インド経済の潜在力と進出日系企業の課題

2016-01-15

本稿では、活発なインド経済を背景に、インドにおける日系企業が抱える課題や対応すべき規制環境に焦点を当てて解説を行います。なお、本文中の意見に係る部分は、すべて筆者個人の私見であり、PwCあらた監査法人の正式見解でないことをあらかじめお断りします。

最近の日印関係

12億人超の人口を有するインドは、民族・宗教・言語の面だけでも多様性に満ちた国であると表現されます。人口の6割から7割は農村部に暮らしており都市部との貧富の差も大きく、識字率は70%とも言われます。カースト制度や汚職、未整備なインフラなどの問題がビジネスにも影響を与えているケースもありますが、国民全体の平均年齢は20代とまだ若く今後の潜在的経済力は大きいと考えられます。
2014年5月に発足したインドのモディ政権は、これらの若い労働力を生かすべく“メーク・イン・インディア”をスローガンとして製造業の誘致に積極的で日印関係にも力を入れています。モディ首相は2014年9月には就任後最初の外遊先として日本を訪問し、安倍総理大臣も2015年12月に訪印するなど日印関係は強化されてきています。この結果、インドにおける日本の高速鉄道等の導入や原子力事業などのインフラ・エネルギー分野での協働が合意されています。したがって、インフラ・エネルギー分野の日系企業が今後インドにおいて大きな投資を行うことが想像されます。

インド規制環境の変化

インドでは、1956年に制定された会社法が長年に渡って大幅改正されずにいましたが、昨今のインドにおける会計不祥事などの影響を受けて、コーポレートガバナンスの強化を目的として新会社法2013年が公表されました。同時に旧法の整理も行われ470項目の条文に統廃合されました。470項目のうちM&Aに関する事項などを中心に187項目が未適用ですが、その他の条文は2013年8月30日から段階的に施行されています。
コーポレートガバナンス強化という新会社法制定の趣旨から、居住取締役、独立取締役や女性取締役の導入、コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ(CSR)の義務化、取締役レポートなどのフレームワーク見直しによる説明責任の明確化、監査人のローテーション制度や内部統制報告制度の導入、関連当事者取引への規制強化などが主要な改正項目となっています。
また、モディ政権発足後は、2回の予算案が発表されています。その中では、“メーク・イン・インディア”に従って、製造業のためのさまざまな税務上のベネフィットを与えるとともに、過去に存在した多数の税務訴訟を削減するための施策が盛り込まれています。具体的には、製造設備に関する投資の一部の所得控除が利用しやすくなり、一定数の新規労働者の雇用に伴う還付制度も導入されました。また、税務当局への事前相談制度の国内企業への適用範囲拡大や、移転価格の事前確認のロールバック制度の導入で、税務訴訟の削減を意図しています。2016年2月29日にも3回目の予算案が同様の方針に従って発表されると思われますので、注目が必要なところです。

インド進出日系企業が抱える課題

インドに進出する日系企業は、上記の規制環境の変化に適切に対応していくことが必要です。インドでは、規制は幅広く整備されているものの、運用面では各州によって異なる運用を行っていることもあり、判断や解釈が異なることもありますので注意が必要です。
その他、インド進出日系企業が抱える課題として以下のような内容が挙げられます。

不正リスク

海外事業での不正がグループ全体の大きな問題に発展することもありますが、新興国では一般に不正リスクが高いといわれています。インドも不正リスクは高く、不正な経費支出、購買のキックバックや在庫の横流しのような不正が見受けられます。また内部統制が脆弱であり、かつ人材の流動性が高い環境において、人件費プロセスで容易に架空口座を作成し着服するなどの手口が考えられます。企業は不正リスクに対応して、内部統制を整備運用するだけでなく、内部通報制度などの担保する仕組みを構築することも必要です。

労務リスク

インドの労務リスクとしてはまずはストライキの発生リスクです。加えて、労働組合の有無や年間10%超と言われる賃金上昇リスクをどのように管理するかがポイントとなります。これについては、日本人が対応することは難しく現地労務管理の知識と経験のある管理職の採用が必要と考えられます。

債権回収リスク

インドは貸出金利が10%超であり、支払資金を銀行から借り入れるよりも、金利がつかない買掛金支払が滞留する傾向にあり、上場企業でも支払いが遅延することが多いのが現状です。その結果、売掛金の滞留が多く発生したり個別の債権の消込ができていないケースが見受けられます。したがって、インド企業に販売するケースでは与信管理だけでなく、債権回収管理を強化することが必要となります。

税務リスク

インド政府の徴税姿勢は非常に厳しく、取れるところから取るという姿勢で税務調査に臨んできます。特に、日系企業が直面する事項として移転価格税制の問題と恒久的施設の認定があります。特に移転価格は調査の半分程度が更正を受けている現状であり、金額も多額になる傾向にあります。インドでは移転価格の文書化と会計士証明がコンプライアンスとして要求されているため、まずは規定に準拠することが必要です。場合によっては、重要な取引開始前に移転価格の観点から問題がないかどうかを分析しておくことも必要となります。

* PwC Japanのインドビジネスデスクは、インド駐在経験のある日本人2名および日印のビジネスサポート経験のあるインド人3名を含め合計12名で構成されており、PwCインドの主要都市のオフィスにも4名の駐在員を派遣しています。PwCジャパンはPwCインドと連携して、日系企業がインド進出に際して直面する課題をワンストップでサポートしています。

PwCあらた監査法人 ディレクター 尻引 善博

尻引 善博 

PwCあらた監査法人
ディレクター 

1998年青山監査法人監査部に入所、製造業を中心としたグローバル企業の会計監査業務、内部統制報告制度に基づく内部統制監査および導入・改善支援やIFRS導入アドバイザリ-業務に従事。2006年あらた監査法人入所後、2013年1月よりPwCインド(バンガロール事務所)へ赴任。
PwCインドにおいては、南インドを中心にインドに進出する日系企業のM&Aを含めた進出支援、監査業務、法人や個人の所得税、間接税、移転価格税制のアドバイス、会社設立、不正調査や人事コンサルティングなどのアドバイザリー業務を幅広く担当。2015年7月より現職復帰後、インドビジネスデスク*メンバーとして日本側からインド進出日系企業のサポートに従事するとともにセミナーの開催などを行っている。