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人的資本をはじめとする無形資産、すなわち、将来の財務価値の源泉となりうる「未財務領域」を企業価値向上へ結び付けることが、いまや経営の中核テーマとなっています。制度対応やガイドラインの整備を背景に、多くの企業が未財務領域にKPIを設定し、情報開示の幅と深さを拡大させてきました。しかし、開示の充実が、直ちに「経営高度化の実現」を意味するわけではありません。
どの未財務要素が自社の企業価値に寄与しているのかを特定し、それを経営の意思決定と投資判断に実装する。この「経営戦略と未財務戦略の繋ぎ方」こそが、昨今多くの企業が直面する課題として浮かび上がっています。
PwCコンサルティング合同会社は、2026年2月20日に株式会社ビジネス・フォーラム事務局主催で開催された「実践・価値創造経営フォーラム2026」に協賛し、オープニングディスカッションに登壇しました。本セッションでは、人的資本を題材に、「未財務」を経営戦略に「繋ぐ・活用する」術を、経営管理・サステナビリティ領域と組織人事領域の専門家の対話を通じて解き明かしました。本記事では、同セッションで提示された論点を整理し、未財務要素を企業価値向上へ繋げるための考え方と実践アプローチを読み解きます。
(左から)小倉 健宏、小林 たくみ、土橋 隼人
未財務領域を企業価値向上に結び付けるうえで、いま何が本質的な論点となっているのでしょうか。セッション冒頭、PwCコンサルティングで価値創造経営イニシアチブのリードパートナーを務める小林 たくみは、「企業価値とは経済価値と社会・環境価値で構成された中長期視点の価値であり、その最大化には、全社戦略・財務戦略・事業戦略・未財務戦略・経営基盤という5種の戦略要素の『連動』が不可欠である」と提示しました。
経済価値や社会価値が海に浮かぶ氷山の水面上に現れる指標だとすれば、これら5つの戦略は水面下で価値を生み出す構造体です。しかし、水面上下の連動が多くの日本企業で十分に機能していないのではないか。これが本セッション全体を貫く課題仮説でした。
この課題提起は、実際に企業が直面する課題認識に裏付けられています。PwCが実施した「持続的な成長と企業価値向上に向けたCFO意識調査 2025年版」では、「未財務への投資について、標準化された公式なレビュープロセスが存在しない」「未財務の投資効果を測定できない」といった課題が浮き彫りになっています。
企業の財務・サステナビリティ部門と人事部門はそれぞれ、未財務戦略と企業価値の連携可視化について課題を認識しており、これらに対して、前者は投資判断手法の確立、後者はパス開示の高度化へと、「データによる定量化」を合言葉に動き始めています。
こうした課題について、PwCコンサルティングの価値創造経営イニシアチブで組織人事を担当する土橋 隼人は、国内企業の人的資本開示の現状を俯瞰しながら次のように指摘します。
「人的資本経営への注目度の高まりによって開示の幅と深さは拡大しています。しかし、その人的資本施策や投資が企業価値創造のプロセスの中でどのような役割を果たすのか、企業価値向上にいかに繋がっているのかまで説明できている企業は、依然として少数にとどまっています」
PwCコンサルティングが日経225構成企業を対象に実施した人的資本開示の成熟度調査では、人的資本への取り組みと事業戦略との関係を明示しました。その中で、関連データを広く・深く開示している「統合型」の割合は53.8%に達し、最も大きな類型となりました(図表1左)。これは、2021年まで4分の3を占めていた「施策紹介型」からの遷移が進み、国内企業の開示のステージは「開示の幅と深さの拡大」から「企業価値・事業戦略と人的資本の連動」へと移行しつつあることを示しています。
しかし、この「統合型」の内実には大きな濃淡があります。統合型に分類された企業のうち、人的資本の注力テーマから企業価値・財務指標・事業戦略に至る経路(パス)まで明示できている「パス明示型」は、わずか5.8%にとどまりました(図表1右)。残る企業の多くは、人的資本テーマとアウトカムは並べているものの、両者の間を繋ぐパスまでは示しきれていない状況です。
図表1:国内企業の人的資本開示成熟度
さらに土橋は、「企業価値・事業戦略と人的資本の連動」の重要性の高まりに拍車をかけているのが投資家の期待であると指摘します。内閣官房・金融庁・経済産業省の「人的資本可視化指針」の改訂議論にもあるように、投資家が求めているのは単なる取り組みの内容ではなく、「その取り組みが経営戦略の実現や財務指標とどのようにつながるのか」であり、未財務資本から企業価値に繋がる価値連鎖の構造そのものです。採用競争の激化や事業ポートフォリオ変革が進む中で、企業価値に資する人的資本経営への関心は今後さらに高まると考えられます。
では、未財務領域をどのように経営戦略や投資判断へと組み込んでいけばよいのでしょうか。
PwCコンサルティングの価値創造経営イニシアチブで経営管理・サステナビリティを担当する小倉 健宏は、中期経営計画策定期にあったA社の実践を支援した例を基に、具体的なアプローチを提示しました。
「鍵となるのは、データ分析による因果関係の可視化です」
A社では、人事部・経営企画部の双方が壁に直面していました。人事部の課題は「何を実現するための人事施策か」という必要性やビジネスに与えるインパクトを経営層に説明できず、KKD(勘・経験・度胸)に依存した意思決定から脱却できない点です。経営企画部の課題は、未財務戦略と全社戦略の連動を説明できず、投資効果の測定ができないため、未財務投資を投資ではなくコストとして扱わざるを得ない点です。双方の課題認識を踏まえて、A社では企業価値に資する人的資本経営のストーリーを、2つのステップで捉え直しました。
