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SDGsやESGに関する取り組みが世界的に広がっています。PwC弁護士法人は、企業および社会が抱えるESGに関する重要な課題を解決し、その持続的な成長・発展を支えるサステナビリティ経営の実現をサポートする法律事務所です。当法人は、さまざまなESG/サステナビリティに関する課題に対して、PwC Japanグループや 世界100カ国に約3,700名の弁護士を擁するグローバルネットワークと密接に連携しながら、特に法的な観点から戦略的な助言を提供するとともに、その実行や事後対応をサポートします。
近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定又は制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。
今回は、以下のトピックを紹介します。
サプライチェーン上の労働者保護(人権保護)のためのモデル契約条項(ABAモデル条項2.0)の解説
ESG/サステナビリティに対する関心が高まる中で、各企業における人権保護のための取組みはますます活発化しています。特に、欧州各国が先行する形で、人権デュー・ディリジェンス(以下「人権DD」といいます)を義務化する立法の動きが進むなど1 、今日においては、企業が重要な人権課題に対応するための適切なサプライチェーン・マネジメントを実施することが、グローバルスタンダートとして要求されつつあります。
このようなサプライチェーン・マネジメントの一手法として、サプライヤー・バイヤー間の契約において、適切なCSR条項やESG関連条項を盛り込むことが考えられます。これにより、サプライチェーンにおける人権に対する負の影響を可及的に防止するとともに、顕在化した人権リスクについて適切な対応を行うことを、法的な側面から基礎づけることが期待できます。また、企業がかかる契約を締結すること自体が、各企業における人権方針等を補完する形での、人権尊重へのコミットメントとなるという側面も存在します。
本稿では、このようなサプライチェーンにおける人権保護のための契約条項の一例として、米国法曹協会(American Bar Association)(以下「ABA」といいます)のビジネス法セクションワーキンググループが2021年3月に公表した、「国際的なサプライチェーン上の労働者保護のためのモデル契約条項 バージョン2.0」(Model Contract Clauses to Protect Workers in International Supply Chains, Version 2.0)(以下「ABAモデル契約条項2.0」といいます)を紹介します2 。
ABAモデル契約条項2.0は、2018年に公表されたモデル契約条項(以下「ABAモデル契約条項1.0」といいます)を改訂する形で、2021年3月に公表されました。
ABAモデル契約条項1.0は、各企業の人権方針を法律上・実務運用上有効なものとするためのツールとすることを目的として設計されており、この基本理念はABAモデル契約条項2.0に引き継がれています。他方で、ABAモデル条項1.0は、伝統的な契約アプローチに立脚しており、(i)サプライヤーがバイヤーに対してスケジュールP(後記3.(2)参照)の遵守を表明保証すること(1.1条)、(ii)サプライヤーが当該表明保証の違反につき(故意・過失を問わない)厳格な契約責任を負うことを前提に、バイヤーにおいて契約解除、受領拒絶、損害賠償といった契約上の救済措置が認められていたこと(2.1-2.3条)等をその大きな特徴としていました。これにより、サプライヤー側が人権保護に係る責任を一方的に負担する一方で、バイヤー側の人権保護の責任が制限された(その意味で、バイヤー側に有利な)条項となっていました。
これに対して、ABAモデル契約条項2.0では、欧州の人権DDを義務化する立法を含む近時の人権に関する議論を反映する形で、表明保証及びこれに伴う契約責任を基調とした上記の伝統的な契約アプローチから、人権DD及び人権侵害への是正措置を基調とした新たな契約アプローチを採用する等、ABAモデル契約条項1.0からの大きな転換が図られています。
伝統的な契約とABAモデル契約条項2.0との比較は以下のとおりです3 。なお、ABAモデル契約条項に特徴的な規定の内容については、後記4.もご参照ください。
伝統的契約 |
ABAモデル契約条項2.0 |
表明保証
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人権DD
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サプライヤーの責任
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サプライヤーとバイヤーの責任
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契約上の救済措置
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是正措置
