いよいよ2027年から段階的に⾮財務情報の開⽰が始まる。企業価値向上を⽀援することが狙いの1つだが、現状は企業価値の1つの⽬安であるPBR(株価純資産倍率)が1倍割れとなっている企業も多く、簡単な道のりではない。ただ、企業側にも企業価値についての基本的な理解ができていない場合も多く、今こそ企業価値向上について幅広い層で基本的な理解が必要だ。そこで、この連載では企業価値向上に必要な資本コストなどの基本的な考え⽅をベースにESG(環境・社会・企業統治)などとの関連性についてまとめていく。
第2回は、価値創出に必要な資本コストを上回る利益獲得について解説する。
前回は投資家視点の1つとして、企業の株主資本コストを上回る利益の獲得とその成⻑が、株主資本簿価に付加される価値の創出において重視されていることを述べた。ここでは、その根拠について、2014年に公表された伊藤レポートの提⾔の理論的基礎にもなっている「残余利益モデル」を⽤いて説明する。正確を期すため若⼲専⾨的な説明になるので、不慣れな⽅はこのパートは⾶ばしていただいて構わない。
株主価値は、配当割引モデルを⽤いると、将来各期の予想配当額を株主資本コストで割り引いた現在価値合計で表現できる。このとき、「当期末の株主資本簿価は、前期末の株主資本簿価に当期利益を加えて配当額を控除したものに等しい」という会計上の「クリーンサープラス関係」を適⽤すると、「残余利益モデル」に基づく株主価値の評価式を導くことができる(下図・式1)。
「残余利益モデル」に基づく株主価値の評価式
残余利益モデルは、将来各期の予想利益が資本コスト額(株主資本コスト×株主資本簿価)を上回る「超過利益」を上げたときに、企業は株主資本簿価を超える価値を創出することを⽰している。この超過利益のことを「残余利益」と呼んでいる。
次に、式1の両辺を株主資本簿価で割るとPBRが得られる(前ページ図・式2)。これより、PBRが1倍を下回ることは、将来各期の残余利益の現在価値合計がマイナスであることを⽰し、そのような企業は、投資家から「価値を創出していない」と判断されていることになる。
さらに、式1の右辺を若⼲変形して両辺を1期先予想利益で割ると、予想PER(株価収益率:株主価値(株価)÷1期先予想利益)の表現式が得られる(下図)。これによると、予想PERは、「正常PER」(1期先予想利益が永続する場合の利益フローの現在価値合計を予想利益で割ったもの<「1÷株主資本コスト」で表現できる>)と将来の残余利益成⻑フローの現在価値合計の加重和で⽰すことができる。
PERは将来の残余利益成長フローの現在価値合計の加重和で示すことができる
したがって、PERが正常PERより⼤きい(⼩さい)ということは、式3の正常PERより右側の和がプラス(マイナス)ということであり、それは、投資家から「将来にわたって残余利益が成⻑する(減退する)」と判断されていることになる。
ここで強調しておきたいのは、利益の成⻑すべてに価値がつくのではなく、資本コスト額を上回る超過利益(残余利益)の成⻑にのみ市場は価値を与えるということだ。
ところでPBRはROE(⾃⼰資本利益率)とPERの積で表現することもできる(PBR=ROE×PER)。ここで、ROEは株主資本に対する⽐較的短期の収益性を⽰しており、⻑期的な価値創出に向けた発射台の役割を担う。これに対し、PERは企業の⻑期にわたる資本コスト額を上回る超過利益(残余利益)の創出およびその成⻑に対する投資家の期待を⽰している。
この点、14年以降のコーポレートガバナンス改⾰の成果もあり、多くの企業でROE向上への対応は進められるようになった。⼀⽅でPERは市場で決まるため、制御不能と考えることが多く、この対応を具体的に⾏っている企業は少数派だ。
