<消費財業界向け>サステナブルビジネス戦略2023「グローバル調達で買い負けないために日本企業が今すべきこと―生物多様性の問題の本質―」

2023-04-26

企業を取り巻く昨今の変化として、自然資本である自然環境や生物多様性が企業の業績に及ぼす影響について情報開示が求められるようになり、今後はそのために必要なフレームワークであるTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)への対応に動き出す日本企業が増えていくと見込まれています。

一方で、自然資本の変化がもたらす中長期リスクについて、正しく認識し、具体的な活動ができている企業は多くありません。特に注意が必要なのは、生物多様性の危機によって企業が生産のための原料を調達ができなくなり、グローバル市場で“〝買い負け〟”によって事業の継続性が脅かされるリスクです。

本セミナーでは、生物多様性の問題が企業にどんなリスクをもたらすか、また、リスク低減のためにどんな戦略が求められるかをテーマに、自然資本への依存度が高い消費財業界に向けた示唆を提示しました。

第1部

第1部では、生物多様性に関する見識が深く、世界の企業や関連団体の動向についても詳しい足立直樹氏に、「生物多様性の危機という企業リスク」をテーマに講演していただきました。以下、足立氏の講演の概要をご紹介します。

ゲスト講演

株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役 足立直樹氏

事業と人間社会の継続に黄色信号

講演では、まず2022年度末にカナダのモントリオールで開かれた国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)をはじめ、生物多様性に関するさまざまな取り決め、取り組み、枠組みの現状を確認しました。

その中でも日本企業の関心が高いのはTNFDです。TNFDは、簡単に言えば、生物多様性がもたらす事業上のリスクと機会について情報開示するためのフレームワークです。情報開示というと投資家向けのものと思われがちですが、実は企業自身のため、社会のために必要なものです。企業が自社のリスクを低減させていくために、専門家のサポートを得ながら詳細なデータを分析、開示することが求められ、何よりも経営層が直接この問題に関与していくことが求められるようになっているのです。

経済活動による生態系への影響

企業活動と生物多様性の関係では、世界のGDPの半分以上が生物多様性から提供される生態系サービスに依存しています。しかし、生物多様性の損失は止まりません。

森林破壊を例にすると、インドネシアでは森林開発によってオランウータンの住処が失われています。西アフリカでは、食料品、化粧品、洗剤などの原料となるパームオイルのプランテーションのために森林が減り、東南アジアやブラジルでは牛を放牧する牧草地やブラックタイガーの養殖地を作るために森林やマングローブが破壊されているのです。

このような現状を踏まえて、COP15では2030年に向けて世界が取り組む生物多様性の枠組みとしてグローバル・バイオ・ダイバーシティ・フレームワーク(GBF)が採択されました。その内容は、2030年までに生物多様性の減少を止め、また、増加に向けて反転させるというもので、これをネイチャーポジティブといいます。

ネイチャーポジティブの具体的な実現方法は、森林などの保護と保全の強化です。しかし、現行の取り組みだけで森林破壊を食い止めることができません。そこで期待されているのが企業の役割です。つまり、企業が持続可能な生産と消費に取り組む必要があり、GBFにより、生物多様性に関して企業が求められる行動が整理され、強化されました。

森林破壊を伴っているかもしれない原材料を森林リスクコモディティといいます。これらは今後、使えなくなってくる可能性が高いといえます。

例えば、英国は2021年11月に環境保護法を改訂し、その中で、英国内で販売する牛肉、カカオ、牛の皮、パームオイル、ゴム、大豆などを原材料とする商品について、森林破壊に関わっていないかどうかをデューデリジェンスし、その結果を開示することを法律で求めました。EUも同じような法律を作ろうとしています。

このような環境が構築されると、英国やEU市場向けに森林リスクコモディティを使う商品は販売できなくなり、輸出できなくなります。企業としては生物多様性に配慮した原材料を入手、使用しなければ企業活動そのものが継続できなくなる可能性があるのです。

金融業界から個別企業へ

生物多様性の問題がもたらす事業と経営のリスクを踏まえて、世界ではすでに先行して動いている企業があります。例えば、2020年には世界の投資運用会社の大手9社が集まり、気候変動と生物多様性の観点から森林破壊ゼロを企業に求めるため、また、そのエンゲージメントをするためのイニシアティブを動かしはじめています。9社の運用資産残高を合わせると1.8兆ユーロ(約220兆円)で、非常に大きなお金が森林保全のために動いていることが分かります。

このような動きは金融機関が早く、アマゾンの森林を開発して作られた牛肉や大豆を調達した企業には投資、融資を行わない方針を掲げた銀行もあります。森林再生のために多額な投資を行う保険企業もあり、森林リスクコモディティについては森林を破壊してないものでなければ保険を引き受けない方針を作っています。

個別企業では、森林破壊をゼロにしていくことを掲げ、森林再生のためにサプライチェーンの最上流である農家の支援を始めている企業や、原材料を100%森林破壊フリーにしていくことを宣言し、リジェネラティブ農業を推進するために農家支援の投資を行う企業も出てきています。

適切な原材料が入手困難になる

このような取り組みで重要なのは、自分たちが市場に投入している商品だけでなく、その商品がどのような原材料で作られているかを把握し、サプライチェーン全体を通じてグローバル市場で通用する持続可能な商品を提供する体制を構築していくことです。英国では、2022年11月に食品大手38社が森林破壊を伴って作られた可能性がある大豆を一切使わないと宣言しています。流通でも、欧州のいくつかのスーパーマーケットチェーンは、ブラジル産の牛肉が環境を破壊している可能性に鑑みて、一部のメーカーの商品を取り扱わないと決定しています。