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ABAモデル契約条項2.0は、国際的なサプライチェーン上の労働者の人権保護に資することを目的とした契約条項モデルであり、その条文構成は以下のとおりとなっています。
1条 人権侵害行為に対処するための相互の義務(Mutual Obligations with Respect to Combatting Abusive Practices in Supply Chains) 2条 契約上の行為に関連した人権への負の影響の是正(Remediating Adverse Human Rights Impacts Linked to Contractual Activity) 3条 物品の受領拒絶及び契約の解約/無効(Rejection of Goods and [Cancellation] [Avoidance] of Agreement) 4条 受領の撤回(Revocation of Acceptance) 5条 スケジュールPに関する事項の不変性(Nonvariation of Matters Related to Schedule P)4 6条 バイヤーの救済措置(Buyer Remedies) 7条 免責(Disclaimers) 8条 紛争解決(Dispute Resolution) |
ABAモデル契約条項2.0の位置づけに関しては、以下のような特徴が見られます。
ABAモデル契約条項2.0は、従前と同様、「モジュラー・アプローチ」(modular approach)を採用しています。即ち、ABAモデル契約条項2.0は、それ単体で契約書として成立するものではなく、契約の「部品」(modular)となる条項を列挙したものに過ぎないため、本体となる供給契約等にこれらの条項を組み込む形で利用することが想定されています。各企業は、それぞれの人権に係る立場に応じて、いずれの条項を用いるかを自由に選択できる他、条項の内容を適宜修正したり、(ABAモデル条項2.0に変えて)ABAモデル条項1.0を採用したりすることも自由に選択可能であると指摘されています5 。
また、ABAモデル契約条項2.0はサプライチェーンにおける人権保護を主眼としたものですが、修正を加えることにより、他のESG課題にも対応した形で利用可能であることが示唆されています6 。
ABAモデル契約条項2.0は、それ自体では人権に対するパフォーマンスの具体的基準を設定するものではなく、かかる具体的基準は、契約書の「別紙」(Schedule)として定められることが予定されています7 。
即ち、サプライヤーが遵守すべき人権に関する基準は、「スケジュールP」(Schedule P)において具体的に定められることとされています。PはPolicyの頭文字であり、サプライヤーが遵守すべき人権方針や具体的な行動規範(code of conduct)が含まれることが想定されています。スケジュールPの内容として想定される内容は業界毎に異なることを踏まえ、ABAは、スケジュールPのひな形ではなく、「構成要素」(Building Blocks)を公表する形をとっています8 。従って、人権方針や具体的な行動規範を制定していない企業においては、かかる構成要素も参照しながら、スケジュールPを策定すべきことになります。
他方、前記2.のとおり、ABAモデル契約条項2.0は、バイヤー側にも一定の人権保護に係る責任を負わせることを前提としており、バイヤー側が遵守すべき人権に関する基準を、「スケジュールQ」(Schedule Q)
として整理しています。スケジュールQの内容としては、バイヤーによる責任ある調達活動(responsible purchasing practice)のための具体的な行動規範が想定されています。スケジュールPと異なり、スケジュールQについては業界毎の差異が少ないことから、ABAはスケジュールQのひな形を公表しています9 。但し、ABAモデル契約条項2.0においては、スケジュールQを受け入れるか否かは任意とされています 10。
ABAモデル契約条項2.0は、バイヤーが米国に所在する企業であり、(i)米国統一商事法典(Uniform Commercial Code:UCC)に基づく各州法又は(ii)ウィーン売買条約(United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods:CISG)11 が適用されるケースを想定して作成されています12 。これに伴い、ABAモデル契約条項2.0の中には、米国法等における概念に基づく規定が見られることから、例えば日本企業が日本法を準拠法として契約を作成する場合等には、準拠法に従った適切な修正を加える必要がある点には留意が必要です。
以下では、ABAモデル契約条項2.0における条項のうち、サプライチェーンにおける人権保護の観点から、特徴的と考えられるものの一部について概説します。
前記2.のとおり、ABAモデル契約条項1.0では、サプライヤーに人権方針の遵守を表明保証させ、厳格な契約責任を負わせることを通じて、サプライチェーン上の人権保護を図る仕組みが採られていました。しかしながら、人権に関する問題のすべてが完璧に対応されているという表明保証は結局のところフィクションに過ぎず、かかる対応は人権保護の観点から非現実的・非効率的であるとの問題がありました。
