いよいよ2027年から段階的に⾮財務情報の開⽰が始まる。企業価値向上を⽀援することが狙いの1つだが、現状は企業価値の1つの⽬安であるPBR(株価純資産倍率)が1倍割れとなっている企業も多く、簡単な道のりではない。ただ、企業側にも企業価値についての基本的な理解ができていない場合も多く、今こそ企業価値向上について幅広い層で基本的な理解が必要だ。そこで、この連載では企業価値向上に必要な資本コストなどの基本的な考え⽅をベースにESG(環境・社会・企業統治)などとの関連性についてまとめていく。
第1回は、投資家と企業の視点には⼤きな乖離が存在することについて解説する。
⾼市早苗新政権への期待が⾼まるなか、市場全体では上昇基調にある株式市場だが、個別銘柄をみると、例えばPBRで測った株価⽔準が海外上場企業と⽐較して⾒劣りしている企業も少なくない。このような状況から遡ること約2年半、東京証券取引所は2023年3⽉末に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を公表した。そこでは、プライム市場およびスタンダード市場の全上場企業に、市場からの評価を踏まえた経営の実践により、投資家との建設的な対話を通じた中⻑期的な企業価値の向上を⽬指すことが求められている。
しかし、23年3⽉末と25年10⽉末のPBRを⽐較すると、時価総額の⼤きさで重みづけした加重PBRは0.4ポイント上昇しているが、単純平均のPBRは0.2ポイントしか改善しておらず、⼀部の⼤企業を除き、株式市場全体の株価⽔準向上に対する顕著な効果はいまだ⾒られていないことがわかる(下図)。
プライム市場(総合)PBRの時点間比較
PBRは、企業が株主資本(簿価)に対してどれだけの付加価値を創出しているかについて市場(投資家)評価を⽰す指標で(1倍以下だと、付加価値を創出していない)、それが低⽔準で伸び悩んでいるということは、⼗分な付加価値が創出されておらず、その成⻑性も低いと市場から⾒られているといえる。本稿では、これ以降、この「付加価値」を単に「価値」と表現することにする。
現在、筆者は監査法⼈に所属して企業に助⾔する⽴場にいるが、それ以前は投資家サイドで株式・債券の価値評価、銘柄選択、市場売買の執⾏とポートフォリオの運⽤を⾏っていた。当時から筆者は、国内株式市場において、投資家(本稿では、主に機関投資家を指す)と企業が活⽤できる情報に⾮対称性があること(例えば、投資家は他企業の財務・⾮財務を含む市場全体のデータを活⽤している)に起因して、価値創出に関して両者の視点にギャップがあり、これが株価の上昇を阻害しているのではないかとの課題感を持っていた。
これが基となり、企業側が価値を創出しているという認識でいても、投資家側にそれが認められず、PBRの伸び悩みにつながっている側⾯もあるのではないだろうかという思いがある。
そこで本連載を通じて、このギャップ解消がPBR低位状態から抜け出すカギになるとの認識の下、現状の課題を把握し、「投資家視点」を理解しながら、価値創出に向けた企業のあるべき対応について議論したい。
株価は、株式市場で投資家が売買することで決まる。このことから、株価は投資家の集合的な期待(市場の期待)を反映して決定されるといえる。その期待の根幹にあるのが、将来にわたる企業業績の⾒積もりだ。とくに、企業が上げる利益が株主資本コストを上回りながら持続的に成⻑するという投資家の期待が、価値の創出のために必要である。
ここで、株主資本コストとは、株式市場で企業が資⾦調達する際に、市場(投資家)が要求する期待収益率のことをいう。したがって、企業がその経営状況に合った適切な評価を市場から受けるためには、価値創出での「投資家視点」を理解して投資家と向き合うことが重要だ。この投資家視点とは、投資家がどのような企業活動や成果に注⽬して、
(1)株主資本コストを上回る利益を創出しているか(価値を⽣む利益の創出)
(2)その利益は⻑期にわたり成⻑していくのか(価値を⽣む利益の成⻑)
を判断しているのかという観点である。
上記(1)(2)を実現するための企業活動は、事業戦略、資本政策およびその財務的成果だけではない。投資家は、企業のガバナンス体制の有効性を始めとしたESGやサステナビリティーへの取り組みといった⾮財務活動が企業の中⻑期的な利益成⻑および事業リスク低減に貢献するものとして認識しはじめている。
さて、投資家と企業の視点に乖離があることを⽰す資料がある。下図は、⽣命保険協会が毎年公表している「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート集計結果」の⼀部を取りまとめたものだ。
直近3年間で、「ROEは資本コスト(CoE)を上回っているか(企業・投資家)」と「中期計画(中計)の指標(企業)・経営⽬標として重視すべき指標(投資家)」において、企業と投資家の間で認識の隔たりが継続していることがわかる。企業は⾃社のROE(⾃⼰資本利益率)が株主資本コストを上回っているとの回答が多く、投資家はその逆である。
また、ROIC(投下資本利益率)や資本コストなどの価値創出に直結する資本効率性を測る指標については、企業は投資家ほど重視していない。企業は利益の創出およびその成⻑を重視しているが、投資家が重視しているのは、単なる利益の創出とその成⻑ではなく、資本コストを上回る利益の創出とその成⻑である。
投資家の視点と企業の視点との乖離
このように企業と投資家の視点が乖離したままでは、投資家は、企業の将来業績⾒積もりへの不確実性から、⽐較的信頼できる短期の企業予測情報に依存して企業を評価するようになる。例えば、配当割引モデルによると、株価は将来各期の1株当たり予想配当額を株主資本コストで割り引いた現在価値合計として⽰せる。もし不確実性が⼤きく、将来業績の⾒通しが⽴たなければ、将来の配当フローを保守的に評価する結果、株価は過⼩評価される可能性がある。
短期情報に依存する投資家は、ある程度株価が上昇すると利益確定のために売却する傾向が強くなるため、株式の⻑期保有につながらない。さらにこうした投資家が増えると、市場の短期的な変動性が⾼まる原因にもなる。
⼀部の投資家にとって、それが短期売買による利益獲得機会の増加に直結する。そのため、そうした投資家は企業の将来業績などのファンダメンタルを予測するよりもほかの投資家の売買タイミングに関⼼が移る。そして、株式市場はケインズが⾔う「美⼈投票」の様相となり、⼀部の投資家のゲームの場となりうるのだ。
そうなると、多くの企業にとって、株価の⾏⽅が不透明で理解不能となるため、⾃社が市場で正当に評価されないという考えにもつながり、市場を忌避する企業も出てくる。そのような市場への⾒⽅が増えれば、投資家視点と企業視点の乖離はなかなか収束しないだろう。
※本稿は、東洋経済オンラインに寄稿した記事を転載したものです。
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