AIガバナンスに関するコラム

「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」改定のポイントと事業者への期待

  • 2026-06-03

はじめに

総務省・経済産業省は、2026年3月31日に「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」1を公表しました。同ガイドラインは、安全安心なAIの活用に向けて事業者が自主的に検討すべき望ましい行動の考え方を整理した文書であり、第1.2版は2024年4月の初版(第1.0版)公表後、2度目の改定版となります。
本コラムでは、AI事業者ガイドラインの第1.2版における更新のポイント、およびそこから読み取れる政府からの期待や事業者に今後望まれる対応について説明します。

※AI事業者ガイドラインの概要および活用における考え方は、それぞれ「AI事業者ガイドライン案」—解説編および「AI事業者ガイドライン案」—実践編をご参照ください。なお、これらのコラムは2024年2月時点の情報に基づく内容ですが、2026年現在でも適用できる内容です。

2025年度の更新内容

本章では、AI事業者ガイドラインにおける2025年度の更新内容(第1.2版における更新内容)2を説明します(詳細は総務省・経済産業省の公表資料3をご覧ください)。

ここでは、主に以下図表1に記述する論点に基づいて更新がされています。

図表1:2025年度の更新論点および更新方針

 

更新の論点

更新方針

1

AI技術の動向の反映

AIエージェント、フィジカルAIに関する事項の追記

  • AI事業者ガイドラインとしての定義の追加
  • 便益の追加
  • リスクに関する事項の追加
  • 留意すべき事項の追加
  • AIシステム・サービス例の追加
2

AIによるリスクの記載の見直し

AIによるリスクの記載の見直し

  • リスクベースアプローチに関する内容の追記
  • リスクの更新(一部リスクの分類見直しを含む)
3

主体区分の整理

各主体区分の役割に関する補足の追加や図表の更新

  • AI開発者の定義の補足
  • 「一般的なAI活用の流れにおける主体の対応」の見直し
  • 主体ごとの役割の見直し
4

特定単語の整理・見直し

学習、データ種類等、多義的に捉えられる事項の記載

  • 「学習」「推論」「データ」の定義・表現の見直し
5

ユーザビリティの改善

AI事業者ガイドラインの活用を支援する資料・ツールの検討

  • 活用の手引き(案)の検討
  • チャットボットの検討
6

AIガバナンスに関する動向の反映

AIガバナンスに関する国内外の最新動向や、事業者の取組事例の追記

  • AI法や広島AIプロセスの動向等、国内外動向において注視するべき最新状況を追記
  • 「AIガバナンスの構築に関する実際の取組事例」への事例追加等
7

その他

脚注記載内容やリンクの更新(本コラムでの説明は割愛)

総務省・経済産業省「AI事業者ガイドラインの令和7年度更新内容」よりPwC作成

以下、論点ごとに2025年度の更新事項を解説します。

更新の論点1:AI技術の動向の反映

2025年度に注目を集めたAI技術のうちAIエージェント・フィジカルAIを対象に、それらの定義・便益・リスクおよびその対策・AIシステムやAIサービスとしての例が追記されました(図表2)。AI事業者ガイドラインへの政府としての解釈が示されたことで、事業者はAIエージェントやフィジカルAIの活用に向けて、想定される便益やリスクを踏まえた検討を行いやすくなったと言えます。

図表2:AIエージェント・フィジカルAIに関する主な更新内容

対象 定義 その他事項(便益・リスク・留意すべき事項等)
AIエージェント 特定の目標を達成するために、環境を感知し自律的に行動するAIシステム
  • 複数のシステムと連携しながらの自律的行動による、調整・分析・意思決定等の業務効率化に資する
  • コード生成が容易になるため、生成物の保守・更新が困難になる可能性があるため、社内ノウハウの蓄積が重要になる
  • コード生成が容易になるため、マルウェアの作成やエクスプロイトコードの生成に悪用される可能性がある
  • 外部システムとの連携が増えるため、連携先のツール・システムを適切に制限することや、権限を適切に設定することが重要となる
  • 自律的に動作するため、判断が必要となる事項を重要度に応じて整理し、適切に対象を選定したうえで、人間の判断を適切に介在させる仕組みの構築が重要となる
  • 自律的に動作するため、定期的な操作履歴確認や報告が重要となる 等
フィジカルAI センシングを通じて物理環境の情報を取り込み、AIモデルによる処理を経て、設定された目的を達成するための最適な方策を自律的に推論・判断し、アクチュエータ等を介して物理的な行動へとつなげるシステムであり、現実世界に対して直接的な働きかけを行うことを特徴とするもの
  • 物理環境での自律的行動を通じた、労働力不足の補完・安全性向上・生活支援等に貢献しうる
  • ハードウェア廃棄時には機器やクラウドの記憶媒体に保存されたデータも削除することが望ましい
  • 自律的に動作するため、判断が必要となる事項を重要度に応じて整理し、適切に対象を選定したうえで、人間の判断を適切に介在させる仕組みの構築が重要となる
  • 自律的に動作するため、定期的な操作履歴確認や報告が重要となる 等

