消費者市場における世界のM&A動向:2022年見通し

消費者の嗜好の変化に応じて企業が変革を図る中、2022年も活発なM&A活動が続くと予想されます。

多くの人々がワクチンを接種し、消費者が幅広いカテゴリーの製品やサービスに対して支出を増やす中、2022年は消費者市場業界のディールが活発化するでしょう。新たな暮らし方や働き方に伴ってライフスタイルが変化し、消費者のお金の使い方も変わりつつあります。こうした消費者の嗜好の変化は、企業のポートフォリオの見直しやプライベート・エクイティ(PE)ファームからの強い関心という観点から、2022年のM&A活動を促進する最大の要因となるでしょう。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関連する規制は、ホスピタリティやレジャーなど大打撃を受けた部門の需要に今なお影響をもたらしています。しかし、今後これらの規制が緩和されるにつれて消費意欲も回復し、これまで抑制されてきた需要も高まると予想されます。ただし今後数カ月間は、新たな変異株、中国や欧州のGDP成長率の鈍化、インフレ圧力による多くの製品の価格上昇、今なお続くサプライチェーンの混乱などが逆風となり、一部の企業にとって経営上の課題となる可能性があります。

以下では、消費者市場のM&Aに影響を与えている主要なテーマについて説明し、今後6~12カ月間のうちに投資家からの高い関心を集め、大規模なディールが続くと思われる部門を取り上げます。

「消費者市場には、ディールメーカーにとって刺激的な新しい機会が待ち受けています。消費者の嗜好の変化により、新しい製品やサービス、全く新しいビジネスモデルに対する需要が生まれる中、2022年には企業やPEはM&Aを利用してポートフォリオの再構築を図るでしょう」

Neil SuttonPwC香港(出向中)、パートナー、グローバル消費者市場ディールズリーダー

2021年のM&A動向

消費者市場のディール件数と金額(2019~2021年)

Bar chart showing M&A volumes and values globally for the Industrial Manufacturing & Automotive industry sectors. Deal volumes and values grew across all sectors and regions. All sectors saw double-digit growth in volumes except for transportation & logistics. Deal values grew by 57% between 2021 and 2020.

出典:Refinitiv、Dealogic、およびPwCの分析

2020年から2021年にかけて消費者市場の全部門で、また米州、アジア太平洋、欧州・中東・アフリカ(EMEA) の3つの全地域においてディール件数・金額はいずれも増加しました。中でもEMEA地域ではディール件数が31%増、ディール金額が94%増と最も高い伸びを示しました。世界の消費者市場全体のディール価格は、前年比57%増となりました。これは、取引額が50億米ドルを超えるメガディールの数が13件から19件に増加したことと、10億~50億米ドル規模のディールが2020年の69件から、2021年に127件と84%増加したことによるものです。消費者市場分野では、PEファンドによるM&Aが増加し、2021年のディール件数の約35%、ディール金額の約47%を占め、過去5年間の平均(それぞれ24%、35%)から顕著な増加となりました。

M&Aが活発な分野

今後半年から1年の間に以下の分野のM&A活動が活発になると予想します。

ホーム・ガーデン

ホーム&ガーデン事業(家具、室内インテリア、ガーデン&アウトドア用品、収納など)は、パンデミックにより消費者がより多くの時間を家で過ごすようになったことで追い風を受けました。2022年も、ハイブリッドワークにより自宅オフィススペース向けの需要がさらに高まり、消費者が引き続き住宅のリフォームにお金を費やすことも予想され、同部門は堅調な需要が見込まれます。最近のディール例としては、Assa Abloy社によるSpectrum Brandsのハードウェア&ホームインプルーブメント部門の買収や、Husqvarna GroupによるOrbit Irrigation Products社の買収が発表されています。

ペット・動物用品・サービス

ペットの飼育数が増加していることから、ペット用品や関連する動物用製品・サービスは、ディールメーカーにとって非常に魅力的な部門となっています。例えば、中国のPEファームであるFountainVest Partnersはニュージーランドのペットフード会社であるZiwi社の買収を発表し、同じくPEファームのHellman & Friedmanがドイツのペット用品オンライン小売のZooplus社の上場廃止を発表しました。最近も数多くのディールが成立していることからわかるように、同部門は2022年も注目されるでしょう。

カジュアルウェア

アスレジャーを含むカジュアルウェア部門は、ファッション分野で最も注目を集めており、企業やPE投資家も関心を寄せています。これは、在宅ワークをする人々はフォーマルなビジネスウェアよりも快適なカジュアルウェアを選ぶことが多いためです。投資家はレジャー旅行やその他のレジャー活動に消費者が戻りつつあると認識しており、ライフスタイルアパレル関連のM&Aが増加すると予想されます。

