以下のとおり紹介します。

(1)重要性判断

本原則では、RAFを活用して全ての気候関連財務リスクを把握してモニタリングすることが求められていますが、特に重要なリスクに対しては明確な定義や指標管理なども行うべきとされています。この観点で、トップリスクやリスクレジスターの管理方法の見直しが必要となるかもしれません。

特に、定期的なリスク評価に基づき、重要性の判断が変更された場合、リスクアペタイトの内容や各カテゴリー(信用・市場・流動性・オペレーショナル)のリスク管理プロセスの見直しが必要となる可能性があります。

(2)三線防御

本原則では1線、2線、3線それぞれの役割が個別に言及されていますが、記述自体はハイレベルで、現段階での具体的な要求事項は従業員の教育にとどまっています*7。ただし、気候変動対応に必要な知識は幅広いため、何をどこまで営業担当者に求めるのか、どこから専担部署に任せるのか、三線防御の全体像まで含めた検討が必要になります。

(3)RAF

前述のとおり、重要な気候関連財務リスクについては、リスクの明確な定義と指標(定性・定量とも許容されている模様)によるリミット管理が求められています。また、リスク低減措置の検討を適宜行うことや、新たなリスク経路が特定された場合には、可能であればそのようなリスク間の相関関係・相互影響を管理対象とすることなども必要となっています。

日本国内の金融機関においてRAFの運営自体は一定程度、定着しつつあるものの、気候関連財務リスクをリスクアペタイトと明確に関係付けて管理している銀行は限られているとみられ、チャレンジングな取り組みとなることが想定されます。

また、指標のリミット管理も、特定セクター向け融資額といった分かりやすい指標に対してだけでなく、投融資先によるGHG排出量(ファイナンスドエミッション)など、現時点で計測自体のハードルが高い指標に対しても監督当局の目が向けられる可能性を考慮すると、引き続きリスク管理部門に限らず、全社を挙げて取り組みを進めていくことが必要と考えられます。

(4)データ管理

気候関連財務リスクもリスクデータ管理の対象とすることが求められており、既存の原則を踏まえつつ(正確性・網羅性・適時性など)、新たなデータ項目の整備が必要になります。気候関連財務リスクのデータはScope3排出量をはじめ、銀行内の取り組みだけでは算出・データ取得のハードルが高いものもあることから、顧客や情報ベンダーなどから追加的に情報を取得することが期待されています。

顧客や情報ベンダーなどもデータ整備は取り組み途上であるという面があり、一時的な代替措置(合理的な推計による代替など)を講じることも許されるとされていますが、データの限界についてはステークホルダーに開示することが求められている点には留意が必要です。

なお、近時においてはNGFS(気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク)が「Final Report on Bridging Data Gap」を公表し、関連するデータや指標などのディレクトリ整備を進めていることや、金融庁が「ESG 評価・データ提供機関に係る行動規範」に関する市中協議を発出していること、金融向け炭素会計パートナーシップ(Partnership for Carbon Accounting Financials:PCAF)が不動産向け投融資に係る排出量の計測方法の市中協議を行っていることなど、データ領域について多くの議論が展開されているため、これらの状況を十分に踏まえて検討を進めることも重要です。

4. おわりに

本稿では、「当局が特に注目している領域」と筆者が考える、重要性判断、三線防御、RAF、データ管理を取り上げましたが、これらの領域は個別に対応を進めるのではなく、相互に連携させることが有用と考えられます。具体的には下図(図1)のようにPhaseを区切って、徐々に取り組みの深化を図りつつ、相互に必要な連携を行うことで、効率的かつ効果的に全体としてのレベルアップを図っていくことが可能と考えます。

図1 Phase別アプローチ(イメージ)

現在多くの銀行では、対応を進めるハブとなるサステナビリティ推進部署を設置して進めているものと理解していますが、そのような体制のもと図1のような対応を進めるには、当該部署は幅広い知見を備える必要があります。PwCはこのようにハブとなる部署あるいはその他の各部において不足する点について、豊富な知見をもってご支援することが可能です。

具体的には、PwCは責任投資原則(PRI)*8やTCFD*9などの影響力あるグローバルイニシアティブに対して知見を提供しているほか、それ以外の多くのイニシアティブとさまざまな形で連携しています。

また、PwCは金融機関のみならず官公庁や非金融事業会社など多くのクライアントにサービスを提供しています。特に金融機関向けにはRAF、三線防御、データマネジメントなど、事業会社向けにはサステナビリティ戦略策定、シナリオ分析・Gap分析、サプライチェーンマネジメント構築、ESG格付対応など、それぞれの重要対応事項を幅広く支援しているため、あらゆるニーズに対応することが可能です。

引用元

*1 「カテゴリ」は、バーゼル委員会の公表文書に記載されている区分を和訳したもの

*2 「内容」は、原則およびその詳細説明を踏まえてPwCが作成したもの

*3 「関連原則」は既存のバーゼル規制を示すものであり、BCP*4、SRP*5の他、信用リスクのリスクアセット計測に関する規則を意味するCREなどもあり、合計14の規則に区分されている

*4 「BCP」は、バーゼル委員会公表の「実効的な銀行監督のためのコアとなる諸原則(Core principles for effective banking supervision)」のこと

*5 「SRP」は、バーゼル委員会公表の「監督上の検証プロセス(supervisory review process」」のこと

*6 「オペレーショナルリスク」は、内部プロセス・人・システムが不適切であることもしくは機能しないこと、または外性的事象が生起することから生じる損失に係るリスクと定義される。この定義には、法務リスクは含まれるが、戦略リスク、評判リスクは含まれない。戦略リスク、評判リスクは、規制リスク、訴訟リスク、負債リスクなどとともに、「その他リスク」に含まれるとされている

*7 原文は「In the first line of defence, climate-related risk assessments may be undertaken during the client onboarding, credit application and credit review processes, and in ongoing monitoring and engagement with clients as well as in new product or business approval processes. Staff in the first line of defence should have adequate awareness and understanding to identify potential climate-related financial risks.」

*8 「責任投資原則(PRI)」は、投資にESGの視点を組み入れることなどからなる機関投資家の投資原則のこと

*9 「TCFD」は、気候関連の情報開示および金融機関の対応について検討する「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」のこと(各国の金融関連省庁および中央銀行からなり、国際金融に関する監督業務を行う機関である金融安定理事会<FSB>により設立された)

執筆者

水野 誠

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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矢野 森雄

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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