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PwCコンサルティング合同会社は、2026年2月20日に株式会社ビジネス・フォーラム事務局主催で開催された「実践・価値創造経営フォーラム2026」に協賛しました。前編では、未財務領域を経営戦略へ繋げるための考え方と実践アプローチを読み解きました。
では、実際に先進企業ではどのような取り組みが進められているのでしょうか。企業価値向上という同じ山を目指していても、企業によって選ぶべき登山ルートは異なります。
後編では、その出発点となる3つの問いを提示します。「企業価値の構造をどう捉えるべきか」「過去と未来をどう位置付けるか」「定性と定量をどう使い分けるか」。
本記事では、これらの問いに対し、それぞれ異なるアプローチで実践を積み重ねてきた2社の取り組みを紹介します。
アサヒグループホールディングスの谷村 圭造氏とANAホールディングスの保谷 智子氏の特別ゲスト講演、そしてそれに続くパネルディスカッションでは、Chief People OfficerとChief Sustainability Officerという価値創造を支える2つの異なる視点・立場から、未財務情報を活かした価値創造の手法について、熱い議論が展開されました。
※法人名、役職などは登壇当時のものです。
(左から)ANAホールディングス 保谷氏、アサヒグループホールディングス 谷村氏、PwCコンサルティング 小林
アサヒグループホールディングス株式会社
取締役 兼 執行役 Group Chief People Officer
谷村 圭造 氏
谷村氏は、「人的資本戦略と企業価値創造」をテーマに、自身の30年以上にわたる人事・経営企画の経験を踏まえ、同社の実践を紹介しました。
講演で繰り返し語られたのが、「人事の矜持」という言葉です。
谷村氏は、人事を単なる管理機能や制度設計の担い手ではなく、「企業価値創造の中核を担う存在」と位置付けるべきだと強調します。
「人事は経営の一部であるべきです。経営と切り離された人事は存在しません」
この言葉には、人事が自らの役割を限定せず、事業や戦略と向き合い続けるべきだという意思がにじみます。人的資本経営に求められるのは制度の整備ではなく、経営に踏み込み価値創造に関与する姿勢であり、その覚悟が「人事の矜持」として示されました。
アサヒグループホールディングス株式会社 取締役 兼 執行役 Group Chief People Officer 谷村 圭造 氏
アサヒグループは、欧州・オセアニア・東南アジアなど各地域における多様な市場で事業を展開しています。その中で重視しているのが、「グローバルでの統合」と「地域ごとの自律」の両立です。
谷村氏は「単一のやり方を押し付けるのではなく、それぞれの市場でブランド価値を最大化することが重要です」と述べ、人的資本施策にも同様の考え方を適用しています。
採用・育成・評価の基本方針は全社で共有しつつ、各地域が主体的に戦略を実行できる余地を確保することで、現場の実態と全社方針の両立を図っています。こうした仕組みの前提にあるのも、人事が経営視点で全体最適を考える存在であるという姿勢であり、ここにも「人事の矜持」が貫かれています。
同社の人的資本戦略は、「文化」「リーダー」「ケイパビリティ」の3つの柱で構成され、相互に連動しながら価値創造を支えています。
「ありたい企業文化」の醸成は、経営人材の育成や必要な能力の獲得と不可分であり、学び続けて成果に向き合う文化が、次世代リーダーの育成と戦略実行の基盤となります。そして、その循環が企業価値の持続的向上につながります。
谷村氏は「人材施策を個別最適で捉えるのではなく、価値創造のプロセスとして設計することが重要です」と語り、人事が企業価値向上における全体構造を描く役割を担うべきだとの考えを示しました。ここに表れているのは、「過去と未来をどう位置付けるか」という問いに対する、アサヒグループの明確なスタンスです。過去の実績の証明よりも、「これからどうしていくのか」という未来志向で人的資本戦略を構想しています。
人的資本の取り組みを伝える手段として、同社では『People&Cultureレポート』を発行しています。これはデータ開示にとどまらず、戦略と実践、企業価値との繋がりをストーリーとして示すものです。
谷村氏は「数字だけでは伝わりません。なぜその取り組みを行い、どのように価値に繋げるのかを示すことが重要です」と述べ、可視化の本質は「理解されること」にあると強調しました。
また、人的資本経営は完成形を目指すものではなく、対話を通じて磨き続けるプロセスでもあります。投資家や社員との対話を通じて戦略を進化させていくことが、価値創造に繋がっていきます。
人的資本を経営の中核に据え、価値創造へと接続していくことが肝要であり、その実践を支えるのは、人事が誇りと責任を持ち、経営に向き合い続ける姿勢です。
谷村氏が語った「人事の矜持」という言葉は、人的資本経営の本質を端的に示すものとして、強い印象を残しました。
ANAホールディングス株式会社
