シリーズ:生物多様性とネイチャーポジティブ

2022-06-07

第4回:アパレル業界の自然関連リスクと機会


シリーズ「生物多様性とネイチャーポジティブ」の第3回「2022年ネイチャーポジティブエコノミーが動き出す」では、企業がネイチャーポジティブなビジネスに移行するにあたって、何を検討すべきかを概説しました。第4回以降は、自然や生物多様性への影響や依存、また、それに関する機会・リスクのほか、生物多様性に対応している事例を業界別に紹介します。今回は、アパレル業界に焦点を当てます。

1.アパレル業界の自然への影響の概要

「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム」(IPBES)が発行した「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」(2019年)によると、生物多様性の喪失に関わる直接的な要因は、主に「土地・海域利用」「直接採取」「気候変動」「汚染」「外来種」の5つとされています。

これらの要因をアパレル業界に当てはめて考えると、原料調達から使用廃棄に至るまで、ライフサイクル全体でさまざまな影響を生態系に与えていることが分かります(図表1)。そして実際にアパレル業界は、生物多様性に大きな負荷を与えている業界の1つと考えられています。

アパレル業界では、コットン(綿花)のほか、レーヨン、リネン、ウール、カシミヤ、レザーなどの素材が主に用いられますが、素材によって生態系に与える影響も異なります。例えば、綿花の栽培においては、大規模な土地の改変や多くの水資源の使用が問題視されています。ウールやカシミヤなどの家畜由来の原料であれば、過放牧による植生破壊や糞尿による水質汚染の問題などがあります。

図表1 アパレル業界における自然・生物多様性への影響

※IUCN(https://portals.iucn.org/library/sites/library/files/documents/Rep-2016-001.pdf)によれば衣服の主要原料となる家畜や綿花等は一部を除いて基本的には自然生態系への脅威となる外来種として認識されていないためここでは、外来種による影響は示していない。

出典:IPBES,2019.”Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services”の生態系への影響主要因を基にPwC作成
https://ipbes.net/sites/default/files/ipbes_7_10_add.1_en_1.pdf(2022年4月12日閲覧)

2.アパレル業界の自然関連リスクと機会

本シリーズの第2回「ビジネス活動における生物多様性・自然資本対応の動向と枠組み」でも紹介した自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)におけるリスクの考え方をアパレル業界に当てはめると、衣料品の原料調達に係るリスクや、その製造工程における汚染などによる評判リスクが主な懸念リスクとして浮かび上がってきます(図表2)。

「物理リスク」のうち、「急性リスク」としては、例えばバッタの異常発生によるコットンの不作など、突発的な事象の発生による生態系機能の停止により原材料の調達が困難になることが考えられます。また「慢性リスク」としては、ミツバチのように花粉を媒介する生物がその地域で減少または絶滅することで、花粉媒介者が担っていた機能がその地域で機能しなくなり、慢性的に原材料の不作につながることが挙げられます。

「移行リスク」のうち、「法規制リスク」としては過放牧に関する法律の厳罰化など、原材料生産地の土地利用に関する法規制の強化などが挙げられます。「市場リスク」としては、消費者のサステナビリティ志向の高まりに伴い、土地利用や汚染などの観点からサステナブルでない衣料品の購買が控えられるといったことが挙げられます。「技術リスク」としては自然への影響が低い技術への移行が遅れた場合に競争力が低下すること、「評判リスク」としては野生動物の毛皮に代表されるように、自然への影響が大きい原料の使用や生産方式の採用を続けることによるブランド価値の低下などが挙げられます。

このような「物理リスク」や「移行リスク」が集積していくことで、一地域や個別企業に留まらない、必要な原材料を業界全体で調達できなくなるような、より大きな構造的リスク、「システミックリスク」が顕在化する懸念も高まります。

図表2 アパレル業界における自然関連リスク

出典:TNFD, 2022.「The TNFD Nature-related Risk & Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v.0.1 Release」のリスクフレームワークを基にPwC作成
https://tnfd.global/wp-content/uploads/2022/03/TNFD-beta-v0.1-full-PDF-revised.pdf(2022年4月12日閲覧)

3.リスク対応の方向性

前述したリスクに対して、原料調達、製造(染色・縫製)、物流・販売、廃棄といったライフサイクルの流れと、企業の目標設定に関わる枠組みの策定を行っているSBTs for Natureが提唱しているAR3Tフレームワーク(Avoid:回避、Reduce: 軽減、Restore & Regenerate: 回復再生、Transformation: 変革)を用いて、アパレル業界において先進的な取り組みを行っている企業の戦略や、取り組みの概要を以下のとおり整理しました(図表3)。

図表3 アパレル業界の先進事例の取り組みの全体像

具体的な取り組みを工程別にみると、原料調達の工程では以下のような事例が挙げられます。

  • 【回避】生物多様性にとって重要なエリアにおける生産を回避(産地変更)し、リサイクルポリエステルを採用するなど廃棄物を活用する事例
  • 【軽減】SFA認証(Sustainable fibre alliance)済のカシミヤやGOTS認証(Global Organic Textile Standard)を受けたコットンなど、環境負荷軽減に寄与する原料を使用する事例や、サプライヤーへ調達基準を配付する事例
  • 【変革】原材料の生産者と連携し、トレーサビリティ(土地利用、大気・水汚染、CO2排出量、水使用量、廃棄物量などを測定、可視化)を向上することで、改善に結び付けようとする事例

このように、アパレル業界ではライフサイクルの中で原料調達が自然・生物多様性に最も大きなインパクトを与えていることから、原料調達の工程を中心に対策をとっている企業が多く見受けられました。

また、製造(染色・縫製など)の工程では以下のような事例が挙げられます。

  • 【回避】従来大量の水が使用されていた染色、洗浄の工程で水を使用しない製法を採用する事例
  • 【軽減】生地の染色や捺染時に水利用を極力減らしたデジタル捺染に転換した事例

このように、水利用について軽減や効率化を行っている企業が見られました。

さらに廃棄の工程では以下のような事例が挙げられます。

  • 【変革】使用済の衣服を分解し、新たな生地として生まれ変わらせて再活用する事例や、商品廃棄後の環境負荷を考慮した生分解性素材を開発する事例

このように、サプライチェーン全体に関わる取り組みが進められています。使用済み衣服のみならず、売れ残り商品の廃棄もアパレル業界における重要な課題の1つです。今後は季節変動性の高い商品率の削減や、アップサイクル・リサイクル・リユースプログラムなどによる資源効率性の改善といった、より強力な施策も必要になってくるでしょう。

出典:各社資料を基にPwC作成

4.今後に向けて

アパレル業界に携わる企業は、ここまで述べてきた内容を踏まえて、生物多様性やネイチャーポジティブに対応していくことで、業界のトップランナーとしての地位を確立できるだけでなく、長期目線で自然や生物多様性へのリスクの低減も実現できるでしょう。

PwCでは、TNFDやAR3Tといったフレームワークやツールを活用しながら、生物多様性・自然への影響依存の評価、方針・戦略の策定、目標設定、施策実行など、生物多様性支援サービスをクライアントに対して包括的に提供しています。

詳しくは生物多様性に関する経営支援サービスページをご覧ください。

また、アパレル・ファッション業界のサステナビリティに関する情報については、THE SUSTAINABLE FASHION TOOLKITもご覧ください。

執筆者

服部 徹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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小峯 慎司

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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中尾 圭志

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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