英国EU離脱によるサプライチェーンへの影響

2017-02-27

はじめに

英国のEU離脱に伴い、EU加盟国として確保されていたヒト・モノ・カネ・サービスの移動の自由につき、英国・EU間で変化が生じる場合、欧州にて英国を介在するサプライチェーン※を構築している企業への影響が生じます。

影響度は業界別・個社別に大きく異なりますが、日系企業が多数進出している製造業を念頭に置き、欧州における生産拠点の有無によらず、EU離脱を契機としてサプライチェーンに影響を及ぼす変化のドライバーとなりうる関税の復活、通関の復活により想定される影響と対応策、ならびに留意点を整理します。

なお、本ページの内容は2016年12月末時点での公知情報に基づく想定であり、今後の状況次第で前提が変わることにご留意ください。

※本ページでは調達・仕入~生産・製造~販売・デリバリーに係る直接業務機能を「サプライチェーン」の範囲といたします。

1.関税の復活

分かりやすい形で影響が生じえるのがまず関税です。原材料・部品ならびに完成品の輸出入につき、英国・EU間の取引に関税が課されると、直接的なコスト増となります。

押しなべて見ると数%の変化ではありますが、影響度は各社の事業モデル・競争環境により異なり、競争状況によってはコスト競争力の差異に少なからずインパクトが生じる可能性があります。

最も影響が出うる想定ケースとして、自社は英国内に工場を有し、原材料・部品はEUから輸入~英国内で生産~消費地としてEUに輸出しており、かつ競合他社はEU内に工場を有し、地産地消のモデルとなっているケースが挙げられます。自他逆の場合においては、競争上有利に働く要素になりえます。

例えば、英国で日系主要メーカーも製造拠点を有し、サプライチェーンが英国・EU間に複雑に跨る自動車業界などでは影響が大きく、サプライヤーも含めた見直しが必要となります。

英国政府としては雇用ひいては税収面から重要性の高く、かつ輸出型の産業から競争力維持のための手当てを取っていくものと推察され、自動車を含む製造業はその最右翼となりえますが、英国内の雇用面から見ると必ずしも最優先されうる立場が確立されているわけではなく、雇用者数も長期的に減少傾向にあります。

どのようなシナリオになるとしても、EU離脱後の関税交渉には相当程度の時間を要することが見込まれており、自社にとって保守的なシナリオが少なくとも数年程度は継続する前提での影響分析~対策の検討を推奨します。

【図表1】英国からEUへの主要輸出品目(2015年)・WTO加盟国からEUへの輸入関税率

【図表2】業界別英国内雇用統計


 

2.通関の復活

関税に加え、英国・EU間での通関業務の復活が想定されます。影響として、物流コストの上昇および物流リードタイムの長期化が懸念されます。

物流コストの上昇について、物流会社側にて新たに発生する通関対応の業務コストが価格転嫁されることが予想されます。欧州で物流機能を自社で有している日本企業は極めて限定的ではありますが、自社で対応が必要な場合、貿易業務増に伴う人員の手当てが課題となる可能性があります。

また、後者ですが、通関プロセスに伴う輸出入のリードタイム長期化が想定されます。輸出入双方の国での通関プロセスが新たに必要となりますが、特に英国においては、単純想定でEU離脱後に最大で現状の約2倍へと通関業務が倍増しうるため、効率的な対応体制を構築されるまでに相応の時間を要するものと目されます。

個社別のサプライチェーンマネジメントの観点からは在庫増およびそれに伴う必要運転資金の増加という形で影響が表出します。現地でジャストインタイムの在庫管理を実現している企業もありますが、通関業務復活の前後は全体最適の視点で調達・デリバリーに一定の余裕をもった運用が求められます。

以上の関税・通関の2点を直接的に影響を与えうる変化の要因として、サプライチェーンを見直していくこと求められます。

個社ごとの現行サプライチェーンにより対応策は異なりますが、共通的な選択肢として、生産地のシフト、原材料・部品の調達先の切り替え、貿易形態のシフト、直輸入化への変更、などが検討すべきオプションとなります。

