価値観の実践(ノルウェー)

PwCグローバルファミリービジネス サーベイ2018

Johan H. Andresen 氏

「私は従来の長期的視点に立った考え方に『ただひたすら辛抱する必要はない』という考え方を加えて構築し直しました」

Ferd(ノルウェー) オーナー・会長 Johan H. Andresen 氏

「会社が自分に何をしてくれるかではなく、自分が会社のために何ができるかを問うこと」

「会社が自分に何をしてくれるかではなく、自分が会社のために何ができるかを問うこと」

ファミリービジネス企業のミッションステートメントとして創造性・独創性の点でこれに勝るものは見当たらないかもしれませんが、これはもちろん、ジョン・F・ケネディ元米大統領のかの有名な演説の一節を言い換えたものです。

しかし、ノルウェーのファミリービジネス企業の経営者Johan H. Andresen 氏にとってこれは、北欧で事業展開するFerdグループを推進する価値観を同氏とその一族がどのような意識で特定し、文書化し、実践してきたのか、それを説明するための効果的な方法です。つまり、一族の価値観に会社が従うのではなく、会社がこれまで大切にしてきた価値観に従って一族が行動することを決めたのです。

このことを明確に打ち出したのは、一族の事業をめぐって会社が岐路に立たされ、議論を重ねた20年前のことでした。

Johan H. Andresen 氏 価値観の実践[English]

Ferdの歴史は160年余り前まで遡ります。Andresen 氏の高祖父で同じ名前のJohanが、たばこ会社Tiedemannsを買ったことに始まり、それが一族の事業の礎となりました。やがてTiedemannsは、スカンジナビア最大級のたばこ会社に成長し、一族はTiedemannsから得る利益を元に輸送、出版、梱包材、消費財分野へ進出、多角化を進めました。しかし、1990年代に入るとたばこ業界に対する政府や禁煙推進団体の圧力が強まり、一族はたばこ事業から撤退することを決めました。

そこで、たばこ会社を売却してFerd(北欧の言葉で「果てしない旅」を意味します)を設立、高業績の未上場企業を含む幅広い企業を傘下に収める持株会社となりました。出資先の多くはノルウェーのエネルギー関連企業で、石油・再生可能エネルギーサービス企業のAibel、油田技術企業のInterwellなどがある他、ノルウェー最大のフェリー運航会社Fjord Lineにも出資しています。また、上場会社やヘッジファンド、不動産にも出資しています。オスロに本拠を置くこの投資会社は、社会的企業家の先駆けとして、社会や環境に利益をもたらすことを目的とした社会的インパクト投資を行ってきました。

Ferdを設立したとき、Andresen 氏やその一族、新規事業を手掛ける経営陣は、明確に定義された価値観を確立できると思っていました。ただ、一族としての価値観は200年にわたってFerd設立前の会社の指針にはなっていたものの、Ferdに方向性を示し、Ferdと一族との関係の指針となる価値観が必要であると考えました。

「Ferd設立前の会社では、一族の価値観を取り入れました」「その価値観は古くからある正しいものでした。誠実、献身、忠誠心といったものです。しかし、会社を発展させる力にはなりませんでした。そこでFerdを設立したとき、私たちはある意図を込めた価値観を定めようと思いました。どういうことかというと、その表現を使って、価値観について話してもらうことを願ったのです」

「私たちは一族の価値観を持ち込んで、『会社もこうあるべき』というつもりはありませんでした。一族の価値観が会社の価値観に塗り替えられたとおっしゃるかもしれません」

そこで取り入れたのがケネディの格言です。「一族の価値観はその格言を反映したものです」

Andresen 氏らは、信用、探求心、チームプレー、長期的な目標と成功の四つの観点から会社の価値観を決めました。

信用はFerdにとって極めて重要だと同氏はいいます。それは信頼以上のものです。「信用は自分が手にしているものではありません。買うことも、作ることもできません。昨日より今日の方が信用できるともいえません。信用と信頼は別のものです。信用とは、初めてのことに取り組んでいる人――私たちが常にそうですが、そうした人のことを信じることです。私たちは常にやったことのないことに挑戦しています」

同氏は、信用に対するこうした考え方が、Ferdが優秀な人材を確保する上でも重要な要素になっているといいます。「私たちが採用したいと思う人には選択する権利があります。高い潜在能力があり、誰もが欲しがる人材ですから、他社を選ぶこともできます。しかし、オーナーが価値観を重視し、信用される人間であれば、こうした有望な人材の方から、こちらを選んでくれます」

こうした採用基準は、「チームプレー」という価値観にもつながります。同氏は、Ferdでは離職率が極めて低く、そのことがチームプレーヤーを採用している証だといいます。

ファミリービジネス企業の場合、意思決定プロセスに長期的な視点を取り入れ、リターンの評価についてはコンセプトを重視することがよくあります。しかし、同氏は、そのコンセプトに新しい視点を加えたと考えています。「私は従来の長期的視点に立った考え方に『ただひたすら辛抱する必要はない』という考え方を加えて構築し直しました。すなわち、FB企業にとっての長期的視点というコンセプトは、そこが立ち止まるポイントということではなく、また、物事が自然に良くなるのを待つところでもないということです。物事は自然には改善しません。あくまでも長期目標の中でという意味ですが、成功のためにただ辛抱している必要はありません」

価値観が案件の創出でも重要であることを明確に示すのが、Ferdによる直近の投資案件です。同社はファミリービジネス企業2社に出資しましたが、どちらの案件でも2社のオーナーが競合企業の中からFerdをパートナーに選んだのです。

Ferdのように、会社を再編するファミリービジネス企業の場合にはレガシーという考えに縛られすぎることはないのかもしれません。Andresen 氏はこう述べています。「もちろん、これまで全てのことがレガシーです。しかし、これから何をするのか、そちらに注目しましょう。それこそがレガシーを生かすことです」

ビジネス帝国を築き上げたAndresen一族の社会への影響は5世代にわたって続いています。同氏によれば、それはマイクロファイナンス基金の設立やFerdの社会的企業としての取り組みなど、事業の枠を超えた活動をしていることによるものです。同氏は世界でも最大規模の政府系投資ファンドであるノルウェーのオイルファンドの倫理委員会の議長も務めています。「創業家オーナーが常にいってきたことは、リーダーの役目は会社をリードすることに留まらないということです。オーナーには二つの役目があります。一つが会社を経営すること。もう一つが社会の中で積極的に役割を果たすことです。代々、この責任を果たす努力をしてきました。こうしたこと全てはレガシーの幅を広げ、その時代にあったものにします。会社の外で築いたレガシーは、やがて信用という価値観になります」

※ 法人名、役職、本文は掲載当時のものです。

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