総務省・経済産業省「AI事業者ガイドラインの令和7年度更新内容」よりPwC作成

AIエージェントはその自律性の高さから、さまざまな用途での提供や業務利用が進みつつあります。この状況を受け、第1.2版では、権限の適切な設定や人間の判断の適切な介在、定期的な操作履歴確認・報告といった留意点が整理されました。ポイントは、従来の生成AIとAIエージェントとでは、「適切な」や「定期的な」の度合いが異なることです。従来の生成AIと全く同じリスク対策が、自律性がより高いAIエージェントに対しても通用するのか。AI事業者ガイドライン等を基に、いま一度検討することが望まれます。また、今後は複数のAIエージェントが協働するエージェンティックAIの普及も想定されます。こうしたより自律性の高いAIにおいても、「適切な」や「定期的な」の度合いをどのように見直すかが引き続き重要な論点となるでしょう。
フィジカルAIについては、日本の強みである産業用ロボット技術を生かせる可能性がある分野であり、人手不足対策や生産性向上の観点から活用が期待されています4。フィジカルAIの活用やリスク検討においては、第1.2版で整理された内容を参考にしながら、ハードウェア(ロボット)の知見とソフトウェア(AI)の双方の知見を持ち寄ることが不可欠です。片方への攻撃が、もう一方の不具合にもつながることがあるためです。例えば、センサーへの物理的な攻撃は取得データの品質低下やAIによる誤った推論を引き起こす可能性があります。フィジカルAIの社会実装がさらに進んだとしても、分野を横断して知見を持ち寄ることの重要性は変わらないでしょう。

更新の論点2:AIによるリスクの記載の見直し

更新の論点2については、大きく2つの更新がなされました。

1つ目は、リスクベースアプローチの実践に資する情報、具体的にはリスクの大きさの把握に関する参考文献の追加です。具体的には以下の文献が追加されました。

① 一般社団法人AIガバナンス協会「AI時代の経営意思決定とガバナンス~攻めのAIガバナンス実現のための戦略レポート」

② EU「Artificial Intelligence Act Annex III:High-Risk AI Systems Referred to in Article 6(2)」

2つ目は、リスクの記載そのものの変更です。AI事業者ガイドライン別添に記載されているAIによるリスクが、事業者の実態をより踏まえた内容となるように見直されました(図表3)。

図表3:リスクの記載に関する主な更新内容

リスク

更新内容

データ汚染攻撃等のAIシステムへの攻撃

  • 悪意をもってAIモデルに設定された制御を外す事例への言及を追加

個人情報の不適切な取扱い等

  • マルチモーダルな生成AIやカメラ・音声認識を活用した際のプライバシー権の侵害リスクに関する記載を追加

過度な依存

  • AIによる判断を人が最終判断する際に、AIによる判断を過度に人間が信頼し、自らの判断や確認を怠ってしまう(自動化バイアス)ことへの懸念を追記
  • 教育におけるAIへの過度な依存に関する事例(独自の思考力を育む機会の減少等)への言及を追加

資格等の侵害

  • 生成AIを専門分野に活用する際に、資格等を侵害し、法令違反を問われる可能性がある旨を追記

総務省・経済産業省「AI事業者ガイドラインの令和7年度更新内容」よりPwC作成

AI事業者ガイドラインはリスクベースアプローチを前提としており、事業者は自社の状況に即してリスクの大きさを把握した上で、リスクの大きさと対策の度合いを整合させることを推奨しています。今回の追記は、リスクの大きさの把握を支援し、過度なリスク対策または不十分なリスク対策によるAI活用の阻害を避ける狙いがあると考えられます。
今回追加された参考文献では、①既存の経営指標(例:ROIC)を拡張してリスクを定量的に把握する考え方と、②領域・用途に応じてリスクの大きさを定性的に把握する考え方がそれぞれ示されています。事業者においてはこれらを参考にしつつ、自社に合った考え方を検討することが望まれています。例えば、定量・定性の両観点を組み合わせてリスクの大きさを把握するアプローチも一案でしょう。
併せて、別添のリスク記載が実務に即して見直されたことで、リスクの洗い出しや具体化も行いやすくなりました。例えば図表3「過度な依存」の1点目の更新内容からは、HITL(ヒューマン・イン・ザ・ループ)の形骸化に関するリスクが読み取れます。このような記載は、どのような業務においてHITLが形骸化するリスクが大きいか・その場合の影響はどの程度の規模となるか、などのように、自社のリスクをより高い解像度で捉え直すきっかけとして活用できます。