ABAモデル契約条項2.0では、このような人権に関する問題により現実的に対応するため、サプライヤーとバイヤーの双方が人権DDを実施することを通じて、オンゴーイングベースでの人権リスクマネジメントを行うという考え方が採用されています。
かかる人権DDは、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」14 (以下「国連指導原則」といいます)や、OECDの「多国籍企業行動指針」15 及び「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」16 (以下「OECDガイダンス」といいます)の文脈において理解されなければならないとされています17 。
| 1.1条(a) 人権DD (効力発生日において、)バイヤー及びサプライヤーは、それぞれ、サプライチェーンにより直接又は間接に影響を受ける個人の人権に対する個々の活動の影響を特定し、予防し、軽減し、どのように対処するかを説明するため、その規模及び状況に応じて適切な、国連指導原則に適合した人権DDのプロセスを確立し、維持することを誓約する。かかる人権DDは、適用される当事者のセクターに係るOECDのガイダンス(かかる特定セクターのガイダンスが存在しない場合には、OECDガイダンス)に適合したものでなければならない。 |
また、サプライヤーが遵守すべき人権に関する基準はスケジュールPとして特定されるところ(前記3.(2))、ABAモデル契約条項1.0ではスケジュールPがサプライヤーによる表明保証の対象と位置付けられていたのと対照的に、ABAモデル契約条項2.0では、サプライヤーは、人権DDのプロセスを通じて、サプライチェーンにおけるスケジュールPの遵守を(動的な形で)確保すべきこととされています。
1.2条 サプライチェーンにおけるスケジュールPの遵守 サプライヤーは、スケジュールPの遵守を確保するため、本契約に関連して行動する代理人等18のそれぞれが、サプライヤー及び他の代理人等とともに、1.1条に従った人権DDを行うことを保証する。かかる関係性は、スケジュールP[に従った/と同様の/よりも保護的な]条件を課す書面による契約において正式化されなければならない。サプライヤーは、本契約上の義務の遵守を証明するため、当該書面による契約の記録を保管し、バイヤーが合理的に要求した場合には当該記録を提出しなければならない |
ABAモデル契約条項1.0では、人権保護に係る責任はサプライヤーが一方的に負担し、バイヤーの責任は限定されていました。これは、労働者の人権を侵害するような問題あるサプライヤーとこれに対立するバイヤーといったケースを想定した場合には、妥当な規定といえるかもしれません。しかしながら、サプライチェーン上における人権侵害は必ずしもこのようなケースのみに限られず、サプライヤーレベルでの人権侵害の根底には、しばしばバイヤーの調達活動(例えば、納期、価格設定、注文変更等)の影響や、バイヤー側の人権DDの欠如があることが明らかとなってきています。このような問題意識を受け、ABAモデル契約条項2.0は、バイヤーにも一定の人権保護に係る責任を負わせるとの立場にシフトしました。
即ち、バイヤーには、前記(1)の人権DDの実施に加えて、以下のような「責任ある調達活動」(responsible purchasing practice)へのコミットメントが義務付けられています。
1.3条 サプライヤーによるスケジュールPの遵守をサポートするためのバイヤーのコミットメント (a) 責任ある調達活動へのコミットメント バイヤーは、[スケジュールQに従った]責任ある調達活動を行うことにより、サプライヤーによるスケジュールPの遵守をサポートすることを約束する。 (b) 合理的な支援 バイヤーの人権DDにより、サプライヤーがスケジュールPを遵守するために支援が必要であると判断された場合には、バイヤーは、2.5条に従って契約を終了しない限り20 、かかる支援を提供するための商業上合理的な努力[(サプライヤーのトレーニング、施設の改修、経営体制の強化が含まれ得る)]を行うものとする。バイヤーによる支援は、本契約又は適用ある法令上のバイヤーの権利、請求、又は抗弁の放棄とみなされてはならない。 (c) [価格設定 バイヤーは、責任ある企業行動を支えることに関連する費用[(疑義を避けるために記すと、適用法令[及び国際労働機関(International Labour Organisation:ILO)の規範]上要求される水準以上の最低賃金及び安全衛生コストを含む)]を支弁するための契約価格について合意するため、サプライヤーと協力しなければならない。] (d) 契約改訂 バイヤー又はサプライヤーから要求された重要な契約改訂(注文内容の変更、数量の増減、設計仕様の変更を含むが、これに限られない)に関して、バイヤー及びサプライヤーは、かかる契約改訂が人権に及ぼす潜在的な影響を検討し、負の影響を軽減するための措置(改訂内容の[スケジュールQに従った]修正を含む)を採らなければならない。バイヤー及びサプライヤーが契約改訂及び/又はスケジュールPの違反を避けるための修正について合意に至らない場合には、各当事者は8条に従った紛争解決を開始することができる。 |
