
PwC Japan グループでキャリアを積んだ後、新たな道を切り拓いて活躍している卒業生がたくさんいます。どのようなスキルや経験が、その後の仕事に生かされているのでしょうか。前山貴弘氏は、プライスウォーターハウスクーパース税務事務所(当時)卒業後に個人・中小企業向け業務ソフトを開発・提供する弥生株式会社に入社。現在、代表取締役として同社を牽引しています。今回は現在の仕事に生きているPwC時代の経験と将来の展望について語ってもらいました。
話し手
弥生株式会社
代表取締役 社長執行役員
前山 貴弘氏
聞き手
PwC税理士法人
パートナー
内山 直哉
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
内山:
前山さんは現在、弥生株式会社で代表取締役を務めていらっしゃいます。まず同社の事業について教えていただけますでしょうか。
前山:
弥生はスモールビジネスを支えるインフラとして日本の発展に能動的に貢献するというミッションを掲げ、業務効率化を支援する会計ソフト「弥生シリーズ」などを開発・提供しています。弥生シリーズのユーザー数は個人事業主、中小規模法人、またそれらを顧客に抱える会計事務所を中心に310万以上となっています。
内山:
中小事業者向け会計ソフトの領域では国内最大手企業ですね。
前山:
おかげさまでそのような評価をいただいております。また会計ソフトに限らず、給与計算ソフト、販売管理ソフト、見積・納品・請求ソフトなど各種製品をクラウドとオンプレミス環境でご提供しています。さまざまな製品開発を通じて、スモールビジネスのあらゆるニーズにお応えしていくのが私たちの目標です。
内山:
前山さんは当時の公認会計士二次試験に合格された後、プライスウォーターハウスクーパース税務事務所(当時)を経て弥生に入社されました。しばらくして弥生を一度退社され、MBA取得のため海外留学に挑戦し再入社されています。最初に弥生に入社されたきっかけについて教えていただけますか。
前山:
私が入社する以前、弥生はlivedoorグループの100%子会社で、私が入社したのはlivedoorグループ再編成の流れのなかで弥生が独立するタイミングでした。グループを抜けることになった弥生にとって管理部門の強化が課題となっていた一方で、上場準備をする方針も掲げられていました。関連業務に従事する人材が求められていたのですが、そこでPwCの卒業生からお声がけいただき、入社することになりました。
弥生では、マーケティングや社内販売管理システムのリードなど、専門領域とは異なるさまざまな業務を経験しました。会計士としてのバックグラウンドをベースにビジネスの理解に努めながらさまざまな業務に取り組んだ日々は、とても新鮮かつ貴重な時間となりました。
その後、あるファンドが弥生の新しいオーナーとなり、紆余曲折を経て上場の話は霧散します。株主変更後も社内のさまざまなチャレンジを牽引しましたが、もともとの管理部門強化という面も含め、一定の役割を果たせたのではないかという自負もあり、次のキャリアを模索することになりました。
内山:
私が一度プライベートで米国旅行に行った際、留学中の前山さんと現地でお会いしましたね。当時、米国のクラスメイトとは、「MBA取得後にどのような仕事に就くかよく議論する」とおっしゃっていたことを覚えています。日本に戻って弥生に再入社されたのはなぜでしょう。
前山:
直接的なきっかけは、弥生の前社長から「そろそろ戻ってこないか」と打診をいただいたことです。前社長はMBA留学に行く際にも背中を押してくれましたし、米国から帰ってきた後も年1回ぐらい食事に行く間柄が続いていました。今思えば、その言葉がどこまで本気だったかは分かりません。それでも私にとって、弥生の雰囲気や事業に関わった経験はとてもポジティブなものでしたので、再入社という選択肢も検討余地があるものでした。
また再入社を検討していた頃は、テクノロジーがどんどん進化していた時期でもあります。会計士としてユーザー視点に立っていた私は、テクノロジーを駆使することで世の中の業務ソフトをより洗練させることができると考えていました。弥生で新たな可能性を実現していけるのではないか。そう感じて最終的に再入社を決心しました。
弥生株式会社 代表取締役 社長執行役員 前山 貴弘氏
内山:
前山さんは2001年にプライスウォーターハウスクーパース税務事務所に入社されています。その経緯について教えてください。
前山:
じっくり思い出してみましたが、内山さんに誘われたからなのですよね。会計士試験の勉強をしていた頃は、二次試験に受かっても落ちてもしばらく海外に行きたいと考えていました。試験勉強の日々に精神的な閉塞感を感じていて、どこか解放されたいという心理があったのだと思います。
漠然とそのようなことを考えていた大学の夏休みに、同級生だった内山さんにPwCの説明会に誘っていただきました。試しに一緒に行って話を聞くと、なかなか面白そうで興味をそそられました。私たちが就職活動をしていた頃は売り手市場で、PwC側も「ぜひぜひ面接を受けに来てください」というスタンスでした。流れで採用面接を受けたら内定をいただくことができ、そのまま就職することに。何か高尚な理由があった訳ではないのです。
