さいたま市立 片柳中学校 加藤校長先生インタビュー

「これまでの仕事」ではなく「これからの仕事」を想像してほしい

  • 2023-05-19

PwC Japanグループは、10年後の未来に必要とされる仕事やスキルについて考え、新しい未来の仕事のアイデアを発想する、デザイン思考をベースとした「未来のしごと」ワークショップを、全国の公立中学校向けに無償で提供しています。2023年2月14日に中学1年生の生徒約100人がワークショップに参加したさいたま市立片柳中学校の加藤明良校長先生に、総合的な学習の授業の一環として本プログラムを選ばれた理由などを伺いました。

「これまでの仕事」ではなく「これからの仕事」を想像してほしい

―― 「未来のしごと」プログラムに興味を持たれた経緯を教えてください。

加藤校長先生:
一番のきっかけはコロナ禍です。2020年3月以降、あらゆる学校行事は中止・延期を余儀なくされました。コロナ禍以前、さいたま市の中学校では1年生から2年生までの時期に3日間の職業体験学習を実施していたのですが、それも中止になりました。ですからオンラインで職業に関する学びの機会を作れないかと考えたのです。

その相談をプログラミング教育の推進に取り組んでいるNPO法人にしたところ、PwC Japanグループの「未来のしごと」を紹介されました。実を言うと、私はその段階でPwC Japanグループについてよく知りませんでしたが、企業にコンサルティングなどのサービスを提供するだけでなく、人材育成や次世代を担う学生を対象としたプログラムを提供していると伺って興味を持ちました。

―― 「未来のしごと」プログラムは、中学生や高校生が10年後に必要とされる仕事やスキルについて考えるプログラムです。なぜ、このプログラムが生徒たちに必要だと判断されたのでしょうか。

加藤校長先生:
近年、生徒たちを取り巻く社会環境は劇的に変化しています。彼らが社会に出る10年後には技術革新や産業構造の変化がさらに進んでいるでしょう。そうした状況では職業に対する考え方も、これまでのままでは限界があると考えたからです。

従来の職業体験学習は、今ある仕事の内容について学び、その仕事に就くためには何をすればよいのかを考えるものでした。教師の指導も、生徒のどの部分を伸ばせばその仕事に就けるのかを考えるものでした。

しかし、今後は生徒が憧れている仕事であっても、生徒が社会に出るころにはその仕事が思い描いていた内容とは大きく異なることも十分に考えられます。今、あらゆる業種では自動化やロボット化が進んでいますよね。そうなると、そもそもその仕事が消滅する可能性もあると思うのです。

―― 英国オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授とカール・ベネディクト・フレイ博士1は2015年、米国では10年から20年内に労働人口の47%が機械に代替可能だと試算しました。そうなると会社と従業員の関係もこれまでとは大きく変わりますね。

加藤校長先生:
そのとおりです。日本の終身雇用制度は崩壊しつつあり、今後は一度決めた仕事に生涯就くという時代ではなくなります。そうした時に必要なのは、「将来は何を仕事にしたいのか」「そのためには何をすべきなのか」を自分の頭で考え、スキルを磨きながらキャリアアップできる行動力と発想力です。そうしたスキルを身に付けるには、今までのキャリア教育では不十分なのです。

お話を伺った方: さいたま市立 片柳中学校 加藤明良校長先生

「自分の頭で考える」主体性を身に付けないといけない

―― 内閣府が2018年に7カ国を対象に実施した「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」では、日本の若者(13歳~29歳)は諸外国の若者と比べて、自己肯定感や将来に対する希望感が低いということが分かりました。加藤先生はこの結果をどのようにご覧になっていますか。

加藤校長先生:
生徒の自己肯定感が低い傾向は、私も実感していることです。そこには少なからず、主体性を発揮できるかどうかや、自分の考えを自己主張できるかどうかとの関係があるように思っています。

日頃から自分の頭で考える訓練をしないまま成長し、社会に出てしまうと将来大変なことになります。前述したとおり、これからは1社に定年まで勤め上げるという働き方ではなくなっていきます。勤めている会社や仕事が変わったとしても、次の道を自分で探せるようにならなくてはなりません。

社会の変化に合わせて学校の授業も変わらなければなりません。最近はそれぞれの生徒が自分の学習速度に合わせて学べる環境が必要だと考えています。そして、生徒たちが主体性をもって「何を学び、将来はどのようなことを仕事にしたいのか」を自分で考えられる力が身に付くような指導もしなければなりません。これは生徒側だけの問題ではなく、学校側の課題でもあります。

―― 加藤先生は約40年にわたり、さまざまな子どもたちを指導してこられたと伺っています。今の生徒たちが自己肯定感を高めるには何が必要でしょうか。

加藤校長先生:
インターネットがない時代、子どもたちは自分が周囲に認められるため、リアルで他者とコミュニケーションをし、コミュニティを形成していました。その過程ではさまざまな挫折や成功体験を得ていたのです。しかし、ネット社会ではすぐに他者とつながれます。リアルでの成功体験を得る機会が少なくなっていると感じています。

自分の考えや行動が認められ、周囲に影響を及ぼすという環境で、生徒たちは自分の意見を伝えることの大切さを学びます。教育者はそうした環境や機会をたくさん作っていかなくてはなりません。私が教師として重視しているのは、課外活動や部活動です。生徒の自主性を育むには「自分で考える」ことの大切さと楽しさを体験することです。

例えば私は修学旅行へ行くのも学校側が決めた場所を回るのではなく、「なぜ修学旅行に行くのか」「そこで何を経験したいのか」「そのためにはどんな準備が必要か」を生徒に考えさせるような教育をしてきました。そのような意味からも、「未来のしごと」プログラムでは新しい仕事のアイデアを自分の頭で考えることができ、生徒にとって非常によい体験だったと思います。

