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近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定又は制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。
今回は、以下のトピックを紹介します。
紛争等の影響を受ける地域に関する「強化された人権デュー・ディリジェンス」(Heightened Human Rights Due Diligence)の取組概要と留意点
紛争等の影響を受ける地域においては、重大な人権侵害リスクが高まるため、企業は高いリスクに応じた「強化された」人権デュー・ディリジェンス(Heightened Human Rights DD)を実施することが求められます。本ニュースレターでは、紛争等影響地域に関する「強化された人権DD」の必要性やその取組概要と留意点について概説します。
世界における紛争は、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」といいます)が策定された以降においても、内戦の件数はほぼ3倍、戦死者数は6倍に増え、2016年には53カ国が紛争を経験しています1。近時も、アフガニスタン、ミャンマー、マリ、スーダン、そしてロシア・ウクライナなど紛争が生じています。このような武力紛争や暴力が蔓延する「紛争等の影響を受ける地域」(以下「紛争等影響地域」といいます)においては、国又は地域における実効支配が欠如し、人権を保護する体制自体が機能不全に陥っていることがあります。それ故、紛争等影響地域においては、最も深刻な人権侵害が発生し、特に脆弱な立場にあるグループ(ステークホルダー)の健康と安全に極めて重大な侵害が生じていることがあります。
国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」といいます)は、上記のような状況を踏まえて、人権を保護する国家の義務の一つとして、「紛争影響地域において企業の人権尊重を支援すること」を明記しています。具体的には、指導原則の7で「重大な人権侵害のリスクは紛争に影響を受けた地域において高まるため、国家は、その状況下で活動する企業がそのような侵害に関与しないことを確保するために、次のようなことを含めて、支援すべきである。」としています。
a.企業がその活動及び取引関係によって関わる人権関連リスクを特定し、防止し、そして軽減するよう、できるだけ早い段階で企業に関わっていくこと
b.ジェンダーに基づく暴力や性的暴力の双方に特別な注意を払いながら、侵害リスクの高まりを評価しこれに対処するよう、適切な支援を企業に提供すること
c.重大な人権侵害に関与しまたその状況に対処するための協力を拒否する企業に対して、公的な支援やサービスへのアクセスを拒否すること
d.重大な人権侵害に企業が関与するリスクに対処するために、国の現行の政策、法令、規則及び執行措置が有効であることを確保すること
指導原則では、企業の人権尊重責任の柱として、人権デュー・ディリジェンス(以下「人権DD」といいます)を実施すること(15b, 17-24)とされていますが、紛争等影響地域に関する人権DDについての特別のプロセスは明記されていません。しかなしながら、人権侵害リスクが高くなるに従って人権DDのプロセスもより複雑なものになるという比例概念(concept of proportionality)に基づき、重大な人権侵害リスクが高い紛争等影響地域に関して、国家のみならず、企業においても、このような高いリスクに応じた、「強化された」人権DD(Heightened Human Rights DD)(以下「強化された人権DD」といいます)の実施が求められます2。
2022年9月に日本政府から発出された「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「政府ガイドライン」といいます)においても、企業が実施する人権DDにおいて、「武力紛争が生じている地域や犯罪者集団による広範な暴力又は深刻な危害が人々に及ぼされている地域等においては、以下のような点に留意が必要である」とした上で、このような固有の事情が存在する地域においては、高いリスクに応じた人権DD(強化された人権 DD)を実施すべきである、とされています(4.1.2.4)。
