DXとダイバーシティで変える日本の未来 Design our future ―イノベーションを支えるジェンダー多様性とは?―

DXを推進する人材のジェンダーアンバランスを考える【前編】

  • 2023-10-18

2023年6月、世界経済フォーラム(WEF)が発表した「Global Gender Gap Report(世界男女格差報告書)2023年版」で、日本は146カ国中125位と過去最低の順位を更新しました。特に政治と経済でのギャップは大きく、企業における管理的職業従事者の男女比は133位、国会議員(衆院議員)の男女比は131位でした。1986年に男女雇用機会均等法が施行されてから37年、女性活躍推進法の施行から7年が経った現在でも、女性を取り巻く日本の労働環境は厳しいと言わざるを得ません。

こうした課題を解決するには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。特に女性が少ないと指摘されているデジタルやテクノロジー分野でのジェンダーアンバランスを解消するには、何をすべきなのでしょうか。

PwC Japanグループ(以下、PwC)が6月5日に開催したセミナー「DXとダイバーシティで変える日本の未来 Design our future ―イノベーションを支えるジェンダー多様性とは?―」では、デジタルやテクノロジーの分野でのジェンダーバランスが経済や社会に及ぼす影響をテーマに、専門家を交えて議論しました。

PwCは5年前から毎年、一般社団法人スカイラボ(以下、SKY Labo)と共同で、女子高校生を対象にしたサマープログラム「Design Your Future」を開催しています。同プログラムは、社会課題に着目することでイノベーターやアントレプレナーとしてのマインドセットを醸成し、次世代女性リーダーを育成することを目的としています。しかし、自由に学問・職業を選ぶことを促すマインドセットを醸成するプログラムを体験した女子高校生たちが日本社会に目を向けたとき、彼女たちの「夢(社会課題解決)」を実現できる環境が十分に整っていると言えるでしょうか。

当日はスタンフォード大学教育大学院名誉教授でSKY Laboシニアアドバイザーのシェリー・ゴールドマン氏の基調講演をはじめ、日経xwoman客員研究員の羽生祥子氏をモデレーターに迎えたパネルディスカッション、参加者同士が自分たちの未来をどのようにデザインしていくかを議論するグループトークが繰り広げられました。

日経xwoman客員研究員 羽生祥子氏

日経xwoman客員研究員 羽生祥子氏

シェリー ・ゴールドマン氏

シェリー・ゴールドマン氏

女性は理系に向いていないのか――社会が無意識にかける“足かせ”

デジタル化が加速する社会においては、人々に求められるスキルも変化します。現在は新たなスキルを習得できた人と習得できなかった人との格差が生じており、ゆくゆくは社会の格差にまで拡大する可能性があります。社会が持続的に成長し、全ての人が生き生きと活躍できるようにするには、こうしたギャップを解消し、必要なスキルを学び、身に付ける「アップスキリング」が必要です。

DXによるイノベーションが企業にとって喫緊の課題であるなか、そのDX成功の可否を握るのは、DX人材の確保です。

例えば、2022年にリリースされた生成AI(人工知能)を使ったサービスは、ユーザー数が1億人に到達するまでに要した期間はわずか2カ月でした。ある大手検索サイトの自動翻訳サービスのユーザー数が1億人に到達するまで78カ月であったことと比較すると、技術が広まるスピードの差が分かります。

そのような状況では「DXに取り組むか否か」を議論している暇などなく、一刻も早くイノベーションを起こし、DXを実現する必要があります。その時にイノベーションを起こすのは、新たな視点とマインドでビジネスを創造できる多様な人材ではないでしょうか。既存の価値観や固定観念を打破し、変化のきっかけを作る潜在的な可能性を持つ人材の多様性が鍵を握ります。

とはいえ、現実的にテクノロジー分野で活躍する女性は少数派です。“リケジョ”という言葉が聞かれるようになったとはいえ、理系学部の学生比率は圧倒的に男性が高い状況は変わっていません。国際学力調査(PISA)が2018年に公開した「生徒の学習到達度調査」によると、「ICT関連の職業に就くことを期待している」と回答した女子の比率は、OECD平均が15%であるのに対し、日本ではわずか3%と極端に低い結果となっています。

こうした要因の1つに、女性自身が理系・テクノロジー職を選ぶスキルはあるのに「自分には向いていない」と思い込んでしまう「セルフアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」があると指摘されています。

もう1つ、DXを推進する“解”となるのが、「多様性があり、柔軟な働き方ができる職場の実現」です。

ビジネスの予測が可能だった高度経済成長期においては均一的な労働力が重宝されていたため、新卒一括採用で終身雇用と年功序列を前提とした長時間労働が当たり前でした。しかし、柔軟性と多様性を確保し、時代の変化に迅速に対応することが求められる現代社会においては、均一的な組織よりも多様性のある組織が求められています。

PwCが2014年に実施した調査でも、多様な人材を擁するチームのほうが新たなことにチャレンジしやすく、イノベーションが起こりやすいことが示されています。多くの日本企業はこれまでの雇用のあり方や労働環境を見直す必要に迫られています。