内山:
夏休みに会計士試験が終わって合格発表まで暇を持て余していて、2人で同じ会計事務所でアルバイトしていましたよね。その後、プライスウォーターハウスクーパース税務事務所には2005年まで4年間在籍されることになるのですが、当時はどのような業務に従事されたのでしょうか。
前山:
まずタックスコンプライアンスの仕事から始まり、年次が進むにつれ国内およびクロスボーダーの税務コンサルティングに携わるようになりました。当時のクライアントには、外資系企業の日本子会社や支店が多かったです。私が担当したクライアントもほとんどが外資系企業の関連会社。申告書のサポートやその後の対応が主な業務でした。
内山:
特に印象に残っている案件はありますか。
前山:
いろいろありますが、ある企業の税務調査が特に印象深く記憶に残っています。その企業は比較的大きく、現在も成長を続けています。私は末端のポジションだったため、最前線で窓口となりさまざまなやり取りに対応しました。
また外資系子会社同士の合併案件も印象深い経験です。合併自体はとてもシンプルな話だったのですが、よく分からないことを自分なりにいろいろ調べて業務に臨んだことが思い出深いです。
PwC税理士法人 パートナー 内山 直哉
内山:
PwCは前山さんが初めて社会人として仕事した場所です。ハードな仕事も多かったと思いますが、現在の仕事に生きている経験や学びはありますか。
前山:
年が経てば経つほどPwCで学んだことが血肉になっていると感じます。仕事を通じて教えてもらったこと、自分自身で調べて知ったことなど細部の話はとても多いのですが、総体としては物事を捉えて考える力や、思考を深める方法を養えたことが大きな財産になっています。
物事や仕事について、知らないことや初めてのことはたくさんあります。その際、PwCでは「そもそもこの取引の本質は何なのか」「どういう目的で経済取引が行われているのか」など根本的な問いから出発し、時間が許す限り論理を積み上げることを真面目に徹底していました。これは当たり前のようで、実はとても難しいことなのです。
プライスウォーターハウスクーパース税務事務所を辞めてほどなくして、私は弥生で管理部門の仕事に従事していました。ある日、社内の販売管理システムにトラブルが発生するのですが、社長は私に「何とかしろ」と命じました。私はエンジニアでもないですし、ソースコードを書くこともできません。システムに関しては全くの専門外でした。それでも何とか乗り切ることができたのは、PwC時代に培った新しい仕事に対する整理の仕方、解決策の見つけ方、会計士として習慣化されたロジックの積み上げがあったからです。
世の中は全てつながっていて、知らないことでもしっかりとアプローチすれば専門家とも大枠で議論を進めることができる。その経験と確信は、私のキャリアにおいて大きなターニングポイントになりました。
内山:
前山さんがPwCを離れて約20年経過しています。当時を振り返って、PwCで働く魅力やキャリア形成のメリットについてはどう捉えていますか。
前山:
これまで話してきたことに加えて、それを可能にするメンバーの意識や能力が高いことが魅力の1つではないでしょうか。正しいことに正しくアプローチする姿勢やマインドセットは、自分ひとりで保ち続けることが難しいものです。自分もしっかり頑張らないといけないと思わせてくれる環境があることは、非常に恵まれたこと。また多少の冒険に関しては、上司やパートナーが積極的に背中を押してくれます。それもまた他社では得難い魅力の1つですね。
内山:
弥生は会計の世界とテクノロジーをつなぐ企業だと認識しています。昨今、テクノロジーの加速度的な進展が叫ばれるなかで、前山さんはどのように環境を認識していますか。また弥生が進むべき道についてはどのようにお考えでしょうか。
前山:
AIやクラウドなど、テクノロジーに関しては現時点でもさまざまな論点があります。ただ私自身は大きくざっくり捉えるようにしています。
まず会計においては数字をつくるという観点と、その数字を利用して判断するという観点があります。前半はどちらかというと財務会計を意識した世界。後半はそれをベースにした管理会計の世界です。
数字をつくる部分はAIや機械に置き換わっていく分野です。正確性は年々向上しており、今後も人の手を介さずにいかに効率化していくかという観点で発展を遂げていくはずです。一方で集められた正確な情報や結果から、どのような示唆を導き出すか、また次にどのようなアクションに落とし込むかに関しては、専門家である会計士、税理士が存在意義を発揮できる領域です。むしろテクノロジーの発展に伴い、時間やリソースをより集中させることができる領域になると考えています。
会計ソフトや税務ソフトは、データを記録する媒体です。突き詰めればソフトはなんでもよく、重要となるのはデータの量と質です。ビジネスの世界においては今後、ソフトウェアを通じてデータをしっかり管理していく世界にさらに進むことが求められるでしょう。
弥生の立場としては、溜まったデータ、もしくは将来的に溜めていくデータの精度を上げ、後半のアクションである管理会計や税務会計の判断材料として、事業者や会計事務所にいかに情報をフィードバックするかに軸足を移していくと思います。言い換えれば、「入力しやすい会計ソフトをいかにつくるか」ではなく、「情報を確実かつ精度高く、必要な時に取得できる仕組み」として発展させる方向に進んでいく方針です。