a.従業員等のステークホルダーが人権への深刻な負の影響を被る可能性が高い。例えば、紛争等時に性的・ジェンダーに基づく暴力のリスクは特に頻発する
b.地域に影響を与える力を持ち、人権侵害を行う可能性が高い紛争等の当事者自身が、その地域において様々な活動に関与していることから、自社の事業活動と紛争等の当事者の活動が密接に関連しているかどうかの判断がより困難になり、その結果、通常どおり企業活動を行っていても意図せず紛争等に加担してしまう可能性が高まる
c.企業が紛争等の影響を受ける地域から撤退するに際しても特別な配慮が必要となる
「紛争等影響地域」については、確立した定義は存在しないものの、①(a)国家間で武力行使が行われる場合や(b)組織化された武装グループを一方当事者とする、長期にわたる武器を用いた長期化した武力行為が発生している場合などの、「従来型の武力紛争」が生じている場合、②外国の武装勢力が実効支配しているなど、「軍事占領」が行われている場合、③大量虐殺や人道に対する犯罪が行われている、「大規模な残虐行為」が行われている場合、④部族集団、組織犯罪集団、テロリストなどの「非国家主体による暴力行為」が蔓延している場合など、を含む様々なレベルの武力紛争や暴力の蔓延が発生している地理的な場所、地域又は国、さらには局地的なコミュニティも含まれるものと理解されています3。これらの状況に該当するか否かの判断においては、該当しないと確信を持てない場合には、該当する前提で実行するなどの姿勢が必要になるものと考えられます。
人権を尊重する企業の責任は、国際的に認められた人権に拠るものとされています(指導原則12)が、状況に応じて追加的な基準を考慮すべきとされています。特に「武力紛争状況では、企業は国際人道法4の基準を尊重すべきである」(同原則12の解説)とされています。
国際人権法は、平時及び紛争時のいずれにおいても適用される(但し、武力紛争の際など非常事態の際には一部の権利が一時的に留保される場合がある)国際的な人権関連のルールの総称です。他方、国際人道法は、武力紛争や軍事占領等が生じた場合に適用され、そのような事態における人道を基本原則として、紛争当事者の行為を規律するものです5。国際人道法では、企業の従業員や資産の保護を図る一方で、直接的な加害者あるいは共犯者として違反した場合には刑事責任又は民事責任が課され得るため、紛争等影響地域に関わる企業は知見を深めておく必要があります
人権DDは、企業が、自社・グループ会社及びサプライヤー等における「人権」への負の影響を特定し、防止・軽減し、取組の実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為を指すものとされています6。
「強化された人権DD」においては、企業が自らの活動を通じて引き起こし、もしくは助長する、又は自社の事業・製品・サービスが直接関連する可能性のある、「人権」への負の影響だけでなく、「紛争等」(状況)への負の影響にも着目します。すなわち、「強化された人権DD」では、企業が事業を行う「紛争等影響地域の状況」についての理解を深め、「紛争等」を助長する潜在的な要因等を特定することを通して、事業活動が人権への負の影響を与えないようにするだけでなく、「紛争等」の影響を受ける地域における暴力を助長しないようにする取組みを実施することとなります7。強化された人権DDにおいて、企業にとっては、サプライヤー等が過去又は現在の紛争等に関係しているかどうかを理解することが極めて重要となります。
企業は、通常の人権DDと同様に、①負の影響の特定・評価、②負の影響の防止・軽減、③取組みの実効性の評価、④説明・情報開示のプロセスを採ることとなりますが、以下のとおり「紛争等」への負の影響にも着目したプロセスを遂行することが必要となります。なお、企業は、変化する人権リスクと紛争のダイナミクスの変化に対応できるよう、強化された人権DDを継続的に行うことが肝要です。
企業が、事業活動を通じて、又は取引先を通じて、引き起こし、又は助長する可能性のある、紛争等や人権への実際的又は潜在的な負の影響を特定・評価します。
上記を実行するために、以下の点の留意が必要です。
(a)企業は、武力紛争や大規模な暴力行為等に関する「警告サイン」8を早期に認識し、これによって強化された人権DDを速やかに実施することが必要です。諸外国による制裁措置は一つの指標にはなりますが、政治的又は外交的な理由に発動されるツールでもあるため、これに依拠せず、情報を収集し、強化された人権DDを遂行する必要があります。