なお、見直しの検討にあたっては、上記に加えて考慮に入れるべき留意事項があります。

【図表3】英国のEU/Non‐EU別輸出金額推移・英国のEU/Non‐EU別輸入金額推移

英国のEU/Non‐EU別輸出金額推移

英国のEU/Non‐EU別輸入金額推移

【図表4】共通的対策(例)

生産地のシフト

英国⇔EU間の貿易を避けるべく、地産地消型への生産地のシフト。

英国・EU内に複数生産拠点を有する場合には部分的な生産体制のシフトや、一部OEM生産化などもオプションとなります。

調達先の切り替え

原材料・部品の現地調達化。汎用性の高い製品のみならず、重要部品についても、最終製品メーカーが大掛かりな生産体制の見直しを実施する場合、サプライヤーとして追随する必要性が生じえます。

貿易形態へのシフト

完成品での輸出から半完成品に変更し、英国乃至はEUでの消費地での輸入後に最終工程を行うなど、より関税率の低い品目での貿易へ切り替え。

直輸入化への物流シフト

アジアなどEU外での生産~EU輸入~英国へ輸出しているケースにおいて、オランダ・ベルギーをはじめとする物流ハブ拠点経由での物流から英国への直輸入化へシフト。


 

3.留意事項

サプライチェーンの見直しにあたっての留意事項として、まずEU離脱に係る国民投票直後より大きくポンド安となっている為替影響が挙げられますが、EU離脱に関係なく、サプライチェーン設計の大前提として継続的にモニタリングされている事項であろうため、本稿では割愛いたします。

EU離脱による変化のドライバーとして、ヒトの移動の自由への制約に係る影響は無視できません。

EU離脱後においては、出身者が英国で就労するケースおよびその逆それぞれで移動の自由度が低下することが想定されています。労働力および税収源としての重要性に鑑みれば、現時点ですでに英国で働いているEU出身者が英国外に強制送還されることは現実的には想起しづらく、継続雇用にあたっては就労ビザ取得のサポートなど、一部間接的な費用の増加にとどまるものと想定されます。

しかしながら中長期的に見れば、EU出身者の英国への流入は就労地としての相対的な魅力が落ちていく場合、人材採用市場での需給バランスが崩れ、人件費の上昇につながる可能性があります。

サプライチェーン見直しは拠点再配置を伴うケースが多いものと想定されますが、人員確保の可能性・人件費の見通しを踏まえた上で拠点配置の在り方を整理していくことが必要となります。

拠点の再配置を行う場合、移転先場所の選定においても質・量両面での人員確保のフィージビリティは重要な判断材料の一つとなります。

また、現在、現地企業含め、大半の企業がリスボン条約第50条発動時のコンティンジェンシープランを構えて、動向を見守っている状況にありますが、実際に第50条が発動された後は各社順次対応策を実行に移していくことが想定されます。

その際、EU離脱後のオペレーション構築・運用に向けて必要となるリソースが取り合いになる懸念があります。上述の人材面に加え、倉庫をはじめとする物流関連リソースなど継続利用する経営資源のみならず、係るリソース確保に必要なエージェントサービスやオペレーション変更に伴う情報システムの変更サポート、既存契約書の見直しに係る法務サービスなど、外部プロフェッショナルサービスのキャパシティにも限界がある点をご留意ください。

リソース・外部サービスともに早い者勝ちとなるため、対応着手の遅れにより全体が後手後手に回っていく状況とならぬよう、前広な対応策の検討が求められます。

【図表5】出身地域別英国内就労者数の推移


 

4.おわりに

関税負担のみならず、物流費・人件費などの上昇の可能性、為替動向など、個別の変動要因を踏まえた上で、全体最適に資するサプライチェーンの再設計を行っていく必要性が生じています。ただし、EU離脱後の制度設計の動向が不透明な状況下、考慮すべき変数が多く、その検討の難易度は高いものと推察します。

しかしながら、第50条が発動された後の対応策の成否は実行スピードに大きく依存するものと見られます。係る状況で出遅れを回避するため、現時点で可能な最低限の準備作業として、商物流・取引関係などの現状の棚卸しは済ませておくことを強く推奨いたします。