PwC Japanグループでキャリアを積んだ後、新たな道を切り拓いて活躍している卒業生がたくさんいます。どのようなスキルや経験が、その後の仕事に生かされているのでしょうか。林佐和美さんはPwCアドバイザリー合同会社を卒業後にUN Women(国連女性機関)に転職し、プログラム分析官として世界各国のジェンダー課題の解決に取り組んでいます。今回は現在の仕事に生きているPwC時代の経験や、将来の展望について語ってもらいました。
話し手
UN Women中東・北アフリカ地域事務所
プログラム分析官
林 佐和美氏
聞き手
PwCアドバイザリー合同会社
パートナー
片山 竜
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
片山:
2021年までPwCアドバイザリー合同会社(以下、PwCアドバイザリー)に在籍された林さんは、同年9月にUN Womenに転職し、世界各国のジェンダー課題の解決に取り組んでいらっしゃいます。まずUN Womenについて詳しく教えていただけますか。
林:
UN Womenはジェンダーに関する課題解決を目的とした国連の専門機関で、世界各国の女性、女の子の権利が平等に発揮、行使されるよう支援する機関です。国連には事務局の他にUNICEF(国際連合児童基金)やWHO(世界保健機関)など専門に特化した独立機関が複数ありますが、UN Womenもそのうちの1つです。本部は米国・ニューヨークにあります。
私がPwCアドバイザリーを卒業後に初めて所属したのはUN Womenのインドネシア事務所でした。当時はコロナ禍の影響もあり日本からリモートで仕事をしていましたが、現在はエジプトのカイロにある中東・北アフリカ地域事務所に勤務しています。
片山:
地域事務所は一定エリアをカバーする組織という位置づけでしょうか。
林:
はい。本部の下に地域全体を管轄する地域事務所があり、その下に各国を管轄する国事務所があります。私が所属する地域事務所は、中東および北アフリカ地域全体を管轄しています。
片山:
UN Womenではどのようなお仕事をされているのでしょうか。
林:
データチームに所属している私の具体的な仕事内容は、大きく2つです。1つは、ジェンダーに関する国レベルのデータの収集と活用を支援する業務です。SDGsをはじめ、国際的な潮流はジェンダーに関するデータ取得の推進を奨励する流れにありますが、さまざまな事情で収集が進んでいない国や地域もあります。そこで私たちのチームは、各国の関係機関と連携しながら取得するデータの種類を提案したり、データを使った施策の立案を支援したりしています。
もう1つの仕事は、地域内で各事務所が行っている事業の進捗および成果を分析、管理する事業モニタリングです。なお、2023年から紛争が始まったガザも、私が所属する地域事務所がカバーしているエリアです。そのため、この2つの仕事に加えて、現地の女性たちに起きていることをデータとして収集、分析、発信する支援も行っています。
UN Women中東・北アフリカ地域事務所 プログラム分析官 林 佐和美氏
片山:
国際社会の最前線で活躍される林さんですが、いつからジェンダーに仕事として取り組みたいと考え始めたのでしょうか。
林:
ジェンダーというテーマに関しては大学の学部生の時から興味がありました。ただ大学生の時は、「ジェンダーについてあまり声高に主張すると敬遠されてしまうのではないか」という思いもありましたし、仕事やキャリアにするというイメージもなかなか湧きづらく、あくまでサブテーマとして位置づけていましたね。具体的に仕事にしたいと考え始めたのは、大学院で学んでいた頃です。
片山:
大学院時代には、ジェンダーを仕事にしていこうと思える直接的なきっかけがあったのでしょうか。
林:
大学院時代には自分の関心やモチベーションを肯定してくれる出会いに恵まれました。例えば各国から来た留学生たちは、自国の問題を熱心に共有してくれました。同級生たちの経験は私が日本で見聞きした経験と重なり、ジェンダー問題に仕事として取り組みたいという思いが後押しされました。
ジェンダーの課題に自信と情熱を持って突き進む先生たちからも、大きな刺激を受けました。アカデミアで学生たちに伝える取り組みをはじめ、ジェンダーを仕事にする方法もいろいろあることを教わりました。それらの経験が、現在の自分のキャリアに大きく影響しています。
片山:
世界のジェンダー課題についてもお聞きしたいです。やはり国ごとにジェンダーに関するイシューや課題は異なるのでしょうか。
林:
国によって実に多様です。児童婚や女性器切除などの問題は、日本ではあまり馴染みがないと思いますが、深刻な課題です。ジェンダーに関するデータ収集に対する関心にも差があり、ポジティブな国もあれば、文化や慣習など個別の事情から取り組みが進みにくい国もあります。
片山:
日本は先進国のなかでも“ジェンダー後進国”と言われることが多いです。その点について、林さんはどのような意見を持たれていますか。
林:
私が日本に生活拠点を置いていた約5年前と比べると、日本におけるジェンダー問題を取り巻く雰囲気は徐々に変わってきていると感じますが、それでも教育やビジネスなどさまざまな局面で、ジェンダーに関する課題がまだまだあると思います。日本の場合、制度自体は一見平等に設計されているように見えても、結果的に国会議員や企業役員の女性比率がいびつな割合になっていることなどを考えると、その制度へ参入したり制度内で活動をし続けたりする上での課題があると考えています。
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 片山 竜
片山:
林さんがPwCアドバイザリーに入社したのは2016年でしたね。入社当時、どのような印象を抱いていましたか。
林:
今でも鮮明に覚えているのが、入社直後に行われた全体研修です。コンサルティングとアドバイザリーに分かれる前の2カ月程度の新人研修でしたが、とても面食らいました。というのも、私は学生の時分にビジネスについてほとんど学んでおらず、求められているレベルの高さを痛感することになったからです。一方で、一緒に入社した同期の皆さんの中には、すでに社会人を経験してきたようなレベルの人たちもたくさんいました。どうにか食らいつこうと、必死に頑張った記憶があります。
片山:
林さんは研修後にPPP(官民パートナーシップ)チームに所属し、国内官民連携事業の導入可能性調査や事業者選定、報告書作成、財務分析、需要推計などに従事されました。もし今の仕事に生きている当時の経験や気づきがあれば教えてください。
林:
これまで私が働いてきた国連の事務所では、いわゆる新人教育やオリエンテーションなどが基本的にはなく、配属されたその日から自分のできる仕事をこなさなければなりませんでした。言い換えれば、即戦力として働くことを求められるのですが、PwCアドバイザリーで働いていた時に仕事の基本を身に付けられていたおかげで、新しい職場環境に比較的早くの適応することができたと思います。PPPチームでの実務経験も、プログラム分析官としての今の仕事に直接的に役立っています。
また片山さんとご一緒させていただいた美術館のプロジェクトなどを通じて、ステークホルダーの事業内容や興味・関心を理解してアプローチすることの重要性に気付くことができました。美術館のプロジェクトは大きな収益を出すようなものではなかったため、民間事業者の参画を募るためには、それぞれの興味・関心を理解してアプローチする必要がありました。ジェンダーの仕事も同様で、ステークホルダーの言語や興味・関心に合わせたコミュニケーションを取ってこそ、参画を促し、大きく前進させることができます。
公共・民間問わず、クライアントから信頼を得て仕事を任せてもらうためにはプロフェッショナルとして姿勢が不可欠です。それを学ばせてもらったのも、他ならぬPwCアドバイザリーに在籍していた時代のことです。
余談ですが、インドネシアの事務所の面接では、前職がPwCアドバイザリーであったことが採用を後押しする理由となりました。募集があったのは、インドネシアが議長国としてG20の開催を準備している時期で、仕事の内容は、ジェンダーに関するテーマのディスカッションポイントをリサーチ、報告するというものでした。G20は経済的な成長が主なテーマになっており、ジェンダーに関しても女性の経済的なエンパワーメントという観点が求められていました。いわば、社会課題に対して経済性やビジネス的な視点も含めて捉えることができる人材が求められていて、PwCアドバイザリーにいたということが採用者の目に留まり、合格に至ったと後々教えてもらいました。
片山:
林さんが新しいキャリアを築くにあたって、PwCブランドが貢献したというお話はうれしい限りです。今でもPwCのメンバーや卒業生とのつながりはあるのでしょうか。
林:
対面でお会いする機会はあまりありませんが、オンラインではたびたびコミュニケーションを取らせていただいています。直近では、退職直前に関わっていたプロジェクトのメンバーと近況報告を行いましたし、PPPチームから転職した元メンバーからは定期的に会合などに誘ってもらっています。
片山:
国際機関でPwC卒業生やコンサルティング業界出身者と交流するケースもあるのでしょうか。
林:
まだ現場でPwCの方と直接お会いしたことはありません。ただ現地の日本人の会合では、業界出身者とお会いして情報交換する機会は少なくありません。私は現在、外務省の派遣事業を通して国連で働かせていただいているのですが、同期にPwC卒業生の方がいらっしゃいました。コンサルティング業界出身者が国際機関で働くというケースも少なからずある印象です。
片山:
今後も世界の最前線で活躍されていくと思われますが、林さん自身が考えている今後の展望について教えてください。
林:
これからもジェンダーという大きな軸を中心に仕事をしていき、「ジェンダーに取り組むことの大切さ」をより広く認知してもらうことが当面の目標です。
取り組みの大切さに対する認識は、流入する資金や人材、ひいては「どれだけのことができるか」に直結します。そのため、ジェンダーに取り組むことは決して観念的な話ではなく、現実問題として大切であり、そのアクションにはさまざまな利益やメリットが伴うことを周知していきたいです。その際に、ジェンダーに関心のない人にも分かりやすい指標となるデータはきっと重要になると思っています。既に関心がある人たちだけでなく、より多くの人に重要だと気付いてもらうために、プログラム分析官としての役割を果たしていきたいです。
片山:
情熱や感情は大事ですが、林さんとしては冷静かつクールにジェンダー課題解決の実益性を明らかにしていきたいということですね。
林:
はい。データはジェンダーにあまり興味がない、あるいは現状ではあまり優先順位が高くない方々に対して比較的アプローチしやすい言語だろうと考えています。ジェンダー問題の周知に取り組むにはたくさんのやり方があると思いますが、自分としてはPwCアドバイザリーで積み上げた経験を活かし、データを通じてジェンダーに取り組む大切さを周知していきたいです。
もう1つの目標は、ジェンダーをより広いテーマとして認知してもらうことです。ジェンダー問題に取り組むことは、女性だけではなく、より多くの人々の生きづらさを軽減させる可能性を秘めていると考えます。その可能性を認知してもらえる一助となれたらと考えています。
片山:
PwC Japanグループには、公共政策を取り扱うプロジェクトに携わっているチームも多いです。林さんがいつかPwCに戻られて、それらの部門をリードするということもあるかもしれませんね。もちろんPwCの外部にいたとしても、いつか何かのプロジェクトでご一緒できる機会がくると思っています。
林:
そうなれば本当にうれしいですね。外に出てみて、PwCが掲げる「Build trust in society and solve important problems」(社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する)」というパーパスの素晴らしさを改めて実感しました。いつかこのパーパスを実現していけるような仕事でご一緒させていただきたいです。
片山:
最後に読者に向けてメッセージをいただけますか。
林:
私は仕事で困難にぶつかると、「PwCメンバーだったらどう行動するか。自分にどんなアドバイスをくれるだろうか」と脳内でシミュレーションすることが習慣になっています。そして皆さんの素晴らしい活躍の知らせは、海外にいる自分にとっても大きな励みになっています。いつも素晴らしい出会いや刺激をくれるPwCの皆様には、改めて感謝を伝えたいです。
PwCにはさまざまなプロジェクトがあり、自分が想像もしなかったような仕事に出会える機会があります。もしPwCのメンバーに加わることを考えている方々がいらっしゃるのであれば、「これから先の出会いや縁を大切にしてほしい」と伝えたいです。真摯にプロジェクトに取り組むことで成功の一翼を担えますし、その経験が将来の自分を支えてくれるはずです。
片山:
今日は何より、林さんの元気な姿を拝見できてうれしく思いました。海外では想像もできないようなことが日々起こると思いますが、そのなかで自身を貫いて活躍されていることを知り、鼓舞される思いです。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。
前任のUN Womenナイジェリア事務所のメンバーより贈られたシャツを着て
林 佐和美
UN Women中東・北アフリカ地域事務所 プログラム分析官
PwCアドバイザリー合同会社にて官民連携事業に携わった後、UN Women(国連女性機関)インドネシア国事務所およびナイジェリア国事務所にて、ジェンダー主流化、ドナーとの連携、平和・安全保障に関する業務などを担当。2023年1月からUN Women中東・北アフリカ地域事務所にて、プログラム分析官としてジェンダーに関するデータ収集・分析・活用支援、事業モニタリング支援などを担当。東京大学教養学部卒業、コロンビア大学国際公共政策大学院修士課程(国際開発・ジェンダー専攻)修了。
片山 竜
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
2001年にPwCアドバイザリー株式会社(当時)に入社後、PFI・PPPのアドバイザリーサービスを手掛ける。
主に国や地方自治体など公的機関へのアドバイスを中心に、近時では公的不動産の有効活用や地域活性化などにも従事。