7月30日に経済産業省から「企業買収における行動指針」(以下、「行動指針」)に関し、「『企業買収における行動指針』の解釈について」(以下、「解釈」)、「『企業買収における行動指針』のポイント」(以下、「ポイント」)および「『企業買収における行動指針』Q&A」(以下、「Q&A」)の3文書(総称して以下、「解釈等」)が追加公表された。重要な点は、企業価値・株主共同の利益の原則を再確認した上で、定性的な価値の領域を拡大したことと、取締役会の経営判断の裁量を明確化したことである。2023年の「行動指針」の公表以降、日本におけるM&A市場は拡大し、2025年には件数と金額ともに過去最高を記録した。経営者は、企業価値を巡る攻防において3つの戦い(「時間との戦い」、「買収者との戦い」、「過去との戦い」)に直面し続ける。今回の解釈等は、中長期的な企業価値に関して、経営者を裁量と規律の間の緊張関係に改めて置くものであるといえる。
今回の行動指針の解釈等は、2023年の行動指針が現時点においても妥当することを明示した上で、上場会社の経営支配権を取得する買収一般において尊重されるべき①企業価値・株主共同の利益の原則、②株主意思の原則、③透明性の原則からなる原則を維持している(図表1)。この企業価値を中心に置いた原則の源流は、敵対的買収(同意なき買収)が社会的な注目を集めた2005年に経済産業省と法務省が定めた「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」に遡る。
この原則の中心である「企業価値」の定義には多少の変遷がある(図表2)。2005年の指針においては「会社の財産、収益力、安定性、効率性、成長力等株主の利益に資する会社の属性又はその程度をいう」とのみ定義されたが、2023年の行動指針では「企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローの割引現在価値の総和である」と追記され、ディスカウンテッド・キャッシュフロー(DCF)の概念が導入された。2026年の解釈等ではこれが維持されるとともに、「企業価値は株主価値(市場における評価としては時価総額)と負債価値の合計として表される」とされ、時価によるバランスシートの価値を企業価値とするコーポレートファイナンスの標準的な理解と一致した。
行動指針の公表後、M&A取引の増加が続き、2025年には、件数、金額ともに過去最高を記録した(図表3)。その過程では、行動指針が定量的な企業価値(買収提案価格)のみを基準として取締役会の判断を求め、そうでない場合には責任を問うかのような誤解が生じているとの議論があった。
そこで行動指針の解釈等においては、企業価値を「定量的な概念である」と定義した上で、「一見して定性的な価値であっても、将来のキャッシュフローを増加させたり、キャッシュフローの現在価値を算出する際の割引率が低下したりすることにより、将来キャッシュフローの割引現在価値を高めることが合理的に見込まれる場合には、当該定性的な価値も企業価値に含まれる」とされ、ステークホルダーへの配慮や経済安全保障への対応などの例示が行われた(図表4)。定量的な概念の範囲内ながら、中長期的な成長に寄与する定性的な価値にも注目し、これらが毀損される影響も考慮することで「中長期的な企業価値の向上」を目指すものである。
ただし、「測定が困難である定性的な価値を過度に強調することで、『企業価値』の概念を不明確にしたり、保身を図るための道具としたりすべきではない」ともされ、経営者に対する規律との間で一定のバランスを取っている。
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