
PwC Japanグループでキャリアを積んだ後、新たな道を切り拓いて活躍している卒業生がたくさんいます。どのようなスキルや経験が、その後の仕事に生かされているのでしょうか。幸地正樹氏は、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)で官公庁向け支援に従事した後、社会的インパクトマネジメントやインパクト投資などのコンサルティング業務を行うケイスリー株式会社を立ち上げ、世の中の手が届かない数多の社会課題解決に取り組んでいます。本対談ではインパクト領域の現況、PwCで得た経験、将来的な事業展望など、複数の視点からキャリアについて語ってもらいました。
話し手
ケイスリー株式会社
代表取締役社長
幸地 正樹氏
聞き手
PwCコンサルティング合同会社
パートナー
大橋 歩
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
大橋:
幸地さんはPwCコンサルティングで官公庁向けの戦略策定、予算査定、事業者調達、実行支援などに携わった後、2016年にケイスリー株式会社を創業されました。まず事業内容についてご紹介いただけますか。
幸地:
ケイスリーは行政、企業、NPOなどあらゆる団体が、社会課題解決を目的とした意思決定を行うための支援を行っています。より具体的には、成果連動型民間委託契約(PFS/SIB)、社会的インパクトマネジメント、インパクト投資など、社会課題解決を軸にした施策や業務のコンサルティングを行う企業です。
私たちは「意思決定を革新し、より良い社会をつくる」というミッションを掲げ、「Impact First」「Be the Change」「Respect」という3つのバリューに沿った行動を重視しています。支援する側と支援される側という枠組みを取り払い、あらゆる団体が対等な立場で社会課題に向き合える世界を実現していくことを目指しています。
これまで、複数の地方自治体による広域PFS/SIBの導入支援や、民間企業のインパクト投資戦略策定およびインパクト測定マネジメント(IMM)の実装支援、教育領域に取り組む公益財団法人の社会的インパクトマネジメントを活用した戦略策定支援など、行政、事業会社、非営利組織の支援を行いながら実績を積み上げてきました。コンサルティングを行う領域としては、ヘルスケア、文化芸術、教育・子ども、環境・エネルギー、まちづくり、データ活用など多岐にわたります。
2019年には、人々の行動変容を促すためのAIエンジンを開発するプロダクト事業も立ち上げて資金調達をしましたが、軌道に乗ってきたためスタートアップとしてスピンアウトさせ、現在は改めてコンサルティング事業に集中している段階です。
大橋:
ケイスリーは2023年4月にシンクタンク「沖縄かふう共創部」を創設し、沖縄に根差した社会課題の解決にも注力していくとしています。沖縄ではどのような事業展開を構想していますか。
幸地:
沖縄では社会課題に関する調査を含めた、さまざまな事業開発を手がけたいと考えています。
例えば現在は公益財団法人と協業して、琉舞やエイサーなどの伝統芸能および民俗芸能と子どもの体験に関する実態調査を行っています。コロナ禍以前から沖縄の伝統芸能を体験できる機会は減少傾向にありましたが、コロナ禍によりそのスピードはさらに加速しました。しかもその実態はまったく把握されていません。私たちは子どもたちの声を直接聞くことにもこだわり、離島を含めた現場に通いながら、インタビューを中心とした調査を実施しています。
もう1つは、「こども食堂」に関する調査です。これに関しては「子どもが笑顔になりました」など定性的な成果やストーリーは数多く語られている一方で、定量的な変化はほとんど捉えられていません。そこで、全国のこども食堂を支援する非営利団体と一緒に、沖縄県と大阪府堺市を対象とし、子どもと保護者の変化に対する定量調査を行っています。
沖縄は他地域と比べて一体感が強く、地域全体で社会課題の解決に取り組むことができる素地があります。2~3年かけて関係性をつくりながら、社会の利益になる事業を構築していきたいです。
ケイスリー株式会社 代表取締役社長 幸地 正樹氏
大橋:
私はPwCコンサルティングの公共事業部に所属しており、貧困対策などインパクト領域の事業はとても重要なので取り組みたいところではあるものの、国があまり予算をかけていないため、ビジネスとして成立しづらいと感じています。一方でケイスリーは、世の中の手の届きにくい社会課題に率先してフォーカスしている印象です。日本のインパクト領域における先駆者として多くの実績を積み上げてこられた幸地さんですが、同事業や活動の本質をどのように考えていますか。
幸地:
当社の創業のきっかけとなったソーシャル・インパクト・ボンド(以下、SIB)やインパクト投資、はたまた社会的インパクトマネジメントとは何かを考え続けてきましたが、総じて「社会の在り方に対する視点を広げるための取り組みやツール」なのではないかと捉えています。
