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日本企業におけるデジタル人材育成の状況は、期待通りとはいえないようだ。なぜ、思うように進まないのか。連載の最終回となる本稿では、人材育成停滞の原因を整理し、効果的な打ち手を提案する。
PwCコンサルティングが2025年6月に実施した最新の調査でも、社内のデジタル人材育成に関して、「期待通り、もしくは期待以上」との回答が全体で15%にとどまり、ここ数年低水準で推移している。また、デジタル人材育成における社内の障壁に関する調査では、課題として「業務多忙で学習時間がない」「座学はあるが実践の場が乏しい」「新しいスキルの習得に対する従業員のモチベーション不足」が上位だった。時間不足の論点は以前の記事に譲り、本稿では実践機会の欠如とモチベーションの問題に焦点を当てる。
図表1:デジタル人材育成の状況および社内の障壁(2024年との比較)
上述の調査結果が示唆するのは、「トレーニングの学びが実務に結び付かない」現状である。単発の講義で概念やツール知識は得られても、課題特定から実装・検証・振り返りまでの一連の流れを経験できないため、現場での適用につながりにくい。
加えて、ITの外部委託比率の上昇により社内での実践機会が減り、また、評価も受講完了や資格取得といった指標に偏り、実務における成果評価が弱い。短期成果への過度な期待から、チーム立ち上げ期には不可避な摩擦を「失敗」と誤解して打ち切るケースもある。こうして学びと実務の間に恒常的なカベができ、実践できないからモチベーションが上がらず、モチベーションが低いから実践も増えないという負の連鎖が生じている。次に、その打開策を解説する。
打開の第一歩は、必要な役割とスキルの定義である。前々回の記事で解説したように、デジタルトランスフォーメーション(DX)では、ITを競争優位の源泉と捉え、アプリケーションを収益に貢献する製品とみなす「プロダクト思考」への転換が必要である。その実現には、プロダクトオーナー、スクラムマスター、リードエンジニア、デベロッパーの4つの役割が必要となる。
プロダクトオーナーは、顧客価値の最大化に責任を持ち、顧客理解と事業目標に基づき優先順位、仮説、計測、受け入れ基準を設計する。スクラムマスターは、チームのパフォーマンス最大化に責任を持ち、プロセス最適化、透明性の確保、継続的改善を推進する。リードエンジニアは、アイデアの具現化に責任を持ち、技術戦略と品質を統括し、アーキテクチャー、非機能要件、実装に必要な環境(継続的インテグレーション/継続的デリバリー[CI/CD])、可観測性など)を整備する。デベロッパーは、リードエンジニアの支援のもと、設計・実装・テスト・デプロイ・運用を一貫して行い、将来のリードエンジニア候補として成長することが期待される(図表2参照)。
役割の兼任は状況により可能だが、責務が曖昧になる状況は避けるべきである。
図表2:プロダクト思考の実現に向けた体制と役割
これらの役割は、仮説の構築と実装の両輪を小さく速く回すことでノウハウを蓄積し、方針を素早く修正しながら、継続的に顧客価値を提供することを共通の目的とする。
人材の内製化・外部活用の方針も明確にしたい。プロダクトオーナーとリードエンジニアは、内製化が必須である。両者は事業・技術戦略の中核であり、顧客理解、優先順位の判断、アーキテクチャーなどの意思決定に含まれる暗黙知を形式知に変換して組織内に蓄積・更新し続けることが、重要だからである。技術選択は将来の機動性、コスト、リスクに直結する。そのため最終責任の所在を社内に保持することは、継続的な価値提供とベンダーロックイン回避の観点でも不可欠である。
一方、スクラムマスターとデベロッパーは、外部委託を柔軟に活用してよい。実装ボリュームに応じたキャパシティーの弾力化、専門スキルの即時調達といった利点がある。前提として、プロダクトのゴールと品質定義を明確にし、方向性と優先順位の権限はプロダクトオーナーが握ること、ソースコードや設計・運用を社内で管理し、継続的な知識移転を行うことが重要である。これにより、重要なノウハウは内部に蓄積し、実行力は外部で機動的に補うことで、DXの早期成果創出と人材育成の両立が可能になる。