少子高齢化による労働人口減少の影響やスキルのミスマッチなどから、あらゆる業界で人材不足が指摘されています。これまでの新卒一括採用を維持するだけではなく、スキルを持った人材を即戦力として採用し、働き方を含めて柔軟に活躍できる環境を整えることで、多くの課題解決につながる可能性があります。

そうした人材が活躍でき、スキルと仕事に対する貢献度で評価される場を提供できる企業こそが、DXを飛躍的に加速させ、多様性を実現する社会の構築につながります。

幼稚園時代から「私は何でもできる」と自信を持たせる

基調講演で、ゴールドマン教授は「STEMと職場リーダーシップにおける女子学生と社会人女性についての考察」をテーマに話をしました。

STEMとはScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(エンジニアリング)、Math(数学)の頭文字を取った造語です。近年、女性のSTEM分野への参加が増加していますが、米国においても明らかなジェンダーギャップが存在しているといいます。ゴールドマン教授は自身の経験から、「女子学生たちが自信を持って意見を述べ、セルフアンコンシャスバイアスに絡め取られず、自由に未来を選択できる環境の構築が必要です」と力説しました。

ゴールドマン教授は「私の幼少時代は、女性は成人したら結婚して子どもを産むことが当たり前でした。当時から医者などの専門職に就きたいという女性はいたものの、自分の身近にはいませんでした。私の両親も『女性は結婚したら子どもを産んで家庭を守る』という生き方を望んでいたのですね。ですから、女子学生が数学や科学で優秀であることを期待されておらず、女子学生も『自分が理系の専門職に就く』という考えすら浮かばない環境だったのです」と当時を振り返ります。

ゴールドマン教授が女子学生に対する教育が不公平であることに気付いたのは、教師として働いていた頃だったといいます。社会システムの中で子どもに対する公平性が確保されておらず、女子学生たちに平等な機会が与えられていない現状を目の当たりにしたことで、女子学生に対する包括的な教育支援の重要性を痛感。既存の教育カリキュラムにはない新しいやり方で、社会におけるジェンダーギャップを解消する研究に取り組みました。

その結果、女子学生が自らの意思で未来を切り開いていくためには、小さい頃から「何でもできる」という可能性を示すことと、教師が指導者としての役割を果たすこと。そして鍵となるロールモデルが身近にいることであるということに気付いたのです。

身近な大人がロールモデルとなれるか

小さい頃から「自分は何でもできる」という自信と自己肯定感を身に付けるためには、「K-12(米国における幼稚園年長から高校3年生までの13年間)」の期間が特に重要だとゴールドマン教授は説きます。

ゴールドマン 教授

「子どもたちが何かに興味を持ったとき、それを自由に探究し、成功体験が得られるまで周囲の人たちが支援していくことが大切です。特に各教科の違いが明確になる中学校での学習が子どもにとって好奇心を満たす学びになるか、自分には無理だと諦めてストップさせてしまうかは大きな違いなのです」(ゴールドマン教授)。

さらに同氏はSTEMにデザイン思考(Arts)を加え、サイエンスやテクノロジーの知識にデザインを関連付けて社会課題を捉えることの重要性を説明しました。

デザイン思考のような問題発見・解決のプロセスを学び、地域や世界の人々の視点に立って課題解決の方法を考えられるようになれば、「前進する力が身に付いた」と自信を持つことができます。こうした成功体験を積み重ねることで、チャレンジ精神が醸成されるというのです。

もちろん、短期間ではチャレンジするマインドを醸成できません。ゴールドマン教授は変化の兆しが見えるまでには3年程度を要するといいます。「1年目ではあまり反応がないかもしれません。2年目はブレインストーミング(アイデア出し)をしたり、他者の考えを共有したりする時期です。そして3年目になると目に見える形で変化をもたらすことができるのです」(ゴールドマン教授)。

こうした変化を起こすには、教師が個々の生徒を鼓舞するだけでは成り立ちません。長期的かつ持続的な取組が必要です。特に幼稚園から大学までの期間は教師の影響力がは大きく、教師から「あなたならできる」といった自己肯定感を持てる言葉をかけられることで、生徒たちのその後の成長は大きく異なるといいます。

ゴールドマン教授によれば、そういった変革の証が根付きはじめるには3年ほど継続した努力が必要だといいます。「最初の1年はあまり反応がないかもしれません。2年目はブレーンストーミングを行い、他の人の考えを共有する時期です。そして3年目には、目に見える変化をもたらすようになるのです」と指摘します。

ただし、いちばん変革が必要なのは企業の職場文化です。ある予測によると、STEM分野に就く女性が半数を占めたり、企業のリーダーシップ的な立場で女性の平等が確立されたりするには189年かかるとされています。

最後にゴールドマン教授は、「これから189年かかると言われても待てません。つまり、(189年を短縮するような)急激な変化が必要なのです。それを実現するのは、今に生きる私たちの役目であり、自分の立場で何ができるのかを考えることが重要です」と訴え、講演を締めくくりました。

メモを取る手元 カット

※所属名や肩書はイベント開催時点のものです。

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