【開催報告】CHROラウンドテーブル2025

Future of HR―事業をドライブする人事の役割とは―

  • 2025-12-04

2025年7月、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)は各社の人事エグゼクティブをお招きしたCHROラウンドテーブルを開催しました。当日は、時代に応じたHR改革に取り組む国内企業のCHRO・人事責任者40名が参加し、活発な意見交換がされました。

講演では、PwCコンサルティング パートナー 鈴木貞一郎が、これからの人事に求められる機能と、その実現に向けた変革のポイントについて解説しました。

登壇者

PwCコンサルティング合同会社
パートナー
鈴木貞一郎

HR機能は「パフォーマンスエンジン」から「トランスフォーメーションエンジン」へ

現在の経営環境は、経済・事業の不確実性の高まり、労働人口減少、価値観や働き方の多様化、テクノロジーの進化など、変化することが常態化しています。企業がこの波を乗り越えてビジネスで成果を出し、次の成長フェーズへ移行するためには、組織と人材の力が欠かせません。

これまでの人事は、人材マネジメントの高度化とオペレーション改革によって人材・組織を創る「パフォーマンスエンジン」としての役割を担ってきました。ところが現在は、強い人材と組織力で事業に直接的かつ本質的に貢献する「トランスフォーメーションエンジン」としての役割が強く求められています。

すでに、人的資本経営やピープルアナリティクスによる経営判断支援、従業員のウェルビーイング促進や自律的な働き方の推進に着手している企業は多いと思いますが、人事に求められるさらなる貢献の期待値は「事業への直接的な貢献」です。CHROの皆さまは、ビジネスへの深い理解のもと、事業へ貢献することへ高い意識を向けていますが、人事担当者と意識のギャップが存在しているケースも多いのではないでしょうか。

事業への直接的な貢献という変革のラストピースを埋めるために人事が向き合うべき問いは、

  • 自分たちの活動は、事業が「勝つこと」につながっているか
  • 現場が戦略を実行に移すために、人事のサポート範囲や量は十分か
  • 現場が本当に求めていることを把握できているか

ということです。

図表1:事業で成果を出すために、私たち人事が今向き合うべき問い

変革のラストピースを埋めるために、以下の問いに向き合う必要がある。

事業部門が抱える3つの主要課題と人事の役割

PwCコンサルティングのピープル・トランスフォーメーション・チームが企業の事業部門からいただくご相談から現場のリアルな声を類型化すると、大きく3つの課題に集約されると考えます。

課題1. 変革の要であるミドルマネジメントの足かせが重く、現場力が低下している
課題2. 行動変容に踏み込めない、染み着いた「何か」が現場に潜んでいる
課題3. 事業変革をリードする本当の意味での「強い」人材が育っていない

人事が事業に直接貢献する役割を果たすには、どのようなアプローチが必要なのか。これら3つの課題に着目して、考え方や事例を紹介します。

課題1. 変革の要であるミドルマネジメントの足かせが重く、現場力が低下している

多くの企業で、変革の要であるミドルマネジメントの機能不全が深刻化しています。

ミドルマネージャーは、AI・テクノロジーへの対応、多様な世代のマネジメント、コンプライアンスの徹底、ハラスメント対策、残業時間制限など、さまざまな制約や要求の中でのマネジメントが求められています。ところが、マネージャーへの負担集中や担い手の減少、会社からのサポート不足、マネージャー自身の自律的思考やモチベーション低下などによって、役割を果たすことが難しくなっているのが現状です。

この課題を解決するためには、マネジメント機能を再設計した上で業務を効率化するとともに、スキルやマインドを強化する育成、テクノロジーを駆使してマネージャーをサポートする仕組みの整備といったアプローチによって「マネージャーエフェクティブネス」を高めることが必要です。

図表2:マネージャーエフェクティブネスを高めるための方向性

効果的・効率的にマネジメントを機能させるためには、業務量の削減や質の向上など、複数の方向からのアプローチがある。

これらの取り組みを進める上で重要なのは、セントラル(本社人事・関連部署)と事業部門(HRBP(HR Business Partner:部門担当人事)・現場リーダー)との役割分担です。セントラルは、現状と課題を可視化し、誰が何に着手するのかといった「設計」を担うべきだと考えます。その上で、現場となる事業部門では、セントラルの方針を自部門の状況に合わせて「最適化」し、実行しながら「検証」する役割を担うのが望ましい形です。

マネージャーエフェクティブネスの企業事例を、いくつかご紹介します。

マネジメント機能の再設計

戦略立案から日々の業務管理まで一人のマネージャーが担うのではなく、「戦略マネージャー」「業務推進マネージャー」「人材育成マネージャー」といったように役割を分け、相互に連携するモデルに変革した事例や、業務の一部をAIに代替させ、マネージャーが本質的な役割に集中できるようにするマネジメント機能改革を担った事例などがあります。

図表3:マネージャーエフェクティブネスの具体事例 -マネジメント機能の再設計-

マネージャーの本質的な業務へのフォーカスや最適配置を見据え、機能分散モデルやAI活用を検討。

マネジメント業務の効率化

大手グローバルテクノロジー企業とのトライアルでは、非同期会議(会議の録音とAIによる要約)をベースにすることで会議への参加時間を約20%削減し、商談における情報収集にAIを用いて約300%効率化させました。週当たりの就業日数を約18%削減するという生産性向上が実現したのです。新たに捻出した時間は自己研さんや地域活動、ウェルビーイング向上といった活動に充てています。