将来各期の残余利益の現在価値合計と1の加重和で⽰されるPBR(式2参照)は将来の残余利益の「⽔準」を重視する。⼀⽅、PERは残余利益の「成⻑」を重視する。このことは、上図・式の右辺において、正常PER(残余利益の成⻑がない場合のPER)より右側の項が、残余利益成⻑の現在価値合計を⽰していることから理解できる。
したがって、将来期間の予想残余利益がプラスのためPBRが1倍を超えていても、残余利益が成⻑しないと投資家が判断すれば、PERは低くなる。実際、⾼ROEなのに、PERが低いためにこの2つの積であるPBRが伸び悩んでいる企業をしばしば⾒かける。だが、このような企業は、投資家から現在の⾼収益性が将来⻑続きせずにどこかで息切れすると思われているのだ。
抜本的なPBR改善のためには、短期的なROE向上だけでは不⼗分で、⻑期にわたって残余利益が成⻑するとの期待を投資家が持つよう働きかけて、PERの⽔準を引き上げることが重要だ。
PER向上のためには、企業の事業リスクや利益成⻑に係る投資家の期待が反映されている株主資本コストや残余利益の成⻑⾒通し(以下、「期待利益成⻑率」)を改善することが必要だ。そのためには企業も投資家視点の理解が⽋かせない。
さて、投資家の期待は、各社固有のイベント(事故・不祥事の発⽣、⾰新的な新製品・サービスの発表、M&Aなど)を除くと、⼀般的に、企業の⻑期的な事業リスクや利益成⻑を予想するのに役⽴つ財務・⾮財務などの情報について、同業など競合他社と相対評価することでつくられる。
したがって、⾃社の情報だけでは不⼗分で、競合他社とも⽐較を⾏い、優位な点と劣位な点を把握することが必要となる。そして劣位となっている企業活動・成果に対して、必要な改善策を策定・実施したうえで、統合報告書を含む各種媒体での開⽰や直接的な対話などにより投資家と同じ視点に⽴った効果的なコミュニケーションを⾏うとよい。
これができれば、投資家の将来の事業リスクや利益成⻑の⾒積もりへの不確実性を低減させるとともに、投資家の期待形成に働きかけて、PERを能動的に改善できる可能性が⾼まる。
国内サステナブル投資残高
このようなPER向上策を講じる際に、投資家の⻑期的な期待形成に影響を与える要因として近年無視できなくなってきたのが企業のESGやサステナビリティーへの取り組みだ。
学術・実務の実証研究では、⽇本を含む国際株式市場で、主に環境保護を中⼼としたESGへの取り組みが企業の株主資本コストを引き下げているという統計的な証拠が⽰されている。⽇本国内でも、サステナビリティー投資残⾼がここ9年間で10倍近くに膨れ上がっていること(上図)からも、企業のESG(環境・社会・企業統治)やサステナビリティーに対する取り組みへの投資家の関⼼の⾼さがうかがえる。なお、これらのESGへの取り組みの資本市場への影響については、連載の第4回以降で詳しく説明したい。
※本稿は、東洋経済オンラインに寄稿した記事を転載したものです。
※発行元の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
サステナビリティの知見とサステナビリティに関する各国法規制や国際ガイドラインを熟知したメンバーが企業の情報開示を支援します。
PwCでは、2,000社超の上場企業に係る大規模データを用いた投資家視点の統計分析により企業の財務・非財務要因の企業価値への影響を定量的に把握し、その分析結果に基づいてクライアント企業の経営課題の解決や企業価値の向上を支援します。
価値創造経営を実現するには、複数領域の専門知識を統合し、企業活動全体を価値の創造に向けてリードする経営管理が不可欠になります。PwCコンサルティングは、複数領域にわたる知見をワンストップで提供し、価値創造経営の実現をサポートします。
サステナビリティに関する企業活動の将来財務へのインパクトとその経路を、PwC保有のESGデータセットにより可視化することで、戦略から経営管理、社外コミュニケーションまで支援します。