健康・美容

健康・美容、特に美容品のオンライン小売販売は、M&Aにより自社のビジネスモデルを補完できる、あるいは地理的に新たな市場への進出ルートが得られる、という意味で、引き続き魅力的な対象となっています。既存の企業では、Sephora社による英国の高級化粧品オンライン販売会社Feelunique社の買収や、L'Occitane社による米Sol de Janeiro社の買収が発表されています。インドを拠点とするMyGlamm社やPurplle社などの新興D2C(消費者への直接販売)化粧品会社も、インオーガニックグロース戦略を追求しており、最近の資金調達ラウンドで調達した資金でブランドを買収し、商品ラインの拡大や海外進出を図っています。カラフルな色彩への回帰など、化粧品業界における消費者のトレンドがM&Aの契機となり、大手企業がニッチブランドの買収を模索すると考えられます。

メタバース

メタバースへの関心が高まっていることは、消費者向け企業にとって消費者とのより深い関係を構築するチャンスでもあります。バーチャル空間におけるショールーム、ファッションショー、試着ルームは、実商品の販売増につながる可能性を秘めています。先日、バーチャルなスニーカーやコレクターズアイテムを制作するデジタルデザインスタジオ、RTFKT Studiosの買収を発表したNike社のように、バーチャル商品の実験的取り組みを進めている企業もあります。

食料品

最近、英国のAsda社とMorrisons社が相次いで買収されたことを受けて、投資家、特にPEの間では、食料品部門への関心が続いています。これは、食料品事業資産は不動産ポートフォリオなどの影響などもあって過小評価されている可能性がある、と広く考えられているためです。

ホスピタリティ&レジャー

ホスピタリティ&レジャー業界はパンデミック時に大打撃を受けた部門ですが、規制の緩和に伴い回復の兆しを見せており、Hilton Grand Vacations社によるDiamond Resorts社の買収、MGM社によるThe Cosmopolitan of Las Vegasホテルの買収発表、フィリピンのゲーミングリゾート運営会社Okada Manila社によるSPACディールを通じた合併プランなど、複数のゲーム関連やホテル関連ディールが行われました。また、海外渡航制限を背景に近場で休暇を過ごす「ステイケーション」ブームにより、PAI Partners社によるフランス、イタリア、スペイン、クロアチアで高級キャンプ施設を運営するEuropean Camping Groupの買収や、Sun Communities社による英国のホリデーコミュニティを運営するPark Holidays UK社の買収提案など、バケーション部門で多くのディールが発表されています。この点からも、パンデミック後も需要が継続すると投資家が予想していることがうかがえます。2022年にはゲーム、カジノ、ホテル、その他観光関連分野で、さらなるM&Aが行われると予想されます。

航空会社や航空旅行

航空会社や航空旅行部門では、多くの国で政府からの支援が段階的に廃止されることもあり、さらなるディストレストディールやリストラクチャリングが発生する可能性があります。なお、多くの投資家は、2022年は消費者の消費意欲が回復し、それに伴い出張や旅行目的の乗客も安定的に増加すると予想しており、2022年におけるM&Aに対しても楽観的な見方をとっています。

M&Aを動かす主なテーマ

事業売却・分割

ポートフォリオの見直しという、より広いトレンドの観点から、消費者市場分野の大企業が多数の事業を売却することが予想されます。これは、最近発表されたAdidas社によるReebokブランドのAuthentic Brands Groupへの売却、Unilever社によるグローバルティー事業のCVC社への売却、Reckitt Benckiser社による中国でのInfant FormulaおよびChild Nutrition事業のPrimavera Capital Groupへの売却、PepsiCo社によるTropicanaやNaked Juiceなどの一部ジュースブランドのPAI Partnersへの売却などに続くものとなるでしょう。これらの最近の案件と同様に、PEバイヤーはこれらのブランドの買収に強い関心を示すものと予想されます。

また、2022年には事業売却等が増加し、さらなるリストラクチャリングにつながると予想されます。その理由としては、1つはより大きな価値の創出を求める株主からのプレッシャーの高まりがあるでしょう。もう1つの理由としては、顧客行動の変化やビジネスモデルの変化に迅速に対応するケイパビリティを手にすることを重視すべきで、場合によっては利益を得ることよりも重要な場合があるという考え方がCEOの間で広がっていることが挙げられます。最近の消費者市場分野における例としては、GlaxoSmithKline社、Johnson & Johnson社、Sanofi社が消費者向けヘルスケア事業を別の上場企業にスピンオフするプランを発表しました。小売業では、Saks社がオンライン小売事業を実店舗事業からスピンオフするプランを発表しましたが、これは「もの言う株主」が他の大手小売に、戦略的オプションとしての分割を検討するよう促しているという背景があります。

