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2021-06-07
(左から)坂野 俊哉、新浪 剛史氏、磯貝 友紀
サステナビリティ課題への取り組みと企業利益の関係を、トレードオフからトレードオンへとどう転換させるか。これは多くの日本企業が直面している壁です。この壁を乗り越えるためには、まず収益力を高めること、同時に長期的な視点でサステナビリティ課題に一歩一歩取り組んでいくこと。これを着実に進めるには、組織と従業員の「受け入れる力」も問われると、サントリーホールディングスの新浪剛史社長は語ります。
鼎談者
サントリーホールディングス株式会社
代表取締役社長
新浪 剛史氏
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
エグゼクティブリード
坂野 俊哉
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
テクニカルリード
磯貝 友紀
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
坂野:グローバルな複合事業体となったサントリーグループが、サステナビリティ方針をグループ全体に徹底し、海外グループ企業を含む事業部門が主体的にサステナビリティ課題への取り組みを推進していくために、どのような点に注力されていますか。
新浪:日本国内ではサントリーの企業理念や価値観、サステナビリティへの取り組みなどをよく理解している社員が大半ですが、2009年のオランジーナ・シュウェップス・グループ、2014年のビームなど大型買収によってサントリーはグローバル企業になってきました。
新しくグループに入ってきた社員たちに最も響いているのが「利益三分主義」であり、水源涵養といったサステナビリティの取り組みです。海外のグループ社員を「天然水の森」に連れて行くと、非常に感心しています。今は、北米を本拠地とするビームサントリーが「メーカーズマーク」の工場周辺で「ナチュラル・ウォーターサンクチュアリ」をつくって水源涵養のプロジェクトを始めるなど、自発的な動きが海外にも広がっています。
坂野:サステナビリティ課題への取り組みが、グループの求心力になっているわけですね。
新浪:私たちは「ONE SUNTORY」と言っていますが、いろいろな国でさまざまな事業を展開していると、理念や価値観がグループとしての団結力を高めるうえで大きな力を発揮すると実感します。
とはいえ、最初は大変でした。買収したビームは短期の業績を重視する経営でしたから、長期的な視点でのサステナビリティの取り組みはやっていませんでした。
親会社である私たちは創業以来、サステナビリティを経営の根幹に据えているわけですから、それに理解を示さない役員には理解してもらう機会を提供して、経営をある程度任せます。それでも残念ながら、価値観を共有できないのであれば、子会社の経営を任せることはできない、という姿勢で進めてきました。
坂野:事業部門の責任者にしてみれば、理念や価値観には大いに共感するけれども、自分のミッションは今期の予算を達成することだという目の前の現実があります。
新浪:国内外を含めて事業部門のトップには予算を達成し、利益を上げることを求めます。彼らを評価するうえで、そこは絶対に外せません。しかし、業績予算は達成したけれど、CO2を減らす努力は何もしなかったということであれば、評価しません。業績プラスアルファの定性評価をどうするか、そこはCEOのリーダーシップです。
サステナビリティの取り組みは、各国の市場でLicense to Operate(事業ライセンス)を維持して、サントリーは社会に必要な存在だと認めてもらい、企業価値を上げていくためにやっているわけです。ただもうけるだけでは企業は存続できないのだから、そこは明確にすべきだと思います。
CEOである私が役付役員を評価し、彼らが執行役員を評価し、執行役員が部長級を評価する。この縦のラインでサステナビリティ経営の規律を保つ。同時に、サステナビリティの取り組みは組織横断的なものですから、横から評価する180度評価、下からも評価する360度評価といった仕組みも必要です。そういう仕組みがあれば、利益を上げつつ、サステナビリティ課題にも取り組む人材がおのずと昇格していく。そういう仕組みがないと、特に若手の支持が得られません。
新浪 剛史氏
磯貝:日本企業の多くがサステナビリティに関する投資をためらっているのは、当面リターンを見込めず、企業利益とトレードオフの関係になることが理由のように思われます。サステナビリティの取り組みを形式なものにとどめず、本業の中にサステナビリティを取り込んでトレードオンを実現していくには、何が必要とお考えでしょうか。