育成手段は、座学偏重から実践志向へ転換すべきである。現状の座学型トレーニングは、生成AIやスクラムの基礎といったテーマ別の単発講義で構成されることが多く、ハンズオンもツール操作の演習にとどまり、学習が断片化しがちである。受講直後の理解度は高くても知識が相互に結び付かず、現場の横断的な課題への適用につながらない。
効果を高めるには、座学で共通言語と基礎知識を短いサイクルでインプットした直後に、前提や制約を設定した仮想プロジェクトでケーススタディーを行い、ビジネス課題の定義からバックログ作成、スプリント計画、実装、振り返りまでを一貫して経験することが有効である。生成AI活用、アプリ開発、スクラムなどのテーマを一つのシナリオに統合し、役割分担を明確にして、実業務に近い体験を通して学ぶことが肝要だ。
筆者らが所属する部署の新人研修でも本アプローチを採用している(図表3参照)。まず基礎知識を座学でインプットした後に、仮想プロジェクトを実施する。先輩コンサルタントが演じるクライアント役を相手に、実践さながらの経験を積む。クライアント役によるフィードバックと振り返りを循環させることで、知識が技能へと定着する。本アプローチは、座学の学びを現場で使える技能へと昇華させる近道である。
図表3:当部門における新人研修プログラム
ここで重要なのは、トレーニング直後の新鮮な記憶と高いモチベーションを逃さず、すぐに現場で小さく始めて、短期に成果を可視化する実践機会を設けることである。小さな実践機会の創出に当たっては、内製化する対象領域と外部委託の領域を明確にした上で、企画・設計・実装・運用といった中核となる能力を自社内に保持する(手の内化)も重要であり、ここでは業務部門、IT部門向けの具体例を紹介する。
業務部門では、データ可視化に向けたダッシュボード構築を推奨したい。技術的難易度が高くはなく、データ可視化は優先順位の議論を具体化し、ボトルネックの特定と継続的改善に適している。また、日々データに基づく意思決定を行うことで、業務とITの融合による成果も体感できる。
IT部門では、クラウド上のインフラ運用の自動化を推奨したい。Infrastructure as Code(IaC)やCI/CDの適用は、難易度が高くはなく、自動化を推進することで効率化やリードタイム短縮などの成果につながりやすい。いずれもスコープが明確でリスク管理が容易であり、短期間で価値を示しやすい取り組みである。
こうした小さな成功体験を重ねることが次の挑戦につながり、また社員のモチベーションも向上して、次の一歩がさらに早まるという好循環が生まれる。結果として人材育成が加速し、DXの成功確率も高まる。
本連載の第1~8回にてDXの現場で直面する多様な「カベ」を取り上げ、突破のための実務的な視点と方策を示してきた。一貫して伝えたかったことは、DXの本質とは「継続的に顧客価値を提供すること」であり、そのために成果に基づく改善、IT関連業務の手の内化、学習と判断の高速化など、従来のやり方を抜本的に見直す必要があるという点である。
本稿は、連載の締めくくりとして、人材育成に必要となる役割定義と内製化・外部活用の方針、座学志向から脱するとともに、トレーニング直後に現場で小さく実践し、小さな成功を早く積み上げていく必要性について解説した。どれも今日から着手できるものなので、早速取り組んでみてほしい。
筆者らの願いは、1社でも多く日本企業がDXを成功させることである。微力ながら、本連載が皆さまの現場で次の一歩を踏み出す契機となり、継続的な顧客価値の提供を支えるより所となれば幸いである。詳細は連載の各回記事を参照されたい。
※本記事は2025年10月15日にZDNET Japanに掲載されたものです。
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※法人名、役職などは掲載当時のものです。