(b)企業は、①自社が事業を行う地域の情勢、②自社の事業活動と情勢の相互作用、③自社の事業活動が紛争等や人権に与える影響を理解することが必要となります。例えば、以下のような取り組みを行う必要があります9。
i)企業は、自社が事業を行う地域の情勢を把握するために、その地域に係る紛争等の背景、紛争等の原因、紛争等に影響を与える当事者、紛争等の状況・傾向、ソーシャルメディアの状況等を分析し、理解し、定期的に更新することが必要です。
ii)企業は、自社の事業活動と地域の情勢の相互作用(紛争等に関する分析と事業活動サイクルの連動)を把握するために、企業活動と紛争等関係者との関係性、企業活動が紛争等関係者の関係性や権力関係等に与える影響、紛争等の原因や紛争のダイナミクスに与える影響等を確認し、紛争等に対する負の影響を特定する必要があります。
iii)上記の分析に基づき、紛争等や人権に対する負の影響に関する企業の責任を特定する必要があります。特に、紛争と自社の活動が脆弱な集団に対して具体的にどのような影響を与えるのかという点には留意が必要です。
(c)情勢に合わせた継続的なDDを実施するためには、積極的なステークホルダー・エンゲージメントとグリーバンス・メカニズムが重要な要素になります。
企業が負の影響を引き起こしている、又は引き起こす原因となるリスクを抱えている場合、直ちにその事態を停止又は防止する措置(投資前であれば一切関わらない等)を講じることが必要となります。負の影響を助長している又は助長するリスクを抱えている場合、助長を停止又は防止する措置を講じ、残りの影響を軽減させるべく自らの影響力を行使します。また、負の影響を助長していないが、負の影響が取引関係を通じて自社の事業・製品・サービスに直接的に結びついている場合、又はその可能性がある場合、影響力を獲得し、行使することで可能な限り影響を防止し軽減させる措置を講じます10。強化された人権DDでは、以下の点に留意が必要です。
(a)優先順位付けにおける考慮要素:指導原則24では、特定された人権への負の影響に対処するために、優先順位付けを行うことを認めています。当該優先順位付けは、深刻度に基づき判断されるものとされています。しかしながら、紛争等影響地域に関しては、さらに、紛争の可能性(紛争を悪化させる可能性や紛争がさらに紛争を生みだす可能性など)と結果(紛争リスクの人権への影響の深刻度など)をその優先順位付けの際の重要な考慮要素とする必要があります11。例えば、通常の人権に関する深刻度分析では「影響がさほど深刻でない」とされる場合でも、紛争の観点から顕著な問題を引き起こすと考えられる場合は、優先度を引き上げる必要があります。すなわち、紛争の可能性と結果の観点からの優先順位付けに重みを置くこととなります。
(b)紛争等影響地域からの責任ある撤退:紛争等影響地域においては、情勢の悪化等により、企業が事業停止や撤退をせざるを得なくなるケースがあります。このような事業停止や撤退の際には、早期の撤退によりさらなる人権侵害を引き起こす可能性があります。そのため、可能な限り、撤退によって影響を受けるステークホルダーに生じる可能性のある人権への負の影響について考慮し、撤退の是非等について判断する必要があります。具体的には、企業が撤退を検討する場合、適切な撤退計画を練る必要があります12。例えば、事業の停止や撤退が当該地域の集団内の緊張を悪化させる可能性がないか、そしてその被害が利点を上回るような事態が生じないかについて検討します。また、事業の停止又は撤退は、経済的及び社会的に深刻な影響をコミュニティに与えることが多いため、緩和策の策定の検討が必要です。また、事業譲渡等を行う場合、買手の人権尊重に対する感度を評価し、契約条項に含める形で具体的な人権関連の方針と手続きを盛り込み、紛争等の影響を受ける地域においても責任ある事業を行うことを要請するということなども考えられます13。
紛争や人権に対する負のリスクや影響に対処するため、企業は自社が講じた措置とプロセスの有効性を追跡し、それらが機能しているかどうかを把握する必要があります。その上で課題を認識し、将来の事業活動や人権尊重の取組みに反映することが重要です。