マネジメント業務に必要な情報を一元管理して参照できるピープルマネジメントダッシュボードを活用した事例もあります。自部門の損益や社員情報、稼働率、後任候補の把握、離職リスクなどを可視化し、マネージャーがデータに基づいて適切な意思決定ができるようサポートするものです。

図表4:マネージャーエフェクティブネスの具体事例 -マネジメント業務の効率化-

課題感に応じたテクノロジーの最適な活用により、マネジメント業務は大きく効率化することが可能に。

このように、マネージャーエフェクティブネスを高め、本来の役割を果たせるような環境整備をリードするのは人事の役割だと考えます。

課題2. 行動変容に踏み込めない、染み着いた「何か」が現場に潜んでいる

「カルチャー」は人事にとって重要なテーマであり、専門部署を設けてカルチャー変革に取り組んでいる企業も少なくありません。しかし、スローガンやフィロソフィーといった漠然としたものにとどまり、現場にまで浸透しないケースも散見されます。

従来のカルチャー変革のアプローチは、パーパス・バリューの策定、CHROや役員からのメッセージ発信、表彰・評価制度の導入、研修実施などが中心でした。しかし、こうしたセントラル主導の取り組みだけでは、社員は「自分事にできない」「自分の働き方とは合致しない」と感じ、現場に十分に届かないのが実態です。

このような問題が起きるのは、自社特有のカルチャー、すなわち「組織のDNA」が壁となり、施策が実行されない空気が醸成されているからではないでしょうか。

PwCコンサルティングでは、カルチャーの構成要素として「論理系ドライブ」と「感情系ドライブ」の2つがあると考えています。論理系ドライブは、意思決定プロセスや意思決定権限など、制度やルールによって論理的に整理された要素。感情系ドライブは、暗黙的なルール、思い込み、偏見など、感情的な要素です。これらの要素が複雑に絡み合って「組織のDNA」となり、特有の行動様式を生み出したり、特定の行動を阻害したりします。

カルチャー変革を実現するためには、全社レベルや各部門における現状のカルチャーの特性が、強み・弱みのどちらにでているかを分析し、ありたいカルチャーとのギャップを人事および経営陣が認識することから始める必要があります。その上で、各部門に行動変容を促すアプローチをしていくことが求められます。

その際も、セントラル人事と事業部分の役割分担が重要です。セントラル人事が全社の状態を調査し、向かうべき方向性を示す。各事業部では全社方針に基づいて施策を展開しつつ、必要に応じてセントラルのサポートをもらうという連携が不可欠です。

課題3. 事業変革をリードする本当の意味での「強い」人材が育っていない

最後の課題は、強い人材、特に事業を変革できるリーダーが育っていないことです。従来は、経営層の意図に沿って決まったことを確実に推進できるリーダーが重宝されましたが、今、求められているのは、自ら考え自律的に行動できる変革型リーダーです。

発達心理学と教育学を専門とするロバート・キーガン氏が提唱した成人発達理論に基づいて考えると、これまで多くの日本企業では、知識やスキルを習得する「水平的成長」に資する人材育成に力を入れてきました。一方で視点や視座の向上、認識の枠組みの拡大といった、いわゆる人間力を磨く「垂直的成長」については、現場でのOJTに頼りがちになっていたと捉えています。サクセッションプラン(後継者育成計画)も現場で育った人材をセントラルが見出し、特別な経験をさせるというアプローチが主流でした。

しかし、これだけでは真の変革型リーダーは育ちにくいのが現実です。そこでPwCコンサルティングでは、垂直的成長にフォーカスをしたリーダー育成の支援を手がけています。垂直的成長において重要なのは、自己認識(Self-awareness)です。自己認識というと、日本では個人のコアな思いや価値観に焦点を当てがちですが、欧州では「自分のチームをどうしたいか」「どのような事業や社会を作りたいか」といった大きな視点での認識を持たせた上で、必要となる能力を磨く人材育成を行うケースが多く見られます。

こうした人材育成は事業部門でのOJTに任せるのでなく、セントラルがリードして設計すべき重要な領域です。

図表5:変革型リーダーの育成と人事の役割

水平的成長に取り組む企業は多くある。本当に強い人材を育てていくためには垂直的成長も必須だが、取り組む企業は少ない。人間的な魅力を高めて、一緒に行動したいと思われる変革型リーダーを育むことが人事部としても求められている。

(出典) ロバート・キーガン「成人発達理論」を基にPwC作成

事業を「仕掛ける」変革型プロフェッショナルへ

これからの人事の役割は、制度をつくりオペレーションをしっかり回す「守る」役割から、経営にコミットし人材の力を最大化する「つなぐ」役割へと進化し、さらに事業へ直接的な貢献をするために「仕掛ける」役割へと変革していくことが求められます。

「仕掛ける」人事を実現するためには、現場の状況や課題をリアルに把握した上で、自社の変革を進めるレバーを特定し、そこに効果的なアクションを仕掛けること。その際、人事と事業部門との協同関係を明確にし、密接な連携することが必要です。

今、人事は「変革を仕掛ける」プロフェッショナルとして、事業の成功に直接貢献する役割へ進化することが求められているのではないでしょうか。

主要メンバー

鈴木 貞一郎

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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