新浪:日本企業の大きな課題は、やはり利益率が低いことであり、サステナビリティ経営を推進するためには、収益性を高めることが必要です。欧米、特に欧州で官民一体となってサステナビリティへの取り組みを強力に推進できているのは、民の収益力が高いからです。「三方よし」の経営だと言っていても、収益性が低かったら「もうかっていないのに、何を言っているのか」という批判を受けざるを得ません。
日本の産業界全体として、きちんと収益性を高めたうえで、長期的にどっしりとサステナビリティ経営を進めることが大事だと思います。収益力が弱いと大胆な意思決定はできません。
サントリーの場合は、創業以来「利益三分主義」に基づいた経営を行ってきましたから、サステナビリティ経営は会社の基盤であり、歴史そのものです。サステナブルでない経営は、サントリーでは想像できません。
その点から言うと、今からサステナビリティ経営に取り組む会社はつらい面があるかもしれません。サステナビリティを成長戦略の中心に据えたとしても、すぐにキャッシュを稼げるわけではありません。環境や社会への貢献と企業としての収益性をトレードオフにしないで、トレードオンにするのには時間がかかります。
時間をかけてサステナビリティ経営に取り組むには、組織・社員の意識改革や、それを受け入れる力も必要です。社長がある日、突然言い出しても、社長が代わったらまた方針が変わるんじゃないかと社員が思っていたら、腰を据えた取り組みはできません。
現実問題として、どの企業もサステナビリティに取り組まざるを得ないわけですから、まずは工場のCO2排出量をいかに減らすかといった、小さなことでいいから社員の理解と共感を得ながら進めていく。同時に、長期的なトレードオンを目指しながら、社会からの支持を得て、本業の収益力をしっかり上げていく。そういう方針で実直に進めていくと、トレードオフだった関係が、トレードオンに変わっていくはずです。
坂野:PwCでも、トレードオフをトレードオンにするための基本的なアプローチをイノベーションと市場創造に置いており、特に長期的な視点で市場を分析することが重要であると考えています。長期的にトレードオンを目指してサステナビリティ経営を推進する中で、一定のリスクトレンドも見えてきます。明日何が起こるかは予測できませんが、10年先、20年先の地球環境の変化は一定の範囲で予測できるからです。例えば、食品・飲料業界において、原材料の調達に関する長期的リスクをどう見ていらっしゃいますか。
新浪:それはとても重要な着眼点で、サントリーでは今、サプライチェーンのマルチ化を進めようとしています。これまではコスト効率の観点から集中化を進めてきましたが、今回のコロナ危機でも、特定の国や地域に原料調達を過度に依存するリスクが顕在化しました。
リスクヘッジのためにはマルチ化しなくてはなりませんが、コスト効率は無視できない。調達コストが高い国から輸入して、その分を価格に転嫁できるかというとお客様には納得していただけない。そこが難しい問題で、頭を悩ませています。今すぐ解を出せるわけではありませんが、コスト効率を下げないためにはDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めることが鍵になるでしょう。一方で、いきなり成果を生むことは難しく、DXはまずは取り組んでみて、トライ&エラーを繰り返し修正しながら進化させていくことになると思います。
坂野:10年先、20年先を見据えて、DXとサプライチェーンのマルチ化を推進していくということですね。
新浪:直接排出量だけでなく、上流(調達関係)・下流(出荷以降)の間接排出量を含むスコープ3の排出量を抑えながら、サプライチェーンのマルチ化を進めるというのも非常に難しい問題です。グローバルで全体のCO2排出量を管理するには、サプライチェーンの上流から下流まで全ての企業を精査する必要がありますが、コロナ禍の現在ではなかなか難しい面もあります。そこも、デジタルの力を活用することになるでしょう。
坂野:長期のリスクトレンドに備えるには、プランAだけでなくプランBも用意しておく必要があります。
新浪:その通りです。原材料となる農産物を自社生産したり、農業生産法人に出資したりすることも必要だと思います。ただ、当社の企業規模からすると、それで全ての原材料を賄えるわけではありません。例えば、ホップの調達先が変わってもビールの味が変わらないように、違う産地の原材料を使っても同じ味を出せるといった技術開発も必要です。
坂野 俊哉
磯貝:日本の消費市場は、欧米に比べるとサステナビリティに関してプレミアムを払うコンシューマーは非常に少なく、そこに投資しても意味がないのではないかと悩んでいる経営者もいらっしゃいます。PwCが独自に行った消費者調査でも、環境・社会課題に積極的に取り組む企業の製品、サービスを購入したいと思う層は全体の29%、1年以内に実際に購入したのは12%であったという結果もあり、他のグローバルの調査と比べても日本の消費者は購入希望および実際に購入する割合は低いと言わざるを得ません。日本のサステナビリティ消費の今後について、どう見ていらっしゃいますか。