現代の資本主義社会は、格差の拡大、外部性、もしくは成長しないと維持できないなど明確な課題が見えているのに関わらず、その変化は遅々として進んでいません。インパクトというツールに関わるということはその変化を促すことであり、お金ではない“何か”に価値基準を置いたエコシステムづくりを進めることです。
大橋さんのご指摘にもあったように、内閣府や行政が「お金や人を出せない」と結論づける背景には、「儲かるのか、儲からないのか」という価値基準があります。しかしお金以外の視点で見れば、予算をつけ、しっかり人を送り込んだ方が社会にとって有益であることが明確なケースは山ほどあります。
また、個人がお金ではない価値観に意味を感じている、もしくは社会のために働きたいと考えていても、既存の組織の論理や社会全体を変化させるコストがとても高いため、慣習的に突破できないシーンも多く存在します。インパクトの追求は、その慣習を突破するための取り組みだと言い換えることができるのではないでしょうか。
大橋:
インパクト領域が広がっていくためには、関係者の多様なボトルネックを取り除いていくことが重要だという指摘ですね。
幸地:
そうですね。ここ数年で社会の流れも変わってきていると実感しています。根っこでは皆、お金以外の価値観があり得ると思っていて、それが少しずつ表出しているのです。とはいえ、大企業など大きな組織であればあるほど変化に時間がかかります。今後、潮目がさらに変わるタイミングがやってくるのではないでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 大橋 歩
大橋:
幸地さんは沖縄出身ですが、幼い頃から沖縄に対して強い思い入れがあったのでしょうか。
幸地:
昔は沖縄を早く出たくて、大学は東京にある東洋大学を進学先に選びました。東京で一人暮らしをしているうちに沖縄の良さを改めて自覚することになり、「将来的に地元に貢献したい」と強く思い始めました。しかし大学時代の私はやりたことが明確なわけでもありませんでした。そこで「いろいろな人といろいろなジャンルの話をすれば、ヒントが見えてくるのではないか」と考えたのです。そうして就職先に選んだのが株式会社リクルートHRマーケティングでした。
そこでは企業の人材関連業務を支援しながら、経営者の方々から直接お話を聞く機会に恵まれました。そのうち「人は一番大事だけれど、社会にはさまざまな課題やその対応策がある。世の中の課題にしっかり対応できるようになりたい」という意識が芽生え、入社から3年ほど経過した頃に転職を考え始めました。
大橋:
就職先として選んだのが、後のPwCコンサルティングにつながるベリングポイント株式会社ですね。幸地さんはどのような観点で転職活動を検討されたのでしょうか。また入社の決め手は何だったのですか。
幸地:
沖縄で需要の大きな職種と言えば、行政か金融かインフラです。将来沖縄に貢献したいと考えた時、個人的に興味・関心が高かったのは行政。そこで行政系の課題解決を支援しているコンサルティングファームを探しました。するとベリングポイント株式会社の公共事業部門が単独で採用募集していました。高い英語力が必須ではないという珍しい求人で、すぐに応募を決めました。
大橋:
公共事業部に在籍中はどのようなプロジェクトに関わられたのですか。
幸地:
入社当時、ちょうど内部統制報告制度が導入されたタイミングで関連プロジェクトに関わりました。政府や自治体の業務最適化プロジェクト案件も多かったです。在籍期間のうち約2年間は、月曜日に大阪に行き、金曜日に東京に帰ってくるような出張生活も経験しました。厳しくも、とても楽しい日々だったと記憶しています。
大橋:
公共事業部に在籍中にも、社会課題に関する事業に関わっていたのですか。
幸地:
全く関わっていません。社会課題に関心を持ったきっかけはSIBのパイオニアのトビー・エクルズ氏の「投資で社会変革を」というプレゼンテーション動画を見たことです。
当時、官民連携の取り組みを主に支援していたのですが、とてもモヤモヤしていました。企業は契約までは頑張りますが、その後はコストを削減することや、とにかく進めていくことだけに目が向きがちになる。一方、行政は社会のためという目的を掲げるものの、現場では目の前のことしか考えられなくなるという実情を目の当たりにしていたからです。
そんな矛盾を抱えていた時期に、行政と企業が社会課題解決のために目線を合わせて取り組む契約の仕組としてのSIBを知り、日本でも普及させていくべきだと燃え上がりました。自ら社内で勉強会を開催したり、社外で個人として勝手にセミナーを開催したり、資金計画や事業計画を作って新規事業として上司に掛け合ったこともあります。ただ当時は、行政の中にさえ関心を持っている人がほとんどいない時期。市場もなく、説得することは叶いませんでした。
時を同じくして、2014年頃から日本財団がPFS/SIBやインパクト投資を日本でもやっていくべきだと動き始め、私はプロボノとして参画することにしました。その後、日本財団の活動は次第に経済産業省などに認められ、予算をつけたモデル事業が始まることになります。私は有給休暇を使ってプロボノ活動に従事したのですが、持続的ではないと判断し、思い切ってPwCを辞めることを決めました。なお当時の上司からは「駄目だったら戻ってこい」と背中を押していただきました。