以上の他、バイヤーの責任に関する条項としては、(i)責任あるイグジット(1.3条(f)。後記(4))、(ii)是正措置への参加(2.3条(e)。後記(3))、(iii)バイヤー有責の場合の救済措置の制限(3.2条、4.1条、6.2条(f)、6.4条(a)、6.5条(b))等が規定されています。
他方、バイヤーの責任制限に関して、ABAモデル契約条項1.0と同様の免責条項が設けられています。即ち、バイヤーは、契約上別段の定めのない限り、(i)サプライヤー又はその代理人等を監視、調査、コントロールする義務や、(ii)(法令上要求される範囲を超えた)情報開示の義務を負わないこととされています(7.1条)。かかる免責条項により、バイヤーは、人権侵害の被害者等に対して、契約上明示的に規定されていない私法上の責任を負わないことになります。もっとも、ABAモデル契約条項2.0では、上記のとおりバイヤーも一定の人権保護に係る責任を負担することとされています。従って、例えば、バイヤーは人権DDの実施に際して一定範囲でサプライチェーンを監視する義務を負うことになる(前記(1)参照)等、上記の点に関してバイヤーが一切免責される訳ではないという点は重要なポイントです21 。
ABAモデル契約条項1.0においては、サプライヤーによる人権侵害があった場合、(これが表明保証違反となることを前提として、)契約解除、受領拒絶、損害賠償といった契約上の救済措置(contractual remedy)により対応することが基本線とされていました。しかしながら、このような契約上の救済措置は、人権を侵害されたステークホルダーの救済とならないことはもとより、バイヤーやサプライヤーの利益にも必ずしも資さないとの問題があります23 。
ABAモデル契約条項2.0は、以上のような観点から、人権侵害を停止・改善し、苦情に対処するための是正措置(remediation)に関する規定を拡充し、スケジュールPの違反があった場合の対応として、これを契約上の救済措置よりも優先させる立場を採用しました。
即ち、当事者は、サプライヤーによるスケジュールPの違反が見込まれ、又は実際の違反がある場合には、(i)違反の通知(2.1条)及び、(ii)相互の調査協力(2.2条)を通じて情報共有を行った上で、(iii)違反を是正するための措置を実施する(2.3条)こととされています。
2.3 条 是正措置案 (a) スケジュール P の違反が効果的に是正されていないと認識した場合、バイヤーは、適法である場合にはサプライヤーの他のバイヤーと協力して、サプライヤーに対して是正措置案(Remediation Plan)の策定を要求しなければならない。
(c) 是正措置案は、時間軸及び是正措置の客観的なマイルストーン(是正措置が完了し違反が治癒されたことを判定するための客観的基準を含む)を含むものでなければならない。サプライヤーは、バイヤーに対し、影響を受けるステークホルダー及び/又はその代理人[及び/又は当該ステークホルダーのために行動する第三者]が是正措置案の作成に参加したことを証明しなければならない。 (d) サプライヤーは、バイヤーに対し、是正措置案が実施されたことの[合理的に十分な]証拠を提供し、参加したステークホルダー及び/又はその代理人に対して定期的に意見聴取を行ったことを証明しなければならない。是正措置案がすべて実施されたとみなされることに先立ち、影響を受けたステークホルダー及び/又はその代理人が、是正措置案が本条の基準に適うことに係る判断に加わったことを示す証拠が提供されなければならない。 |
なお、バイヤーが人権保護に係る責任を負担すること(前記(2))に関連して、バイヤーの義務違反が、サプライヤーによるスケジュール P 違反を引き起こし、又は貢献した場合には、是正措置の作成及び実行に関して、バイヤーにも一定の協力義務が課されることとされています(2.3 条(e))。
2.3条 是正措置案 (e) バイヤーによる1.3条の違反が、スケジュールP違反又はその結果としての人権への負の影響を引き起こし、又は貢献した場合には、バイヤーは、スケジュールP及びその結果としての負の影響に対するバイヤーの貢献度合に応じて、是正措置案の作成及び実施に参加[(現物出資、能力育成又は技術的又は金銭的支援をその他の支援の提供を含む)]しなければならない。 |
サプライヤーによるスケジュールP違反につき、バイヤーによる通知後一定期間内にサプライヤーの是正措置が適切に実施された場合には、当該違反は治癒されたものとみなされます(2.1条(a)、2.4条)。
また、バイヤーは、原則として、一定期間内に違反が治癒されない場合に初めて、契約解除その他の契約上の救済措置を利用することができます。もっとも、即時の解除を認めないと適切でない一定の例外的ケースがあり得ることから、このようなケースを「容認されない活動」(Zero Tolerance Activity)24 として定義し、サプライヤーがかかる「容認されない活動」に従事している場合には、バイヤーが契約を即時に解除することが認められています(2.5条)。また、この場合の解除は、バイヤーの責任あるイグジット(1.3条(f)。後記(4))に抵触しないこととされています。