新浪:確かに日本のグリーンコンシューマーの数は、欧米に比べるとまだまだ少ないと思います。それは、サステナビリティに関心がないということではなく、プレミアムを払ってまでサステナビリティに配慮した商品やサービスをあえて高く買う経済的余裕がないという要因が大きいのではないでしょうか。
そこはやはり、企業努力によって消費者に買っていただける価格設定にしていく必要があると思います。1社単独での努力だけでなく、複数の企業が協力しながらコストを下げる取り組みがあってもいい。
例えば、2020年6月にはプラスチックの再資源化に向け、バリューチェーンを構成する企業が共同で出資する「アールプラスジャパン」を設立しました。サントリーの競合企業も含めてさまざまな業種の企業が参画し、2021年2月にはカルビー様やセブン&アイ・ホールディングス様も参画され、出資企業は合計22社となっています。一緒になって環境負荷を軽減する技術や仕組みを構築することができれば、企業は投資負担やコストを減らすことができますし、その分を製品・サービスの価格に反映して、消費者に還元することができます。競争ではなく共創によってリサイクルによる再生循環の道を切り拓くことが、日本のグリーンコンシューマーを増やしていくこともにもつながるのではないでしょうか。
海外のミレニアル世代、Z世代の若い人たちも、みんながお金をたくさん持っているわけではありませんが、例えば高い洋服を買うのをやめて、飲料や食品は多少高くてもエコフレンドリーなものを買うといった消費行動が顕著になっています。日本もやがてはそうなると思います。
若い人たちの意識はどんどん進んでいて、私たちの世代はそのギャップに追いつけないほどです。そうした意識の進んだ方々に合わせた商品開発をしていくために、競合企業でも組めるところがあれば積極的に組んでいく。競争相手と戦うところと、戦わないところを明確にしていくのが、これからの時代の経営だと思います。特に、サステナビリティを軸にした取り組みであれば、そうした対話がしやすいのは間違いありません。
磯貝:サステナビリティを経営の軸とすることで、他の企業とのコラボレーションを進めやすくなり、それが長期的なリスクを減らしたり、逆にビジネスチャンスを広げたりすることにつながりますね。
消費市場が一夜にして激変するわけではありませんが、変化のロードマップは常に頭に入れておくべきです。規制やルールも同じで、例えば、EUではいずれ国境炭素税が導入されることは明らかですから、私たち日本の企業もその変化に今から備えておかなくてはいけません。
私たちはB2Cのビジネスですから、市場からよりダイレクトに厳しい要求やチェックを受けています。消費者意識の変化には常に敏感にならざるを得ませんし、それゆえに、環境に配慮していない原材料は調達できなくなります。一方で、B2B企業は市場とのダイレクトな対話が少ないだけに、そうしたリスクになかなか気づかず、ある日突然、市場からの厳しい意思決定に直面するおそれがあります。
先入観にとらわれず、最先端の生の情報を入手し、先々の変化を見通すために、経営トップは社員とどんどん対話すべきです。リモートワークでビデオ会議が当たり前になった現在は、以前に比べて社員との直接対話がしやすくなっています。
対話によって世界中の社員と危機意識を共有し、変化を先取りしていかないと不確実性の高い時代に生き残ることはできません。その意味で、サステナビリティこそ、経営戦略そのものだと私は断言できます。
新浪社長がサステナビリティを経営の真ん中に置いていらっしゃることが、よく理解できました。ありがとうございました。
磯貝 友紀
原材料を自然資源に依拠する産業は、自社の活動が資源の状況に影響を受け、また与えるという構造にあります。サントリーは原材料である水をサステナブルに利用できるよう、森を育て、水を涵養することで守り、長期的な事業の持続性維持に努めています。それを企業理念の中心に据え、グローバルでグループ企業の理解も得ながら、継続的に企業努力を行い、サステナビリティ経営を進めていることがよく分かりました。
環境・社会課題の解決と、利益の追求は背反するものではなく、両方同時に高められるという発想がこれからの企業経営には不可欠となります。それを確立するために、それぞれの企業で中心に据えるものや目標とするものを定め、それに向かって一貫した経営を行っていくことの重要性を感じました。
『SXの時代 究極の生き残り戦略としてのサステナビリティ経営』(日経BP刊)では、経営者インタビューとともにサステナビリティ経営実現に向けた実践的な内容をご紹介します。