教師の想像を超える柔軟な発想が続出

―― 実際にプログラムに参加された生徒たちはどのような様子でしたか。

加藤校長先生:
私が思っていた以上に、とても楽しそうでした。成績の優劣には関係なく、自分の知識の中で考え、新しい発想を生み出す楽しさを実感したのではと思います。

例えば、「社会の困りごとを挙げる」というワークでは、教師たちが考えていなかったような「困りごと」が挙がりました。ある生徒は日常生活の中にある身近な課題に着眼し、ある生徒は地球温暖化を課題に挙げ、それを解決するにはどのような行動が必要かを考えていました。

また「新しい技術やアイデアで課題解決を考える」というワークでも、非常に柔軟なアイデアや意見が聞かれました。火災の出火原因をAIで特定したり、警官の死亡率をゼロにする施策を考えたりする生徒もいました。

―― 「AIを活用した施策」にまで考えが及ぶのはすばらしいですね。生徒たちは未来の新たな仕事やそれに必要な技術をどのように捉えているのでしょうか。

加藤校長先生:
もちろんこうしたアイデアや意見が出てきた背景には、ファシリテーターを務めてくれたPwC Japanグループの方の腕もありました。実際、生徒たちにとってAI活用はSF映画の領域を出ておらず、AIが社会にどのようなインパクトを与え、どの領域で活用できるかまではピンときていないかもしれません。ただし、それは教師も同様です。

社会課題の解決にはどのような技術が必要で、それを学ぶためには大学のどの学部で何を学び、どのようなスキルを身に付ければよいかを考えるのは次のステップです。今回の学びがその先の進路を決めるときの一助になってほしいです。

例えば、「未来のしごと」で知ったIoT(Internet of Things)技術を使って社会を良くしていくにはどのような仕事があるのかを考え、その結果「ロボット工学の勉強をしたいからこの高校に行くんだ」という思考ができる環境を作りたいと考えています。

―― まずは将来のイメージを持てること。未来への希望感を持てるようになることが大切ですね。

加藤校長先生:
最終的なゴールをイメージすることは重要です。そのような観点からも、このプログラムはとても役立ったと思っています。

マインドセットが必要なのは親世代

―― 今回の「未来のしごと」プログラム開催のもう1つの目的は、先生たちに「気付きの機会を与えたい」という加藤先生の思いがあったと伺っています。

加藤校長先生:
はい。今回のプログラムを通じ、教師たちにも世の中の動向を知ってほしいという願いがありました。ほとんどの教師は大学で教職員免許を取得し、すぐに教職に就いています。ですから一般企業の人との接点が少なく、世の中の動向や新しい技術のトレンドにも疎くなりがちです。そういった教師たちにも「未来のしごと」プログラムを通して、PwC Japanグループのファシリテーターの方の考え方や思考プロセスを学び、既存の仕事観とは異なる視点を持ってもらいたいと考えたのです。

実際、教師たちも口を揃えて「勉強になった」と言っていました。今の教師は私が若い頃と比較し、圧倒的に仕事量が多くて時間的な余裕がありません。ですから、こうしたプログラムを通じ、教師たち自身に考える機会を提供することも非常に重要だと考えています。

――日本の次世代を担う教育を考えるうえで、マインドセットが必要なのは大人も同様ですね。

加藤校長先生:
そうですね。実際、保護者会でも世の中の変化の話はします。

高度経済成長期やバブル経済を経験している大人たちは終身雇用制度の下、定年まで1つの会社に勤め上げることがよしとされていました。しかし、「失われた30年」と言われるように、日本経済はバブル崩壊直後の1990年代から長期にわたって停滞し、平均年収はほぼ横ばいの状態です。低空飛行を続ける日本を尻目に先進国の給与水準は右肩上りに上昇し、新興国も目覚ましく発展しています。そうした時代ではこれまでの働き方や会社に対する価値観では通用しません。

―― 子どもが自分の知らない仕事に就きたいといった時、親は自分の経験値や知識の範囲だけで判断してしまうと、子どもの未来にブレーキをかけることになりかねませんね。

加藤校長先生:
例えば、今後は英語教育がますます重要になります。その時に親が「外国で働くつもりがないなら英語は必要ない」と言ってしまえば、仕事は限定されてしまいます。もちろん、ほとんどの生徒は日本で生活すると思いますが、国内で就職する場合でも英語に触れないで生活することは考えられません。

ですから生徒には「世界では日本語以外の言語が圧倒的に多い」ことを学ばせ、英語が使えれば収集できる情報量もコミュニケーションできる機会も増えることを教えることが大切です。“英語アレルギー”がなくなれば、職業の選択肢は広がります。教養の1つとして英語を身に付けることで、間違いなく人生は豊かになります。

これからの生徒たちは、スマートフォンやパソコンを文房具の1つとして扱うようになるでしょう。そういった新たな“道具”はこれまでの“道具”とは比較にならない情報や新たな体験を提供してくれます。

さらに、英語や新技術に対する好奇心も、未来を切り開く強力な“道具”になります。そうした立派な道具を身に付け、将来に向かって歩んでほしいというのが私の願いです。

―― 今回の「未来のしごと」プログラムが、生徒さんたちがこれからさまざまな“道具”を身に付けるきっかけになってもらえれば嬉しいです。本日はありがとうございました。

 カール・ベネディクト・フレイ及びマイケル・オズボーン「The Future of Employment: How Susceptible are jobs to computerization?」(2013)

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