グループCSO(Chief Sustainability Officer)、サステナビリティ推進部長
保谷 智子 氏
保谷氏は、人的資本を「価値創出のエンジン」と位置付け、その実態をデータによって可視化する取り組みについて紹介しました。
航空会社においては、機材や路線といったハード面で他社と差別化を図るには限界があり、競争優位の源泉は「人」にあります。約4万人の従業員の多くがフロントラインで顧客と向き合う中、日々の接客や判断、チームワークがサービス品質や安全性を支え、それが最終的にブランド価値や業績へと繋がっています。
こうした認識のもと、同社では人的資本を単なる「重要資源」として扱うだけではなく、価値創造のプロセスの中でどのように機能しているのかを明らかにする取り組みを進めてきました。保谷氏は「人が価値を生む構造を、感覚ではなくデータで説明できる状態にしたい」と語ります。
ANAホールディングス株式会社 グループCSO、サステナビリティ推進部長 保谷 智子 氏
同社では、5年分から最長20年分にわたる520項目の人材関連データを横断的に収集・分析し、取り組みが成果へと波及する因果関係の可視化を進めています。評価や育成、エンゲージメント、現場行動といったデータを統合的に捉えることで、「点」ではなく「線」としての繋がりを描き出しています。
例えば、称賛し合う文化や教育・訓練の積み重ねがチームワークを高め、それがサービス品質の向上を通じて顧客満足や収益へと結び付く――。こうした流れが、データによって裏付けられたことを示しました。
保谷氏は「個々の接客現場の取り組みが、どのように価値へと繋がっていくのか。その道筋を示すことが重要です」と語ります。こうした分析は、どの領域に投資すべきかといった経営判断にも活用されており、人的資本は意思決定を支える要素へと位置付けられつつあります。
こうした知見は『Human Capital Story Book』として体系化されています。同書を作成した目的は2つあります。1つは、「人財を起点とした企業価値向上」に対する投資家の共感を高めること。もう1つは、グループ内での対話ツールとして活用し、エンゲージメント向上に繋げることです。
同書は、定量と定性の両面で人的資本の価値を語る構成となっています。価値関連性分析による定量的な裏付けに加え、人財が実際に価値を生み出した21個のエピソードを掲載しています。データで価値連鎖の構造を示すとともに、エピソードによって手触り感を伝えているのです。ここに、「定性と定量をどう使い分けるか」という問いに対する、ANAホールディングスのスタンスが表れています。
保谷氏は「データを並べるだけでは伝わりません。背景にある考え方やストーリーまで含めて示すことが重要です」と説明します。どの指標がどの経営課題に対応しており、どの価値創造プロセスに組み込まれているのかを明確にすることで、人的資本は「経営の言語」として機能します。
また、サステナビリティ開示も、評価対応から戦略を問い直すプロセスへと進化しています。保谷氏は「開示はゴールではなくジャーニーである」と述べ、対話を通じて仮説を検証し、磨き続けていく重要性を強調しました。
人的資本の可視化と開示を通じて、価値創造の構造を明らかにしていく取り組みの様子は、未財務を「語る」段階から「経営に組み込む」段階へと進める実践として、大きな示唆を与えるものとなりました。
パネリスト:
アサヒグループホールディングス株式会社
取締役 兼 執行役 Group Chief People Officer
谷村 圭造 氏
ANAホールディングス株式会社
グループCSO(Chief Sustainability Officer)、サステナビリティ推進部長
保谷 智子 氏
モデレーター:
PwCコンサルティング合同会社
執行役員 パートナー 価値創造経営イニシアチブ リードパートナー
小林 たくみ
小林:
まず本日の議論の出発点としてお伝えしたかったのが、「勾玉」というイメージです。企業価値は財務と未財務のどちらかで語れるものではなく、両者が繋がり、重なり合うことで初めて全体像が見えてきます。さらに言えば、ビジネスとピープル、自部門と他部門といった分断も同様で、どちらか一方に閉じるのではなく、関係性の中で捉えることが重要です(図表1)。
図表1:経営を「進化」・「深化」させる鍵となる、繋がり・重なり・巻き込み
谷村氏:
非常に象徴的な表現ですね。当社でも、人的資本を単独のテーマとして扱うのではなく、事業やブランドの文脈の中でどう位置付けるかを常に意識しています。分けてしまうと、かえって本質が見えにくくなる。
保谷氏:
ANAホールディングスでも同じです。現場の取り組みと企業価値の間には、必ず繋がりがあります。それを1つの流れとして理解し、説明できるようにする。そのためにデータを活用してきました。
小林:
本日はまさに、その「繋がり」をどう設計し、どう言語化していくのかを、お二人の実践から読み解いていきたいと思います。
小林:
お二人のお話を伺っていると、同じ山を登りながらも、そのルートは大きく異なっていたことがわかりました。アサヒグループは未来の姿を起点にストーリーを描きます。一方でANAホールディングスは、データから関係性を積み上げていました。「過去と未来をどう位置付けるか」「定性と定量をどう使い分けるか」という問いに対して、2社の異なるスタンスが見受けられます。この違いはどこから来ているのでしょうか。
谷村氏:
当社の場合、事業の特性が大きいと思います。急激な技術革新というより、日々の積み重ねで価値を高めていくのが当社のビジネスです。その強みをどう活かすかを考えたとき、過去の証明よりも、「これからどうしていくのか」という未来志向のメッセージを示すことが重要だと考えました。加えて、人事としての問題意識もあります。先ほどの講演Ⅰでお話したように、人材戦略は本来、経営のど真ん中にあるもの。その可能性を示すためには、「できていること」ではなく「できるようになりたいこと」を描く必要がありました。
保谷氏:
当社は逆に、「日々の取り組みが本当に価値に繋がっているのか」を示したかった。現場の行動やチームワークが、どのように顧客満足や収益に波及しているのかを納得感を持って伝えるには、やはりデータが必要でした。そのため、分析ありきではなく、「繋がっている」ということを示すための手段としてデータを使っています。
小林:
いわば「構想」と「証明」という2つのアプローチですが、どちらかが正しいということではありません。自社の状況や伝えたい価値によって、適切なアプローチは変わってくる。その点が非常に示唆的だったと思います。
小林:
それぞれの取り組みを外部に示した際の反応はいかがでしたか?
谷村氏:
ポジティブな反応としては、「アサヒらしい」という評価が多くありました。縮小圏にあるといわれる市場の中でも成長を目指すなど、アサヒグループらしい姿勢を人的資本の文脈で示せたことに共感いただけたのだと思います。一方で、時間が経つにつれて、「そのストーリーをどう裏付けるのか」という問いも増えてきました。期待が高まる分、説明の精度が問われています。
保谷氏:
当社の場合は、社内の反応が非常に印象的でした。「自分たちの仕事が価値に繋がっていると理解できた」という声が多かったからです。内容は特別なものではないのですが、それを可視化したことで認識が変わった。また、『Human Capital Story Book』をIRと企画部門が協働して作成したことで、部門横断の連動も生まれました。
小林:
興味深いのは、いずれのケースでも「まず出してみる」ことが変化の起点になっている点です。開示はゴールではなくジャーニーであるがゆえに、公表は完成形を示すものではなく、その後の対話を通じて戦略を磨いていく「プロセス」へと変わってきているのですね。
小林:
もう1つ重要なのが、社内の巻き込みです。谷村さんはどのように進められましたか?
谷村氏:
大きくは2つあります。1つは個人を巻き込むことで、CxO一人一人に当事者として関与してもらいました。もう1つは仕組みで巻き込むことです。価値連関図のようなツールを使い、企業価値の源泉を経営として議論していきました。その両方が必要だと考えています。
保谷氏:
一本道では進まないテーマですよね。いろいろな角度から働きかけることで関係者が増え、理解が深まっていく。そのプロセス自体に意味があると感じています。
小林:
私自身も、時間軸の違いには常に悩みます。短期の事業と長期の価値創造をどう接続するか。そのためには、テーマや場を柔軟に設計しながら議論を仕掛けていく必要があります。
谷村氏:
最終的に問われるのは「実効性」です。人的資本が本当に価値創造に繋がっているのか。それをデータと現場の実感の両方で示していく必要があります。
保谷氏:
そのためにも、まずは仮説を持ち、言語化し、対話を通じて磨いていくことが重要だと思います。
小林:
ありがとうございます。今日の議論を通じて見えてきたのは、未財務の取り組みは決して「開示の高度化」にとどまるものではないという点です。それは、自社の価値創造の構造をどこまで言語化し、組織の中で共有し、意思決定にまで落とし込めるかという、経営そのものの問いに直結しています。
そしてもう1つ重要なのは、「説明すること」ではなく、「説明できる状態で経営していること」です。どれだけ精緻なモデルやストーリーを描いても、それが実行と結び付いていなければ意味がありません。現場での実践と、経営としての意思決定、そして外部との対話。この3つが循環し続ける状態をいかに作るかが問われています。
本フォーラムのオープニングディスカッションで示した問い―「経営への報告事項」から「経営の討議事項」への昇華をどう実現するか。アサヒグループは「構想」によって未来の価値創造を描き、ANAホールディングスは「証明」によって現場と企業価値の繋がりを可視化してきました。アプローチは異なれど、両社に共通するのは未財務と財務を分けるのではなく、一体のものとして捉え、その関係性を問い続けているという点です。
その試行錯誤の積み重ねこそが、企業ごとの「らしさ」を伴った価値創造経営を形づくっていくのだと思います。谷村さん、保谷さん、今日は貴重なお話をありがとうございました。
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