ESGの取り組みで企業の資本コストが低減する。サステナ担当者が知っておきたい投資家視点の企業価値向上⑤

  • 2026-01-05

いよいよ2027年から段階的に⾮財務情報の開⽰が始まる。企業価値向上を⽀援することが狙いの1つだが、現状は企業価値の1つの⽬安であるPBR(株価純資産倍率)が1倍割れとなっている企業も多く、簡単な道のりではない。ただ、企業側にも企業価値についての基本的な理解ができていない場合も多く、今こそ企業価値向上について幅広い層で基本的な理解が必要だ。そこで、この連載では企業価値向上に必要な資本コストなどの基本的な考え⽅をベースにESG(環境・社会・企業統治)などとの関連性についてまとめていく。

最終回となる第5回は、環境などESGの取り組みを⾏う企業の資本コストは低減するということについて解説する。

株式グリーニアムは存在するのか

近年、企業の環境問題への取り組みと株式期待リターン(株主資本コスト)の関係に関する実証研究が国内外で多数公表されている。とくに、環境に優しい取り組みを⾏っていると投資家が認知している「グリーン株」とそうでない「ブラウン株」の期待リターンの差である「株式グリーニアム(greenium)」が各国の市場に存在するかどうかの議論が活発になっている。

株式グリーニアムを推定した最近の事例として、コペンハーゲン・ビジネス・スクールのLasse H. Pedersen博⼠のグループの実証分析1がある。この研究では、企業の環境保護への施策およびその開⽰に係るパフォーマンス(環境保護に対して積極的に取り組み、それを⾼い透明性をもって開⽰している程度)を反映した頑健なグリーンスコア(以下、「GS」)を構築し、これとインプライド資本コスト(連載第3回参照)を組み合わせることで、アメリカおよび⽇本市場を含む49カ国の株式市場を対象とした株式グリーニアムを推定している。

この結果、アメリカおよびアメリカ以外の株式市場で統計的に有意な株式グリーニアムが検出され、GSがより⾼い国および企業ほど、グリーニアム分だけ資本コストが低くなっていることが⽰された。

同研究によると、アメリカ市場では、GSの1標準偏差(1σ)当たり年率-0.25%(アメリカ以外の市場では-0.3%)の株式グリーニアムを検出したとしている。例えば、GSが2標準偏差(2σ)に相当する企業のグリーニアムは-0.5%となり、資本コストをその分だけ引き下げていることを意味している。加えて、この株式グリーニアムの⼤きさは、時間の経過(2009年8⽉から22年12⽉)に伴い拡⼤しているという。

ESG特性が資本コスト低減に寄与

⼀⽅、旧東証1部上場企業1800社超の財務・⾮財務・市場情報から構成される⼤規模パネルデータ(データ元はS&P Global、期間︓18年10⽉〜25年6⽉までの⽉次81カ⽉)を⽤いて筆者が⾏った実証分析では、企業の環境(E)に関する特性のほかに、社会(S)および企業統治(G)に関する特性も資本コストの低減に寄与していることが確認された。

この分析では、第2回で紹介した残余利益モデルを⽤いてインプライド資本コストを推定している。そこでは、個別企業の資本コストを下図のように要因分解したうえで、市場(投資家)が重視する財務・⾮財務(ESG)・市場特性を統計的に検出した。

資本コストの要因分析

⾮財務(ESG)の特性については、33種類の特性を分析に取り⼊れている。その中で12種類のESG特性に関する企業の取り組みの巧拙が、資本コストに統計的に有意に影響(低減または増加)していることがわかった。

例えば、Eに関する特性では、GHG排出量、⼟壌・⽔質汚染物質や廃棄物に係るコスト、⽔資源の使⽤量などが、SとGに関しては、気候変動に関する戦略や企業統治の有効性、研究開発投資、⼈的資本に関する施策などが、資本コストに対して統計的に有意に影響を与えていることが⽰された。

これら有意なESG特性の資本コストへの統合的な影響(以下、「ESGインパクト」)をみてみよう。下図では、企業を規模別に分類しており、各企業群のESGインパクト(資本コストに対する負のプレミアム)は、⼤規模企業群であるTOPIX Core30+Large70で平均-2.0%程度、中規模企業群であるTOPIX Mid400で平均-1.0%程度、⼩規模企業群のTOPIX Small 1で0.0%となっており、企業規模が⼤きいほどESGへの取り組みが資本コストを引き下げる効果が⼤きいことを⽰している。

企業規模別 ESGインパクトの分布

この結果は、企業規模が⼤きいほど、ESGに対して積極的に取り組んでいる傾向があり、企業のESG特性が平均的に⾼く評価されていることを⽰している。ただし、中・⼩規模企業群の中にも、ESGに積極的に取り組むことで、⼤規模企業よりもESGインパクトが⼤きく、資本コストを引き下げている企業が存在することは注⽬に値する。重要なのは企業規模ではなく、ESGへの取り組みの質を⾼めることなのだ。

検出されたESGインパクトが意味することは、「投資対象がESGに積極的な企業であれば、投資家はより低い報酬を受け⼊れる」ということだ。これは、投資家の選好として企業の環境政策やESGへの取り組みを重視している証拠であるとともに、ESG懸念の増⼤による価値下落に対するヘッジ⼿段として、よりESGに積極的な企業への投資に価値を⾒出していると解釈できる。

ただし、やみくもにESGへの取り組みを強化するのではなく、投資家との対話やデータ分析を活⽤することで、市場が重視しているESG項⽬から費⽤対効果が⾼い改善項⽬を選択し、経営資源の最適配分を⾏いながら改善施策を実⾏することが重要である。そして、その成果を具体性と説得性をもって投資家に伝達し、その期待に訴求することが、企業の資本コストを引き下げ、PER(および株価)を⾼めるために最も有効な施策となる。

PBR改善には投資家視点が重要

結局のところ、PBRを持続的に改善するためには、投資家の視点に⽴ち、残余利益(株主資本コストを上回る超過利益)の創出とその⻑期にわたる持続的な成⻑を投資家に対して⽰していくことに尽きる。

PERに反映されている投資家の事業リスクや利益成⻑に対する期待を改善するためには、競合他社との相対⽐較を踏まえた⻑期の事業リスクと成⻑性の把握およびそれへの対応と成果を明確にすることが必要だ。そして、企業の事業戦略、資本政策およびESGへの取り組みについて、この対応や成果と具体的にひも付けた形で投資家と対話しながら磨き込んでいくことが重要になる。

本稿では、この「ひも付け」にデータ分析を活⽤することの合理性について触れてきた。こうした⼀連の経営の質と投資家との対話の質を⾼める積み重ねが、企業に対する投資家の期待値を引き上げ、⻑期の価値創出につながり、結果としてPBRの引き上げが実現していくと信じている。

サステナビリティー担当者はサステナ視点でのみ考えがちだが、PBRのための財務指標の⾒⽅なども知っておく必要があるだろう。

1 Eskildsen,M., M.Ibert, T.I.Jensen, and L.H.Pedersen, 2024, “In Search of the True Greenium,” SSRN Electronic Journal

2 ESGデータはS&P Global のTrucost(GHG排出量などの環境データ)およびCSA(Corporate Sustainability Assessment)を使⽤しており、CSAは企業のESGへの取り組みの品質に係る市場評価の代替変数として使⽤。

※本稿は、東洋経済オンラインに寄稿した記事を転載したものです。

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執筆者

安達 哲也

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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愛敬 祥文

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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