シリーズ:生物多様性とネイチャーポジティブ

2022-07-01

第5回:食品・飲料業界の自然関連リスクと機会


連載「生物多様性とネイチャーポジティブ」では、前回の第4回より自然への影響や生物多様性に関する機会・リスクのほか、ネイチャーポジティブに挑戦している事例を業界ごとに紹介しています。第5回は食品・飲料業界に焦点を当てます。

1.食品・飲料業界の自然・生物多様性への影響の概要

食品・飲料業界は原材料の調達やフードロスの面で、自然や生物多様性に大きな影響を与えている業界の1つであり、同時に自然資本に大きく依存していると言えます。「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム」(IPBES)が発行している「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」(2019年)によると、生物多様性の喪失に関わる直接的な要因は、主に「土地・海域利用」「直接採取」「気候変動」「汚染」「外来種」とされています。

「土地・海域利用」においては、農地や放牧地への転換が自然資本に大きな影響を与えています。世界全体の土地利用変化の中で農業による割合は80%と言われており*1、大きなウェイトを占めています。

また、「直接採取」では海洋生物の乱獲が自然・生物多様性に大きな影響を与えています。「気候変動」の観点では、食料生産と畜産動物からの温室効果ガス(GHG)の直接排出や、農地や牧草地への用地転換によるGHGの間接排出が増加しており、世界全体の温室効果ガス排出量のうち、食料システムからの排出割合が21~37%程度に上ると言われています*2

「汚染」の観点からは、農薬・肥料使用による土壌、大気、水源への影響や、食品パッケージによるマイクロプラスチックの問題も挙げられます。また、肥料から放出されるリンや窒素などの化学物質は、富栄養化などの問題を自然環境に生じさせています。

図表1 食品・飲料業界による自然・生物多様性への主な影響例

出典:IPBES,2019.”Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services”等を基にPwC作成
https://ipbes.net/sites/default/files/ipbes_7_10_add.1_en_1.pdf(2022年4月12日閲覧)

2.食品・飲料業界の自然関連リスク

続いて、本連載の第2回で紹介したTNFDの枠組みに基づいて、食品・飲料業界の持つリスクを見ていきましょう(図表2参照)。

図表2 食品・飲料業界における自然関連リスク

出典:TNFD, 2022.「The TNFD Nature-related Risk & Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v.0.1 Release」等を基にPwC作成
https://tnfd.global/wp-content/uploads/2022/03/TNFD-beta-v0.1-full-PDF-revised.pdf(2022年4月12日閲覧)

注目すべきは、「急性リスク」と「慢性リスク」の2つから構成される「物理リスク」です。突発的な事象の発生に伴う生態系機能の停止により、原材料の調達が困難になる「急性リスク」の例としては、2020年にサバクトビバッタの異常発生が挙げられます。このケースでは2,100万人が1年間に消費する分量に相当する食料が被害に遭い、他にもアフリカを中心に世界各地で同様の事態が発生しています。

「慢性リスク」としては、現在直接的に利用している生物資源そのものが種の絶滅などにより利用不能になる可能性があります。また、ミツバチのように花粉を媒介する生物がその地域で減少、または絶滅することで、花粉媒介者が担っていた機能がその地域で機能しなくなり、結果的にその地域で食料を生産できなくなることもあり得ます。現在、花粉媒介者(脊椎動物含む)の16.5%が世界的な絶滅危惧種と認定*3されていることから、今後大きなリスクになっていくと考えられます。

次に「移行リスク」を見てみましょう。「法規制リスク」として原料生産地の土地利用規制の強化が想定されるほか、「市場リスク」として消費者のサステナビリティ志向の高まり、「技術リスク」として自然への影響が低い製造技術に移行することが遅れた場合の競争力低下、「評判リスク」としては自然への影響が高い活動を行うことによるブランド価値そのものの低下が挙げられます。

このような「物理リスク」や「移行リスク」の集積によって、今後、食品・飲料業界全体において、原料調達ができなくなるなどの影響を及ぼす「システミックリスク」が顕在化する可能性も充分考えられます。

3.リスク対応と機会の最大化

前述したリスクに対して、原料調達、製造・加工、物流・販売、廃棄といったライフサイクルと、SBTs for Natureで提唱されているAR3Tフレームワーク(回避、軽減、回復再生、変革)を踏まえて、食品・飲料業界の企業が取るべき戦略や取り組み概要を整理しました(図表3参照)。

図表3. 食品・飲料業界の企業が取るべき戦略・対応策の全体像

食品・飲料業界の企業が生物多様性への対応を考える上で最も重視すべきポイントは、原料調達におけるネイチャーポジティブです。つまり、いかに原料生産現場の生態系を守り、回復させることができるのかということが重要であり、加えて、食品工場からの汚染の削減、食品廃棄の削減や循環について検討することも必要です。

具体的な取り組みの例を、工程別に見ていきます。
食品・飲料業界が、そのライフサイクルの中で生物多様性に最も大きなインパクトを与えているのは原料調達の工程です。そこで取り組むべきこととしては、

  • 【回避】農地開発が森林や湿地などの破壊に関与しないことを監視し、重要な生態系への影響を回避。また、代替肉・代替卵の使用により、土地利用や水利用の回避
  • 【軽減】MSC漁業認証(Marine Stewardship Council)を受けた魚類を原料として使用するなど、環境負荷を軽減
  • 【回復・再生】リジェネラティブ農業へ転換し、植物の特性を生かした拡張生態系を人為的に設計することで緑化を推進
  • 【変革】AIを活用したスマート農業の開発や、衛星を利用したモニタリングによるトレーサビリティの向上により、地域リスクを特定および改善