サプライチェーンと物流に注目

サプライチェーンの混乱により、現在も原材料の調達や最終製品の顧客への輸送に影響が生じています。これにより、Ikea社、Walmart社、Target社、Home Depot社などの世界有数の小売業者は、優先度の高い商品を納期通り輸送するために自社コンテナを購入したり、輸送船をチャーターしたりするなどの対応を図っています。また、機能獲得型買収を戦略的に行っている企業もあります。例えば、American Eagle Outfitters社はサプライチェーン改革を図るためにQuiet Logistics社(フルフィルメントサービス関連のテクノロジーとロボティクスに特化した会社)とAirTerra社(小包配達に特化した会社)という2つの物流企業を買収しました。

消費者、小売、物流部門の企業は、サプライチェーン全体で障壁を取り除き、レジリエンスを高め、価値を生み出すための創造的方法を見出すために、より一層M&Aを活用するようになるでしょう。PwCは、以下のような分野が注目されると予想しています。

  • 垂直統合:上方向(生産のための重要なインプットを確保するため、あるいはESG圧力の高まりに伴いより持続可能な調達を行うため)および下方向(製品の流通過程をコントロールするため)の両方向
  • データやアナリティクスの活用によるサプライチェーンプロセスに特化したテクノロジー企業
  • 物流会社:超高速フルフィルメント機能を含む、顧客に提供可能な配送オプションを強化することが目的

また物流部門では、海運業者を中心にラストワンマイルを獲得するための競争が繰り広げられています。その結果、専門物流会社が他の消費者市場企業によるM&Aターゲットになる可能性があります。専門的機能の獲得や国際展開によって事業拡大を目指す物流企業による買収も予想されます。こうした例として、Maersk社はeコマース物流の拡大のためにVisible SCM、HUUB、B2C Europe、LF Logisticsの各社の買収を発表しました。CMA CGM Groupは、コントラクトロジスティクスやeコマースの専門知識に関するサプライチェーンの機能を加速させるために、Ingram Micro社のCommerce & Lifecycle Services事業の買収を発表しました。また、Deutsche Post DHL Groupは、DHLの貨物発送部門の強化を図るためにJ.F. Hillebrand Group を買収しました。GeoPost社は、Aramex社に投資を行い、自社の欧州宅配便市場における強力なプレゼンスと、Aramex社の中東、アジア、アフリカ、オセアニアにおける国際的なネットワークの活用を目指しています。

オンラインプラットフォームとeコマース

オンラインプラットフォーム企業やeコマース企業は機能の獲得、隣接するカテゴリーへの事業拡大、市場シェアの獲得のためにM&Aを利用し、市場シェアを高めています。

ファッションレンタル・リセール部門は、多くの有名ファッションブランドがこの分野への進出の可能性に注目していることもあり、2022年に勢いを増すと予想されます。この部門は、主に新興企業が中心でしたが、ブランドや小売業者が専門業者と提携して、通常の販売形式を補完するD2C(消費者への直接販売)として成熟しつつあります。この例として、最近Kering社は、中古品のリセールを手掛けるVestiaire Collective社への投資を行っています。また、Etsy社は、ファッションリセール市場Depopの買収を発表しました。

さらに、社会的、経済的、環境的にプラスの影響を与えるような購入を行うことを約束する「意識の高い消費行動」の傾向が強まっています。こうした傾向はビジネスモデルの再構築をもたらすとともに、持続可能性により注力する企業でポートフォリオをリバランスしようとする投資家の関心を集めています。例えばLululemon社はGenomatica社、Bolt Threads社、Debrand社などの企業とのM&Aや戦略的パートナーシップを利用して、より持続可能な素材の開発や製品のリサイクルを行っています。

消費者市場のM&A見通し

消費者の嗜好の変化や新たなビジネスモデルの台頭に応えるべく、企業が事業の革新とデジタル化を進めていることから、2022年の消費者市場におけるM&Aは引き続き堅調に推移すると見込まれます。一部の部門ではディストレスト資産の売却やリストラクチャリングの増加が予想されており、すでに強固なディール環境がさらに活発化することになるでしょう。

value-creation

データについて

M&A動向に関する当社の見解は、業界で認知された情報源から提供されたデータに基づいています。本レポートで使用した金額および件数は、2021年12月31日現在でRefinitivにより提供された、2022年1月2日時点でアクセスした公式発表に基づいており、噂や、取り下げられたディールは除外しています。さらに、補足情報としてDealogicと当社の独自調査からの情報も加味しています。本レポートは、Dealogicによる使用許諾に基づいて提供されたデータから導出したデータを含んでいます。かかる被使用許諾データの全ての権利はDealogicが留保しています。PwCの産業マッピングと一致させるため、データ情報源に一定の調整を加えています。

※本コンテンツは、PwC米国が2022年1月に公開した「Global M&A Trends in Consumer Markets: 2022 Outlook」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。