大橋:
PwCに在籍していた時と外に出た後では、インパクト領域に関われる幅は全く違いましたか。
幸地:
全然違いましたね。そもそも当時は市場が存在しませんでしたし、社内で関わろうにも限界がありました。ただ現在ではインパクト領域に市場が生まれ、PwCコンサルティングを筆頭に、大手コンサルティングファームが続々と参入しています。PwCコンサルティングに残っていれば実現できた案件も多くあったと思います。
大橋:
逆に外に出てから感じるPwCの良さはありますか。また、ケイスリーを立ち上げられてから、PwC在籍者やアルムナイとのつながりはありますか。
幸地:
海外との連携は言うまでもないですが、メンバーのバックグラウンドが非常に多様な点が魅力だと思います。ケイスリーでは特定の領域の専門的な知見が必要だったり、規模が大きな案件は単独で受けられなかったりすることもあるので、どのような案件が来てもしっかり対応できるPwCの人材の多様性は強みだと改めて感じています。「PwCだから実現できた案件もあった」と言ったのは、そういう理由からです。
なおPwC時代はとても上司に恵まれました。誤解を恐れずに言うのであれば、上司ではなく友達のような近しい関係性で仕事させていただきました。そういう関係は今でも続いていて、大阪や東京に出張する際、または相手が沖縄に出張してくる際に、時間を合わせて食事することもしばしばあります。
大橋:
今後、ケイスリーが事業を展開していく上でPwC Japanグループに求めたいことはありますか。
幸地:
現在、インパクト領域に対する政府や大企業の関心はかなり高まっています。だからこそ、トップのメッセージがとても重要なタイミングでもある。各界トップの声を取りまとめて、発信・連携する体制づくりにおいてコンサルティングファームの中で先陣を切る。そんな役割を期待しています。
またPwCのクライアントネットワークは強力です。既存のネットワークや案件を通じて、大企業のマインドチェンジを牽引する取り組みを展開してもらえるとうれしいですね。
大橋:
すごく重要な宿題をいただいた感覚です。最後にケイスリー社の今後の展望についても教えてください。
幸地:
私たちは、一人ひとりが「今、幸せだ」と感じられる瞬間を増やしたいと思っています。そのために、ネガティブな要因や社会課題の解決を図りながら、社会のOSを変えていきたい。一方、ネガティブな要因だけを変えても、なかなか幸せは感じにくいものです。土壌を整えながら、ポジティブな瞬間を増やせる事業を多様に手がけていきたいです。例えば、幼少期の体験は幸せを形づくるもの。調査の先に、幼少期の体験を豊かにする事業を展開していくことも私たちの展望の1つです。
現在、ケイスリーは第2創業期のようなタイミング。今後は沖縄にも人を増やしながら新しいモデルをつくり、全国や海外と連携しながら、世の中が変わっていける実感を持てるよう仕事に励みたいと思います。
大橋:
心強いメッセージをいただき、ぜひ沖縄で仕事をご一緒したいと思いました。本日は貴重なお話ありがとうございました。
幸地 正樹
ケイスリー株式会社 代表取締役社長
プライスウォーターハウスクーパース株式会社(現PwCコンサルティング合同会社)で官公庁向け戦略策定から予算査定・事業者調達・実行支援などの経験を経て、2016年ケイスリー創業。成果連動型民間委託契約(PFS/SIB)や、社会的インパクトマネジメント、インパクト投資など、社会課題解決を軸にしたコンサルティングを行う。
内閣府次期PFSアクションプラン検討会議 民間有識者(2022年~)
内閣府沖縄総合事務局 市町村施策支援アドバイザー(2022年~)
一般財団法人社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ 理事(2020年~)
琉球大学 非常勤講師(2016年~)
The Global Steering Group for Impact Investment(GSG)国内諮問委員会 共同事務局(2016年~)
沖縄県那覇市出身。
大橋 歩
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
地方銀行シンクタンクに10年以上勤務し、中堅・中小企業やスタートアップの事業計画および経営改善計画の策定、新規事業の立ち上げ、組織・人事改革推進など、経営課題に直結するテーマを中心に扱い、70社以上のプロジェクトに責任者として従事。
現職では、内閣府の担当パートナーとして、内閣府におけるさまざまな委託事業・補助事業の責任者として、プロジェクトマネジメント業務に従事。特に人材確保支援・人材マッチング、中小企業・スタートアップ支援、デジタル田園都市国家構想交付金活用など、「地域・中小企業の活性化」分野について豊富な知見・実績を有する。