また、調達の面でもう1つ大きな課題は、持続可能な原材料を入手する方法の確保と確立です。生態系や生物多様性に配慮した原材料の多くは、先行して取り組んでいる欧州などのメーカーが押さえはじめています。これから取り組む企業はサプライヤーと一緒になって持続可能な原材料を確保していくことが求められます。そのためには調達や購買部門だけが動くのではなく、経営が参加し、事業の継続性を高める経営課題として取り組むことが大事です。また、そのような活動をTNFDなどを通じて消費者、投資家に伝えていくことも重要です。

第2部

第2部では、足立氏に加え、PwC Japanグループから2名のメンバーが参加し「生物多様性対応により企業戦略そして調達はどう変わるのか」をテーマに鼎談を行いました。

株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役 足立直樹氏

PwCサステナビリティ合同会社 サステナビリティ・センターオブエクセレンス スペシャルアドバイザー 千住孝一郎

PwCコンサルティング合同会社 生物多様性ネイチャーポジティブ領域 シニアマネージャー 服部徹

経営層の参画が不可欠

鼎談では、足立氏の講演(第1部)を受けて、企業が原材料の買い負けを防ぐための施策などについて意見交換を行いました。買い負けについて重要なポイントは、調達や購買部門だけの課題ではないという点です。

そもそも調達や購買に関わる人たちは安く買うことを役割の1つとしています。そのため、生物多様性の保全やネイチャーポジティブの実現といった目標があったとしても、プレミアムがついた価格で買うことは役割と矛盾します。この課題を解決するためには、いいものを安く買い、便利で安いものを市場に提供する従来型のモデルを修正する必要があり、そこでは経営の関与が求められます。安さの追求に終始するのではなく、品質が良く安心できる商品を適正価格で提供するという考えが必要で、そのためのコストを負担する、また、生物多様性の観点で適正といえる商品を取り扱っていることを企業として表現し、伝え、そこに付加価値をつけるビジネスモデルと価格戦略に変えていくことが重要です。

生物多様性の取り組みが加速、拡大

企業の経済活動の観点から、ネイチャーポジティブと事業活動の今後についても話が広がりました。3者の共通の見通しとして、ネイチャーポジティブ経済は確実に成長していきます。実際、森林保全などを含む生物多様性の分野には金融業界を中心に多額の投資がすでに行われています。気候変動の取り組みが再生可能エネルギーへの投資によって大きなムーブメントとなったように、同じことが生物多様性の分野でも起きるだろうと予測されます。

例えば、AI、IoT、ドローンなど最新のテクノロジーを活用するデジタルとの掛け合わせによって環境再生型の農林水産が推進され、その分野での新たなイノベーション創出につながることが期待されます。スマート農業はその1つです。日本の場合、スマート農業が注目される背景として人口減少と農業従事者の高齢化による労働力の低下があります。テクノロジーはその代替手段として活用されますが、世界の動きとしては、環境保全とネイチャーポジティブの実現が大きな動機となっています。例えば、米国はこれまで機械化を通じた大規模な農業を展開してきましたが、昨今はリジェネラティブ農業への切り替えが進み、そのための手段としてテクノロジーが活用されています。気候変動の問題によって土地が疲弊し、作物が育ちにくくなっている現状を踏まえて、根本的な解決策として環境を再生しなければならないという意識が高まっているのです。

農業、畜産業、水産業、林業などの一次産業は、ネイチャーポジティブ経済の中ではこれから注目度が高まっていくでしょう。経営の視点から見て農林水産業の分野はこれからの成長株といえますが、日本ではまだ多くの人と企業が一次産業の成長性を認識できていません。実際、世界で見ると一次産業は成長産業ですが日本ではマイナス成長が続いています。従来のやり方では成長の余地も限定的ですが、テクノロジーや金融の仕組みを取り入れ、また、生物多様性保全とネイチャーポジティブの視点で産業を変えていくことで、今後はネイチャーポジティブ経済として伸びていく可能性があり、特に食に関わる企業はその可能性を踏まえて産業そのものに対する認識を変えていくことが求められます。

クライアントと一緒にチャレンジを推進

講演と鼎談、そして最後に視聴者からの質疑応答と続いたセミナーを通じて、生物多様性の問題は企業リスクであり、現場の部門だけではなく経営が参画し、サプライチェーン上の関係企業も巻き込みながら対応していかなければならないことが分かりました。

食品産業を含む消費財業界は、日本の場合は国内市場が中心であり、世界的な動きに比べると遅れているのが現状です。しかし、いつまでも今のままというわけにはいきません。欧州を筆頭に、原材料の生産地である各国を巻き込みながら進んでいる生物多様性保全とネイチャーポジティブの潮流はこれからの数年でさらに大きくなり、日本企業も決して無視できない動きとなるはずです。

世界では、政府、NGO、企業などがそれぞれ、または連携しながら適切な原材料の調達に取り組んでいます。これらイノベーターは2025年には原材料を確保できる体制を構築するでしょう。日本企業の多くは、その後を追うアーリーアダプターの位置付けとなり、2025年までの切り替えを目指しながら、遅くても2030年までには体制を構築することが求められます。

2025年、2030年という時間のリミットと、世界がすでに先行している事実を踏まえると、生物多様性がもたらすリスクに対して積極的な行動を起こしていくことが求められます。PwC Japanグループは、そのためにチャレンジするクライアントを支援していきます。

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