投資家の想定資本コストを意識した経営が重要。サステナ担当者が知っておきたい投資家視点の企業価値向上③

  • 2025-12-25

いよいよ2027年から段階的に⾮財務情報の開⽰が始まる。企業価値向上を⽀援することが狙いの1つだが、現状は企業価値の1つの⽬安であるPBR(株価純資産倍率)が1倍割れとなっている企業も多く、簡単な道のりではない。ただ、企業側にも企業価値についての基本的な理解ができていない場合も多く、今こそ企業価値向上について幅広い層で基本的な理解が必要だ。そこで、この連載では企業価値向上に必要な資本コストなどの基本的な考え⽅をベースにESG(環境・社会・企業統治)などとの関連性についてまとめていく。

第3回は、投資家が想定する資本コストを意識した経営を⾏うことの重要性について解説する。

投資家が想定する資本コストを意識することが重要

PBRの抜本的な改善のためには、短期的にROE(⾃⼰資本利益率)を⾼めるだけでは不⼗分で、企業の残余利益(株主資本コストを上回る超過利益)が⻑期にわたり持続的に成⻑するとの期待を投資家が持つように働きかけ、PER(株価収益率)を⾼めていくことが必要だ。

そのためには、市場(投資家)の期待を反映した株主資本コスト(以下、「資本コスト」)を把握していることが⼤前提となる。この点、企業が⾃ら把握している資本コストは、投資家の想定するものと同じなのだろうか。

将来の残余利益を⾒積もるためには、将来の事業リスクに関する投資家の期待を反映した「フォワードルッキング(前向き)」な資本コストが必要となる。現在ほとんどの企業がCAPM(Capital Asset Pricing Model)を⽤いて資本コストを推定しており、企業が投資家と対話するときの共通⾔語にもなっている。

CAPMでは、「安全資産利⼦率+ベータ係数×市場リスクプレミアム」という計算式で株式の期待リターン(資本コスト)を推定する。

国内では、安全資産利⼦率は10年国債利回りを、市場リスクプレミアムは「市場(TOPIXなど)リターン-安全資産利⼦率」の過去⻑期にわたる平均値を⽤いることが多い。ベータ係数は、個別企業のリスク特性を⽰す唯⼀の指標で、個別株式リターンの市場リターンに対する感応度として、過去データを⽤いて統計モデルにより推定される。したがって、CAPMの資本コストは基本的に過去データに基づく「バックワードルッキング(後ろ向き)」なものとなり、「前向き」なものと必ずしも⼀致しない。

CAPMは、強固な理論的背景を伴って導出されているものの、実際の株式市場では理論上の仮定を満たしているとは⾔いがたく、実務利⽤での理論的妥当性は必ずしも担保されない。実務的には、過去の株式リターンの変動を1つの要因(市場リターンの変動)のみで説明する統計モデルを適⽤しているにすぎない。

しかし、実際の株式リターンの変動は、1要因のみでは説明できない。企業の財務・⾮財務に関する特性のほか、市場・経済の動向など多種多様な要因によって動く。とくに、近年投資家に注⽬されてきた企業のESG(環境・社会・企業統治)など⾮財務に関する活動は、過去データと1要因のみに基づくCAPMでは、適切に資本コストに反映することは難しい。

⼀⽅で、こうした多種多様な要因についての投資家の期待を反映しているのが、「前向き」な資本コストといえる。

価値創出への影響

注意が必要なのは、CAPMに基づく資本コストをその限界を意識せずに経営上の判断に利⽤すると、企業の価値創出を阻害する場合もあるということだ。例えば、業績や株価が⻑期低迷し、市場で注⽬されず売買⾼も少なく株価変動が⼩さい企業などは、ベータ係数は低くなる傾向がある。このとき、CAPMで資本コストを推計すると、経営実態よりも低く⾒積もってしまうことになり、ROE向上や事業ポートフォリオ⾒直しなどの経営改善への機会を⾒逃すことになりかねない。

また、将来の利益成⻑が⾒込まれるときには、事業リスクも⾼まることが多いが、過去データに基づくベータ係数には将来のリスク上昇は反映されないため、資本コストを過⼩評価する可能性がある。そのほか、ベータ係数が過⼩評価されやすいケースについてまとめた(下図)。

経営実態と比較してベータ係数が過小評価されやすいケース

筆者は「前向き」と考えられる資本コストを推定して顧客に参考値として提⽰することがあるが、「CAPMと異なる値なので違和感がある」とコメントをもらうことも多い。

これは、CAPMが企業側の実務に根付いていることの証左であるが、市場(投資家)の期待に応えて価値を創出するためには、CAPMで算出した資本コストが唯⼀のものと考えずに「前向き」な資本コストも意識することが必要だろう。

フォワードルッキング(前向き)な資本コスト推定

この前向きな資本コストの推定⽅法としては、以下の2つがある。

(1)ボトムアップ法

CAPMでは捉えることができない投資家が注⽬するリスクプレミアムを⾒積もり、CAPMの資本コストに加減算する。例えば、低い売買⾼や浮動株⽐率に起因する⾮流動性プレミアムのほか、海外での事業活動に伴う地政学的リスク、事業の多様性・複雑性やガバナンスの不整備に起因する事業の不確実性に対するプレミアムなどが考えられる。

⼀⽅、企業のESGなどへの取り組みや成果で、将来の事業上の不確実性を減らすような企業特性があれば、マイナスのプレミアムとして資本コストから減算することも考えられる。ただし、この⽅法の⽬的は、CAPMの資本コストを投資家視点と整合させるための補正であるため、プレミアムの種類や⽔準については、投資家との対話の中で調整することが必要だ。

(2)リバースエンジニアリング法

残余利益モデルなどの株主価値評価モデルと企業の予想利益情報を⽤いて、投資家の期待を反映する「インプライド資本コスト」を現在の株価から逆算する。この⽅法は、データ分析に基づく定量的なものだが、さまざまな推定⼿法が存在しているため、各⼿法の⽅法論とデータ内容を理解したうえで、CAPMの資本コストとの差異分析をすることが望ましい。

機関投資家などが⽤いる⼤規模なパネルデータ(例えば、プライム上場企業全社の市場・財務・⾮財務指標に関する過去⻑期の⽉次データなど)を活⽤する⼿法では、インプライド資本コストが企業のどのような財務・⾮財務特性などの影響を受けているか統計学的な検証を伴い定量的に⽰すことができる。そのため、CAPMとの差異分析や株主価値への影響分析を⾏うのに役⽴つほか、ボトムアップ法におけるプレミアムの種類と⼤きさの議論の出発点にもなり得る。

ただし、⼤規模パネルデータを⽤いた⽅法は、⾮⾦融事業会社ではデータや計算リソースの関係上難しいことが多いので、これらリソースを持つ情報ベンダーや機関投資家などから⼊⼿することが現実的であろう。

こちらについては次回、詳しく説明していこう。

※本稿は、東洋経済オンラインに寄稿した記事を転載したものです。

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執筆者

安達 哲也

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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愛敬 祥文

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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