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2025年10月9日から15日まで、世界自然保護会議(IUCN WCC)がアラブ首長国連邦のアブダビにて行われました。本稿では、現地で会議に参加したPwC Japanグループメンバーの視点から、会議の概要や主要な発表を紹介し、自然保護とビジネスの潮流を読み解きます。
世界自然保護会議(WCC)は、国家、政府機関、非政府組織(NGO)などが加盟する世界最大の自然保護ネットワークである世界自然保護連合(IUCN)が4年に一度開催している自然保護に関する国際会議で、自然保護と持続可能な開発行動を推進する重要な場となっています。2025年の会議は、アブダビで2025年10月9日から15日まで行われ、今回初めてとなるビジネスサミットも2日間開催されました。
IUCN WCCが行われたアラブ首長国連邦アブダビの国際会議場(PwC撮影)
今回の会議のテーマは、「Powering transformative conservation(変革をもたらす保全活動の推進)」でした。パリ協定、SDGs、昆明・モントリオール世界生物多様性枠組み(KMGBF)が目標とする2030年まで5年を切る中で、生物多様性の喪失や気候変動といった課題は依然として持続可能な状態とは言えません。そのような中で、意欲を高め、行動を加速させ、自然と人々の双方のニーズに応える協調的解決策を拡大し、持続可能性への取り組みが公平かつ公正であることを保証する、極めて重要な機会として本会議は位置付けられています。
本会議の主要なテーマは図表1に示す5つです。
図表1:IUCN WCC 2025の主要テーマとフォーラム内容例
上から3つのテーマについては、現在世界が直面する自然に関する課題について、気候の課題と統合的に解決していく方向で強化し、かつ先住民、地域コミュニティの人々の声を行動の中心に据える必要性を訴えています。下の2つのテーマについては、社会変革による保全のさらなる加速を目指すもので、新たな技術・イノベーション、そして金融メカニズムにより自然共生型経済・社会を目指すとされています。自然保護のコミュニティからもビジネスに対して非常に大きな期待が寄せられると同時に、経済を担う主体としての責任が求められていることがうかがえます。
今回初めて開催されたビジネスサミットでは、20以上の業界から集ったビジネスリーダーによる数多くのセッションが行われました。本サミットでは、「自然の劣化がリスク要因であることを認識し、自然が今や世界的なビジネス・金融戦略課題となった以上、企業がもはや傍観者ではいられない」という強いメッセージを打ち出し、自然のレジリエンスに依存する企業による自然回復・保全における役割の必要性を強調しました。特に多くのセッションで語られていたキーワードとしては、「スケールアップ(拡大)」が挙げられます。KMGBFの採択、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)フレームワークの公開によって、世界的目標と企業としての評価開示の枠組みが整えられてきました。残されていた「自然の状態」指標に関する議論もNature Positive Initiative(NPI)を中心に合意形成が進んでいます。しかしながら依然として、取り組み、またそれを支えるファイナンスの規模が気候変動領域と比べても非常に小さいことが課題となっています。
このような背景もあり、多くのセッションでは、どうスケールアップしていくのかという問いの設定がされるものが多かったように思います。具体的には、「バリューチェーン全体への拡大」、「ランドスケープレベルへの拡大」、「ファイナンス規模の拡大」の大きく3つ程度に集約されます。バリューチェーン全体については、特に最上流のインパクト把握とその低減を、ミティゲーションヒエラルキーの原則(回避・軽減・回復再生、代償という実施プロセスの考え方)に基づき、影響の回避から順に実施していくことが重要です。加えて、各サイトとその周辺を含めたランドスケープレベルでのアプローチも重要テーマとなっています。自然はその土地での活動による影響はもちろん、周辺環境との相互関係の中で状態が決定付けられます。面的な範囲に加え、地域住民などステークホルダーも広く包含した取り組みが重要視されます。最後に、これらを動かしていくための革新的なファイナンスによる資金の拡大が必要です。従来のグリーンボンドなどの手法を拡大していくと同時に、クレジットなどの新しいスキームについての議論も活発に行われました。
自然クレジットについては、以前に公開したコラムもぜひご覧ください。
生物多様性条約COP15やCOP16のビジネスセッションでは、主に森林をはじめとする陸域の議論が大半を占めており、WCCでも日本を含む世界の森林に関連する企業からの事例紹介などがありました。一方で今回特徴として挙げられるのは、海洋についてのセッションも多くあった点です。開催地のアブダビではマングローブの植樹を行っている他、海水淡水化技術などのブルーエコノミー技術などへの投資も行われるなど、具体的な保全や持続的な海洋資源活用についての話題もビジネス界で多く取り上げられるようになってきています。そういう意味では、保全や取り組みの対象となる生態系タイプも拡大していると言えるかもしれません。
取り組み拡大の必要性が繰り返される大きな理由の一つは、自然関連の物理リスクがより顕在化してきていることにあります。本会議中にも自然の新たな危機的状況が明らかにされました。生物種の絶滅の危険度を評価しているレッドリストの更新においては、花粉を媒介する鳥や昆虫(Pollinator)の数が急激に減っているというデータが発表されました。これら花粉媒介生物には、私たちの食糧生産を支える重要な役割を担うものも存在します。具体的には、欧州の野生ミツバチ種がさらに約100種、絶滅の危機に瀕していると分類され、マルハナバチやセルロファンバチなどのグループでは、20%以上の種が現在絶滅のリスクに直面しているとされています。新たなIUCNレッドリスト評価では、欧州で絶滅が危惧される蝶類の数が過去10年間で76%急増したことも明らかにされました。これらの主な要因は、集約農業、汚染、気温上昇とされています。