COVID-19の発生により、当事者の予期できない例外的な事情によって、サプライチェーンにおける人権への負の影響を伴わずに物品製造等を行うことができないような事態が生じ得ることが明らかとなりました。ABAモデル契約条項2.0は、このようなケースを考慮し、以下の2つの特徴的な規定を設けています。
まず、サプライヤーについて、このような事態の発生により、契約関係を継続したとすればスケジュールPの違反が強いられるような状況に陥った場合には、契約関係を解消する権利を認め、これについてサプライヤーを免責する条項が設けられています(1.3条(e))。なお、このような事態が所謂不可抗力(Force Majeure)に該当するか否か必ずしも明らかでない場合もあるため、「合理的に予期できない、業界全体の若しくは特定地域におけるサプライヤーに影響を及ぼす重大な条件の変化」という表現が用いられています。
1.3条 サプライヤーによるスケジュールPの遵守をサポートするためのバイヤーのコミットメント (e) 免責される不履行 当事者は、(i)サプライヤーが、要求された契約改訂、又は合理的に予期できない、業界全体の若しくは特定地域におけるサプライヤーに影響を及ぼす重大な条件の変化により、スケジュールPの違反が合理的に見込まれることについて、通知するとともに合理的に十分な証拠をバイヤーに提供し、(ii)当事者がスケジュールPの違反を回避するための解決策について合意できず、且つ(iii)サプライヤーがスケジュールPの違反を回避するために義務を履行しないことを選択した場合には、サプライヤーは本契約又は特定の注文の全部又は一部を終了させることができ、サプライヤーによる当該不履行は本契約上の義務違反となるものではないことを合意する。 |
他方で、バイヤーについては、「責任ある調達活動」の契約解消時におけるあらわれとして、契約からの「責任あるイグジット」(responsible exit)が義務付けられています。即ち、バイヤーによる契約関係の解消に当たっては、その理由がいかなるものであるかを問わず、常に人権に対する負の影響を検討することが求められるとともに、契約終了前に製造された物品について、バイヤーからサプライヤーに対する適切な支払いがなされるべきことが規定されています(1.3条(f))。
1.3条 サプライヤーによるスケジュールPの遵守をサポートするためのバイヤーのコミットメント (f) 責任あるイグジット サプライヤーによる本契約の違反その他の理由(不可抗力事由の発生その他の当事者のコントロールできない事由を含む)による本契約のバイヤーによる終了において、バイヤーは、(i)潜在的な人権に対する負の影響を検討し、これを軽減するために商業上合理的な努力を行うとともに、(ii)サプライヤーに対して、本契約を終了させる意向を合理的に通知しなければならない。本契約の終了は、終了の日に先立ち生じた権利義務(契約終了前において弁済期到来済みの、バイヤーの注文に従いサプライヤーにより製造された受領可能な物品についての支払義務を含むが、これに限られない)に影響を及ぼさない。 |
ABAモデル契約条項1.0では、紛争解決に係る条項は本体となる供給契約等において規定されるとの発想のもと、紛争解決条項は特に設けられていませんでした。しかしながら、人権に関する紛争に関しては、企業が法律に基づかない友好的解決(amicable resolution)による利益を享受し得ることを踏まえ、ABAモデル契約条項2.0においては、独自の紛争解決条項が設けられています(8条)。
具体的には、各当事者は、紛争が生じた場合、(i)まずは当事者間の交渉に基づく友好的解決を模索し(8.4条)、これによって解決に至らなかった場合には、(ii)調停(8.5条)、又は(iii)仲裁若しくは訴訟(8.7条)による解決を図ることとされています。
国連指導原則の原則29では、ステークホルダーからの苦情に対する早期の対処と直接救済を可能とするため、企業が事業レベルの苦情処理メカニズム(Operational-Level Grievance Mechanism)(以下「OLGM」といいます)を構築等すべきことが求められています。ABAモデル契約条項2.0においては、これと平仄を併せる形で、サプライヤーにおけるOLGMの構築が義務付けられています(1.4条)。
1.4条 事業レベルの苦情処理メカニズム 本契約の期間中、サプライヤーは、本契約に関連して生じ得る人権に対するあらゆる負の影響に効率的に対処し、予防し、是正するため、適切な資金供給及び管理がなされた、法律によらないOLGMを整備しなければならない。 |
なお、ABAモデル契約条項2.0において、OLGMは、サプライヤーによる是正措置の一部としても位置付けられています(2.4条(a)参照)。
EUでは、2018年アクションプランとして以下の10項目が掲げられ、それらに基づいて、サステナブルファイナンスの枠組みとなるEUタクソノミー(環境目的に貢献する経済活動の分類システム)、開示制度(サステナブル投資の選択に必要な情報を投資家に提供するための開示制度)及びツール(ベンチマークやグリーンボンド基準等)に係る取組や法規制が整備されてきました。