更新の論点3:主体区分の整理

AI事業者ガイドラインでは主体(AI開発者・AI提供者・AI利用者)ごとに望ましい行動が整理されています。これらの主体はAIモデルの開発、AIシステム・サービスとしての提供、業務やサービスにおける利用といった形でAI活用の流れに関与しています(図表4)。なお、AIシステム構築はAI開発者・AI提供者の両方の役割としています。

図表4:一般的なAI活用の流れにおけるAI開発者・AI提供者・AI利用者の関係

第1.2版では、各主体の役割に関する補足説明の追加等がなされ、各主体の役割がより明確化されました(図表5)。すなわち、この更新により事業者内での役割や責任を具体化しやすくなったと言えます。

図表5:主体区分の整理に関する主な更新内容

観点

更新内容

事後学習

  • AI開発者の役割とする
    • 特定の用途に適応させるなどの目的で行われる、AIモデルに対する追加の学習(ファインチューニング等、AIモデル開発後のモデル調整)を実施する

アライメント

  • AI開発者およびAI提供者の役割とする
    • アライメントを目的としたモデル調整(ファインチューニング等の事後学習)はAI開発者の役割とする
    • AIシステムが人間の意図や価値観に沿って適切に機能するようにするための取組(ガードレールの設定・プロンプトの安全設計)は、AI提供者の役割とする

AIシステムの構築

  • AI開発者およびAI提供者の役割とする
    • AIモデルをシステムに導入し、AIシステムを構築する

AIシステムの検証・連携

  • AI提供者の役割とする
    • AIシステムの機能性や社会的影響を検証し、既存/新設のシステムとAIシステムの連携を行う

総務省・経済産業省「AI事業者ガイドラインの令和7年度更新内容」よりPwC作成

特に留意すべきは、AI提供者の役割の大きさが明確となった点です。第1.2版では、AI開発者が主にモデル開発を担い、AI提供者が開発されたモデルをシステムやサービスとして組み込む役割を担う方向での整理がなされましたが、後者の業務領域はとりわけ広範であり、AI活用の高度化に伴い重要性も増しています。さらに、AI提供者はデータ活用の流れを踏まえてもAI開発者・AI利用者の板挟みとなり、考慮が必要な事項・向き合うべきステークホルダーが多くなる傾向にあります。
このような状況下では、AI利用者・AI開発者の双方がAI提供者と密に連携する姿勢が重要です。例えばAI利用者においては、AI提供者から案内された利用ルールの順守や異常時の迅速な情報共有が重要です。またAI開発者においては、特にAIシステム構築に関して、技術的な内容を相手の立場・リテラシーに合わせて適切に説明することが重要となります。
他、第1.2版ではアライメントに関する役割分担も明確化されました。モデル調整によるアライメントはAI開発者が、ガードレール設定やプロンプトの安全設計はAI提供者がそれぞれ担うと整理されています。自律性の高いAIの普及を見据え、AIにおける人間の意図や価値観に沿った振る舞いを重視する政府の姿勢が読み取れます。

更新の論点4:特定単語の整理・見直し

「学習」や「推論」など、人により解釈が分かれやすい多義的な用語について、定義の具体化や補足説明の追加がなされました。これによりAI事業者ガイドラインの解釈の幅が縮まり、事業者内外の関係者間で認識の齟齬が発生しにくくなります。ガイドラインを共通言語として活用しやすくするという政府の意図がうかがえます。
他に特筆すべきは、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)が「学習」ではなく「推論」に該当すると明記された点です。具体的には、RAGは学習済みモデルを用いて外部情報を参照しながら出力を得る「推論」の一形態として位置付けられました。またこの整理により、RAGは主にAI開発者ではなくAI提供者の役割として位置付けられました。生成AIの活用においてRAGは既に広く利用されているため、今回の改定は、開発者と提供者の役割分担を現場レベルで整理する際のよりどころを示したものと評価できます。