また多くの中小企業や個人事業主の方々に利用いただいている弥生は、日本の経済実態を取り扱う企業でもあります。中小企業および個人・フリーランス向け経済施策のインパクトや波及効果をタイムリーに把握することで、国や自治体をサポートする。そんな社会的価値も追求していきたいと考えています。
内山:
巷では生成AIが流行すると会計士や税理士の仕事はなくなるとも言われています。PwCでも生成AIを業務で活用し始めていますが、前山さんの見解はいかがですか。
前山:
一部、「Yes」でしょう。ただ例えば、生成AIの文章を読んで理解できる人がどれだけいるかという側面がある。また文章の正確性のチェックや、実務やアクションに落とし込む上での注意点の示唆など、総合的なコンサルティングやサポートを生成AIが代替するのは難しいと思います。内容のアグリゲーションでAI活用の幅は広がると思いますが、あくまで人間が使う道具であり機械であるという属性は変わらないのではないでしょうか。
一方で、AIがつくったもので良しとする人たちも一定層増えるでしょう。必ずしもサポートまで提供してほしい訳ではないユーザーにとっては選択肢が広がることにつながりますので、その点も私はポジティブに捉えています。
内山:
私たちにも数字をつくることに注力しがちな歴史がありました。今後は数字やデータを分析して洞察を深め、いかにクライアントにアドバイスできるかに軸足が変わってくると思っています。現在のお立場から、PwCのようなプロフェッショナルファームに期待されることを教えていただけますか。
前山:
変化は着実に起きるだろうし、私たちも中心になってその変化を起こしていきたいと考えています。ただし変化は誰にとっても初めてのことであり、みな悩みながら前に進むことになると思います。
今後、個人会計事務所や中小規模の税理士法人が、問題意識を持ってアクションを起こすかもしれません。その際、PwCには新しいテクノロジーへの投資を惜しまず、変化に対応するための試行錯誤において先頭に立ってほしいというのが私の思いです。規模や働いている人の英知、資金力なども含めてPwCの影響力はとても大きいですから。また新しい挑戦やテクノロジーの利用・実装で得た知見を、周囲の会計士たちに還元する役割も期待しています。
内山:
税務は間違えるとクライアントにもペナルティがかかりますので、保守的な面はどうしても出てしまいます。ただ前山さんとお話しするなかで、マインドセットを変えて、リスクマネジメントをしつつも新しいことに挑戦していくことが大事だと改めて思いました。
PwCを含め、プロフェッショナルファームに興味を持つ若い方々は増えていると思います。最後に読者に向けてメッセージやアドバイスをいただけますか。
前山:
PwCは、最前線のテクノロジーをプロフェッショナルワークに取り入れる取り組みにおいて、量・質ともに先頭に立つファームです。テクノロジーとの共存を意識した仕事の仕方や知識・経験は、これからの時代に欠かせないスキルとなっていくでしょう。キャリアの初期にその最先端の環境に身を置くことができれば、若い方々にとってとても有益な財産になるはずです。
またPwCをはじめとしたプロフェッショナルファームには、仕事に対して高いモチベーション、要求水準、使命感を持った人たちが多く集まります。切磋琢磨できる環境で、キャリアの広がりを担保する土台を築いてほしいです。
内山:
本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
前山 貴弘
弥生株式会社
代表取締役 社長執行役員
1977年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)およびシンガポール国立大学の経営大学院修了。2001年にプライスウォーターハウスクーパース税務事務所(当時)に入社し、国内およびクロスボーダーの税務コンサルティングに携わる。2007年弥生株式会社入社、2011年退社。その後、国内のファイナンシャルアドバイザリーファームにて日系企業の海外子会社再建、国内事業再編などの支援業務に従事。2020年に再び弥生に入社し、取締役管理本部長に就任。2023年より代表取締役社長執行役員。税理士・公認会計士資格を保持
内山 直哉
PwC税理士法人 パートナー
1977年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。2001年、プライスウォーターハウスクーパース税務事務所(当時)入所。税務申告業務、M&Aに関する税務アドバイスなどに関与する。2009年から2011年までPwC米国シカゴ事務所に駐在。日系企業を中心に米国連邦税・州税のコンプライアンス業務、組織再編に関する税務アドバイザリー業務に従事する。
帰国後は、日系企業の海外投資に関する税務アドバイザリー業務や大規模日系企業の税務申告やグローバルミニマム課税を含む国際税務のアドバイス、企業の税務機能を担うタックス・マネージドサービスの業務に従事している。