1 この点は、ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター 関連法務トピックス(2021年10月)(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20211029-1.html)もご参照ください。
2 ABAモデル契約条項及びその解説を含む報告書(以下「本報告書」といいます)については、ABAのウェブサイト(https://www.americanbar.org/content/dam/aba/administrative/human_rights/contractual-clauses-project/mccs-full-report.pdf)にて閲覧可能です。
3 ABAモデル契約条項2.0のExecutive Summary(以下「本サマリー」といいます)2-3頁参照。
4 都合上詳細は割愛しますが、概要、慣行等に従ったことやバイヤーによる物品の受領が、サプライヤーによるスケジュールP(後記(2))違反の免責事由とならないこと等が規定されています。
5 本報告書2頁、6頁、15-16頁参照。
6 本報告書2頁、本サマリー3頁参照。
7 本報告書3頁参照。
8 ABAのウェブサイト(https://www.americanbar.org/content/dam/aba/administrative/human_rights/contractual-clauses-project/schedulep.pdf)にて閲覧可能です。
9 ABAのウェブサイト(https://www.americanbar.org/content/dam/aba/administrative/human_rights/contractual-clauses-project/scheduleq.pdf)にて閲覧可能です。
10 本サマリー3頁等参照。
11 営業所が異なる国にある当事者間の物品売買契約であって、これらがいずれも締約国である、又は締約国の方が準拠法となる場合には同条約が適用されます(但し、合意により適用を排除することは可能です)。
12 本報告書19頁参照。
13 本報告書1-2頁、4頁、10-12頁参照。
14 Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations “Protect, Respect and Remedy” Framework. 2011年に国連人権理事会において決議。
15 OECD Guidelines for Multinational Enterprises. 1976年採択、2011年最終改訂。
16 OECD Due Diligence Guidance for Responsible Business Conduct. 2018年採択。
17 本報告書11-12頁参照
18 「代理人等」(Representatives)には、エージェント、下請業者、コンサルタントその他契約の目的である物品又はサービスの提供に関与する者が含まれるとされています(1.1条(b))。
19 本報告書1頁、4頁、8-10頁参照。
20 後記(3)において記載するとおり、同条は、「容認されない活動」(Zero Tolerance Activity)の場合の例外的な即時解除を認める規定です。
21 本報告書7-8頁参照。
22 本報告書2頁、12-13頁参照。
23 本報告書12-13頁、本サマリー2頁参照。例えば、契約解除がなされた場合、(i)サプライヤーにおいては取引先を失うという不利益が生じることになる一方で、(ii)バイヤーにおいても新たなサプライヤー選定のための時間的・金銭的コストを負担することになります。
24 具体的には、(a)民法または商法(国内法、地域法、国際法のいずれかを問わない)に基づいてバイヤーが起訴又は制裁の対象となるような活動、(b)バイヤーの刑事責任の対象となる活動、(c)1977年海外腐敗行為防止法(その後の改正を含む)により禁止される活動、(d)バイヤーの1.3条(b)に基づく支援がない限り、サプライヤーが、スケジュールPの重大な又は反覆的な違反なくして本契約の履行ができないことが明白となった場合、(e)その他スケジュールPに規定される場合と定義されています。
25 本報告書2頁、13-14頁参照
26 本報告書2頁、14-15頁参照。
27 ABAモデル契約条項2.0では、本文で挙げた条項の他にも、人権侵害を伴い生産等された物品は(製品仕様に適合するものであっても)契約不適合物品(Nonconforming Goods)となることの明確化(3.2条)、契約不適合物品の事後処理としての寄付等の許容(6.4条)、人権侵害により当事者が利益を得ることの禁止及び利益が生じた場合の是正措置への充当(6.3条(a))等、人権保護の観点から通常の売買契約と異なったきめ細やかな条文が設けられている点が注目されます。
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