更新の論点5:ユーザビリティの改善

AI事業者ガイドラインの活用を補助するための資料・ツールとして、「AI事業者ガイドライン活用の手引き(案)」5および総務省チャットボット6が公表されました。この資料・ツールにより、「読めば分かるガイドライン」から「使われるガイドライン」への転換を狙うことで、AIガバナンスの取り組みやAI事業者ガイドラインの活用の裾野を、より多くの事業者へ広げたいという政府の狙いが読み取れます。

「AI事業者ガイドライン活用の手引き(案)」は、AIガバナンスになじみの薄い事業者でも理解・活用できるよう、基本的な考え方や取り組みの進め方を分かりやすく整理した資料です(図表6)。AIガバナンスの取り組みをこれから始める事業者、限られたリソースでスモールスタートを検討する事業者にとってとりわけ有用です。

図表6:「AI事業者ガイドライン活用の手引き(案)」概要

 

章名

内容

1章

AI事業者ガイドラインに関する前提

  • AI事業者ガイドラインを活用するための前提となる基本的な概念・用語の解説

2章

本書の位置づけ

  • 「AI事業者ガイドライン活用の手引き(案)」とAI事業者ガイドラインの関係

3章

AIガバナンスの構築・実践

  • AIガバナンスの取組の準備をする際にはじめに着手すると良いこと
  • AIガバナンスの取組を実践する際におけるAI事業者ガイドラインの参照の仕方や活用例

総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン活用の手引き(案)」よりPwC作成

例えば、1章「AI事業者ガイドラインに関する前提」では、AI事業者ガイドラインを活用するための前提となる基本的な概念・用語が、分かりやすい言い回しや図解を通じて説明されています(図表7)。関連するAI事業者ガイドライン本文の参照箇所が示されており、AI事業者ガイドラインと手引きを行き来しながら活用できる構成となっています。

図表7:1章「AI事業者ガイドラインに関する前提」抜粋

また、3章「AIガバナンスの構築・実践」では、AIガバナンス構築時の準備事項・AIガバナンス実践時の参照事項の中でもAIガバナンスの取り組みをこれから始める事業者にとって特に重要なものを整理し、具体的かつ分かりやすく解説しています(図表8)。加えて、関連するAI事業者ガイドライン本文の参照箇所も示してあります(図表9)。

図表8:3章「AIガバナンスの構築・実践」構成

図表9:3章「AIガバナンスの構築・実践」抜粋

総務省チャットボットでは、ユーザーの主体やユースケースに応じて、AI事業者ガイドライン内の関連する記載や参照箇所を案内しています。AI事業者ガイドラインの中から自分に関係する部分を探す負担を減らすことに主眼が置かれています。
使い方は一般的なチャットボットと同様であり、自身のやりたいこと・知りたいことに応じた選択肢を順番に選ぶことで、AI事業者ガイドラインの基本的な事項から各主体向けの情報まで幅広い内容を確認できます。また、チャットボットの回答にはAI事業者ガイドラインの関連箇所の記載の要約に加えて、AI事業者ガイドラインを活用する際の注意点をはじめとする参考情報やAI事業者ガイドラインへのハイパーリンクが含まれているため、ユーザーの理解の深化にも大いに寄与できます。

図表10:チャットボットで回答を確認するまでの一連の流れの例

更新の論点6:AIガバナンスに関する動向の反映

第1.2版では、企業の動向および政策動向の双方がAI事業者ガイドラインに反映されました。
企業の動向について、リスクベースアプローチの実践やAI技術の進展を踏まえた組織体制・ルールの見直し等に関するより具体的な内容が、別添2のコラム(事業者の取組事例)に追記されました。なお、これらの事例はいずれもベンチマーク・優良事例と称するに値する先進的なものですが、必ずしも全てを自社で適用する必要はありません。体制構築の考え方やリスクの大きさの判定の仕方など、自社にとって必要な要素を部分的に参照することも有効です。
また政策動向については、AI法7の施行や、関連省庁が2025年度に公表した各種AI関連ガイドラインに関する言及が追加されました。後者に関しては、総務省やデジタル庁などが新たに策定したガイドラインへの言及が複数箇所で追加されているなど、AI事業者ガイドラインでは網羅しきれない技術別・業界別の詳細な内容を他のガイドライン等で補うという前提がより明確になったと言えます。
併せて広島AIプロセスについて、事業者による自主的な情報開示を促す「報告枠組み」8に関する記載が拡充されるとともに、第1.1版で参照していた「高度なAIシステムを開発する組織向けの広島プロセス国際指針」が「全てのAI関係者向けの広島プロセス国際指針」9に吸収されているという解釈に基づき、前者への言及が後者への言及に差し替わりました。国際的な議論との整合を図りつつ、事業者による自主的な情報開示への意識向上を意図する姿勢が垣間見えます。