どのようにしてリスクや影響が対処されているかを伝え、ステークホルダー(特に影響を受けるステークホルダー)に対し、人権への配慮を実際に実行するために適切な方針とプロセスがあることを示す必要があります。
強化された人権DDには、影響を受ける可能性のある団体やその他関係ステークホルダーと継続的に有意義な対話を行うことは、不可欠な要素です。特に、事業活動により影響を受ける脆弱なグループ、政府、武装グループ、市民社会との対話が重要です。企業がこのようなステークホルダー・エンゲージメントを行う際に肝要なことは、①相手(構造、支配地域、目的、政治的意図、地元住民からの支持等)を理解すること、②対話の戦略を明確にすること、③コンタクトの機会を作ること、④公平性を維持すること、そして、⑤(情報共有などにおいて)他の企業、NGO、国連などの機関と連携することです14。
グリーバンス・メカニズムは、紛争等影響地域に合わせたものを構築することが必要です。例えば、紛争等影響地域においては、苦情を報告することに対する恐怖心がより強くなるため、手続の機密性やアクセス可能性の確保に十分に留意しなければなりません。企業は、必要に応じて赤十字国際委員会(ICRC)をはじめとした適切な機関と関係を持つことで、このような安全確保を検討することが考えられます。
1 国連の「人権及び多国籍企業並びにその他の企業の問題に関するWorking Group の レポート」である "Business, human rights and conflict-affected regions: towards heightened action”(A/75/212, 21 July, 2020) (https://www.ohchr.org/en/documents/thematic-reports/report-business-human-right-and-conflict-affected-regions-towards)(以下「国連紛争等影響地域WGレポート」といいます)3頁。
2 国連紛争等影響地域WGレポート4頁。国連開発計画(UNDP)の”Heightened Human Rights Due Diligence for Business in Conflict-Affected Contexts: A Guide” (https://www.undp.org/publications/heightened-human-rights-due-diligence-business-conflict-affected-contexts- guide) (紛争等の影響を受ける地域でのビジネスにおける人権デュー・ディリジェンスの強化 手引書)(以下「UNDPガイド」といいます)14頁(なお、日本語版の頁を表記しています)。なお、紛争鉱物に関する人権DDについては、OECDの「紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」を参照ください。
3 UNDPガイド17-19頁参照。
4 「国際人道法」は、「1949年のジュネーブ四条約」「1977年の二つの追加議定書」「2005年の第3追加議定書」を中心とした、さまざまな条約と慣習法の総称です。
5 国連紛争等影響地域WGレポート4頁参照。
6 政府ガイドライン2.1.2。
7 UNDPガイド10頁、14頁等、政府ガイドラインの脚注71参照。
8 国連紛争等影響地域WGレポート6頁及びUNDPガイド21頁では、「警告サイン」の例として、①非国家集団による軍事装備品をはじめとした武器の収集、②非常事態法の発令、臨時の安全措置、極めて重要な国家機関の業務停止又は国家機関への妨害など、政権構造の弱体化または不在化、特に弱者やマイノリティグループの排除につながる場合、③特定の団体や個人を標的とした扇動的な発言やヘイトスピーチの増加、通信チャネルの厳しい取り締まりまたは禁止等が挙げられている。
9 国連紛争等影響地域WGレポート4頁参照。
10 UNDPガイド32-34頁参照。
11 国連紛争等影響地域WGレポート11頁及びUNDPガイド30-31頁参照。
12 政府ガイドライン4.2.2及びUNDPガイド35-36頁参照。
13 UNDPガイド36頁参照。
14 国連紛争等影響地域WGレポート12-14頁及びUNDPガイド30-31頁参照。
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