受粉サービスは生物多様性と人間の経済活動の関係の中でも比較的分かりやすいものですが、他にも供給、調整、文化的の各生態系サービスの喪失により人間の経済活動に大きな影響が出てきつつあり、これらが企業としては具体的な物理的リスクとして無視できないものとなっています。
気候変動の観点では、顕在化する物理的リスクに対する適応策への注目が集まっていますが、自然領域でもこのように顕在化しつつある自然関連の物理的リスクへの対応の必要性が高まっています。
これまでTNFDをはじめとする、自然に関する企業の評価開示基準は整備が進められてきましたが、実際の企業の行動につなげていくためには、より実践的な行動を後押しする指針や基準などの整備が不可欠です。今回の会議でもさまざまな発表がされましたが、主要な2つを紹介します。
自然に基づく解決策(Nature based Solutions:NbS)は、「社会的課題に効果的かつ適応的に対処し、人間の福祉と生物多様性の利益をもたらす、自然または改変された生態系の保護、持続可能な利用、管理、回復のための行動」と定義される、IUCNによって提唱されている概念です。さまざまなものがありますが、グリーンインフラや原生植生に基づく植林による炭素固定や、生物多様性保全などが分かりやすい例です。2020年にグローバル基準が制定されましたが、今回近年の動向を踏まえて第2版として更新されました。
改訂版基準はチェックリスト型アプローチを超え、生態学的・社会的・経済的次元の相互連関を重視するシステム思考を採用している点が大きな特徴です。また、先住民族と地域コミュニティを意思決定の中心に据えることで公平性と権利を強化しています。さらに、苦情処理メカニズム、適応的管理を強化し、NbSが長期にわたり効果を維持することを保証する他、財政的実現可能性と長期的持続可能性の枠組みを明確化し、政策・資金・規制枠組みといった実現条件への重点を強化するなど、世界規模でのNbS拡大の確たる推進を目指しています。
IUCN RHINO(Rapid High-Integrity Nature-positive Outcomes)は、評価開示を超えて、実際の企業行動をナビゲートするアプローチです。本アプローチは特に種の絶滅リスクと生態系崩壊リスクの低減において、「迅速かつ測定可能かつ検証可能な貢献」を実現することを目指すもので、IUCNが開発したSTAR指標などを用いた行動のステップと各ステップで利用可能なリソースが示されています。
直接インパクト、バリューチェーンインパクト、投資家インパクトの大きく3つのトラックに分かれており、その各トラックの中でステップと利用可能なリソースが紹介されています。企業や金融機関で、TNFD等の開示対応にとどまらない行動をいかに有効に実行し、ネイチャーポジティブと組織のレジリエンス向上を達成できるかが問われています。
企業にとって生物多様性を含む自然への対応は情報開示の域を超え、自社のレジリエンスを高め新たなネイチャーポジティブなビジネス機会をつかむための、まさに経営アジェンダとして捉えられつつあります。自然が毀損されることにより生まれる物理的リスクの顕在化が今後ますます見込まれる中、先進的な企業は、自然への対応を「コスト」ではなく将来に向けた「投資」と位置付け、自然への行動を起こしはじめていることが、今回のIUCN WCCでは強く浮き彫りになりました。
自然に対する行動においては、一企業だけでは当然難しく、企業以外のNGOや地域コミュニティ、先住民の人々など、自然に近いステークホルダーと協働しながら進めていく必要があります。2030年のKMGBF目標の達成と、各社のレジリエンス向上に資する行動を「スケール」をもって推進していくことが、生物多様性を取り巻く課題をポジティブに転換する上で最も重要と考えます。
Mounting risks threaten survival of wild European pollinators – IUCN Red List
https://iucn.org/press-release/202510/mounting-risks-threaten-survival-wild-european-pollinators-iucn-red-list
Statement on the Business Summit at the 2025 IUCN World Conservation Congress
https://iucncongress2025.org/newsroom/all-news/statement-business-summit-2025-iucn-world-conservation-congress-0
Five key takeaways for conservation action from the IUCN Congress 2025
https://iucn.org/story/202510/five-key-takeaways-conservation-action-iucn-congress-2025
IUCN Members adopt 20-year Vision and four-year Programme for the Union
https://iucncongress2025.org/newsroom/all-news/iucn-members-adopt-20-year-vision-and-four-year-programme-union
IUCN launches the Second Edition of the IUCN Global Standard for Nature-based Solutions™
https://iucn.org/press-release/202510/iucn-launches-second-edition-iucn-global-standard-nature-based-solutionstm
IUCNビジネスサミットの振り返り―企業と自然の関係を、次のステージへ
https://www.iucn.jp/report/iucn-wcc-2025/2025/10/13/15491/
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