セッション5

サプライチェーンの人権・環境リスクと救済メカニズム

  • 2025-05-26

スピーカー

PwCリスクアドバイザリー合同会社
ディレクター
平尾 明子

※本セミナーの内容は2024年12月6日時点の情報に基づいています。本セミナー後、2025年2月26日、欧州委員会は、「オムニバス法案」を公表し、CSDDDに関する修正の提案をしており、当該法案審議の動向にも留意が必要です。

現在、国内外の企業が取り組むESG(環境・社会・ガバナンス)の対応において、特に重要視されているのが、サプライチェーンにおける人権デューディリジェンス(人権DD)および人権・環境に関する苦情処理メカニズムの構築です。昨今、グローバリゼーションの進展により、全ての取引を国内で完結している企業は極めて少なくなっています。そのため、サプライチェーン全体の透明性確保や人権リスクの把握は不可欠であり、従来の人的リソースに依存した管理体制では限界があると言えます。そこで、デジタルトランスフォーメーション(DX)の導入による効率的な人権DDの推進や、サプライチェーン管理の高度化が注目されています。PwCアドバイザリーのディレクター平尾明子が、そうしたDXの活用方法と、苦情処理メカニズムの構築などについて解説しました。

はじめに、平尾は国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、国連の指導原則)における、国家および企業が負うべき人権尊重責任の具体的実施内容として、「人権方針の策定、人権デューディリジェンスの実施、救済メカニズムの構築」の3点について説明しました。また、企業が直面する代表的な人権および環境リスクの具体例を挙げ、それらのリスクが顕在化してしまうことによるレピュテーションリスクにも言及。「企業は、人権・環境DDの実施によって、バリューチェーンにおける人権・環境に対する負の影響を特定し、予防・軽減する必要がある」と、述べました。

人権DDのプロセスとは、企業が自社やサプライヤーにおける人権への負の影響を特定し、それらを防止・軽減し、その取り組みの実効性を評価・開示する一連の活動を指します。平尾は、「①バリューチェーンの把握と分析、②リスクマッピングの作成、③個社の人権リスク評価と分析、④負の影響の防止・軽減、⑤取り組みの実効性評価、⑥情報開示」という6つのステップを挙げ、この際に最も重要となるのは「経営陣のコミットメントである」と、強調しました。

この人権DDを進める上では、さまざまな部署、自社グループ会社、サプライチェーンに対して人権リスク評価などを行う必要があるものの、「グローバル化が進む中、限られたリソースでこの取り組みを行うことに、難しさを感じる企業も多いはず。DXを活用することで、効率的かつリスクベースでアプローチしていくことが可能になる」と、平尾は提案しています。

「膨大な数の子会社やサプライヤー全社に対して、例えば質問票を配布し、実査などを一律に実施することは現実的ではありません。まずデジタルツールを用いてリスクが高い対象を絞り込み(初期的リスクを評価)、その上で重大な人権リスクの特定と是正に向けた対応を迅速に行うことが肝要です。デジタルツールで『中から高』と判断されたサプライヤーに対して質問票を配布・回収、分析し、そこから高リスクと判断された企業に対して現地訪問するといった手順を踏むことで、より集中して人的リソースを投資できるようになります」

平尾は、デジタルツールを使用した場合の、初期的リスク評価→質問票の配布~実査、モニタリング→質問票の配布・回収→質問票の回答結果の可視化→質問票回答企業へのフィードバックレポートの送付→ビジネスインテリジェンスを活用したリスク評価といった一連のプロセスを、実際のデジタルツールのデモ画面を示しつつ説明。サプライチェーンにおける人権リスク評価への効率的な取り組み方について紹介しました。

サプライチェーンにおける人権リスク評価とDXの活用

次に平尾は、国連の指導原則やEUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(以下、CSDDD)、日本政府の「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」(以下、ガイドライン)で求められている、人権侵害に関する苦情を受け付け、救済を可能とするための苦情処理メカニズム(以下、グリーバンスメカニズム)の導入についても説明しました。なお、企業規模に応じて2027年から段階的に適用される予定のCSDDDでは、環境汚染についても苦情を受け付け、対応することが求められています。

国連の指導原則では、企業に対してバリューチェーン全体での自社の負の影響の防止・軽減を求めるとともに、「起きてしまった負の影響」に対する被害者の救済を可能にすることを定めています。その実効性要件は、正当性、アクセス可能性、予測可能性など全部で8つ。これらの実効性要件を満たすグリーバンスメカニズムの構築・運用にあたっては、世界中に所在するステークホルダーから、人権コンプライアンスに関する苦情・通報・相談を受け付け、企業と投稿者であるステークホルダーとの間のコミュニケーションを支援する環境(プラットフォーム)を整備・運用する必要があります。平尾は、「プラットフォームをスムーズに運用するには、適切な準備が肝要」と述べています。

そこで平尾は実際に、PwCが提供するグリーバンスメカニズムのプラットフォームを参考に、対象の検討→デシジョンツリーの策定→業務フローの策定→受付ページの作成→周知活動/情報開示、および苦情の投稿への対応マニュアルや調査マニュアルの作成といった導入手順と運用イメージについて、サンプル画面を用いて紹介。「対象範囲については、自社の受付体制などを鑑み、受付対象や導入する国・地域を段階的に拡大することが必要です。まずは、スモールステップで始めてみてください」と、提案しました。

1オムニバス法案では、適用開始時期について、第1段階の適用企業(2027年7月26日開始予定)の適用時期を1年間延期し、2028年7月26日に変更することが提案されています。

主要メンバー

平尾 明子

ディレクター, PwCリスクアドバイザリー合同会社

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