※広島AIプロセスおよびその関連文書の詳細は、こちらのコラム10をご覧ください。

事業者への期待

AI事業者ガイドラインは非拘束的な文書であり、今回の改定によって事業者に新たな義務が一律に課されるわけではありません。一方で、AIガバナンスを継続的に見直し、実効性を高めていくことへの期待は、より明確になったと言えます。以下、今回の改定から読み取れる事業者への主な期待を整理します。

期待1:動向の継続的な把握(関連する更新の論点:1、6)

AI事業者ガイドラインでは、一時的なものではなく継続的に見直し・改善を重ねる取り組みとしてAIガバナンスを位置付けており、後者の思想を「アジャイル・ガバナンス」と称しています。
AI技術や社会の動向の変化が加速する中では、「アジャイル・ガバナンス」の思想にのっとり、AI活用によって生じ得る便益・リスクの内容や大きさやそれに応じた対策の水準を、自社の状況に即して継続的に見直すことがより一層重要になります。一様なリスク対策を続けるのみでは、本来は防げたはずのインシデントの発生や、必要以上のリスク対策によるAI活用に対する過度な萎縮につながりかねません。AI事業者ガイドラインや政府の公表するその他の文書も参考にしながら、適切な対策の内容やその度合いを検討し続けることが事業者に期待されています。

期待2:ステークホルダーとの連携(関連する更新の論点:2、3、4)

リスクや主体、用語に関する整理が進んだことで、AI事業者ガイドラインは、部署内・部署間・事業者間の共通言語として、実務でより使いやすい内容となりました。部署内・部署間・事業者間での連携の下、AIガバナンスの取り組みを着実に検討・実践することがますます期待されています。
また「更新の論点2」の背景となっているリスクベースアプローチは、限られたリソースの中でAIガバナンスに取り組む上で重要な考え方です。一見遠回りに見えますが、ステークホルダーとの連携の下でリスクの大きさを適切に把握してから対策を検討することは、結果として限られた時間や予算の有効活用につながります。

期待3:AIガバナンスの取り組みのスタート(関連する更新の論点:5)

本編・別添合わせて200ページを超えるAI事業者ガイドラインですが、「AI事業者ガイドライン活用の手引き(案)」および総務省チャットボットを通して内容を理解し、自社に必要な箇所を把握するための心理的・実務的な負担が大きく低減されることが想定されます。このような負担を理由にAI活用やAIガバナンスの取り組みを十分に検討しきれていなかった事業者においても、AI事業者ガイドラインを手がかりの一つとして検討を進めることがより一層期待されています。

おわりに

2025年9月にはAI法が全面施行され、イノベーション促進とリスク対応を両立し、最もAIを開発・活用しやすい国を目指す方針が政府より示されました。また、AI法に基づいて設けられた内閣府「人工知能戦略本部」でも各種ガイドラインの整備・活用促進が議論されており、このAI事業者ガイドラインの重要性が今後ますます高まっていくことが予想されます。
このような方針の下で、事業者においては、立場の異なる複数の部門が対話を重ねながら、自社の事業やリスクの特性に即したAIガバナンスの取組を検討することが重要となります。

さらに、AIガバナンスの取組は単一の事業者の中だけで完結するものではありません。AIを活用したサービスやシステムが複数事業者間で提供・利用される場合には、事業者間での役割分担や説明責任の在り方も重要な論点となります。また、広島AIプロセスでも重んじられているような、自主的な情報開示や他の事業者との対話を通じた協調的な姿勢も重要となります。

このような対話や協調は、AIの活用による便益が不必要に損なわれる事態を防ぐのみならず、AIを安心して開発・活用できる社会づくりにもつながります。そのためには、経営層のリーダーシップの下で経営層と現場の各部門が連携し、状況の変化を踏まえた継続的な改善を前提としてAI活用とAIガバナンスへ一体的に取り組むことが欠かせません。その際、事業者内外の関係者が共通の認識に立って議論を行うための出発点として、第1.2版に改定されたAI事業者ガイドラインはとても有用な文書であると言えるでしょう。

執筆者

橋本 哲哉

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

本田 怜

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

杉山 郁也

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

Email

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