リスク&ガバナンス法務ニュースレター(2023年7月)

PwC弁護士法人のリスク&ガバナンス法務ニュースレターでは、企業において日々生起するリスク管理やガバナンスに関する課題の解決に有益と思われるトピックを取り上げて、情報を発信して参ります。

今回は、越境リモートワークの法務上の留意点を概説します。

1. はじめに

情報通信技術の進歩、多様な働き方の追求、Covid-19を契機とする人流の制限等を背景として、グローバルに事業を展開する企業が、外国に居住する人材を活用し、当該人材が外国に居住したまま、リモートワークを通じて当該企業のために就労する等、国を跨いだ就労が近年拡大しています(かかる就労には様々な法的形態が想定されますが、総じて、以下「越境リモートワーク」といいます)。本稿では、グローバル企業の実務において、越境リモートワークが生じる典型的な場面を例にとって、労働法の側面を中心に法務上の留意点について説明します。

2. 越境リモートワークの展開

グローバルに事業を展開する企業の多くは、本社など国内の拠点のみならず、支店や現地子会社等の外国拠点を通じて活動しています。そうした事業活動は、従業員が自国を離れて外国に転勤し、就労する機会を日常的に伴います。例えば、日本企業の本社で就労する従業員が、当該企業自身の外国拠点(支店や駐在員事務所)や当該企業の外国子会社で就労する場合です。外国子会社での就労が日本企業から外国子会社への出向の形式でなされる場合には、出向者は日本法人及び外国子会社の両者との間でそれぞれ雇用関係に立ち、日常の労務提供に関する労働条件(所定労働時間、休日等)については、出向先である外国子会社の規律に従う整理とすることが比較的通例と考えられます。

このような海外転勤は、今後も重要な機能を担い続ける一方、情報通信技術の進歩、多様な働き方の追求、Covid-19を契機とする人流の制限等を背景としてリモートワークが近年普及し、越境リモートワークによる国を跨いでの勤務形態も拡大しています。例えば、日本企業において、外国に居住する人材を直接雇用する場合、私生活上の理由で外国に居住することとなった従業員を雇用し続ける場合、従業員を日本に居住させたまま外国子会社に出向させる場合など様々な場面で越境リモートワークが活用されるようになっています。

こうした越境リモートワークについては、労働者にとっては、居住地など現在の生活環境を維持したまま、外国企業から新たな職を得ることや現勤務先の外国拠点の業務を経験することができたり、あるいは、逆に居住地など生活環境が変化する状況にあっても現行の職務を継続できたりする等の利点があります。また、企業の観点からも、外国に居住する優秀な人材の確保、優秀な従業員の離職の防止、居住地の制約を受けない柔軟な人材配置、海外赴任に伴う転居費用の削減等の利点があります。

他方で、労働法等の各種規制の観点からは、越境リモートワークにおいては労働者の居住国と雇用主の所在国が異なることから、両国の規制の適用に留意する必要があります。また、各国において、越境リモートワークという新たな事象を想定した規制が必ずしも整備されてはいないため、その適用について明確な結論を得難いことも考えられます。以下、越境リモートワークにおいて想定される典型的な場面に関して、労働法の側面を中心に法規制の適用について整理します(なお、紙幅の制約上本稿では触れないものの、いずれの場面においても、税務1、社会保険2及びビザ3の諸観点からの検討を要します)。

(1)日本企業による外国居住者の雇用

日本企業が、外国に居住する人材を新たに雇用する場合、あるいは、私生活上の理由(例えば、配偶者の海外赴任への帯同、親の介護等のための外国籍従業員の母国への帰国等)によって外国に移住することとなった従業員を引き続き雇用する場合など、日本企業との雇用契約に基づいて、外国に居住する従業員が日本本社の業務に従事する場合が想定されます。

これらの場合、海外出向とは異なり、当該居住国に所在する外国子会社や支店を介在させることなく、日本企業の本社が直接の使用者として労務管理を行うこととなる点に特徴があります。従業員の労働条件に関して、日本と当該居住国の法規制がどのように適用されるかが問題となります。

ア 日本法

日本法における考え方について整理します。

まず、そもそも日本法の労働法令が、海外で就労する労働者にも適用され得るかが問題となりますが、この点については、旧労働省の通達によれば、労働基準法は、海外で行われる作業であっても、日本国内の事業に対しては適用があるとされています(昭和25年8月24日基発第776号)。この点を踏まえると、使用者が日本企業である以上、居住国にかかわらず、従業員は日本国内の事業に従事しているものとして、日本の労働基準法が適用されると整理することが考えられます。他方で、当該通達が、日本の建設業者が施工する海外での建設工事に関連して既に日本で雇用されている従業員を海外に派遣する場面を念頭に置かれていることや、日本の労働法令の大半が、海外での就労への適用を想定する規定ぶりでないことを踏まえると、越境リモートワークについては必ずしも適用対象ではないと整理する余地も考えられます。したがって、個別の状況を踏まえて、いずれの整理に基づいて対応するかを決する必要があります。

また、越境リモートワークのような国際的な労働関係において適用される法令に関しては、以下のとおりその性質によって異なります。

(ア)労働契約の準拠法

法の適用に関する通則法(以下「通則法」といいます。)によれば、労働契約の成立(成立時期や契約締結の制限の有無等に関する問題)及び効力(労働契約の内容や終了等に関する問題)については、当事者が選択した国の法が適用されます(通則法第7条)。例えば、労働契約において準拠法を規定した場合が該当します。

