
第12回◆グローバル展開を加速させるためのフロントオフィスの現状と改革
テクノロジー業界では、企業の枠組みを超えた価値提供が求められる中、海外でのビジネス拡大に取り組むケースが増えており、最適な仕組み構築が求められています。PwCコンサルティング合同会社のメンバーに改革を推進していくためのポイントを聞きました。
2022-03-14
参天製薬(以下、Santen)で執行役員 チーフインフォメーションオフィサー(CIO)兼デジタル&IT本部長を務める原 実氏をお招きし、グローバルIT組織のあり方をお伺いする本鼎談。後編ではグローバルIT組織を支える「人材」に焦点を当て、求められる素養について議論を深めました。(本文敬称略)
登場者
参天製薬株式会社
執行役員 チーフインフォメーションオフィサー(CIO)兼デジタル&IT本部長
原 実(はら みのり)氏
日本の民間企業を経験後、国連職員に転身。持続可能な開発目標(SDGs)推進に従事するため、約20年間国連機関のIT職を歴任。国際電気通信連合(ITU)(インド、スイス)、国連本部(米国)、国連ボランティア計画(ドイツ)、IAEA(オーストリア)の各機関にてITセキュリティ戦略やガバナンスを統括。2012年からILO国際研修センター(イタリア)のCIO、続いて2017年には国連食糧農業機関(FAO)(イタリア)のCIO代理としてIT・デジタル中期戦略を推進。2018年参天製薬入社、2020年より現職。上智大学工学修士、イタリアSDAボッコーニ大学国際機関経営学エグゼクティブ修士取得。スイス・ジュネーブ在住。
PwCコンサルティング合同会社
テクノロジーアドバイザリーサービス パートナー
荒井 慎吾
PwCコンサルティング合同会社
デジタルトラスト パートナー
藤田 恭史
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
(左から)原 実氏、荒井 慎吾、藤田 恭史
荒井:
前編ではSantenのグローバル化戦略を中心に、その戦略に即したIT組織のあり方やグローバル人材について伺いました。後編ではまずSantenのデジタルトランスフォーメーションを支えるデジタル人材について、お話を聞かせてください。
デジタル人材はグローバル規模で争奪戦になっています。いわゆるテックジャイアントと呼ばれる企業は、驚くような高額報酬で優秀なデジタル人材を獲得しています。事業会社がデジタル人材を獲得するためには、どのような戦略が必要なのでしょうか。
原氏:
「デジタル人材」と聞くと、技術に秀でたテクニカル人材を想像します。確かにそうした人材の獲得競争は非常に激しいのですが、われわれが必要としているデジタル人材の素養は、テック系企業が求めているそれとは異なります。
Santenにおいても、デジタル技術やデータサイエンスに精通している人材とそのロール(仕事の役割)は必要です。しかし、Santenは事業会社です。内部に大量のデジタル人材を抱え、自分たちで新たなデジタルサービスやアプリケーションを開発して他社に販売するというビジネスモデルを確立しようとはしていません。
われわれがデジタル人材に求めるのは、最先端のテック人材を擁する会社が提供するサービスや製品の中から、自社に適したものを見つけ出し、それを適用できる「目利き力」です。さらに言えば、そうしたサービスや製品を自社のイノベーションに活かす提案企画力や、それらを活用して自社のビジネスを改革していくソフトスキルも求められます。
荒井:
原さんはCIOとしてどのような人材を求めていますか。
原氏:
私が理想としているデジタル&IT本部のメンバー像は、自分自身がデジタル技術の先進ユーザーであり、新しいことに対して無限の好奇心を持っている人です。そして、会社が目指す将来像に共感し、自身の好奇心と会社の将来像を重ね合わせ、パッション(情熱)を持って夢を語れること。自身の夢を実現するために社内外の多様なステークホルダーとの関係構築を積み重ね、チームメンバーを巻き込みながら全社戦略を考え、プロジェクトを推進する。そうした人材が理想です。
荒井:
技術の進化が加速し、新たな技術がすぐに陳腐化する現在、重要なのは新しいことに対する好奇心と、夢を具現化するパッションを持っていることですね。自らチャレンジする課題を見つけられるような人材でなければ、時代に取り残されてしまいます。
参天製薬株式会社 執行役員 チーフインフォメーションオフィサー(CIO)兼デジタル&IT本部長 原 実(はら みのり)氏
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーアドバイザリーサービス パートナー 荒井 慎吾
藤田:
グローバルで人材を採用すれば、おのずとバックグラウンドの異なる人材が集結し、多様性のある組織になります。原さんは過去20年にわたり、国連などの国際機関でご活躍されていました。そうしたご経験から、グローバルな組織形成で意識されていることはありますか。
原氏:
国連は究極のグローバル組織であり、国や地域を問わず適材適所に人材を配置します。私は自分の経験から、多国籍文化を包含したグローバルな環境がもたらすメリットを肌で感じていました。
多様性は強い組織を形成する原動力になります。2018年にSantenに入社し、その後CIOに着任し、目の前にある壁をどうやって克服するかを考えた時、行き着いた答えは「多様性のある組織へと変革し、その潜在的な力を顕在化させて蓄積していく」ことでした。
荒井:
そうした想いがグローバルでの人材採用やグローバルCIOの拠点をスイスに移すという施策につながっているのですね。現在、多様性のある組織作りはどのくらい進んでいるのでしょうか。
原氏:
出身国や男女比率は、意識的にバランスをとるよう心がけています。たとえば、2年前のリーダシップメンバーで非日本人比率は15%以下でしたが、現在は55%以上が非日本人です。また、IT部門(現デジタル&IT本部)の女性幹部比率も、昨年までは0%でしたが、今年は22%まで上がりました。
さらに出身国や性別だけでなく、学歴や職歴にも多様性のある人材を積極的に採用するようにしています。特に、製薬以外の業界や異なる組織形態でキャリアを積んだ人材、仕事の枠を超えて社会貢献活動をしている人材などは、多様性のある組織作りの重要な要素になります。これまでは、多様な人材で構成されるリーダーシップチームが中心となって組織変革を推進してきましたが、現在はデジタル&IT本部の組織全体に“多様性パワー”が広がるよう取り組んでいます。
さまざまなバックグラウンドを持つ人材の発想力や物の見方は、組織の変革をドライブする力になります。一方、会社には従業員ひとりひとりの発想力やパッションを受け止める度量が求められます。多国籍で多様性のあるチームがその強みを活かし、最大限に力を発揮できれば、社会の変化に対して柔軟に対応できる組織になると確信しています。
藤田:
グローバルで多様性のある組織を運営する際に、課題となるのは何でしょうか。
原氏:
チャレンジングな部分は、直接的に会えない環境での人間関係の構築や、時差のある環境でのコミュニケーションといった物理的な問題です。
たとえば、昔の日本企業は会社への帰属意識を高めるために飲み会をしたり、業務時間を延長して懇親会をしたりしていました。しかし、グローバルなバーチャルチームではこうした施策はできません。ですから、新しい形の関係作りを模索する必要があります。
荒井:
コロナ禍でリモートワークを推進し、ある程度軌道に乗せた企業の経営者の方からも、リアルでのコミュニケーションの必要性を再認識したという声が上がっています。Santenでは、リモート環境でのコミュニケーションで工夫していることはありますか。
原氏:
グローバルのデジタル&IT本部では、全メンバーを対象にした「オンラインタウンホールミーティング」を四半期に1回実施しています。全メンバーは80名程度ですが、グローバルチームとしての一体感を持ってもらえるよう、世界9カ国に点在しているメンバーの前でスピーチをする機会を作っています。
もちろん、それとは別にリーダーシップチームや機能ごとのミーティングは頻繁に実施しています。時差がストレスにならないよう、タイムゾーンが近いエリアごとに実施したり、ファンクションごとに開催したりといった工夫をしています。