まず、投資家が企業評価に用いる手法・データを分析フレームに取り込みます。基盤となるのは、PwC Japan有限責任監査法人の専門家が構築した分析モデルと、東証プライム上場企業2,000社超の87カ月間にわたるデータから構成される大規模データパネルです。
この分析を通じて、A社では未財務属性のうち、23項目を企業価値に影響を与え得るドライバーとして抽出しました(図表2)。この事例では、企業価値の構成要素である株主資本コストおよび期待利益成長率に対する各項目の「影響の有無」と「感応度」を統計的に把握し、さらに競合他社と比較することで、人的資本項目・人事周辺項目・その他項目※の3種類の重要項目を導出しています。
※「人的資本項目」は人材獲得やリテンション、「人事周辺項目」は研究開発費やコーポレートガバナンス、「その他項目」は気候変動に関する戦略や政策への影響などを指す。
図表2:企業価値に影響を与え得る未財務項目の特定―データ分析により23項目を抽出―
さらに、各未財務項目を改善した場合の「株価上昇の期待効果」まで測定しています(図表3)。コーポレートガバナンス、人材獲得とリテンションといった各項目の改善による期待効果を算出し、人的資本経営のROIの「R」(リターン)を定量的に特定することで、経営企画部やサステナビリティ推進部、総務部といった関連部門を巻き込む説得力を創出しました。
図表3:未財務項目の改善が企業価値に与えるインパクト―人的資本経営のROI(R側)の定量評価―
この流れを受けて、組織人事を専門領域とする土橋は、人的資本の位置付けそのものを問い直しました。従来、人的資本に関する取り組みは人事部門主導で進められるケースが多く、施策も人事課題を起点に設計されがちでした。しかし、企業価値との本質的な接続を図るためには、発想の転換が必要です。
ここでPwCコンサルティングが提示するのが、「脱・人事のための人的資本経営」という考え方です。これは、企業価値を目的変数として、中長期的な成長戦略を起点に人的資本投資までのパスを描くことを通じて、必要な人的資本の状態をあぶりだし、そこから逆算して人材戦略や施策を設計するアプローチを指します。
A社では、企業価値インパクト分析の結果と中長期戦略を基に、自社が目指す「人的資本の状態」を定義し、企業価値に至るインパクトまでを経営企画とともに未来志向で可視化しました(図表4)。このインパクトパスは次のAからDの4つの階層で構成されます。
A アウトカム:人的資本が事業活動に与えるインパクト(高付加価値サービスの創出、組織横断コミュニケーションの増加)
B 人的資本の状態:企業価値向上のキーとなる人的資本(キー人材の充足、インクルーシブな組織文化)
C 施策による組織の変化:人的資本施策の中間効果(キースキルの獲得、魅力的な報酬の提示、行動変容)
D 施策/アクティビティ:具体的な施策(ジョブ型人事制度導入、EVP[従業員に提供する価値提案]の見直し、研究機関への出向プログラムなど)
図表4:企業価値に影響する人的資本の特定と人的資本の将来像の可視化
注目すべきは、企業価値インパクト分析の結果から出発し、当初の人事戦略になかったテーマも追加してパスを構築した点です。さらに、社内の属性データ・人事関連データ・エンゲージメントサーベイなどの過去データを用いた関係性分析により、パスの繋がりを検証しました(図表5)。その結果、次の3つの類型が浮かび上がります。
Ⅰ 施策が存在しないパス:追加施策の検討が必要
Ⅱ 施策はあるが効果が出ていないパス:施策の見直しが必要
Ⅲ 強い繋がりが確認されたパス:自社の人的資本の強みであるため、さらなる強化が必要
また、意図的・戦略的に高めるためのメカニズム構築も必要(「仕事へのやりがい」が成果創出に強く機能)
図表5:「企業価値向上のための人的資本インパクトパス」の全体像
こうした分析と検証を経て、数値目標ありきの施策設計から、価値創造を起点に考える発想への転換が実現しました。その結果、人的資本は人事部門だけのテーマではなく、経営企画・財務・事業部門を含む全社的な経営アジェンダとして再定義され、「コスト」ではなく「企業価値向上に資する戦略的投資」として議論できるようになりました。
こうした議論を総括する形で小林は、人的資本に限らず、ESGを含むさまざまな未財務領域を経営戦略へと展開するうえで、企業価値を目的変数に据え、データ分析によってその影響を捉えるアプローチの重要性を強調しました。
このアプローチは、人的資本に限らず、知的資本・自然資本・社会関係資本など広範な未財務領域に適用することが可能です。
企業価値向上という目的は共通であっても、その実現に至る道筋は企業ごとに異なります。企業価値という「同じ山」を目指していても、事業特性や戦略、置かれた環境によって、選ぶべき登山ルートは1つではありません。
その中で重要となるのが、自社にとってどの未財務要素が企業価値に影響を与えているのかを見極め、その関係性を踏まえて戦略を描いていくことです。
本セッションでは、未財務領域と企業価値の連動性が多くの企業にとって依然として課題である一方で、その関係をデータ分析によって捉え、証明しようとする動きが先進企業において実践段階に入りつつあることが示されました。
重要なのは、企業価値向上という視点で自社にとってどの価値創造ドライバーに向き合うべきかを見極めることです。その中でどこから着手し何を変えていくのかを具体化していくことこそが、価値創造経営に繋がる一歩になると言えるでしょう。
後編では、アサヒグループホールディングスおよびANAホールディングスの実践事例を通じて、企業価値最大化に資する具体的な戦略と実践法を読み解きます。
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