当事者による選択がない場合には、最も密接な関係がある地の法が適用されますが(通則法第8条)、労働契約の成立及び効力に関しては、労務を提供すべき国の法が最密接関係地法であると推定されます(通則法第12条第3項)。労働者が外国で居住する越境リモートワークの場合には、当該居住国が最密接関係地になるものと考えられます。

(イ)労働者の援用による強行規定の適用

ある国の法が労働契約の準拠法として選択された場合であっても、労働者が最密接関連地の法における強行規定4を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示したときは、当該規定をも重ねて適用するものとされています(通則法第12条第1項)。これは、労使間において交渉力の劣る労働者を保護するための特則です。すなわち、日本企業が外国居住者との労働契約において日本法を準拠法とする旨を合意した場合であっても、当該労働者が、居住国法の強行規定を適用する意思表示をしたときには、(日本法における同種の規定のみならず、)当該規定も適用されることになる点、留意を要します。

(ウ)強行的適用法規

労働法令のうち、刑罰規定等により強行的実現が担保されているような国家の強い法政策実現の意思によって設けられている規定(例えば、労働基準法や最低賃金法における諸規定)は、日本が法廷地となる場合においては、労働契約の準拠法や通則法第12条第1項に基づく労働者の援用の有無とは無関係に常に適用される点に5、留意を要します。

イ 居住国法

労働者の居住国の法令(労働法、国際私法等)についても、当該国における越境リモートワークにどのように適用されるかを検討する必要があります。特に、日本法における上記ア(イ)(ウ)のように、解雇や労働基準(労働時間、休日、年次有給休暇、賃金等)に関して、労働契約の準拠法にかかわらず、強制的に適用され得る規定を把握することが必要です。加えて、実務的な観点からは、居住国で就労する他の一般的な労働者との比較で、生活上不便を被らないような配慮(就業時間帯、祝日の取扱い等)をすることも重要です。

上記のとおり、日本と居住国の双方の関連法制について把握した上で、必要に応じて個別状況を踏まえた調整の上、適用される法令に即した労務管理を行うことが必要となります。

(2) 日本企業の従業員を外国子会社の業務に従事させる場合

日本企業が従業員を日本に居住させたまま、外国子会社の業務を割り当てる場合が想定されます。こうすることによって、家庭の事情等により外国には赴任できない従業員についても、外国業務に活用し、また、赴任に伴う渡航費用等のコストを削減することができます。

仮に外国子会社への出向の形式をとる場合には、出向者は日本企業及び外国子会社の両者の間でそれぞれ雇用関係が生じます。したがって、日本と外国子会社所在国の双方の法令を把握した上で、必要に応じて個別状況を踏まえた調整の上、適用される法令に即した労務管理を行うことが必要となります。なお、出向者が日本で就労する以上、日本の強行性を有する規定(上記(1)ア(イ)(ウ))が強制的に適用され得る点は留意する必要があります。

また、日本企業と外国子会社との間で業務委託契約を締結し、当該契約に基づいて、日本企業が受託した外国子会社に関連する業務を対象従業員に割り当てる方式も考えられます。かかる場合、当該従業員は、使用者である日本企業の指揮命令下において、外国子会社関連業務に従事することとなります。仮に当該従業員が外国子会社の指揮命令下において当該業務に従事する実態が存する場合には、外国子会社との間で直接の雇用契約が成立し、当該外国子会社に使用者としての責任が発生することとなる点に、留意を要します。

3. おわりに

上記に限らず、越境リモートワークの形態は様々であり、個別の状況に応じて、適用される規制や取りうるべき対応も異なってきます。法務の観点からは、以下の手順で、労働契約や労務管理を整備することが重要です。

① 越境リモートワークの法的形態(雇用、出向、業務委託等)を検討・整理する。

② 当該法的形態を採用した場合に適用され得る居住国と事業地所在国の規制を検討・整理する(特に、自国に居住する労働者の保護を目的とした居住国の強行規定が強制的に適用されることが通例である点、留意を要する)。

③ 両国の規制の適用状況を踏まえて、準拠法を含む労働契約の条件及び労務管理の要領を検討・整理する。

④ 労働契約や人事諸規程に落とし込み、社内制度化する。

加えて、実務における越境リモートワークの拡大に対応する形で、各国の法規制が今後制改定されていくことが想定されるため、越境リモートワークの社内制度を一旦導入した後にも、最新の法規制動向を注視し、社内制度に反映していくための継続的な対応が重要です。

1 税務上の留意点として、居住する従業員の役務提供に関して、当該居住国において恒久的施設(Permanent Establishment)の存在が認定され、課税されるリスク等があります。

2 社会保険に関しては、居住国と企業所在国の両国それぞれにおける加入義務の有無や加入の免除に係る2国間の社会保障協定の有無等に留意が必要です。

3 ビザに関しては、スペインやエストニアなど、国策として越境リモートワーカー用向けのビザ(デジタルノマドビザ)を導入する国も増えていますが(JETRO 2023年1月10日付 ビジネス短信https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/01/3350b142c956eaa2.html)、いずれにせよ、当該居住国での越境リモートワークの取扱いについて確認する必要があります。

4 例えば、日本法の場合、労働契約法に定める安全配慮義務(第5条)、解雇権濫用(第16条)、有期雇用契約の無期転換(第18条)、雇止め(第19条)等、使用者と労働者との間の私法上の権利義務を規律する規定のうち、当事者の約定によって排除できない強行性を持つと解されるものが該当します。

5 櫻田嘉章・道垣内正人編「注釈国際私法第1巻」(有斐閣、2011年)289頁以下。

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執筆者

茂木 諭

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小林 裕輔

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