などが考えられます。

また、製造・加工の工程では、

  • 【軽減】製造・加工工程における水利用量の削減
  • 【回復・再生】工場で使用する地下水の量と同等以上の水を涵養
  • 【変革】衛星を使ったリアルタイムモニタリングにより、工場周辺の森林破壊を回避

など、特に水利用について軽減や効率化を図る事例が見られます。

物流・販売・廃棄の工程では、

  • 【回避】食品パッケージの生分解性素材へ転換や、パッケージそのものの削減
  • 【軽減】生産計画の見直しや輸送方法と食品パッケージのバリア性の向上によるフードロスの削減

など、特にパッケージとフードロスに対する取り組みが進められています。

出典:各社資料を基にPwC作成

4.業界の動きを踏まえた今後の方向性

世界の人口増加と所得向上に伴って食料需要が著しく変化する中で、ネイチャーポジティブな食料生産体制を構築することは重要な意味を持ちます。食料システムの環境フットプリントを増やすことなく、より多くの食料を生産していくためには、生産性と持続可能性の両方の観点からイノベーションを起こすことが必要です。

その中で、生物多様性配慮型農業として近年注目されているのが、土壌を健康的に保つだけでなく、修復・改善しながら自然環境を回復させることを目指す「リジェネラティブ農業」です。リジェネラティブ農業は、食糧と土地利用の分野の国際的なNGOであるFOLU(The Food and Land Use Coalition)が2019年9月に発表したレポート「Growing Better: Ten Critical Transitions to Transform Food and Land Use」において、「食料システム変革のための方策」として掲げられています。食料システムがもたらす、目に見えない負のコストが2025年までに16兆米ドルに膨れ上がることが想定されており、「生産性が高いリジェネラティブな農業の拡大」や「自然保護および回復」に注力することで、それを防ぐことが期待されています。

日本においても、農林水産省が2021年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定しました。これは調達、生産、加工・流通、消費のそれぞれの段階において、生物多様性のみならず環境全般に配慮していくことで、持続的な産業基盤の構築、豊かな食生活や地域の雇用・所得の増大、将来にわたり安心して暮らせる地球環境の継承といった効果を期待するものです。

食料システムや農業そのもののバリューチェーンに着目することも重要です。環境への配慮を定量化する新しい軸を設け、地域の創り手のブランド化を定量的に再設計すれば、産業の魅力を圧倒的に高めることができ、農家にとっては販路を確保することはもちろん、新たに開拓することにもつながると考えられます。食品・飲料業界の企業は今後、地域や農家と連携し、より良い商品を開発していくことが求められるでしょう。

地域や農家と連携し、どのような商品を作っていくべきかを検討する際には、「地域連携/個別事例」と「消費起点/生産起点」の2つの軸で考えることも1つの方法です(図表4参照)。

図表4 日本の食における課題の整理

出典:PwC作成

地域循環型システムと地域をつないだブランドを構築し、優良顧客を呼び込み、利益を上げることを目指すこともできますし、ブランドを軸に会社組織として競争力の高い報酬を準備することで外部から人を呼び込み、地域活性化につなげることも可能になります。

その中で、食料の生産者としては、生物多様性や自然資本に配慮した環境価値を、認証や地域環境ポイントの査証という形で具体的に付記することが求められます。これにより、国内のみならず海外を視野に農産物市場に進出したり、食品・飲料業界の企業と新たに協業したりする可能性が広がります。

一方、生産者から食料等を調達する食品・飲料業界の企業としては、環境への配慮を重視する生活者をターゲットとするにあたり、それ相応の調達方法を検討する必要があります。その際には、ターゲットの適性にあったコミュニケーション方法が求められるほか、科学的なプロセスを踏んでいることが分かる認証を取得することや、環境配慮が証明されるブランドを育てていくことが重要になっていくと考えられます。

PwCでは食品・飲料業界の企業がスマート農業や、生物多様性および自然に配慮した施策を実行するのを支援しているほか、バリューチェーンを含めたコミュニケーション戦略もソリューションとして提供しています。

詳しくは、農業に関するサービスページをご覧ください。

また、TNFDやAR3Tといったフレームワークやツールを活用しながら、生物多様性・自然への影響依存の評価、方針・戦略の策定、目標設定、施策実行など、生物多様性支援サービスを包括的に提供しています。

生物多様性に関する経営支援サービスページも併せてご覧ください。

*1 Ecology and Society, VOL.22 No.4(2017),
"Agriculture production as a major driver of the Earth system exceeding planetary boundaries"
(2020年 11 月 3 日閲覧)https://www.ecologyandsociety.org/vol22/iss4/art8/

*2 IPCC (2019)"Climate Change and Land"
(2020年 11 月 3 日閲覧)https://www.ipcc.ch/site/assets/uploads/2019/08/4.-SPM_Approved_Microsite_FINAL.pdf

*3 IGES(2017)花粉媒介者、花粉媒介及び食料生産に関するアセスメントレポート政策決定者向け要約(抄訳)
(2022年 6 月 15 日閲覧)https://www.iges.or.jp/jp/publication_documents/pub/policyreport/jp/5709/IPBES-Pollination_jp.pdf

執筆者

服部 徹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

小峯 慎司

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

中尾 圭志

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