大切なのはチーム横断的な「バーチャルワーキンググループ」を柔軟に形成し、頻繁にコミュニケーションをすることです。リアルでは会えなくても、グローバルメンバーが「連帯している」という意識を持てるようにし、「自分はグローバル企業のメンバーなのだ」と自覚してもらうことが重要だと考えています。
またデジタル&IT本部では、最新技術を使ったさまざまなコミュニケーションを試しています。たとえば、VR(仮想現実)スマートグラスやバーチャルオフィスツールをメンバー間で利用し、アバターを操作してバーチャル空間でコミュニケーションをするといった具合です。これだと実際の距離にかかわらずすぐ隣や対面で話しているような仮想現実感を体感できたり、バーチャルに廊下で鉢合わせたメンバーどうしが立ち話をしたりすることもできます。まだ試行錯誤の段階ですが、こうした施策をデジタル&IT本部が率先して実施し、いい施策があれば全従業員に展開していけると面白いですよね。
藤田:
事業会社でそうした取り組みをしている企業は少数派です。先進的ですね。
原氏:
新しい技術や多様化する技術に対する感度を上げていくことで、パートナー企業とのコラボレーションもスムーズにできるようになることを期待しています。
PwCコンサルティング合同会社 デジタルトラスト パートナー 藤田 恭史
荒井:
お話を伺って、グローバル企業が持ついちばんの強みは多様性であることを再認識しました。多くの日本企業はグローバル組織へ転換する必要性を感じつつも、実現できていないのが実態です。しかし、グローバルマーケットで勝負していくのであれば、Santenのような取り組みは必須でしょう。
原氏:
グローバルで多様な組織に向けた取り組みは始まったばかりですが、元を正せば当社の代表取締役社長兼CEOの谷内樹生がリーダーシップを執り、従業員一丸となって「Santen 2030」を策定したことが原点だと思います。
Santen 2030はCEOが独断で決定し、一方的にアナウンスしたものではありません。多くの従業員はSanten 2030に対してオーナーシップを感じており、多様性を活かしてグローバルプレゼンスを上げ、「社会課題を解決して人々の幸せを実現する」という会社全体の目標を自分の目標として捉える努力をしています。
荒井:
従業員が自分の情熱と会社の目標を重ね合わせ、「夢を実現する」という姿勢が共有されているのですね。
原氏:
先述したとおり、重要なのは、最新技術を活用して優れたサービスや製品を提供している企業とコラボレーションし、Santenが目指す社会を実現することです。
今後、デジタル&IT本部だけでなく、会社全体でこうした変革が進展していく気運が高まっています。会社として、経営視点からも組織の多様性が持つ大きなポテンシャルを感じ、多様性は経営の一つの柱となっています。もちろん、全社レベルで「グローバル&多様性」を実現するにはチャレンジングなことも少なくないでしょう。しかし、私は従業員ひとりひとりがそのチャレンジを会社の魅力的な側面と受け止めて実力を発揮できるような、ポジティブループが回る組織になることを期待しています。そうしてこそ、長期ビジョン「Santen 2030」で掲げたHappiness with Vision(世界中の一人ひとりが、「見る」を通じた体験により、それぞれの最も幸福な人生を実現する世界を創り出す)という目指す姿に向け進展していくことができると思っています。さらに、われわれの姿勢に賛同してくれる社外の方々とは積極的にコラボレーションし、グローバルの輪を広げていきたいと考えています。
荒井:
夢やビジョンに共感し、さまざまな人が集まって社会課題を解決して未来につなげていくことは、PwCが目指すビジョンとも重なります。私たちもこのビジョンを共有し、引き続き支援していきたいと思います。本日はありがとうございました。
テクノロジー業界では、企業の枠組みを超えた価値提供が求められる中、海外でのビジネス拡大に取り組むケースが増えており、最適な仕組み構築が求められています。PwCコンサルティング合同会社のメンバーに改革を推進していくためのポイントを聞きました。
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