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自然の喪失は、単なる環境問題ではなく、経済・社会、そして安全保障にも関わるグローバルなリスクだと認識され始めています。2022年には生物多様性条約(CBD)第15回締結国会議において「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択され、2030年までの自然再興(ネイチャーポジティブ)の実現を目指して、国際的な取り組みが加速しています。
地球の有限性を考えれば、原材料の調達から販売・廃棄に至るまで、サプライチェーンにおける企業活動の「場所」は代替が効かないのは当然です。さらには、近年の地政学的な分断により、企業にはローカルで具体的な「場所」へのコミットが求められるようになっています。こうした中、生産拠点のような「点」ではなく、周辺環境を含む連続的な生態系である「ランドスケープ」を単位として、自然資本の活用と保全を進める手法「ランドスケープアプローチ」に注目が集まっています。
2026年7月には熊本市で、ネイチャーポジティブ・サミット(Global Nature Positive Summit)が開催されます。同サミットでは、自然喪失によるグローバルな経済、社会、そして安全保障に関するリスクを念頭に置きつつ、企業や地方自治体などのローカルアクターの参画を得て、現場でのネイチャーポジティブの実装に向けた議論が行われる予定です。本コラムでは、こうした中で、企業が自然資本への投資を行い、ネイチャーポジティブ経営を実現する上で必要になる要素と、そのためのロードマップを提示します。
企業によるサプライチェーン・ランドスケープレベルでの対応の中核となるのは、ランドスケープ内の自然資本への投資です。具体的には、サプライチェーン上で自然資本の量や質が劣化傾向にあり、自社の操業に対するリスクや機会に関わるのであれば、地域の自然資本(景観、防災、水、生産物)を回復させるための対応が求められるようになります。
例えば、地域の景観や自然体験を観光資源にしているホテルやリゾート運営会社が、周辺の森林や海の管理や保全に取り組むケースが増えてきています。また、観光施設だけではなく、鉄道会社やショッピングモールが地域の農産物や食料品、木材製品を積極的に利用・販売する動きもあります。地域の自然資本への投資を、付加価値向上の機会として捉えているものと解釈できます。
不動産開発を行う際には、居住・商業・工業など用途を問わず、快適なアメニティ環境を創出し、不動産価値を向上させるために緑地を確保する取り組みが行われてきましたが、近年はこれに加え、樹木による日陰の創出や、豪雨による洪水リスク軽減のため緑地に雨水を浸透させる「雨庭」としての機能を持たせるなど、緑地をグリーンインフラとして活用する動きもでてきています。さらには、冷却や洗浄に大量の水を使用するデータセンターや半導体工場が、地域と連携して、森林や水田を整備することで、地下水の涵養機能を保全する取り組みも注目されています。
加えて、自然資本への依存度が特に高い農林水産業は、今後大きな変革が迫られる領域として、自然資本への投資において中核的な役割を果たしていくことになると考えられています。一方で、森林や農地、河川などさまざまな種類の土地を含むランドスケープの中には、多様な所有者がいて、権利者関係も複雑になります。そのためランドスケープアプローチの実践には、多様な主体の協働(パートナーシップ)が重要になります。この協働を土台にして、具体的な行動を可能にするファイナンス・スキームを構築することを目指すことになります。
ネイチャーポジティブを実現するための重要なポイントとして、PwCは「評価と可視化を通じた自然資本の経営への内部化」「サプライチェーン・ランドスケープレベルでの対応」「テクノロジーの活用とトラストのある連携」の3点を挙げています。このうち、「サプライチェーン・ランドスケープレベルでの対応」の必要性については、前述のとおりです。
「経営への内部化」は、自然資本の状況とそこへの投資を評価する仕組みづくりが重要です。具体的には、投資・撤退領域の優先度付け、調達戦略やサプライヤー評価、開発計画の策定、リスク管理、さらには報酬設計といった経営判断において、自然資本の状況が考慮される状態を目指すべきです。ただし、現状、それを阻む要因が存在します。
第一に、リスク・機会評価の土台となるべき自然への影響・依存度や自然の状態そのものが定量的に評価されていないケースが多いことです。第二に、その結果、経営判断の土台となるべきリスクや機会の定量評価が行われていない、あるいは行われていても精度や信頼性が十分でないために活用できていないことです。そして、第三に、サプライチェーンの上流が可視化されておらず、どこでどのような自然資本に依存し、どのような影響を受け、どのようなリスクや機会が生じているかを把握しきれていないことです。
これらの課題を解決する鍵として、影響・依存、リスク・機会を的確に評価するため、「テクノロジーの活用」が有用です。正確な情報を用いて透明性を高めていくことが、トラスト(信頼)につながります。これについては、近年の植生や土壌・水分などの状態を把握するための衛星やLiDAR、ドローンなどの観測技術に関するテクノロジーの進展は目覚ましいものがあります。また、生物種を特定するための環境DNAなど、分子生物学を利用したテクノロジーも発展してきています。さらに、サプライチェーン上流の不可視性を解消するため、原材料のトレーサビリティ確保やサプライチェーン全体の可視化・データ管理を実現するプラットフォーム技術が重要性を増しています。こうしたテクノロジー自体が投資の対象となり、利用可能な情報が増えたりコストが下がったりすることで、実現できることが増えていくという好循環が期待できます。
図表1:ネイチャーポジティブ経営実現のための3つのポイント
出所)PwC作成
以上の3つのポイントを念頭に2030年までのネイチャーポジティブ経営を実現するためには、制度化やテクノロジーの進展などを意識しながら、ロードマップを策定し、計画的に対策を実行していく必要があります。
これらの取り組みを通じて、トレーサビリティを備えたサステナブルなバリューチェーンの実現が期待されます。そのためには、セキュアなデータ基盤と高度なデータモニタリングの仕組みをインフラとして整備することも重要です。さらに、ネイチャーポジティブ経営について、投資家や顧客などのステークホルダーに説明可能な開示・会計を行うことで、投資とリターンの流れを創り出すことも目指せます。
PwCは、「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」ことをPurpose(存在意義)に掲げるプロフェッショナルファームです。ネイチャーポジティブの実現においては、多様なテクノロジーを有する企業と、それを必要とする事業会社・自治体・金融機関などのステークホルダーを、信頼(トラスト)をもってつなぐことが不可欠だと考えています。TNFD基準などに沿った評価・開示支援をはじめ、自然だけではなく気候変動、資源循環、人権など総合的なサステナビリティ課題の実行戦略の策定から、サプライチェーンやガバナンスの実装支援まで、日本のネイチャーポジティブをけん引する企業・産業の変革パートナーとして支援を続けていきます。
図表2:2030年までのロードマップ
出所)PwC作成
PwC Intelligence(2026)「改めて問うWhy Nature?-自然安全保障が要求するランドスケープアプローチ」
https://www.pwc.com/jp/ja/services/consulting/intelligence/assets/pdf/world-trend-foresight-105.pdf
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